地底防衛都市スクド(57)
岩壁を崩して現れたのは地竜だった!
薄暗い中、土埃が舞い上がり、全貌は良くわからないが、目が鬼火のように赤く輝いている。
地竜は岩壁から半分ほど体を出した状態で、こっちをじっと見下ろしている。
奴の発する不気味なわななきがダンジョンの空気を震わせ、冷気が広間を覆い始めた。
息を呑んでいたのか、静かだった兵士たちがざわめきだした。
宮廷重魔術師たちがいた辺りが緑色の光を放っている。
バリエラが防御重魔術式を発動したのだろう。
「エ……、エイジ! で、でかい親地竜だし!!! は、早く逃げるのだ!!!」とリコが焦った様子で力いっぱい俺の腕を引っぱる。
「あ……、ああ……、そうだな……」
と答えたものの、怪しく光る地竜の目に何故か魅入られ、絶体絶命なピンチなはずだが、足が動かない。
「雷弓部隊! 矢をつがえろっ!!!」とインパットの号令が響き、
「うおおおお────っ!!!」と各所で兵士の掛け声が上がる。
「準備できた者から、地竜へ攻撃開始せよ!!!
「うおおおおおおおおおおお────っ!!!」
兵士の怒号とともに弓鳴りと矢が空気をつんざく音がした。
直後、聞こえてきたのは、次々と矢が地べたに転がる音だけだった。
「ははははは!!! 不死地竜を雷弓ごときで倒せるものか!!! 愚か者どもが!!! ははははは!!!」
冥界の覇者ディザストロと名乗る男は愉快そうに笑った。
「マジア! お前の杖で思い切り照らせ!!!」
「はい! エイジさん! やってみます! 光れ! 杖よ!!!」
マジアの杖がこれまでになく激しく輝き、視界が真っ白になる。
それと同時にソノラの長い長い雄叫びが広間に響き渡った。
その声で広間を覆っていた土埃が一掃され、地竜の全貌が顕になった。
象を遥かに上回る灰色の巨体。
大地を踏みしめる太い四本の脚と大きな爪。
背中を覆う分厚そうな甲羅。
顔の大半を覆う金属製の兜から突き出た三本の鋭い角。
兜の奥で怪しく光る赤い目。
頑丈そうな体だが、体のあちこちは肉が削げ落ち、骨が露出している。
頭部も兜から露出した顎は骨だけだ。
「あれが……不死地竜……」とオレッチオがつぶやいた。
『グシュルルルゥルルルルゥルルルルゥ──』
地竜が唸ると、大きな牙の隙間から青白く光る煙が漏れ出た。
「ガウワウワウゥ──!!!」とガルルンが凄まじい声で吠える。
「エイジさん、なんだか嫌な予感がします! みなさん、こっちに集まって!!!」
「私も嫌な予感がするぞ! あの煙はヤバそうだ! みんな集まるんだ!!!」
ルーチェとブラスカが叫ぶ。
俺とリコはルーチェに駆け寄った。
「ち、地竜討伐隊!!! 突撃ッ!!! 突撃だ──ッ!!!」
「う、うおおおお────っ!!!」
「うおっ!!! うおおおおおおお────っ!!!」
「雷弓部隊も諦めずに、ヤツの目を狙って、撃ち込め──っ!!!」
「じゅ、重魔術師たちは何をしておるのだ!!! こ、攻撃をせぬか──っ!!!」
あちこちで士官の叫び声が交錯し、槍を抱えた兵士たちが地竜に突っ込む。
兵士たちは槍や剣で地竜の胴や足を攻撃したが、地竜は身じろぎもせず、唸るだけだ。
目を狙った矢も、地竜の兜で全て弾き返されている。
そして、地竜が動き始める。
前足を上げ、接近して攻撃していた数名の兵士を踏み潰す。
大きな地鳴りがして、地面が揺れた。
地竜は集まっている兵士たちを睥睨し、彼らを憎むかのように大きく咆哮した。
兵士たちはそれに怯み、慌てて後ろへと退いた。
「万物、土より生まれたる物なり! 地竜よ! 土くれに帰り、無となれ!!!」
アルキミアの声が響き、地竜の上に魔法陣が現れ、地竜は金色の光に包まれた。
地竜はその中で、吠え続けた。
しばらくして魔法陣は消え去った。
地竜は────、
肉がほとんど無くなったが、太い骨と甲羅だけの体で動き回っている。
首を振り、攻撃をしたのが誰か探っているようだ。
奴が被る兜はダメージを受け、大きく亀裂が走っている。
「くそっ!!! アンデッドには効かぬか!!!」
「アルキミア!!! 今度は私が!!!」
ソノラが杖を振り、音の矢を立て続けに放つ。
その矢は兜の亀裂にことごとく命中し、亀裂が大きくなった。
「今度は俺じゃん!!!」
クレティーノが杖を振ると、巨大な拳で殴られたように、地竜の頭が大きくぶれた。
それと同時に兜が割れ、大きな音を立てて、地面に転がった。
地竜は唸りながら頭をブルブルと振ったかと思うと、また動かなくなった。
「余興はこの辺りで終わりだ! お前らは完全なる闇の中、煉獄の炎に焼かれて冥界に堕ちるのだ!!!」
ディザストロの声がどこからかした。
その直後、地竜が物哀しげに長く吠えた。
その声はダンジョンを駆け抜け、どこまでも響いた。
「エイジさん! 来ます! 用心して!!!」とルーチェが俺を引っ張った。
「何が来るのだ! ルーチェ!!!」とリコが叫ぶ。
「マジア、杖をそのまま光らせてろ!!!」と俺は叫んだ。
ルーチェの杖が光り、俺たちは防御魔法陣に四方を取り囲まれた。
ガルルンはオレッチオが背負う荷袋に飛び乗り、唸った。
すると、ガルルンの角が赤く輝き始めた。
「みんな! 俺の声が聞こえるか!?」
「リコは聞こえるのだ!」
「僕も聞こえます!」とマジアの声。
「私も聞こえるぞ!」とブラスカの声。
「私も聞こえます!」とルーチェの声。
「僕も聞こえるので!」とオレッチオの声。
パーティー全員の声が返ってきた。
防御魔法陣の中は大丈夫そうだ。
だが、外は漆黒の世界で何も見えないし、何も聞こえてこない……。
地竜が子地竜と同じ攻撃を始めたに違いない。
「あっ! あ────っ!!!」とルーチェが叫ぶ。
真っ暗だった外を青白い炎が埋め尽くしていく。
ルーチェの防御魔法陣もその業火に押されているのか、彼女は苦しそうに杖を握り締めている。
「ルーチェ!!! 大丈夫か!!!」
「まだ大丈夫ですが……、どこまで保つかわかりません!!!」
青白い炎は俺たちを取り囲み暴れまわっている。
これでは外にいる兵士たちは無事では済まないだろう。
青白い炎は休むことなく暴れ狂い、終りが見えない。
ルーチェの魔法陣の光も薄れ始めた。
「ルーチェ! 頑張れ!!!」とみんなで応援したが──、
魔法陣の光が明滅し、消えてしまいそうだ!
熱気が中に入り始めた。
みんなの顔には絶望の色が浮かび始めた。
と──、凄まじい地鳴りがして、激しく揺れ、突然、炎が止んだ。