地底防衛都市スクド(45)
「ポーター! こいつは何なんだ?」
アルキミアがゆらゆら揺れる得体の知れない闇と間合いを取りつつ、尋ねた。
「いえ、僕も初めてです。こんなの……」
「何か光を吸収する衣を纏っているのではないか?」とバリエラは大盾を構え、じりじりと闇ににじり寄っている。
「そうだな。ならば、その衣を私の剣で燃やしてしまおう!」
そう言うやいなや、フィアマが剣を振り上げた。
そして、動く闇に向かって剣を振り下ろした瞬間──、彼女の姿が忽然と消えた!
「フィアマが消えたぞ!!! フィアマ、どこだ!?」とブラスカが叫ぶ。
思わぬ事態に、みんなが足を止め、目を見開いた。
今しがた、目の前にいたはずなのに──。
フィアマの姿どころか、彼女の気配すら感じない。
「フィアマ! フィアマ!」とブラスカや宮廷重魔術師たちが何度も呼ぶが、返事がない。
と──、ゆらゆら揺れていた闇が滑るように横に動いた。
次の瞬間、岩壁が崩れ、その下に倒れているフィアマが現れた。
「う……、うう……」
フィアマは左肩を手で押さえ、うめいている。彼女の剣は地面に転がっている。
「フィアマ!!!」
ブラスカが彼女に向かって走ると、その姿が消えた。
その数秒後、「うわあ!!!」という悲鳴とともに、地面に倒れているブラスカが現れた。
「フィアマ、ブラスカ、何があったんだ!?」とクレティーノが叫んだ。
「うう……、わからない! とにかく、その闇には近づくな!」とフィアマが震える手を差し出し、みんなを制止した。
「く、くそっ! こうなったら!」
クレティーノが草を薙ぐように杖を横に振った。
すると、何かが激突し、岩壁が大きな音を立てて砕け散った。
「おっ! 俺っちの魔術式は効果がありそうじゃん!」
歓喜の声を上げ、クレティーノが倒れているブラスカに駆け寄る。
それを見守っていた俺は、突如、異変に見舞われた!
闇の表面にいくつも亀裂が入り、赤く輝いた。
次の瞬間──。
これはなんだ!!! 何も見えない!!!
視界から全ての物が消え去った!
完全な闇が俺を取り巻いている!
下を見ても、自分の足すら見えない!
暗黒がそこにあるだけだ!
それに──!
何も音がしない!!!
誰かいるのか!? 答えてくれ!
そう叫ぶ自分の声すら音になっていない!
そんな中、何かが俺の左手を強く掴んだ。
この大きさと柔らかさは……。
リコの手だ……。
リコ、そこにいるのか? 大丈夫か?
尋ねてみたが、口が動いているだけで、声になっていない。
だが、グイグイと小さな手が俺を引くので、しゃがみ込んで、抱き寄せた。
頬に当たる柔らかいリコの髪の感触がした。
リコは俺に抱きつき、もぞもぞと動いている。
何かを言ってるのかもしれないが、姿も見えないし、声も聞こえないのでわからない。
他のみんなはどうなったんだ……?
見回してみるが、そこに広がるのは漆黒の闇だけだ。
魔獣が襲ってくるかもしれない……。
恐怖だけが俺の頭を支配してくる。
リコも同じ気持ちなのだろう。
抱きつく力が強くなっている。
この状況から、どうやって抜け出せばいいんだ?
リコを抱き上げ、移動しようとしたら、何かを蹴飛ばした。
何かと確認する間もなく、目の前で眩い光が狂ったように何度も明滅した!
「うわあ!!! 何だ、この光は──!!!」
『グガッ、グガエェ──ッ!!!』
自分の叫ぶ声と獣みたいな声が聞こえ──、
闇は消え去り、俺はリコを抱えて、突っ立っていた。
俺の前では、すっ転んだマジアが怯えた顔で、輝く杖をかざしている。
「マジア、どうした!?」
「ま、魔獣が僕にぶつかってきたんです!!!」
「いや、それはおそらく俺だな」
「……エイジさんだったんですか?」
「ああ、それより他のみんなは……?」
ぐるりと見回すと、皆一応に悪夢でも見たようなひどい形相で、喘いでいた。
アルキミアは片膝を付き、肩で息をしている。
ソノラは杖にすがりつき、その顔は乱れた銀髪の中、恐怖に凍てついている。
バリエラは大盾を低く構え、巨躯を縮めたまま動かない。
ブラスカはクレティーノに肩を借り、辛うじて立っている感じだ。
ルーチェはしゃがみ込み、頭をかばうように抱えこんでいる。
オレッチオは大きな荷袋を降ろし、その裏に隠れている。
その隣でガルルンは尻尾を巻いて、おろおろしている。
「な、何だったんだ……! 今のは!!!」
よろめきながら立ち上がったアルキミアが地面に向かって吠えた。
「闇は! あの闇はどこへ行った!!!」
バリエラが最初に闇が現れた場所へと走った。
そこは彼が持つトーチに照らされ、湿った地面が光を反射している。
「どこかへ逃げたのか……。奴は何だったんだ……?」
岩壁に寄りかかって立ち上がるフィアマがうわ言のようにつぶやく。
「みんな、大丈夫か!?」とブラスカの声がした。
俺は胸元に抱えているリコを見下ろした。
「リコは大丈夫だし。エイジが傍にいて良かったのだ」とリコは微笑んで、俺を見上げた。
すっ転んでいたマジアは立ち上がり、服に付いた土を払っている。
彼が握る杖の光は元の明るさに戻っていた。
「おい! あっちに横穴があるぞ!」
洞窟の先からトーチを掲げたアノニモが歩いてきた。
「アノニモさんは大丈夫でしたか?」と俺は尋ねた。
「ああ、俺は大丈夫だ」
アノニモは軍帽のつばを上げ、親指を突き上げた。
「この横穴か! そこそこ大きいな。奴はここから出てきたのか!」
アルキミアはトーチの明かりで横穴をのぞいていたが──、
「分解術式!!!」と唐突に叫んだ。
すると轟音とともに、横穴があっという間に埋まってしまった。
「これで奴ももう出ては来れないだろう!」
鼻息荒くアルキミアが怒鳴った。
「ああ……、怖かった……。何だったんでしょう? 今のは? 何も見えないし、何も聞こえないし……」
ルーチェがまだ落ち着かないという感じで、みんなの顔を見回す。
「足跡があります。やっぱり四足の魔獣のようです」
オレッチオがトーチで照らした地面を見つめている。
彼が見ている足跡はくっきりとしている。
木の葉っぱのような三本指の足型がいくつも残っている。
その大きさから判断すると、大熊くらいの魔獣だろう。
「やっぱり魔獣だったのだ!」とリコが俺の腰に抱きついた。
「ああ、そうみたいだな。アルキミアさんが横穴を埋めたし、もう大丈夫だろう」
「けど、正体がわからず仕舞いでしたね」
かなり怖かったのかマジアも俺の服を掴んだ。
「また、あんなのが出てきたら大変だし、どうするか策を練ったほうがいい」とブラスカが言った。
「あ……、あのう……」とルーチェがおずおずと手を挙げた。
「光の巫女様、何か考えがあるのか?」とブラスカが指差す。
「わ、私、古い書物で読んだ一節を思い出したんですけど……」
「何なのだ、それは?」
ルーチェは青ざめた顔で、唇を震わせた。
「や、闇を支配する者……、そ、その名は地竜なり」