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ファンタズマ攻略戦(4)

 階段を駆け上がっていたら、ふいに耳鳴りがして軽い目眩(めまい)を感じた。


「ブラスカさん! 耳鳴りがしませんか?」


 左右を見たが、誰もいない。

 自分だけが走っている。


 あれ? 二人ともどこへ行ったんだ?


 踊り場で立ち止まり、手摺りから身を乗り出した。上や下をのぞいてみても、音もなく人の気配がしない。


「おーい! ブラスカさん!! リコー!!」


 何度か大声で呼んでみたが、自分の声が反響するだけで返事がない。


「まさか、まだ別の幻獣がいるのか?」


 急いで短剣を抜き、壁を背にして構えた。

 数分、そのままの姿勢で幻獣の気配を探ったが、何事も起こらない。


「もう二人ともファンタズマの所に着いてるのかもな」


 短剣を手にしたまま、四階へと急いだ。


「おーい! ブラスカさん!! リコー!!」


 二人の名前を呼びながら、傾いた扉が並ぶ、薄暗い廊下を進む。

 しばらく歩くと、前方に妙に立派な扉が見えてきた。

 その扉だけ他と異なり、最近取り付けたように新しい。


「きっと、ファンタズマはあそこだな」


 独りつぶやき、歩を早めた。



 扉まで辿り着き、重厚な扉の取っ手に手をかけた。

 中からは何の音もしない。

 俺は思い切って、重い扉を開いた。



「何だ──! ここは!?」


 眼前に広がるのは、色とりどりの花が咲き乱れる庭園だった。

 見上げる空は青く、白い雲が風に漂っている。


「やあ! 君が射魔エイジ君だね。待ってたよ。こっちだ、こっち!」


 名前を呼ばれ、声の方向を見た。

 背の高い男が、俺に向かって手を振っている。

 格好は白いドレスシャツに灰色のズボン。

 黒く波打つ長髪が顔にかかり、目つきはよくわからない。

 声のトーンからは全く敵意は感じられない。


 こいつが本当にお尋ね者の重魔術師ファンタズマなのか?

 半信半疑で警戒を解かず、少しずつ男の方へ歩いていった。


「お前はファンタズマなのか?」


 顔の細部がわかるほど近づいたところで、訊いてみた。


「ああ、私がファンタズマで間違いない。君は異世界から来たエイジ君だよね?」


 男の口調はどこか嬉しそうだ。友達と初めての待ち合わせでもしたような陽気さだ。


「そうだけど、ここはどこなんだ? 俺は城の中にいたはずだが」


 男の後ろには子どもの背の高さくらいの石板が立っている。

 何か文字が書いているが、俺にはもちろん読めない。


「ここは私の妻の墓地なんだ。まあ、本物の墓地ではなく、私が幻惑魔術式で再現しているだけだが。本物は魔王との戦争で跡形もなく消失したからね」


 ファンタズマの奥さんは、その戦争で死んだのだろうか?

 訊いてみてもいいが、今訊きたいのはそんなことじゃない。


「ファンタズマ。ブラスカさんとリコはどこにいるんだ?」

「彼女たちはちょっと城の中を迷ってもらっている。どうしても君と二人だけで話がしたかったからね」

「俺と二人で? 一体何を?」

「立ち話じゃ疲れるから、そこのソファーに座らないか? ああ、そのソファーは幻じゃないから安心して」


 俺とファンタズマはソファーに腰掛けた。


「初対面で横に並んで話すなんて滑稽だろうけど、ソファーだとベッド代わりにもなるから便利なんだ」

「それよりお前はここで一体何をしてるんだ?」

「一日中、朝から夜まで、墓の前で妻と暮らした日々を思い出してるだけさ」


 男はポケットから黒い卵のような物を取り出し、掌に載せ、俺に差し出した。


「重魔術式を練り込んだ、この魔具を使えば、現実のようにリアルな想い出に(ひた)ることができるんだ」


 その黒い卵には魔法陣が刻まれていた。

 俺は十分に確認したが、なかなかファンタズマは手を戻さない。


「エイジ君、これは君にあげるよ。私にはもう必要ないからね」


 何かの罠じゃないかと、黒い卵を睨みつけてたら、ファンタズマが笑い出した。


「はははは。存外に疑り深いんだね、君は。君たちは私を倒しに来たつもりだろうけど、私は君たちに恨みなんて少しもないのさ。ただ、ぼんやりとここで暮らせればいいだけだからね」

