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地底防衛都市スクド(43)

 泉の洞穴を出た俺たちは順調に第七階層の主洞穴を進んでいたのだが……。


「おい! クレティーノの妹さんの言ったとおりだぞ!」


 前衛のバリエラが野太い声を上げ、立ち止まった。

 彼の眼前にあるのは真っ黒な広い空間だ。

 俺たちはその巨大な穴に行く手を阻れてしまった。


「リコの言ったとおりだな」

「えっ、エイジ。リコ、何か言ったの?」とリコがクリンとした青い瞳を向けた。

「お前、やっと正気に戻ったと思ったら、憶えてないのかよ……」

「リコ、美味しいキノコを食べたのは憶えてるし」


「地面が崩れ落ちたみたいだし、危ないから気を付けるじゃん!」とクレティーノが穴を見下ろしている。

「あなたは飛べるからいいわよね」とソノラの声がした。

「兵士が崩落に巻き込まれたなら、生存者がまだいるんじゃないか?」とブラスカが穴に近づいていく。

「うーん、深いし、暗くてよく見えないな」とフィアマは穴の縁に這いつくばり、手を伸ばしてトーチをかざし、暗がりをのぞいている。


「フィアマ、また崩れるかもしれないから、少し離れておこう」

「ああ、そうだな、ブラスカ」


 オレッチオは耳栓を外し、掌を耳にあてがっている。


「オレッチオ、何か聞こえるか?」と俺は尋ねた。

「兵士の声はしませんね。何か大きな物が這うような音がします」

「きっと魔獣がいるんだな……」


 みんな黙り込んで、クレティーノの方を見た。


「おいおい! 俺に飛んでいって確かめて来いって雰囲気がするんだが……。俺っち、ムカデとか超苦手じゃん」

「いえ、ムカデじゃなさそうなので」とオレッチオが即座に否定した。

「いや……、ムカデじゃなくても、トーチを持って飛んで降りるのは、ゴーレムの時みたいに危険だし」

「だが、無事な兵士がいれば救うべきじゃないか?」とバリエラが訴える。

「ならば、この場を無視して進むのか、兵士の無事を確認するのか早く決めてくれ。どっちにしても俺が対処する」

「アルキミアの魔術式でここを埋めて先に行くか、それかどうするって言うの?」とソノラが訊き返した。

「ああ、もう面倒だ! 魔獣が上がってきたら貴様らが片付けろよ! 分解再生術式!!!」


 アルキミアが杖を振るった。

 魔法陣が現れ、黄金の光を放ち旋回しながら大穴を降りていく。

 しばらくして、大きな地響きがしてきたので、みんなは慌てて大穴から離れた。


「何をしたんだ? アルキミア」とバリエラが尋ねた。

「上から穴を埋めるか、底から盛り上げるかの違いだけだ」

「じゃあ、底が上がってくるのか!」


 それを聞き、ブラスカとフィアマが剣を抜き、構えた。

 もうもうと舞い上がる土煙の向こう、いくつかの影がゆらりと動いた。


「フィアマ! 何匹かいるみたいだ!」

「わかった! 私は左から行くから、お前は右から行け!」


 ブラスカとフィアマが二手に分かれて走ると、ソノラの甲高い声が洞内に響き渡った。

 土煙が一気に吹き飛び、ついに魔獣が姿を現した。

 それはいくつもの頭を持つ大蛇だった。

 とぐろを巻き、優に十メートル以上はある。


「ナーガです! 気を付けてください!!!」とオレッチオが叫び、

「ワウワウワウ──!!!」とガルルンが吠える。

「うわぁ────────────っ!!!」


 マジアの叫び声がしたと思ったら、洞窟内が昼間のように明るくなった。

 ナーガの頭にブラスカとフィアマの剣から放たれた火球が激突した。

 ナーガの全ての頭が「シャ──ッ」と咆哮し、とぐろを解き、長い尻尾が何度も岩壁を叩く。

 砕かれた岩が飛び交い、俺たちを襲う。


「うわ! うわ! うわ!」とリコが小躍りするように慌てている。

「リコ、危ない!」

「エイジさん、大丈夫! 任せてください!」


 俺はリコを抱きかかえ、地面にうずくまった。

 横ではルーチェが杖をかざし、石つぶてを防御魔法陣で弾き返している。

 向こうではバリエラがブラスカたちを防御魔法陣で守っているのが見える。

 ソノラは音の矢を放っているが、硬い(うろこ)には効いてないようだ。

 アルキミアは魔力の回復を待っているのか、今は後ろに退いている。


