地底防衛都市スクド(50)
俺のすぐ傍で、ガーゴイルたちが騒いでいる。
聞こえてくるのは、バサバサと羽ばたく音と、やかましい魔獣の雄叫びだ。
俺を掴んでいる奴が仲間から攻撃を受けているのか!?
獲物の俺を取り合っているのか……?
めっちゃ揺れて、落ちそうだ!
ここがチャンスと思い、左手でガーゴイルの足を殴りまくった。
墜落死するかもしれないが、奴らの餌食になるよりマシだ!
奴の力が緩んできた。
俺はカギ爪の一本を左手で握り、渾身の力でグキリと折った。
『グゲ────ッ!!!』
絶叫を上げ、奴は俺の腕を放した──!
必然、俺は落下した!
暗闇なので、高さはわからない。
衝撃に備えたが──!
そんな準備をする間もなく、足が何かにぶつかり、勢いよく転倒した。
…………。
俺は暗闇の中に倒れている。
左肘を思い切り打ったが、他は掴まれてた手首が痛むくらいだ。
体に大きなダメージはなさそうだ。
これは俺のスキル、スーパー・ラックのお陰かもしれない。
死なないにしても、大怪我は免れないと思っていた。
幸い、地面と近かったようだ。
ガーゴイルたちが騒ぐ声がどんどん遠くなっていく。
俺のことは諦めたのだろうか?
半身を起こして、地面を撫でてみた。
ざらざらとした土に、小石が混ざってる感触がする。
崖みたいな場所だとマズいので、動かずに目が慣れるのを待った。
かなり上の方でガーゴイルたちがひどく騒いでいる。
他に音は聞こえてこない。
叫んで助けを呼ぼうかと思ったが、ガーゴイルが戻ってきそうなのでやめといた。
目が慣れてきて、少しは周囲の様子が見えてきた。
人間の体の適応力は凄いなと感心したが、良く見ると、少し先の洞窟から青い光がうっすらと漏れている。
立ち上がり、足下に全神経を集中して、その洞窟へとゆっくりと近づいていく。
時折り、出っ張った岩に足を取られたが、徐々に明るさが増し、苦もなく歩けるようになった。
洞窟の入り口まで辿り着き、魔物や魔獣がいないかと、片目だけ出して中をのぞいた。
横穴となっている洞窟の中はかなり明るかった。
奥の方から青い光が射してきている……。
魔物や魔獣の気配はしないようだが……。
耳を澄ましても、風が唸る低い音しか聞こえない。
俺は光に誘い込まれる虫のように、光の元へと歩き始めた。
青一色の洞窟の中、所々に小さな横穴があるが、人は入れそうにない。
どんどん奥へと進んでいった。
しばらくして、かなり大きな横穴があった。
のぞくとすぐに行き止まりで、洞のようになっている。
そこに何かが落ちているのを見つけた。
小さな四角い物体だ。
何か近づいてないか、首をぐるりと回したが、やはり何の気配もしない。
大土蜘蛛がいるかもしれないので、上も見たが、岩肌が青く照らされているだけだった。
洞へと入り、しゃがみ込んで、その物体を手にした俺は驚愕した──!
俺が手にしたのは、見慣れたスマホだった。
良く知ったメーカーのロゴが土で汚れている。
だが、スイッチを押しても起動しなかった。
バッテリーが切れている。
どうしてこんな物がここに???
そう思ってすぐに、青い光の正体がわかった気がした。
狭い洞の中には他には何も落ちていない。
俺はスマホを胸ポケットに入れ、洞窟をさらに奥へと進んだ。
そして、すぐに青い光の正体と出くわした。
青い光を放つのは、すぐ先にある四角形だった。
青く光る扉くらいの大きさの長方形。
これは錯乱の扉だ!
この謎の物体は厚みがなく、その光に飛び込むと戻ることができない。
裏をのぞいてみたいが、洞窟の幅いっぱいに扉があるので、向こう側へは行けない。
おそらくスマホの持ち主は、俺たちの世界から迷い込んで、偶然にここへ出てきたのだろう。
そして、この場所から離れてどこか他所へ行ったか、もう一度、錯乱の扉に入ったのだろう。
いずれにしても生きている可能性は低いだろう……。
とにかく、洞窟をこれ以上先へは進めない。
ここで助けを待つか、自力で脱出方法を探るかだが……。
闇雲に歩き回ると、魔物や魔獣に遭遇する確率が高いし、縦穴や崖があれば転落してしまう。
俺は唯一の可能性を信じて、誰かがいた洞に入り、腰を下ろした。
ここで拾ったスマホを出して、眺めた。
土で汚れた少し古い型のスマホ。
これを握って、彼か彼女は何を思ったのだろうか……?
電源が入れば、何かわかるかもしれないが、この世界では充電もできない。
と言うより、俺もこの持ち主と同じ運命になるかもしれない……。
だが、俺はこの持ち主よりマシなはずだ。
そう信じ、膝を抱えてじっとしていた。
どのくらい時間が経っただろう……?
期待していた声が聞こえてきた……。
真っ青な光の中にずっといたので、気がおかしくなって、ただの錯覚の可能性もあるが……。
その声は近づいている。
はっきりと甲高い声がした。
「エイジ──! エイジ──! いるんでしょ!!!」
俺はスマホをまたポケットにしまい、立ち上がった。
「リコ──! 俺はここだ!!!」
洞を出ると、トーチを掲げたリコが駆け寄ってきた。
リコは俺に抱きつき、顔を見上げた。
「ガーゴイルに食われたかと思ったのだ」
「ははは、俺のスキルはスーパー・ラックだしな。運良く助かったみたいだ」
「お兄様がガーゴイルを追い払うのに時間がかかったのだ」
「ああ、そうなのか。てっきり、海竜の時みたいに俺を……」
文句を言いかけたら、クレティーノが現れた。
「おお、エイジ君! 無事だったか! 良かったじゃん! 飛びながらだと杖で攻撃できないし、暗いから苦労したし!」
「なるほど、そうなんですか。とにかく、ありがとうございます!」
「何度もソノラやブラスカを抱えて、ガーゴイルを撃退したんで、くたくたじゃん……」
クレティーノが壁にもたれてへたり込んだ。
それと同時に、洞窟が揺れ、パラパラと土が舞い散った。
「うわ、地震ですよ! ここを早く出なきゃ!」
「エイジ、これはアルキミアが魔術式を使ってるのだ」
「彼も降りてるんですか?」
「ああ、上の広場で話してた計画どおりだな」とクレティーノが立ち上がった。
「いずれにしても、ここを出るのだ」とリコが俺の手を握った。
「ありがとうな、リコ。方位魔術で俺を見つけてくれて」
「当たり前だし。前に迷子になった時みたいにうろちょろしてなきゃ、見つけるのは簡単なのだ」
「さすが、世界一の方位魔術使いだな」
「むっふ〜。けど、お世辞を言っても何も出やしないのだ」
「助けてくれただけで、ありがたいよ」
俺は青く照らされたリコの頭を撫でた。
リコは振り返り、にっこりと微笑んだ。
俺は胸ポケットに手を当て、このスマホの持ち主も仲間がいれば助かってるかもしれないと思った。