地底防衛都市スクド(46)
「ルーチェ、闇を支配するのが地竜って、じゃあ、さっきのが地竜だって言うのか?」
アルキミアが埋めた横穴を睨みつつ、俺はルーチェに尋ねた。
横穴はもうどこにあったのかわからないほど、綺麗に埋まっている。
「私にもわかりません。古い書物に、そう書いてあっただけです」とルーチェが首を振る。
「あんな小さいのが地竜なら討伐は簡単に終わりそうだな! わははは!」
アルキミアは三白眼の目を細め、愉快そうに笑った。
彼の乾いた笑い声が薄闇のダンジョンに反響した。
「けどよ、アルキミア。さっきはみんなやられてたじゃん」
「クレティーノ、あれは不意打ちだったからな。敵の手の内がわかってしまえば、次はそうは行くまい。実際、貴様の魔術式は効果があったではないか」
「まあ、そうだな。問題は奴の使う目くらましと言うか、真っ暗になっちまう術だよな。あれをやられてる間に攻撃されるとお陀仏だし」
「何も見えないだけではなく、何も聞こえないのでは、手も足も出せない」
バリエラが仏頂面でそうつぶやき、太い腕を組んだ。
「だが、ソノラは奴の息使いが聞こえたんだろ?」とブラスカが訊いた。
「いいえ。音が聞こえたんじゃなくて、空気の振動を感じたの」
「そうか。ならば、ソノラの耳は頼りになるかもしれないな」とブラスカがうなずく。
「ポーターさんも聞こえたんでしょ?」とソノラがオレッチオの大きな荷袋を叩いた。
「はい、足跡がかすかにしましたね」
「じゃあ、完全に音を消せる訳じゃなさそうね。まあ、彼みたいに耳がすごく良くないと、聞こえないでしょうけどね。ところで、そこの憲兵さんはどう思う?」
思いがけなくソノラに指名され、タバコを咥えたアノニモがちょっと驚いた顔をした。
「えっ、俺? さっきの奴の攻撃を見た限りだと、体当たりくらいしかなさそうだし、あの術にかからないように距離を取ればいいんじゃないかな」
「憲兵さん、さすが! 私もそう思うわ」とソノラが何度もうなずく。
「と言うか、奴は俺が既に埋めてしまったんだが……。もしかしたら、これで地竜の討伐は完了か?」
アルキミアが自分が埋めた横穴を握った掌で小突いた。
「違うのだ! リコが方位魔術で見た地竜はもっとでかかったのだ!」とリコが歩み出た。
「リコ殿。では、その地竜はどのくらいの大きさだ?」とアルキミアが尋ねた。
「海竜と同じくらいでかかったのだ」とリコは杖を握った腕をいっぱいに広げた。
「海竜……??? それはどのくらいの大きさなのだ?」
「海竜は軍艦よりでかいですね」と俺が補足した。
「何!? そんなにでかいのが、このダンジョンに本当にいるのか?」
「でかいだけならいいけど、そいつがさっきみたいな術を使うと厄介じゃん」
「クレティーノ! 地竜は絶対に私が倒すぞ! そのためにわざわざスクドくんだりまで来たんだからな!」とフィアマが握った拳を突き出す。
「てか、お前があの小さいのに、一番最初にやられたんだが……。ぶつけた肩は大丈夫かよ?」
「ああ、こんなのすぐに治る! あれは油断してたからだ!」
「取り込み中、すまないが、そろそろ先に行かないか? 第十階層の野営地まで先が長いしな」と吸っていたタバコをピンと指で弾き飛ばし、アノニモが歩き始めた。
そのアノニモの言葉を受け、俺たちは再び第八階層の主洞穴を進んだ。
「マジア、お前はさっきのは地竜だと思うか?」
「さあ? 僕にはあれが地竜かどうかはわかりませんが、あの魔獣はこの杖の光を嫌ってたような気がします」
マジアが光る杖を持ち上げ、軽く振った。
「そうだな。確かにその杖がメッチャ光った後に、術が解けたよな」
「闇の支配者だから、きっと光が嫌いなのだ」とリコがつぶやいた。
「なるほど……。そうなのかもな。偉いな、リコは」
リコの頭を撫でたら、嬉しそうに目を細めた。
「今度、子地竜に会ったら、リコがこの杖で拘束してやるのだ!」とリコが杖を振り上げた。
「こ地竜? 何だそりゃ?」
「小さいから、きっとでかい地竜の子どもだし」
「ああ、地竜の子どもだから子地竜か……。子どもだとして、あんなのが沢山いたら大変だな……」
「一匹人質に取って、でかい親の地竜を脅すのだ!」
「お前なぁ……、魔獣より鬼畜だな……。ところで、ルーチェ、邪気はしないか?」
俺の問いかけに、少し前を歩くルーチェが振り向いた。
「はい、今のところ、邪気はしません! 感じたら、すぐに皆さんに教えますよ」
「ルーチェの邪気センサーも何気に便利だよな」
「エイジさん、センサーって何ですか?」
「うーん、感知する魔具ってとこかな。ルーチェ、それより前向いてろよ。すっコケるぞ」
「なるほど……。ルーチェはその邪気センサーなんですね。了解です!」
また、しばらく進んでいると──。
「邪気だし! 邪気だし!」とリコが杖を振って、騒ぎだした。
みんなが立ち止まり、一斉にリコに注目した。
「こら! 紛らわしいから、人の真似はやめとけよ!」
リコがてへぺろって感じで舌を出した。
「てかさ。ずっと思ってたんだが、お前のその言葉の訛りは何なんだ?」
「リコの言葉の訛り? エイジは何を言ってるのだ。リコは美しい帝都標準語をしゃべってるし」
「マジア、そうなのか?」
「ええ、そうですよ。もしかしたら、エイジさんは異世界人だから、意思疎通重魔術式が障害を起こしてるのかもしれませんね」
「そうなのかな? 宮廷重魔術師たちの言葉は普通なんだがな……?」
「あいつらこそ田舎出身に違いないのだ!」
「まあ、いいや。もう慣れたし……」
「意思疎通重魔術式といえば……、アノニモさんがマジア・ベリタなら開発に携わってるはずですよ」とマジアが声を潜め、前を歩くアノニモを小さく指差した。
「そんな話も聞いた気がするな。しかし、嵐でバグってたのに、ダンジョンの中でも機能してるのはすごすぎる……」
「そうですよ。宮廷重魔術師マジア・ベリタは偉大な方なんです。アノニモさんがマジア・ベリタだなんて、僕はやっぱり信じられません」
「あいつと話してたみたいだけど、何かわかったのか?」
「いいえ、まだ何もわかりません……」
あの得体の知れない闇に出くわして以来、特に異常もなく、俺たちは雑談をしながら、ダンジョンの奥へと進んでいった。
時折り、でかい虫が集まっているエリアもあったが、魔物や魔獣とは一切遭遇しなかった。
「あそこが第九階層への下り坂です。第八階層も終わりなので」とオレッチオが前方を指差した。
「早く野営地で休みたいのだ……」とリコがつぶやいた。
「そうだな……」と答えかけた俺は後ろに何かの気配を感じた。
振り向くと、何かが近づいてくる。
「おい! 後ろから何か来るぞ!」
みんなに声を掛け、目を凝らした。
「ん!? 兵士みたいだぞ!」
カーキ色の軍服を着た小太りの男は、俺たちが立ち止まったのを見て、転がるように走りだした。
「おーい! 宮廷重魔術師の方々じゃないか! 助かった! 俺だ! 雷弓隊のインパットだ!」
男は手を大きく振り、嬉しそうに笑った。