 ブラスカたちが苦戦する中、背の高い男がナーガにゆっくりと近づいていった。

 魔法陣が描かれた白いマントを翻し、土煙の中を歩いていくのはアノニモだった。

 アノニモが腰の剣を抜くと、青白く刀身が輝いた。


 正面から近づいてくる男を確認し、ナーガの全ての頭が獲物めがけて一斉に飛びついた。

 激突する刹那、アノニモが高く跳躍し、剣が光の尾を引き一閃した。

 ナーガの頭は全て跳ね落とされ、赤い鮮血が盛大に吹き上がった。


「あ〜、あ〜っ!」


 大慌てでルーチェが防御魔法陣で血の雨を防いでいる。

 血の雨に打たれ、アノニモの白いマントはあっという間に真っ赤に染まっていった。

 ナーガの太い胴は苦しむように勢いよくのたうっていたが、徐々に動きが緩慢になっている。


 胴体がほとんど動かなくなると、ブラスカたちが生存者がいないか捜し始めた。

 俺は全身真っ赤に染まったアノニモに駆け寄った。


「アノニモさん、凄いじゃないですか! あの大きな化け物を一太刀で倒すなんて!」

「でかいだけで大した魔獣じゃないからな」

「全身血だらけですし、一旦、泉まで戻りますか?」

「いや、それには及ばない! ソリューション!!!」


 解式の呪文とともにマントの魔法陣が輝く。

 そして、(まばゆ)い光の粒子がつむじ風のように、アノニモの体を包み込んだ。

 その光が消えると、ナーガの血で真っ赤だったアノニモの服と体はすっかり綺麗になっていた。


「アノニモさんのマントの魔法陣って……、まさか……」

「はは! 清浄魔術式なんだ。便利だろ!」


 アノニモが真っ白な歯を見せ、ウインクした。

 清浄魔術式は普通は小さな御札紙だが、でかい魔法陣なだけあって、効き目は抜群なようだ。

 横に立っていた俺の服もおこぼれをもらって、少し綺麗になってる気がする。


「リコも今度アノニモのマントを使うのだ!」


 リコの目が虎視眈々と奴のマントを狙っている。


 ガルルンは喜び勇んで、水溜りになったナーガの血を舐めている。

 ちょっと気味が悪いが、ガルルンも魔獣だし仕方ないかもしれない。

 マジアはどこに行ったのかと探すと、壁の窪みに嵌って震えていた。


「マジア、ナーガはアノニモが倒したから、もう大丈夫だぞ」

「あああ……、ほ、他にいたりしませんか?」

「あんなでかいの、他にいたらすぐわかるだろ。マジア、もしかしてお前、蛇が苦手なのか?」

「え、ええ……。僕、蛇が大嫌いなんです……」

「そうだったか……。いいこと聞いたな……」

「はっ! エイジさん、弱みを握ってラッキー的な顔したでしょ、今!」

「あはは、いや……、別に。にしてもお前の杖、メッチャ光ってたよな」

「はい。勝手に光量が変わるんですよ。この杖」とマジアは光が弱まっていく杖先を見つめた。


「持ち物は沢山落ちているが、生存者はいないな!」とブラスカの声がした。

「ポーターもかなり食われたようですね」


 オレッチオが地面に転がっている荷袋に合掌した。


「どのくらい、こやつにやられたんだろうな?」とアルキミアが息絶えているナーガの頭を蹴った。

「この穴の大きさで、ナーガは八つ頭があるので、四、五十人は食べられたのでは?」


 オレッチオが冷静な声で答えた。


「じゃあ、既に百五十名くらいは兵力が減ってるかもね」とソノラがつぶやく。

「雷弓部隊がやられてなければ良いがな」とバリエラが主洞穴の先を見つめた。


「他のポーターの荷物を少し持っていくので、協力お願いします」


 オレッチオの要請に応え、みんなが落ちている荷袋からいくらか荷物を捨て、背負った。


「オレッチオ、ナーガの魔石は取らなくていいのか?」

「エイジさん、帰りにしますよ。生きて戻れなきゃ無駄になりますので」

「はは……、怖いこと言うな。それもそうだけどな……」


 マジアは決してナーガに近づかないように、遠くを歩いている。

 リコは自分の身長より高いナーガの胴を興味津々の目で見ている。

 やっと活躍したアノニモは涼しい顔でタバコに火を点けた。

 すっかり動かなくなったナーガの胴体を横目に、俺たちは先へと急いだ。


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