「しかし、お前はお尋ね者で、皇帝の敵なんじゃないのか?」

「そうそう。そういうことらしいね。まあ、私が重魔術式で封印しているのは皇帝じゃないけどさ。それに私はもうじき死ぬから関係ないんだ」


 うーん、言ってることがよくわからない……。


「ファンタズマ、お前、死ぬってどういうことだ?」


「この魔具は望んだとおりの懐かしい想い出を見せてくれる代わりに、見た想い出と同じ日数分の命を削っていくんだ。そして、私が聖地で読んだ『禁断の書』によると、それが今日、この場所で……」

「そんな物騒なもん、要らねーよ!」

「まあ、そう言わず、私の形見と思って持っていけ。解式しなければ大丈夫だから」


 ファンタズマが俺のポケットに無理矢理魔具をねじ込んだ。


「いつの日か、君もこの世界での出来事を、死ぬほど懐かしいと思う日が来るだろう。二度と訪ねることが叶わない世界に思いを馳せ、恋い焦がれる。現実の生活を何もかも捨ててでも、会いたい者がいる場合──。その時はその魔具【想い出の卵】を使いたまえ。解式の呪文は『リリース・リコルディ』だ。憶えておくがいい」

「きっと、使わねーし」

「はは、使うも使わないも君の自由だ。好きにしたまえ。とにかく、これで私の役目も終了だな。ブラスカに伝えておいてくれ。メテオラの封印はすぐに解けるだろうと」

「お前、本当に死ぬの?」


 薄ら笑いを浮かべるファンタズマを見ると、悪い冗談としか思えない。


「ああ、私は夢の中でもう十分に楽しんだ。この城に住み着いてから、亡き妻との毎日は本当に楽しい日々だった。もう思い残すことは何一つない。消えるように死ぬのが、最後の私の望みだ……」

「おいおい! 勝手にしゃべりたいことだけ、しゃべって死ぬなんて……、何考えてるんだよ、お前!」

「さらばだ、エイジ君。そして我が友、ブラスカ・プリマベラ……」


 景色に溶け込むようにファンタズマの姿が崩れていく。

 やがて、その景色自体も徐々に薄くなっていき、俺は薄闇に包まれた。


 俺が座っているのは、廃墟同然の部屋にポツンと置かれたソファーの上だった。

 割れた窓から淡い光が、部屋を照らしている。

 もう、ここにはファンタズマがいた痕跡はどこにも見当たらない。


 朽ちた扉が開き、ブラスカさんとリコが飛び込んできた。


「エイジ! ここにいたのか! ファンタズマは見つけたか?」

「もう奴はここにはいません……」

「ブラスカ! ファンタズマ、逃げちゃったし!」

「違うよ、リコ。ファンタズマは死んだんだ。死んで、霧のように消えちゃったよ」

「エイジ! ファンタズマが死んだって、それは本当なのか!?」

「はい……、ファンタズマは自分で、死ぬのが最後の望みだ、と言ってました。それと、奴はブラスカさんのことを、友って言ってました」

「くっ! 馬鹿な奴だ!」


 ブラスカさんはうつむき、剣の柄を握り締めた。


「ブラスカさんとファンタズマはどういう関係なんですか?」

「私が近衛騎士団にいた頃、奴は宮廷重魔術師の一人で、共に皇帝陛下にお仕えしていたのだ」

「ねえ、エイジ。ファンタズマって悪い奴だった?」

「いや、そんな風には見えなかったけどな」

「何にしても、S特級ランクの10ポイント逃しちゃったし。屋敷に帰って、残念会しよ」

「そういえば、ファンタズマがメテオラの封印が解けるだろう、って言ってました」


「エイジ、それは本当か!」


 ブラスカさんが柄を握り直し、剣を引き──、

 ついにその銀色のブレードが姿を現した──、その時。


 ドド────ン!!!


