地底防衛都市スクド(56)
「我が心をのぞくのは誰だ!!!」
大きな声が響き、目が覚めた。
半身を起こし、辺りを見回すと、あちこちでトーチの火がゆらゆらと揺らめいている。
耳を澄ますと、寝息や寝語りが耳に入ってくるが、大きな声を出している者はいない。
やはり、俺の頭の中の声か……。
色んな夢を見たような気がするが、所々思い出せない。
見たことがあるような不毛の荒野の夢も見たけど……。
リコは俺の横で大口を開けて寝ている。
こいつの寝顔はいつ見ても幸せそうでいいな……。
だが、地べたに直に寝てるので、起きたら背中がさぞかし痛むだろう。
俺も背中が突っ張った感じで、かなり痛い……。
アノニモはマジアの横で、畳んだマントを枕にして寝ている。
俺の夢に出てたのは、おそらくマジア・ベリタだろう……。
つまりはアノニモの記憶なのかもしれない。
這って横まで行き、顔をのぞき込んだら、アノニモが唐突に目を開けた!
驚いて返す言葉が出ず、体が固まってしまった。
「何をしている?」と押し殺したアノニモの声がした。
アノニモがそのまま起きてきたので、俺は横に避けた。
「いや……、隣にいるマジアの様子を見に来ただけなんです……」
「そうだったのか。てっきりエイジ君に襲われるのかと思ったよ……」
「そ、それはないです! もうお邪魔はしませんから、また寝てはいかがですか?」
「十分に眠ったから、もういい。それにしても、妙な夢を見たな」
「えっ! どんな夢です?」
「君みたいな若者が大勢いる場所だった。見たこともない白い箱みたいな建物がいくつも建ってたよ。若者が行き交う中、あの子がうろちょろしてたな」
アノニモは寝ているリコに視線を向けた。
「へえ、リコが出たんですね。どんな格好してました?」
「派手に赤い上着を着てたな」
それは……、リコの着ているパーカーで、場所は俺の大学だ。
リコがいたのなら、それはおそらく俺の記憶……。
もしかしたら、アノニモも俺と同じようなスキルを持っているのかもしれない……。
「地べたに寝てたから背中が痛いな」
アノニモが立ち上がり、伸びをした。
俺たちが話してたせいか、マジアがむっくりと起き上がった。
「うーん……、話し声がすると思ったら、エイジさんでしたか……。アノニモさんと話してたんですか?」とマジアが眠そうに目を擦る。
「ああ、そうだ。起こして悪かったな」
「うー……、私も起きちゃいましたよ」とマジアの横のルーチェも起きて、こっちを見た。
「ルーチェも起きちゃったのか……。そんなに大きな声で話してないんだけどな……」
「いえ、なんだか怖気がして、目が覚めちゃいました」
「それって、もしかして邪気か?」
「はい、そうかもしれません……。ところで、そこに立ってる人はどなたでしょう?」
キョトンとした目で、ルーチェが俺の後ろを見上げている。
「アノニモさんだよ。ルーチェ、寝ぼけてるのか?」
「いえ、エイジさん、アノニモさんじゃないですよ!」
「マジアも寝ぼけてるのかよ!」
そう言って、振り向くと、そこには見たことがない男が立っていた。
背丈と服装はアノニモと同じだが、顔が明らかに違う。
金色の髪から突き出た尖った耳先。エルフのようだ。
彫りの深い精悍な顔つき、凛とした眉に青い瞳、ガッシリとした顎。
目尻には皺が走り、若いアノニモとは異なる中年の男だ。
「あっ……、私、この方、見たことがあります……。子どもの頃にフィオレと見たマジア・ベリタさんにそっくりです」
「マジア・ベリタ!」とマジアが声を上げた。
その声に反応し、背の高い男が俺たちを見下ろし、口を開いた。
「君たちにお願いがある!」
「あなたは宮廷重魔術師のマジア・ベリタさんなのですか?」
すかさず、マジアが尋ねた。
「ああ、そうだ。だが……、もうすぐ私は私でなくなる!」
「マジア・ベリタさんなんですね! 僕、あなたに訊きたいことがあるんです!」
マジアは興奮した様子で男に問いかける。
「坊や、残念だが、時は一刻を争う! みんなを起こして、ここからすぐに逃げるんだ!」
「エイジさん! 邪気がだんだん大きくなってます!!!」とルーチェが叫ぶ。
「えっ! みんなを起こすんですか!?」と俺は訊き返した。
「急ぐんだ! 私が私でいられる時間はもう無い!!!」
男に腕を掴まれて引き起こされ、背中を強く叩かれた。
男は苦しそうに顔をしかめながら、大声で叫んだ。
「皆の者!!! 起きて逃げるんだ!!! 地竜が上がってくるぞ!!!」
その声を聞き、起きている兵士が武器を取り、立ち上がり始めた。
「君たちも早くみんなを起こすのだ!!!」
「エイジさん!!! これまでにない邪気です!!!」
ルーチェが杖を握ると、頭がまばゆく輝いた。
「みんな!!! 地竜が来るぞ!!! 起きて逃げるんだ!!!」と俺は大声で叫んだ。
俺の声に次々と兵士やポーターが起き上がった。
リコ、ブラスカ、オレッチオも飛び起きて、立ち上がった。
向こうでは宮廷重魔術師たちも立ち上がり、周囲を見回している。
「地竜はどこだ!? どこから来るんだ!?」
兵士たちはトーチを掲げ、うろたえている。
「戦っても無駄だ!!! 逃げろ!!! 逃げるんだ!!! ただの地竜じゃないぞ!!! 奴は不死地竜だ!!!」
男はそう叫んでから、唐突に頭を抱えてうずくまった。
その直後、パラパラと砂埃が舞い落ちてきたと思ったら、地面が激しく揺れた。
「きゃあ──!!! 地震なのだ!!!」
リコが甲高い悲鳴を上げ、駆け寄ってきた。
そして俺の腕にしがみつき、怯えた眼差しで上を見ている。
幸い、揺れはすぐに収まり、洞窟の広間はにわかに静かになった。
兵士やポーターは次の行動を決めかね、天井を見上げ、硬直したまま立ち尽くしている。
そんな中、うずくまっていた男がゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。
マジアとルーチェはその男を見て、表情が硬直している。
「エイジさん! マジア・ベリタさんの顔が!!!」
ルーチェに言われ、振り返って男の顔を見て、驚愕した。
怪しく赤く光る瞳──。
割れかけの陶器のように赤いひび割れが走る顔面──。
額にはもう一つの瞳がせわしなく動いている。
さっきとは丸きりの別人だ。
怪しい男は、怯えている兵士たちを見回し、心底嬉しそうに笑った。
「あはははははは!!! マジア・ベリタが最後の警告をしてくれたのに、逃げ遅れたのろまどもが!!!」
向こうから大盾を構えたバリエラが野太い声を上げた。
「貴様は何者だ!!!」
男はバリエラのいる方にゆっくりと体を向き直し、朗々と答える。
「我は冥界の覇者ディザストロなり!!! これより地上界への侵攻を開始する!!!」
「冥界の覇者だと!!! 何をほざいているのだ!!! 貴様は!!!」と今度はアルキミアの声がした。
「先ずはお前たちが不死地竜の贄となるのだ!!! 刮目して恐れるが良い!!!」
男が青白く光る剣を抜いた。
次の瞬間、轟音とともに奥の壁が崩れ落ち、巨大な影が現れた!