地底防衛都市スクド(42)
「なあ、ポーターさんよ。先行した部隊がここには来ないようだが、他にも泉があるのか?」
バリエラが大きな荷袋を背に寝そべっているオレッチオに声を掛けた。
「ここほど大きな泉は当分ありませんが、ここから他へも水が流れてますので、飲料水には困らないでしょう」
「そうか。じゃあ、ここには寄らずに先に行ったのか。いずれにしても彼らに追いつかないと物資が尽きるな」
「そうだわ。あの子に探してもらったら?」
ソノラがむにゃむにゃと寝ぼけてるリコを指差した。
「ああ、方位魔術とやらが使えるエルフのお嬢さんか」
「あの子、クレティーノの妹さんらしいよ」
「そう言ってたよな。そういえば、どこか似てるような気もするな」
「ねえ、エイジ君、あの子にお願いしてくれない?」
横で話を聞いていた俺に、ソノラが頼んできた。
ちょっと前なら超綺麗なお姉さんからの頼まれごとで心も弾んだことだろう。
今はそんなに嬉しくはない……。
だが、宮廷重魔術師の依頼を断るわけにも行かない。
「いいですよ。任せてください」と答え、リコの所へ行った。
リコは寝ぼけまなこで俺を見上げた。
「ひゃひゃ! 魔物がまたリコの色気に惹かれて、寄って来たのだ!」
「お前、まだ幻覚見てるのかよ」
「リコは幻覚なんか見てません。魔物さん」
「宮廷重魔術師の方が、お前に方位魔術で先行した部隊がどこにいるか探して欲しいって言ってるんだが……。できるか?」
「お安い御用だし、魔物さん。ほいじゃ……」
リコはちょっとふらつきながら立ち上がり、胸の前で手を合わせ、祈りのポーズを取った。
「ああ……、魔物さん、ところで何を探すんでしたっけ?」
「先行したスクド防衛隊や宮廷から来た地竜討伐隊だよ」
「ひゃひゃ! そうでした。そうでしたのだ!」
リコはやや焦点の狂った目を閉じ、再び祈りのポーズを取って、黙り込んだ。
バリエラとソノラ、それと話を聞いていたみんながリコに注目している。
祈りのポーズが長いので、寝てるんじゃないかと思い、俺は思わず話しかけた。
「リコ、見つかったか?」
「ひゃひゃひゃ! いっぱい大穴に落ちてます。落ちてますのだ」
「何がだよ?」
「ひゃひゃ! 魔物さんが探せと言った兵士さんなのだ」
「えっ! 大穴ってどんなのだ?」
「暗くて、深ーい穴なのだ。何かモゾモゾ動いてるし。うひゃひゃ!」
「モゾモゾ動いてるって、兵士か?」
「暗くて、よく見えません。ひゃひゃ!」
「他には何か見えるか?」
「残念ながら、これから先は有料なのだ、魔物さん。3000円だし。ひゃひゃ!」
金をねだられたところで、俺はリコとの会話をやめた。
「聞いてたと思いますが、ダメですね。昨晩のキノコにまだやられてるようです」
「そうか……。回復したら、またお願いするとしよう」
残念そうな顔でそう言うと、バリエラは大盾を背負い、刺していたトーチを抜いた。
「バリエラ、もう出るのか?」と腰を上げかけてたアルキミアが尋ねた。
「ああ、その子の言ったことが気になってな」
「では、俺も行こう。ソノラも来るよな?」
「もちろん。ちょっと寝足りないけどね。クレティーノは大丈夫?」
ソノラに問いかけられ、水辺で顔を洗っていたクレティーノが振り向いた。
「んー! なんかメッチャいい夢見て、いい気分じゃん! 俺っちも、もちろん行くぜ!」
クレティーノは元気いっぱいだ。すっかり回復しているように見える。
アノニモも何事もなく、マントを羽織って、出発の準備をしている。
おそらく体の大きさとキノコの摂取量で回復時間が違うのだろう。
「ブラスカは寝足りないんじゃないか?」とサーコートに防具を装着しているブラスカに尋ねた。
「こんなの敵との交戦時の仮眠よりマシさ。なあ、フィアマ」
「ははは! そうとも! ブラスカなら敵と戦いながらでも、寝れるよな」
「そういうフィアマこそ!」
また似た者同士の意気投合が始まった……。
放っておこう……。
「エイジさんは大丈夫ですか?」とルーチェが訊いてきた。
「ああ、俺はルーチェに殴られたから、バッチリ目が覚めてるぞ。あはは」
「あははははは……。それは良かったです。けど、あれはエイジさんが殴れって言ったんですからね」
オレッチオがガルルンの手綱を握った。
ガルルンは「朝ご飯はどこなんですか?」って感じで周囲を嗅ぎ回っている。
マジアは水辺で水を手に汲み上げて、飲んでいる。
「マジア、お前は水浴びしてないんじゃないのか? ささっと今、済ませよ」
「異世界から来た変態さんがのぞくから、絶対にそんなことしませんよ!」
「お前なあ! いつか必ずのぞいて、俺のスキルが本物だって証明してやるからな!」
「変態さんのストーカー宣言、来たー! 憲兵さん、あの変質者を今すぐ逮捕してください!」
マジアが軍帽を被ろうとしているアノニモに駆け寄り、袖を引いた。
アノニモは何のことかわからず、マジアを見下ろし、キョトンとしている。
なるほど、マジアの奴はアノニモに取り入って、正体を確かめるつもりだな……。
さすが、策士マジアだ……。
俺はリコの髪とローブの乱れを直してやり、彼女の杖を持った。
「ひゃひゃひゃ! 魔物さん、リコに親切にしても、何も出やしませんのだ」
「そんなの知ってるぞ。ほら、出発だ。歩けるか?」
「ひゃひゃ! 歩けなくなったら、不細工な魔物さんにおぶってもらうから心配ないのだ」
「不細工な魔物? そんなのどこにいるよ?」
「ひゃひゃひゃ! いつもリコと一緒にいるのだ」
「はいはい、わかったから、いい加減、元に戻れよ!」
前を見ると、宮廷重魔術師たちは既に第七階層の主洞穴へと進んでいる。
リコの頭を軽く小突き、みんなの後を追い、泉の洞穴を後にした。