お姉さまの恐るべきスキル
廊下に出ると猫耳娘のメイドが、上目遣いに興味津々の眼差しを向けてきた。
「マジア様に聞いたっんですが、エイジさん、頭はお大丈夫でっすかにゃー?」
「うん、大丈夫だよ」
「エイジさんは異世界人って、本当にゃっのかにゃー、じゃない、本当でっすか?」
「そうだけど……」
「異世界って、どんなっ所かっにゃー?」
「そうだなぁ……、自然はこっちと似ていて、人がいっぱいいるかな」
「人がいっぱい! 人間族かにゃー。獣人は?」
「獣人? 獣人はいないな」
「じゃあ、私みたっいな獣人がエイジさんの世界に行ったっら、どうなっるにゃー?」
「大人気じゃないかな? とっても可愛いし」
「にゃー! にゃー! エイジさんたっら、ほんとっ、お上手だっにゃー!」
尻尾をピンと立てて、すごい喜びようだ。
けど、ビシビシ肩を叩かれて、ちょっと痛ぇよ。
「ところで、君の名前は?」
「働き者のラボラトーレだにゃー」
「ラボラトーレさん、マジアはどこにいるの?」
「あっちでっすにゃー。案内すっるにゃー」
ランプが灯る廊下を、ラボラトーレさんに連れられ、マジアの部屋まで来た。中からは何やら、大きな音がしている。
「エイジさん、お食事まっだでっすよね? 何か食べたい物ありますかにゃー?」
「クチュクチュピー以外なら何でもいいよ」
「クチュクチュピー以外……。わ、わっかりましたっ! では、後ほっど食堂まっでお越しくだっさいにゃー」
ラボラトーレさんは一礼して去って行った。
「マジア、いるのか? 入るぞ」
部屋に入るなり、キーンと耳鳴りがして、同時に軽い目眩がした。
「うぅっ! 何だ……、これは!?」
「ああ! エイジさん、来てたんですか。気づかなくてすみません! テーブルに置いてる耳あてをしてください!」
ヘッドホンのような耳あてがあったので、言われるがままに装着したら耳鳴りがすぐに止んだ。
「今、調整中なんですよ。使うの久しぶりなので」
マジアは丸椅子に座り、楽器のような道具を抱えていた。
見た目は元の世界のエレキギターに似ているが、ボディには魔術式が書かれている。
テーブルの上にはアナログの置き時計のような計器があり、針が振れている。
マジアが手を止めたので、耳あてを外した。
「マジア、何なんだ、それ?」
「これは重魔術式を制御する魔具です。キターラといいます」
「へえ、魔具キターラね。どういう風に使うんだ?」
「幻惑魔術式に逆位相の歪みをぶつけることによって、無効化するんですよ。原理的には可能なはずです」
「うーん、何だか難しそうだが、それってアンプか何かで増幅する必要があるんじゃね?」
「えっ! エイジさん、よく知ってますね。そうなんですよ」
「俺、元いた世界でバンドやってたから、音響関係は割と詳しいぜ。俺もドラムやってるし」
「バンドって、楽団みたいなものですか?」
「そうそう」
「ドラムって、どの楽器ですか?」
「ああ、そうだな……。太鼓だな」
「へえー、エイジさんは太鼓師なんですね。意外です」
太鼓師って……、こっちじゃ、ドラマーって言わないんだな……。
「とにかく、城という巨大な建造物だから、かなり増幅しないといけないんです」
「どうやるんだ?」
「ライノに手伝ってもらいます」
「あの色ボケ……じゃね。あの獣車の?」
一体どう使うんだ?
「準備が大変ですよ。魔術式を刻んだメタルプレートも数が必要ですし」
「俺に手伝えること、何かある?」
「明日、色々と機材を獣車まで運ぶのを手伝ってもらえると助かります」
「わかった。邪魔しちゃ悪いんで、もう行くけど……。マジア、あまり根を詰めすぎないようにな」
「ありがとうございます。じゃあ、明日また」
部屋を出る前に振り返ると、マジアは計器を確認しながら、熱心に魔具を操作していた。
エレキギターの練習をしてるみたいだな。
日本でバンドやってた頃、思い出すぜ。
とは言っても、日本を離れて大して経ってないけどな。
◇◆◇
食堂はどこだと探していると、白い豪華なドレスを着たスタイル抜群の女性が歩いて来た。
あ、あれは……、昼間応接間にいた……。
目を逸らしてやり過ごそうとしたら──。
「そこの昼にチビ豚といた下男! その場にひざまずきなさい!」
その言葉を聞いた途端、力が抜け膝が床に崩折れた。
何だ、これっ!?
「ほんと、チビ豚と一緒じゃ礼儀作法の一つも憶えないわよね。貴族様が通り過ぎる時は、どこであろうと、ひれ伏すのが礼儀でしょ」
「くっ! 何で俺がお前なんかにっ!」
「下男が貴族様に口応えとは百年早い! そこに土下座なさい!」
いっ、痛ぇ!!
今度は意思に反して、床目がけて頭突きさせられた!
あの女性は何もしてないのに!
「何です、それ? 品のない無様な土下座ね。そうそう、あなたのご主人様は、エサを食べ終わる頃だから、早く豚小屋に連れて帰ってくださらない。食堂にウジが湧くと困ります。ほほほほほ!」
女性は高笑いをしながら去って行った。
あの女! リコに何かしやがったな!
急いで立ち上がり、駆け出すと、ラボラトーレさんが飛び出てきた。
「あっ! エイジさん。リコさんがっ、リコさんがっ変なんですにゃー!」
食堂に飛び込んだ。思ったより広く、見たこともないほど長いテーブルが置かれていた。
だが、肝心のリコの姿は見えない。
「ラボラトーレさん! リコはどこに?」
「一番奥の椅子の所でっす!」
進んで行くと、奇妙な音が聞こえてきた。
「ぶひ、ぶひ。ぶひ、ぶひ」
これはリコの声?
クチャクチャと何かを咀嚼するような音もする。
嫌な胸騒ぎが止まらない。
テーブルの端まで辿り着いた俺が見たのは──!
リコが四つん這いになって、床に無残に散らばった料理を舐めるようにむさぼっていた。
「ぶひ、ぶひ。ぶひ、ぶひ」
髪や顔を汚して、無我夢中にリコがまるで豚のように……。
その目に正気はない。
「リコ! おい、今すぐやめるんだ!」
「ぶひ、ぶひ。ぶひ、ぶひ」
俺の言葉も届いていない。
「リコ! リコ!」
飛びついて背中を叩くが、リコは食べるのをやめない。
一体、どうすればいいんだ……?
「リコ! もうやめろ! やめるんだ! 俺と一緒に部屋に戻ろうぜ!」
リコの肩を強く握り、何度も揺すった。
「ぶひ?」
リコが俺を見上げた。目には生気が戻っている。
「はぁ、はぁ……。エイジなの……?」
「ああ、そうだ。お前、一体どうしたんだ?」
リコがゆっくりと立ち上がり、床に広がる惨状を見て、たじろいだ。
「はぁ、はぁ……。こ、これは……、お姉さまが食堂に入って来て……」
「ああ、俺も廊下で会ったぜ。お前、あいつに何をされたんだ?」
「これは……、お姉さまのスキル。パーフェクト・ドミネーション【完全支配】……だし」