 廃城の壊れかけた窓を吹き飛ばし、突風が部屋の中を吹き荒れた。


「何、これ!? リコ、飛んじゃいそう!!!」


 必死に吹きすさぶ風に耐えたが、幸い、風はすぐにやんだ。

 すぐさま、崩れ落ちた窓から外を見た。

 短い間だったが、かなり強い風が吹いたようで、倒れている木もあった。


「今のは何だったんだ?」

「さあ、私にも見当がつかないな……」


 ブラスカさんはメテオラを掲げ、その刃の輝きを眺めながら、首を傾げた。


「マジアが何かやらかしたとかあり得るし」

「そうだな。じゃあ、城を出よう!」


 俺たちは薄汚れた廃城を出て行く。

 こんな暗く寂しい場所で、ファンタズマは妻との想い出に(ひた)っていたのか……。

 そう考えると悲しくなり、俺はポケットにある魔具を握り締めた。


 ◇◆◇


 城から出た俺たちが、マジアの所へ行くと──。

 マジアは獣人たちに囲まれ、もみくちゃになっていた。


「おーい、マジア! 大丈夫かぁ?」

「ああぁ〜、エイジさん! ファンタズマは? いや、その前に僕を助けてください〜!」


 マジアの悲壮な声が聞こえて来る。

 羊や山羊みたいな獣人たちを掻き分けて、マジアの所へ行こうとしたが──。


「このもふもふ、半端ねえ! ぐふぉ! 狭すぎる!」


 獣人たちのもふもふに阻まれ、なかなか先に進めない。


「なあ、みんな! もう解散だから! 俺たち機材を片付けるんで、お願いだから帰ってれないか!」


 そう叫んだ途端、獣人たちは熱気が冷めたように、マジアから次々と離れていった。


「そっ、そうだっな。工房に戻って、仕事しなっきゃ」

「俺も農園にっ戻って、プチプチ収穫だっ」


 みるみる間に獣人たちはいなくなった。


「エイジさん、本当に助かりましたよ」


 マジアは苦笑いしながら、しわくちゃになった服を整えた。


「どうしたんだ? お前」

「いや〜、重魔術の発動が終わって、魔具を片付けようとしたら、もう一回やってくれと、獣人たちが騒ぎ出して」

「アンコールだな」

「えっ、アルコール? アルコールが何か?」

「いや、何でもない、気にするな。きっと、お前のパフォーマンスを気に入ったんだろうよ」

「えっ? そうかなー? ところで、エイジさん。ファンタズマは倒したんですか?」

「いや、ファンタズマは自殺と言うのかな? とにかく死んじゃって、消えたんだ」

「消えた??? 死体もないんですか?」

「ああ、ないよ」

「じゃあ、リコはさぞかし、ガッカリしてるでしょうね」


 マジアがリコを見ると、魔具に腰掛けて、余った昼飯を食べてた。


「いっぱい働いたからお腹が減ったのだ。パッパラパン、おいしーし。いやん! 何か、お尻冷たい!」

「あまり気にしてないみたいですね……」

「そのようだな。残念会やるって言ってたぞ」

「残念会ですか……」


「マジア、さっき物すごい風が吹いたよな」

「吹きましたねー。僕もびっくりしましたよ。ライノが急に暴れだして、なだめるのが大変でした」

「お前が何かやらかしたんじゃないんだな?」

「エイジさん、ひどいなあ……。僕そんなことしてないです。獣人たちが空を見上げてたから、僕も見たら、雲が同心円状に吹き飛んでて綺麗でしたよ。今もほら、まだ残ってますよね」


 空を見上げると、確かに雲が巨大な輪っかになっている。


「風は西の方から吹いて来たみたいだな」


 ブラスカさんがなぎ倒された木を見てつぶやく。


「とにかく、みんな無事で良かったです。じゃあ、残念会にしましょうか」


 マジアが肩をすくめ、笑う。


「わはは、残念会か。素晴らしい! 愛剣も元通りになったし、今夜はガンガン飲むぞ!」

「おーい、リコ! 屋敷に戻るから、お前は先に獣車に乗ってろ!」

「はーい!」

「こら! お前、走るなよ! ノーパンなんだから、お前!」

「いやーん! エイジがガン見してるし!」

「見てねーよ!」


 俺たちは機材を片付け、獣車に乗り込み、屋敷へと向かった。


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