地底防衛都市スクド(49)
俺たちが転がり込んだ第十階層の広場は橋の横にある断崖の岩場だ。
その断崖はマジック・クリスタルに照らされ、闇に浮かぶ巨大な一本橋のように見えるのだ。
広場は地面いっぱいに魔法陣が彫り込まれていて、それが魔物除けになっているらしい。
そんな広場があちこちにあり、兵士たちが野営しているのが見える。
この広場にもインパットの部下がいたようで、今は気絶している彼の周りを取り囲んでいる。
ガルルンはインパットを食べたいのか、いい匂いがするのか、広場で寝かされている彼を盛んに臭っている。
「こら! ガルルン、その人はまだ生きてるんだから、食べちゃダメだぞ!」とブラスカがガルルンを諭した。
ガルルンは「死んだら食べてもいい?」って感じで、首を傾げ、ブラスカの顔を見上げた。
魔狼のガルルンには魔物除けが効いてないみたいだけど、ここは本当に大丈夫なのだろうか?
リコは広場の端に行き、四つん這いになって眼下に広がる暗がりをのぞいている。
「柵もないし、落ちたら大変なのだ! オレッチオ、底までどのくらいあるのだ?」
「かなりありますよ。底は第十五階層なので」とオレッチオが荷袋を降ろし、地図を取り出し、地面に広げた。
「じゃあ、ここから第十五階層まで一気に降りられるのだ」とリコがその地図を眺めた。
「いえ、高さがありすぎるので、ロープが足りませんし、空を飛ぶ魔獣もいるので危険すぎます」
「リコの兄様なら飛べるから問題ないのだ」
「おいおい、俺っちが独りだけ降りても仕方ないじゃん!」
話を聞いていたクレティーノが慌てて振り向いた。
「いや、なかなかの妙案ではないか? 先ずクレティーノと俺が降りて、俺が魔術式で降りやすいように地形を変えれば良い」とアルキミアがあぐらをかき、地図をのぞき込んだ。
「確かにショートカットできれば、かなり時間を短縮できるわよね」とソノラも議論に加わる。
「襲ってくる魔獣からは私が守れば良い」とバリエラもでんと腰を下ろした。
俺には特にできることがないので、黙って彼らの話を聞いている。
なんだか、その方向で話が決まりそうな雰囲気だ。
ブラスカとフィアマはといえば、作戦会議には加わらず、ガルルンとじゃれて遊んでいる。
二人とも頭脳派というより、肉体派だしな……。
ガルルンはブラスカと遊んでいると、ご褒美にインパットをもらえると思って、飛び跳ねて喜んでいる。
アノニモはタバコを吸って、くつろいでいる。
彼がまともに戦ったのはナーガの時くらいなので、もっと活躍して欲しいものだ。
ルーチェは疲れたのか、マジアと並んで横になっている。
突然、大声がしたと思ったら、インパットを取り巻く兵士が騒ぎだした。
おそらく、インパットが目を覚ましたのだろう。
二度も地竜の攻撃をくらったのだから、気の毒だ。
「宮廷重魔術師の皆さん! 広場の端は崩れるかもしれないので危険ですよ! もっと真ん中に寄ってください!」
インパット隊の兵士が叫んだ。
彼らはみんな体格が良く、筋骨隆々だ。
携行用雷弓が大きいので、それを担ぐにはそこそこの体格と体力が必要だからだろう。
「うわぁ! 確かにここ、魔法陣が半分削れてるし! もっと広場の中央に寄るのだ!」とリコはすぐに走っていった。
「この間の大地震で崩れたんでしょうね。確かに以前はもっと広かった気がします」とオレッチオは地図をしまい、荷袋を背負った。
「また地震が来たら大変だな……」とバリエラが第十階層の広大な空間を見回す。
「ならば、早めに計画を実行すべきだな」
アルキミアがクレティーノと顔を見合わせ、目で合図をした。
「アルキミアさ。あの小さいのが地竜だってことはないのかな?」
「貴様は、あんな小さいのが大地震を起こせると思うか?」
「そうよね。やっぱり本物の地竜は、リコちゃんが言ったように大きいんでしょうね」とソノラがつぶやき、ため息をついた。
「おい、マジアにルーチェ、もっと真ん中に寄れってさ」
「エイジさん、すぐに崩れたりはしませんよ。もう少しだけ休ませてください」
「マジア、お前、さっさと動かないとくすぐるぞ!」
「うひゃあ! また変態さんに襲われる!」とマジアは飛び起き、逃げていった。
「ほら、ルーチェも早く移動しろよ」
「エイジさんは変態さんなんですか? 私も襲うんですか?」
ルーチェが寝たまま、目だけ動かし俺を見た。
「襲うはずないだろ。ほら、早くあっちに行けよ」
「ちぇっ! 襲われるかもしれないってドキドキしたのに……」
面倒くさそうに起き上がって、文句を言いながらルーチェも動いた。
「エイジも早く来るのだ!」とリコが向こうで手を振った。
右手を挙げて応えようとしたら、手首辺りを何かに握られた。
何だ!? と思い、見上げた。
するとそこには、見覚えのある黒い影が……!!!
コウモリのような大きな黒い羽をバタつかせて、犬みたいな顔の魔獣が俺の腕をカギ爪の足で掴んでいた。
こいつは!!! ランシアで見た、ガーゴイルだ!!!
ガーゴイルが『グギギギッ!』と唸り声とともに足を引き寄せた。
俺の足下が地面を離れ、ふわりと浮いた。
「おい!!! 助けてくれ!!!」
俺の声に広場のみんなが注目した。
ブラスカがいち早く反応し、メテオラを抜き、火球を放った。
ガーゴイルは体を捻り、それを避けた。
俺の体が横に流れる。
ガーゴイルが力強く羽ばたくと、俺の体が高く浮いた。
みんなが駆け寄ってくるのが、眼下に見える。
「エイジ────!!!」
リコが杖を振ったが、何も起こらない。
拘束魔術式は外れたようだ。
ついに俺の体は広場から離れ、下は真っ暗な闇だ。
ここでガーゴイルが足を離せば、一巻の終わりだ。
ここまで来ると、ガーゴイルを攻撃するのも難しいだろう。
真っ暗な闇からは冷たい風が吹き上がってくる。
その風に乗り、ガーゴイルがゆらりゆらりと揺れ、俺の体も揺れる。
『グギャ──!!!』といななき、ガーゴイルが勢いよく滑空した。
振り落とされやしないかと肝を冷やした。
すっかり闇の中に入り、周囲が見辛い。
ただ旋回しながら少しずつ下へと降りていくのはわかる。
奴らの巣に連れていくつもりなのだろう。
腰に掛けた剣の柄を握った。
地面が近づいたところで、こいつの足を斬りつけてやるしかない。
降りていくスピードが落ちていく。
頃合いか!?
左手で剣を抜いた。
突然、ガーゴイルが強く羽ばたき、体が大きく揺さぶられた。
その拍子に剣を落としてしまった……!
唯一の武器をなくした俺は、ヤケクソになってデタラメに暴れた。
ガーゴイルがバランスを崩し、慌てている。
今度は、左手で何度もガーゴイルの足を殴った。
『グギャ!! グギャ!!!』とガーゴイルが騒いだ。
すると、辺りにたくさん、羽ばたく音が──!!!
仲間が寄ってきたんだ!
『グギャ! グギャ!』とあちこちから声がする。
ああ! こりゃ、もうダメかもしれない!
真っ暗闇の中で、何も見えない。
奴らの忌まわしい声が、大きくなっていく。