ファンタズマ攻略戦(3)
瓦礫が散らばる橋を駆け抜け、城へと入った。
城門は壊すまでもなく、扉の片側が腐れ落ちていて、用をなしていなかった。
内部へと突入する前に、俺たちはマジアから受け取った眼鏡を装着した。
「誰もいないな……」
真っ先に中に飛び込んだブラスカさんの声が反響する。
そこはホールのようにだだっ広い場所で、城らしい壮麗な装飾品や調度品は何もなかった。
おそらく元の城主が退去する際に処分したのだろう。
薄暗く、ただ荒れ果てた空間が眼前に広がるだけだ。
正面の奥には上へと続く階段があった。ボロボロになった絨毯が、大蛇の亡骸のようにのたうち、無残な姿を晒している。
「リコ! 方位魔術でファンタズマの居場所を見つけるんだ!」
後ろで城を見回しているリコに指示する。
「いぇーい! リコに任せとくし!」
リコは目を閉じ、胸の前で手を合わせ、祈りのポーズを取った。
「……………………、わかったのだ! 四階の北側の奥の部屋だし!」
「四階だな! よし、私が先導するから二人は後を付いて来い!」
ブラスカさんが階段へと駆けて行った。
俺とリコもそれに遅れまいと床を蹴る。
次の瞬間、走るブラスカさんの前方の景色が奇妙に歪んだかと思ったら──、
ブラスカさんが横殴りに吹っ飛び、壁に背中から激突した!
「ブ、ブラスカさん! な、何が起こったんだ!」
俺は少しずり落ちた眼鏡の位置を直し、前方に目を凝らした。良く見ると、景色の一部がにじむように揺らぎながら、動いている。
何かがこっちを見ている、そんな気配を感じた。
猛獣が獲物を睨むような殺気がフロアに漂っている。
「エイジ、リコ、気を付けろ! それは幻獣バーティゴだ! 幻獣の姿は見えないから、音に集中するんだ!」
ブラスカさんがよろめきながら、立ち上がり、叫ぶ。
「なんか音が! こっち、来たし!」
リコが逃げる。リコの逃げ足は割と速い。
俺は腰から短剣を抜き、辺りに睨みを効かせた。
幻獣の野郎! どこにいやがる!
「わぁ〜、またこっち来た! いやーん! 何でリコばかり狙うの?」
幻獣は何を狙ってるんだ?
子どもが好きなのか?
いや、もしかすると──?
「リコ、もしかして、お前さっきチビったろ! 幻獣が寄ってくるのは、その臭いのせいじゃないか?」
「すごく大きな音でびっくりしたんだもん! ちょっとだけなのに……。えぇ〜、そんな臭いに寄って来るって、変態幻獣だし! リコ、こんなパンツ要らない!」
リコは大慌てでパンツを脱ぎ、投げ捨てた。
「ブラスカさん、きっとあそこに幻獣が来ます!」
俺は投げ捨てられたリコのパンツを指差した。
「了解した、エイジ!」
ブラスカさんが疾風のように駆け、狙いも定めず剣を振った。
「グブッブッ……!!」
「ちっ! 掠っただけか! どこに行った!」
ブラスカさんの視線が、幻獣を探し、目まぐるしく動く。
「エイジ! 気を付けて! 右から来る!」
リコの声に反応して、思わず前へと転がった。
幻獣が駆ける音が、俺の真後ろを通り過ぎた。
リコを見ると、彼女は目を閉じて、方位魔術を使っていた。
「そうか! リコは方位魔術で幻獣の位置を見つけてるのか! 賢いな、リコ!」
だが、このままじゃリコが無防備だ。
「リコ! 危ない!!!」
ブラスカさんがリコの前へ飛び込み、鞘付きの剣をフルスイングした。
「グゴワァァ──!!!」
幻獣の悲鳴が響き、床に青い液体が散らばった。
「ブラスカさん! 幻獣はどこへ?」
「かなり手応えはあったが、どこかへまた逃げたな……」
ブラスカさんと四方に目を凝らしたが、どこにも幻獣の気配がない。
「殴られてやる気が失せて、逃げたんじゃないでしょうか?」
俺がそう言い、少し気を緩めた時──、リコが叫んだ。
「ブラスカ! 上!」
高い天井から、何かが空気を裂く音が急激に近づいてくる。
ブラスカさんはその音に目がけ、剣を突き上げた。
「コンボ!!!」
俺は咄嗟にスキルを発動し、ブラスカさん目がけて掌をかざした。
ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ドッ!!!
突き上げる彼女の剣は、超速の連発する打突となり、姿の見えない敵を撃った。
「グ、グ、グ、グ、グ、グ、グ、グゲェェ──!!!」
断末魔の声を上げ、ドサリと重量感のある物体が床に堕ちた。
床には幻獣の血と思われる青い液体が広がっていく。
「グゴボッ……!」
何もない空間から大量の青い血が噴き出た。それと同時に、幻獣がその正体を現した。
その姿は──、
虎ほどの大きさの巨大なカメレオンのような生き物だった。
カメレオンと違うのは、全身が真っ白な毛に覆われているところだ。
「これが幻獣……?」
幻獣は命尽きたのか、今は静かに目を閉じている。
「そうだ。これはファンタズマの使い魔、幻獣バーティゴだ。北の森に生息する魔獣だが、宮廷から連れて来てたとは思わなかったな」
ブラスカさんが剣で頭を突付くが、幻獣はピクリともしない。
「幻獣、死んじゃった……?」
リコが近寄って来て、幻獣の長い尻尾を、気味悪そうに恐る恐るつま先で蹴る。
「こいつが鳥を食べてたのか。こんな物騒なのが見えないなんて、おっかないな」
「エイジ、リコ、二人とも良くやった。助かったぞ。では、今度こそ上へ行こう!」