ファンタズマ攻略戦(2)
霧の中から突然現れたライノに、ミラジオの街の獣人たちが慌てて逃げ惑っている。
俺は獣車の窓から顔を出して、危険がないかを見張っている。
「気を付けてください! 大きめの獣車が通りますから! 道から避けてください!」
霧のためスピードはほとんど出ていないが、マジアの獣車は重車両並みの大きさだ。
怪我人が出ないように、念のために声を張る。
「霧が濃いが、ライノは道はわかるのか?」
「道筋は自動運行魔術式で誘導されてますから問題ありません」
すげーな魔法、GPS並じゃん。
「はは、なかなか時間がかかるが、まあ慌てず行こう」
涼しげ顔でブラスカさんは剣の具合を確かめている。
リコは何してんだ?
獣車の中を見ると──。
だ────────!
ラボラトーレさんが用意した朝飯を食ってた!
「いや〜ん。このパッパラパン、とっても美味しいのだ!」
パッパラパンは見た目はサンドイッチだ。
だが、挟んでいる具材が何だかわからない。
見たこともない色合いをしている。
「ああ、リコ……。それは機材の準備が終わってから、みんなで一緒に食べるはずだったのに……」
マジアが嘆いているが、お前が見張ってないからだぞ。
「エイジさん! リコをちゃんと見ててくれないと困ります!」
逆にマジアに怒られちゃったぜ。
俺はリコの保護者じゃないんだけどな……。
牛歩のごとく進む獣車は、昼過ぎになってようやく目的地である城跡前に着いた。
「みんな早く食べないから、朝ご飯がお昼ご飯になっちゃったし」
「ほら、降りて機材の準備をするぞ。リコはどっかに座ってろ」
「わかった。お昼ご飯を食べながら、待ってる」
お前! まだ、食う気なのかよ!!!
獣車から機材を降ろし、セッティングが始まった。
城跡は霧に包まれ、何も見えない。
マジアは黙々と準備した魔具を設置している。
ライノの太い脚の下には、魔術式が書かれたメタルプレートが敷かれている。
リコはといえば、歩道に座って、黙々と昼飯を食べている。
「マジア! この長方形の黒い箱を三段に積み重ねれば良いのだな?」
「ブラスカさん、それ、重いから気を付けてくださいね」
ブラスカさんは魔具を軽々と持ち上げ、どんどん積み上げていった。
ギターアンプのような魔具が三段に積み重なった。
こりゃ、マーシャルの三段積みって感じだな!
マジアは魔具の上に腰掛け、キターラの調整に余念がない。
端から見ていると、楽屋でギターソロの練習をしているギター少年のようだ。
「エイジさーん、魔具から離れてください。今から音を出しますから」
うわ、なんかコンサート前みたいでわくわくしてきちゃったな、俺!
マジア! ドーンと来い!!!
轟音が鳴ると思い、耳を手で押さえて待ってたが、出された音は大したことなかった。
あれ?
「マジア、なんかチロチロ音がするけど、こんな小さな音でいいのか?」
「予行演習だからいいんです。本番の音を出すと大き過ぎて迷惑ですから」
少し離れた場所では獣人らしき影が、たくさん動いている。
霧のせいで姿はよく見えない。
おそらく、何をやっているのかと集まってきた野次馬だろう。
「エイジさん、ブラスカさん! 準備が整ったのでお昼にしましょう!」
マジアに呼ばれて、昼飯となった。
リコの奴、全部食べてねーだろうな?
と疑ったが、ちゃんとパッパラパンは残っていた。
「エイジはきっと、リコが全部食べちゃったと思ってたし」
リコが目敏く、俺の視線から感じ取ったようだ。
「ちゃんと残してあるもん。はい、召し上がれ!」
リコが弁当カゴを差し出すので、色とりどりのパッパラパンから一つ摘み上げてかじった。
「かっ、辛ぇ────────!」
「エイジがまた当たりを引いたのだ!」
「さすが、スーパー・ラック【強運】の持ち主ですね!」
「わはは! これは幸先いいな!」
舌と喉、そして……、唇もすげーじんじんする。
「こ……、これって本当に当たりなのか?」
「普通、パッパラパンには、みんなの大好きな超辛いのは一個あるか、ないかだし」
「はは、エイジの強運、私もあやかりたいぞ」
えっ? この世界ってみんな辛いの大好きなの???
