地底防衛都市スクド(41)
「エイジさんのスキルで本当に他人の記憶を見れるんですかね……。にわかに信じられないんですけど」
みんなの寝顔を見るのをやめ、マジアが冷めた視線を俺に移した。
「いや……、俺も確信はないんだが、これまで見た夢は事実と辻褄が合ってる気がするんだ。それは俺が知り得ない事だったしな」
「えっ!? それって誰の記憶なんですか?」
「リコとブラスカ、それに……お前だよ、マジア」
「ええ〜! 僕もですか! そ、それはどんな……!?」
「うろ覚えなんだが、お前の親父さんみたいな人が出てたな。で……、お前は宮廷重魔術師になりたいけど、女じゃなれないみたいな……。ああ……、結構前の夢だし、もう思い出せないや」
「あははははは! それはただの夢ですよ。デタラメもいいとこです! あははははは!」
「マジア、うるさいぞ。みんなが起きるじゃないか……」
「あ、ああ……すみません。じゃあ、リコとブラスカさんのはどんな感じでした?」
「リコのは、以前ミラジオで会ったリコの姉さんに土下座させられて、家から追い出されてたな。ブラスカのはファンタズマと口論してたような」
「……、なるほど……」
「マジアはどう思うよ?」
「さあ……。リコとブラスカさんのことは僕は知りませんから」
「お前が女だったら、俺のスキルってことで間違いないんだがな」
「で、エイジさんのスキルが本物だったとして、誰がマジア・ベリタだと思います?」
マジアは俺からぷいと顔を背けると、またみんなの寝顔を見始めた。
「お前、今、話をはぐらかそうとしたな。まあいい。そのうち必ず確かめてやるからな。誰がマジア・ベリタかって? そんなのは決まってるぜ」
「それは誰ですか?」
「あいつだよ。アノニモだ。俺の夢に女の時の顔で出てた」と指差す。
「ええ〜、アノニモさんが! まさか! それじゃ話が変ですよ」
「何が変なんだ?」
「エイジさんが言ったように宮廷重魔術師は男しかなれないのは事実です。マジア・ベリタは宮廷重魔術師ですよね。女のはずがありません」
「あ、ああ……、確かにそうだな。いや、それならソノラは???」
俺とマジアは色気たっぷりな姿で眠っているソノラに注目した。
「ま、まさか……。ソノラって男なのか……?」
「宮廷重魔術師は男しかなれないから、当然そういうことになりますよね」
「あ、ああああああああああ! あ、ああああああああああ!」
「エイジさん、騒がないでください。みんな、起きちゃいます……」
「あ、ああああああああああ! あ、ああああああああああ!」
頭を抱えてうめいていたら、見張りのフィアマが駆けつけてきた。
「おい、どうした! 何かあったのか?」
「ねえ、フィアマさん。ソノラさんは男なんですか?」とマジアが訊いた。
「あはは、坊や、何を言うかと思ったら。宮廷重魔術師なんだ、男に決まってるじゃないか。まあ、なりがあんなだから、仲間からは女扱いされてるけどな」
「うわああ、嘘だぁ! もう、俺のスキルもマジア・ベリタもどうでもいい!」
俺はマジアたちから走って逃げ去った。
「ああ、こんな嘘っぱちな世界……、もう嫌だ……。俺が異世界にいるのも夢に違いない……。早く覚めろよ。こんなデタラメな夢はよ……」
滝壺の岸辺にある岩陰で俺はうずくまり、独りつぶやく。
足音がしたので振り向くと、ルーチェが杖を持って立っていた。
「エイジさん、さっき大声を上げてましたけど、どうしたんですか?」
「ああ、ルーチェか……。起こしちゃってすまない……って、どうせお前も夢の中の存在なんだろ」
「何言ってるんですか。私が夢の中の存在って?」
「俺を殴ってみてくれ。夢だから、きっと痛くないはずだ」
「そうなんですか? では、えいっ──!!!」
ルーチェが杖を振り上げ、俺の頭を思い切りぶっ叩いた!
「痛ぇ────────っ!!!」
この桃色髪の巫女は手加減を知らないのか……。
死ぬほど痛かったぞ……。
とは言え、目がチカチカするが、まだそこにルーチェは立っていて、二発目の構えを取っている。
夢じゃないようだ。
「おい、一発で十分だ。その殺気を収めてくれ」
「ああ、はい。もう二三発はやるべきかなと思ってました……」
痛い思いだけした俺はルーチェに手を引かれ、野営地へと戻った。
俺の大声のせいで、何人かは起きてしまっていた。
「貴様か! 今しがた大声を出したのは! 役立たずが迷惑だけかけおって!」
怒声を上げるアルキミアのせいで、他の者も起きてしまった。
クレティーノ、それにアノニモも上半身を起こし、眠そうな目でこっちを見ている。
「アルキミア、いったい何の騒ぎなの?」
ソノラが目を擦りながら、色っぽい声で尋ねた。
「知らぬわ。役立たずが発狂したんだろう」
「役立たずって誰?」
アルキミアが顎で俺を指した。
「エイジ君なの? どうしたの?」
「あ、いえ……、何でもないっす。大きな虫がいたんで……。すみません」
「虫ごときで騒いでたら、ダンジョンは無理なので」とオレッチオに皮肉られた。
手を口にあてがい、くすくすと笑うソノラは、女にしか見えない。
どこからどう見ても、綺麗なお姉さんだ。
この際、ソノラは女だと自分を騙し通すことを心に誓った。
そして……、マジア・ベリタかもしれないアノニモは立ち上がり、大きく伸びをしている。
その姿をマジアも鋭い目つきで、観察している。
なんだかんだで、俺の話を少しは信じているのかもしれない。
俺は傍に行き、マジアの肩を叩いた。
「アノニモの動きには注意しておこうぜ……」
「はい……。それより、後でリコに方位魔術で確認してもらいますよ」
「そうか。その手があったか」
そのリコはボケっとした目で半身だけを起こした。
俺をこの悪夢のような世界に連れてきたロリエルフ。
そいつはボサボサになった金髪の頭を掻きながら、大あくびをしている。