表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/132

地底防衛都市スクド(54)

 眼下には荒涼とした土色の大地が遥か遠くまで続いている。

 乾いた風が頬を打ち、舞う砂埃が時折り顔にまとわりつく。


「皇帝陛下はこの東の辺境に防衛都市を築くそうだ」


 そう言うと、すぐ傍で男の声がした。


「そうなのか。東方のエステラ王国では内乱が勃発したそうだ。ここへは大勢の難民が押し寄せて来るだろう」

「その難民を取り込んで兵士にすれば、帝国が版図(はんと)を広げる原動力になるな」


 横を向くと、頑強な体躯の男がいる。

 背丈が2メートルはある大男だ。

 半裸なので筋骨隆々なのがよくわかる。

 背丈ほどの巨剣を背負っており、太い腕には盾を装着している。

 戦士なのだろう。

 フサフサとした黒髪の下、黒い瞳が貫くようにこっちを見ている。

 その男が口を開いた。


「簡単に言うが、他国の難民を取り込むのは困難だぞ。言葉も文字も通じないからな」

「そのとおりだ。すぐには無理だろう。だが、私に考えがある」

「ほう? それはどんな考えだ?」

「頭で考えて、口に出したことを自動的に翻訳する重魔術式だ」

「おい! そんなことが本当に可能なのか?」

「ああ、竜使いは竜と意思を通じることができる。それは竜の魔力を竜使いが制御できるからだ」

「遊牧エルフの竜使いか。それを重魔術式に応用するのか?」

「ははは、お前は飲み込みが早いな。戦士にしておくのは惜しいほどだ」

「馬鹿を言うな。俺から剣を取りあげれば、何も取り柄が残らん。それで、お前は今後どうするのだ?」

「意思疎通のための重魔術式の構築には、竜の魔石が必要だ。それも膨大な数が必要なのだ」

「まさか、それを俺に調達しろと?」

「ははは、洞察力も大したものだ! 説明が楽でいい! 現皇帝陛下より賢いんじゃないか!」

「おだてても何も出ないぞ! で、竜の魔石はどのくらい必要なんだ?」

「帝都全域に重魔術式の効果を及ぼすには、ざっと見積もって3000。要所には巨竜の魔石も必要だ」

「3000!!! 帝国どころか世界中の竜が絶滅しそうな数だな!」

「できるか?」

「もちろん! やってみせよう。言葉の壁がない世界。夢のような世界だ」

「こんな無茶な仕事はお前にしか任せられない。お前が持つ魔力が無ければ不可能だ」

「俺だけでも無理だがな。時空を超える『錯乱の扉』を使ってこそ為せる技だ」

「では、早速取り掛かってもらえるか? 私はエルフの里に戻って、(たくみ)となる重魔術師たちを集める」

「よし、わかった! マジアよ! しばしの別れだな!」

「必ず実現させようぞ! 我が帝国がこの世界の覇者となるのだ!」

「この魔剣エノルメに誓って、実現させてみせようぞ!」


 男は巨剣を楽々と抜き、天に向かって振り上げた。

 その刃は限りない熱波を送り込む陽の光を宿し、燦々(さんさん)と輝いた。


 ◇◆◇


 モザイク模様の石畳の上、純白の円柱が遥か先まで並んでいる。

 宮廷の回廊だろうか……?

 そこに立っている丸ハゲの大男が口を開いた。


「竜の魔石はまだ必要か?」

「お前のお陰で大方数は揃った。帝都の主要な地域で、魔石の配備は順調に進行中だ。お前には長い間、大変な苦労をさせたな」

「わはは、苦労したのは巨竜くらいだ。天竜は逃してしまったがな……」

「お前もすっかり年を取ったし、しばらくはじっくり帝都で休養してくれ」

「いや、そうはいかんな。俺にもある計画ができたのだ。だから、北の辺境に(おもむ)くつもりだ」

「北の辺境とは? まさか、お前……、死竜を討伐するつもりか!?」

「さすが、宮廷重魔術師だな。死竜の魔石を使えば……、わかるよな?」

「……むむむ、死者と会話が可能かもしれないが、そこは不可触の領域だ。下手をすると冥界に取り込まれるぞ!」

「死竜が数世紀ぶりに北の森に現れると聞いたのだ。魔石を使うかどうかは別として、死竜を是非とも討伐してみたい。そして、我が武勇を歴史に刻むのだ。お前はエルフで長寿なのだから、しっかり俺の名を後世に伝えてくれよな」

「承知した。ただ、死竜は冥界の使いだから、他の竜とは勝手が違う。くれぐれも無理をするなよ!」

「わかっておるわ! では、頼んだぞ! マジア!」


 大男と拳を突き合わせた。

 大男が甲高い口笛を吹くと、空から翼竜が舞い降りてきた。

 彼はそれに飛び乗り、真っ青な大空へと飛び去っていった。


 ◇◆◇


 青い光に照らされた洞窟を歩いている。

 地面も岩肌も、どこを向いても青一色の世界だ。

 奥へと進んでいくと、物哀しい泣き声が聞こえてきた。

 女の泣き声だ。


「なんなの、ここは……。どうしたら帰れるの……」


 少し進み、首を振ると、小さな横穴に人影があった。

 スカートを履いた女が地面にペタリと座り込んでいる。


「おい、君はどこから来たんだ?」と男が声を発した。


 女は驚いた顔で、こっちを見た。


「あ……、あなたは誰!? ここはどこなの?」

「私はマジアという者だ。ここはスクドのダンジョンだが、君は『錯乱の扉』を通って来たのだろう?」

「スクド!? ダンジョン!? 何のことですか!? 『錯乱の扉』って奥にあった青く光ってるやつですか?」

「君はその青い扉を抜けて、ここへ出たんだ。『錯乱の扉』を抜けられるとは運がいい。スクドはここの地名だ。君はどの国から来たんだ?」

「私……? 私は日本にいたはずなんですが、ここは外国なんですか? けど……、言葉は通じてるから、日本なのかな……? 一体どうなってるんですか?」

「ニホン……? 知らない国だな……。とにかく、ここから離れよう。ここには魔物が来る」

「魔物!? 時々、聞こえてくる不気味な声はそうなんですか?」

「ああ、この辺にはガーゴイルがいるからな。さあ、冒険者がいる場所まで案内するから、立って」

「ガーゴイル!?」


 女性は慌てて立ち上がり、抱きついてきた。


「君の名前は?」

「キリコです」

「キリコ君か。怪我はないか?」

「はい。ここがダンジョンって本当なんですか?」

「ああ、このダンジョンは危ないから、なるべく早く出よう」


 見下ろすと、腕に抱きついた女は力なくうなずいた。

 青く照らされた顔には、まだ怯えた表情が浮かんでいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