何か勉強になったけど、役立つ日はなさそうな知識だ。
昼飯を済ませ俺たち四人は、最終確認をした。
「僕が先ず魔具キターラを使った重魔術でファンタズマの幻惑魔術式を破ります。その時、みなさんは魔具の後方で両耳をしっかり押さえていてください。びっくりするくらい大きな音がしますからね」
「OK!」
「わかったし!」
「了解した!」
その後、マジアは獣車に繋いでいるライノの拘束具を取り外した。
「おいおい、ライノが暴れたり、逃げたりしないのか?」
「エイジさん、大丈夫ですよ。こいつは従順で優しいですから」
余計なことを言うなとばかりに、血走った目でライノが俺を睨む。
マジアはライノの鞍を新しいのに付け替えている。音符みたいな、模様が描かれた鞍だ。
「じゃあ、頼むぞ、ライノ!」
マジアがライノの角を叩くと、ライノが前脚を上げ空を切った。
ダダン!
太い脚が地に堕ちると同時に、魔術式が書かれたメタルプレートが光った。
「よし、始めるぞ! ライノ! 思いっきり暴れろ!」
あれ、さっきは暴れないって言ってたのに!?
「グモォォォォ────────!!!」
ライノが咆哮し、ステップを踏みリズムを刻み始めた。
脚が地に付く度に、地鳴りが響き、メタルプレートが明滅した。
ドッドッドッドッ、ドッドッドッドッ!!!
これって、バスドラムじゃん!
ドラムをやってる俺は、体が自然とビートに乗って、足でリズムを刻んだ。
ライノの野郎、なかなかのリズム感だな!
スピーカーのような魔具からは様々な色の魔法陣が浮き上がっている。
その中央でマジアがキターラを構えた。
うわっ、急いで後ろに行かなきゃ!
「一級重魔術師マジア・クオレ・ソリタリオ謹製、空間修復魔術式、ディストーション発動!!!」
ギュイィ────────────────ン!!!
腹の底まで響く轟音が、辺りの霧を一斉に切り裂いた!
マジアが摘む小さな三角板が空を切るたび、霧が切り裂かれていく。
マジアの重魔術式は、ロック・ミュージックそのものだ!
マジアはキターラを奏で続けた。
霧がみるみる晴れていき、集まった野次馬の顔がわかるようになった。
犬顔、猫顔、虎顔……様々な顔の獣人たちが、マジアの演奏に酔いしれている。
「グモォォォォ────────────────!!!」
ライノが一際大きな雄叫びを上げた時、異変が起きた。
前方の景観が大きく揺らぎ、何もない空間から巨大な建造物が姿を現し始めた。
あ、あれがファンタズマの居城か!!!
その姿は煤けた西洋風の廃城だった。
そこかしこが朽ちており、壁が崩落している箇所も見受けられる。
まだ薄い霧を纏った陰鬱な姿の廃城の上には、青空が見え始めている。
「わははっ! ついに幻惑の重魔術師ファンタズマの居城が姿を現したぞ!」
ブラスカさんが剣を振り上げた。
「エイジ、リコ、突撃するぞ! ん……? リコ……?」
ブラスカさんが剣を下ろしたので、振り返ると、リコが内股になってもぞもぞしていた。
「どうしたんだ? リコ?」
「なんでもない……、なんでもないし」
「ああ〜、急がないとファンタズマが修復しちまうぞ!」
「なんでもないから、突撃なのだ!」
「そうだな、リコ! じゃあ、みんな行くぞ!」
俺とブラスカさんとリコは、立入禁止の鎖をかいくぐり、ファンタズマの城へと突き進んだ。