大浴場で作戦会議?
マジアの分家の屋敷に戻るやいなや、成り行きで大浴場で作戦会議となった。
俺とマジアは頑なに固辞したのだが──、
ブラスカさんに抱えられ、身ぐるみを剥がされてから、浴場へと放りこまれた。
この会議の結末は見えているが、リコが姉のことを忘れて元気にしてるなら、
この際、まあ、いいかな……。
「マジアの小っこいタマタマなんて見飽きてるもん。恥ずかしがらなくていいし」
「いや、僕はここでいいです」
マジアは胸までタオルを巻いて、お湯にも浸からず、広い浴場の隅で縮こまって座っている。
「エイジ、ブラスカに異世界人の自慢のタマタマを見せるチャンスだし! ほら!」
「ほら、じゃねー! だから〜、自慢じゃねえよ!」
「わは! そんなに自慢な代物なのか! しかし、風呂場で会議なんて、なかなか風流だな!」
いや、全然会議になってねえし……。
風呂場でワイ談してるだけじゃん!
「エイジ、今すぐその腰に巻いたタオルを取るのだ! 見られて減るもんじゃないし、自慢のタマタマをブラスカにご披露するのだ!」
「リコ、女は男に胸を見られるほど、ボインボインになるらしいぞ。うちの田舎の祖母がよく言ってたものだ、わはは!」
「じゃあ、パッツンパッツンのブラスカは、男に相当見られてるのだ!」
「なんだか最近、エイジの熱い眼差しがすごくてな。この頃、どんどん大きくなっているぞ! わははは!」
「な! 何を人を変態みたいに言ってるんですか! ブラスカさん!」
「わははっ! 殿方の何も、女の胸をみるとどんどん大きくなるのだぞ、リコ」
「何? ブラスカ、何ってなんなの??? リコ、教えて欲しいし!」
リコの食いつきが半端ない。
この色ボケ・エルフが!
お湯はかなり熱めだが、なかなか気持ちがいい。
異世界に来て、こんな良い風呂に入れるとは思わなかった。
さっきから湯気の向こうでリコが俺に向けて、タオルをめくってツルペタな胸をチラチラと見せている。
俺に見せても1ミリも大きくなりゃしねーぞ、ロリエルフ!
マジアはといえば、まだ浴場の隅でじっとしている。
「おい、マジアもこっち来いよ!」
「いえ、熱い風呂は超苦手なんです、僕。肌に合わなくて」
ちぇっ! 女みたいな奴だな、と思ってたら、柔らかい何かが肘に触れた。
横を向くと、間近にブラスカさんがいた。
憧れの遼子先輩の裸が、すぐそこに!
いやいや! 姿はそっくりだが、ブラスカさんはブラスカさんだ。
「エイジ〜、私の胸をもっと大きくしてくれないかな? ふふふ」
ふふふって……、ブラスカさんは完全に俺をからかっている。
で、でも……、遼子先輩似のブラスカさんの肌が触れると……。
や、やべえ! 俺のビッグマグナムが!
「エイジ! リコのも! リコのおっぱいも、大きくするのだ!」
リコがすごい勢いで迫って来る。
「お前の息、まだクチュクチュピー臭ぇから、こっち来るな!」
慌てて立ち上がったら、足が滑った!
大きな水しぶきの音と、後頭部への衝撃!
俺の視界は暗転した。
◇◆◇
モザイク模様の石畳の上、純白の円柱がずっと先まで並んでいる。
ここは、宮殿の回廊のような場所……?
「ちょっと、待て!」
女の声が響く。
「ファンタズマ! 貴様、私の剣に何てことをしてくれたんだ!」
聞き覚えのある声だった。
これはブラスカさん……?
少し離れた柱の陰、灰色のコートを着た背の高い男が立っている。
黒く波打つ長髪に、寂しげな目、高い鼻、薄い唇。
なかなかのイケメンだ。
「ブラスカ・プリマベラ、君も近衛騎士団を抜け、早々にここを立ち去ったほうがいい。君の命に関わるぞ」
「何を言ってるんだ! それより、貴様、この剣の封印を解け!」
眼前に鞘に収まった剣が見える。
この美しい剣はブラスカさんの流星剣『メテオラ』?
「それは私の重魔術式が施された剣の魔力を封じこめる鞘だ。封印を解けば、真っ先に君の命は狙われるだろう。魔王と戦うことができるのは、皇帝陛下の太陽剣とその流星剣だけだからな」
「魔王? 魔王は皇帝陛下が天上へ追いやったではないか!」
「ブラスカ、君はそれを信じるのか? 魔王は討伐などされてはいない」
「貴様、訳のわからぬことを。魔王は去り、地上には平和が訪れたのだぞ」
男は掌で顔を覆い、笑い始めた。
「ふふふふふ、長い間、権謀術数の世界に生きてきたが、私は疲れ果てた。我々のやってきたことは間違いだったのだ。余生は夢の中で生きることに決めた」
「ファンタズマ、貴様、さっきから何を言ってるんだ?」
女がそう叫んだ時、男が懐から黒い卵のような物体を取り出した。
「さらばだ、ブラスカ。君とはもう二度と会うことはあるまい」
景色が渦を巻くように歪み始め、やがて何も見えなくなった──。
見知らぬ窓から月明かりが射しこんでいる。
外からはフクロウのような声が聞こえる。
むくりと起き上がり、独りつぶやく。
「風呂場で作戦会議なんか、土台無理な話だったんだ……」
「やあ、エイジ。目が覚めたのか? ふふふ」
「えっ!?」
柔らかい物に手が触れたと思ったら、ブラスカさんの胸だった。
「エイジ〜、起きたそばから……。はは、やんちゃな奴だな!」
慌てて状況を確認したら、俺はブラスカさんに膝枕されていた。
「あわわ! ブラスカさん、俺ってどうなってたんですか?」
「大浴場でひっくり返って頭を打ったんだ。大丈夫か?」
痛む箇所を触ってみると、コブができているが──。
「ええ、大丈夫だと思います。ブラスカさんはずっと一緒にいてくれたんですか?」
「ああ、ちょっとからかい過ぎたし、悪かったと思ってな。でも、リコが言う自慢のタマタマもしっかり堪能させてもらい、目の保養になったぞ。異世界人のタマタマなんて、末代までの語り草だ。ははは!」
慌てて体を見たが、服は着ていた。
うっ! 遼子先輩似のブラスカさんに俺のお宝を見られてしまった……。
末代まで俺は恥をかくのか……。
まあ、事故みたいなもんだし……、諦めるとしよう。
そういえば、さっき見た夢に、ブラスカさんらしき人が出てきたけど……。
夢のことだし、まあ、いいか……。
「ブラスカさん、他のみんなは何してます?」
「リコは食堂で夕食中だな。マジアは部屋にこもって何かやってる」
リコの奴め! パートナーの俺を放って、自分だけ夕飯かよ!
「俺、ちょっとマジアを見てきます」
「ああ、それなら廊下にあの獣人メイドがいるから、部屋を彼女に訊くといい」