地底防衛都市スクド(38)
ソノラに文句を言われたので、オレッチオが前に出てきた。
彼の知るダンジョンの薀蓄を前衛に伝えるためだ。
オレッチオはうつむき加減で地面に視線を落としながら、歩いている。
ガルルンは彼が握る手綱に繋がれているが、割と大人しく彼に従っている。
「オレッチオ、第六階層は上の階層みたいに戦った形跡がないよな。兵士も魔物も倒れてないし」
「第六階層は冒険者が優勢なエリアなので、普段でも魔物は積極的に攻撃してきません。先行部隊は大部隊ですし、ずっと隠れてたんでしょう」
「さっきから、地面ばかり見てるが、何か気になるのか?」
「魔物の足跡を探してるんです。ほとんど兵士の足跡で消されてますけど」
「何かヤバい魔物でもいるのか?」
「オークがいたのでオーガやトロールもいるかもしれません。第六階層にも時々現れますので」
「おいおいフラグ立てるなよ……。オーガってデカイんだろ? どこを見ても巨人が隠れる場所なんかなさそうだけどな」
「横穴は、あの人がほとんど埋めちゃいましたので」
オレッチオが振り向き、後ろを歩くアルキミアを見た。
アルキミアはその視線を察し、「何見てんだ、オラ」って感じで三白眼で睨み返してくる。
その迫力はヤクザなみだ。
おっかねえ〜。
「リコはオーガを見たことあるか?」
「本物はないし」
リコはお腹が空きすぎたせいか、口数が少なく機嫌が悪そうだ。
マジアの獣車では食には事欠かなかったので、お子様には辛いのかもしれない。
俺たちはオーガを警戒しながら、暗がりを進んでいった。
オレッチオとソノラがレーダーのような役目をするので、彼らが警戒を発令しない限りは大丈夫だろう。
「クレティーノ、あなた飛べるんだから、ちょっと先を見てきてよ」と後ろでソノラの声がした。
「おいおい、こんな暗がりを飛べってか? トーチを持って飛ぶのは危ないじゃん」
「はっ! 速度を落とせば問題なかろう。やはり貴様はやる気がないな」とまたアルキミアがクレティーノを批判している。
「では、私が飛んで見てきます!」
若い声がしたと思ったら、クレティーノの部下の一人が頭の上を飛んでいった。
ポテンザじゃなさそうなので、ベントかシエロだろう。
「えっ!? 飛べるんですか、あの人!」ってオレッチオが驚きの声を上げた。
「すごーい! 飛ぶ人なんか初めて見ました!」とルーチェも感激している。
飛んでいると言っても、のろのろ走る自転車くらいの速さだ。
やはり杖とトーチを持って、暗がりを飛ぶのは難しいのだろう。
飛んでいった彼は主洞穴が曲がった辺りで、姿が見えなくなった。
するとガルルンが猛然と吠え始めた。
その直後、人の叫び声が洞窟を駆け抜けた。
「おい! 何かあったようだぞ!」
ブラスカとフィアマが声がした方へとダッシュした。
ルーチェもそれを追った。
それを追い越し、クレティーノと二人の部下が宙を飛んでいった。
「なんだ、速く飛べるではないか!」と言うアルキミアほか、宮廷重魔術師たちも走り始め、俺たちもそれに続いた。
曲がり角まで辿り着き、俺たちが見たのは岩でできた巨大な手だった。
洞窟の壁から腕の先だけが生え、クレティーノの部下を掴んでいる。
クレティーノの部下は声も出せず、苦しそうに喘いでいる。
クレティーノと他の部下は別の場所から出現した腕を避けながら、捕らえられた仲間を救おうとしている。
「あれは! ゴーレムです!」とオレッチオが叫んだ。
「そんなの見ればわかるわ!」
ソノラが華麗に舞い、杖から音の矢を放った。
見事に命中した音速の矢は、ゴーレムの腕を穿った。
だが、見る見る間に再生していく。
ソノラが何度試みても同じで、ゴーレムの手はクレティーノの部下を放そうとはしない。
ブラスカとフィアマが振るう剣から火球が放たれているが、土の塊の腕には効いてないようだ。
「リコ、その杖であいつの指を拘束するんだ! 俺がコンボをかける!」
突っ立って戦いを見守っていたリコが我に返り、杖を振るった。
「わかったのだ! エイジ、早くこの杖にコンボを!」
「よし! コンボ────っ!!!」
リコの杖から緑の光球が現れ、大きく膨らんだ。
光球から稲妻が放たれ、ゴーレムの指にぶち当たった。
ゴーレムの指がギクシャクと動き、停止した。
ブラスカがすかさず跳躍し、その親指を一撃で切り落とした。
クレティーノの部下の体が傾き、落ちた。
地面に激突した部下をクレティーノが抱え上げ、こっちに駆けてきた。
「リコ! よくやったじゃん!」
「クレティーノさん、その方の具合は?」
「意識はないが、息はしてるな……」
クレティーノは離れた場所に、部下を寝かせた。
「おい! アルキミア、お前なら簡単にゴーレムを倒せるだろ!」とクレティーノが振り向きざまにアルキミアに噛みついた。
「そうだが、シエロが巻き添えになるから、手が出せなかったのだ」
「そんなことはないだろ! お前こそ、手抜きだな!」
二人が言い争っている間もブラスカとフィアマはゴーレムの腕と格闘している。
襲ってくる手を剣で叩いているが、すぐに再生するのできりがない。
拘束が解けたゴーレムの手も動き出し、ブラスカたちを攻撃し始めた。
「なんでもいいから、早くゴーレムを片付けるじゃん!」
「わかったから急かすな! 分解術式! 泥人形よ! 土くれに還るがいい!」
アルキミアが杖を振るった。
巨大な黄金の魔法陣が出現し、旋回して壁から伸びた腕を切り落としていく。
地響きとともに落ちた腕は、ボロボロとその場で崩れ、ただの土の山となった。
今度はゴーレムの腕は再生しなかった。
アルキミアは杖を構え、しばらく警戒していたが、ゴーレムの腕はもう出てこなかった。
「本体は逃げたのでしょう」とオレッチオがつぶやく。
「おい、貴様! 第六階層にゴーレムが出るなんて聞いてないんだが」とアルキミアが彼を睨んだ。
「普段はゴーレムは第六階層には現れません。ケルベロスの件もありますし、地竜が上がって来た影響だと思います」
「それより、シエロを何とかしないと。つまらないことを言わなきゃ良かった」
ソノラは寝かされてるシエロの体を確かめた。
「呼吸音にノイズが混ざってるわ。肋骨が折れてるみたい」
「マジか……。うーん、仕方ないな。ベントとポテンザ、シエロを連れて地上に戻れ!」
クレティーノが渋い顔で決断をした。
ベントとポテンザは似たような顔を見合わせていたが、すぐに揃って、
「はい! 了解しました!」と返事をした。
シエロはベントとポテンザに抱えられ、来た道を戻っていく。
その姿をソノラが心配そうに見送っている。
「クレティーノさん、一人で大丈夫ですか?」とマジアが声を掛けた。
「ははは、治癒魔術師がいれば良かったんだがな」とクレティーノは苦笑いした。
「アノニモさんは治癒魔術は使えないんですか?」とルーチェが尋ねた。
「いや、俺は使えないな」とアノニモが首を傾げ、それに答えた。
相変わらず、アノニモは役に立っていない。
この先は是非とも活躍して欲しいところだ。
「どうやら先行した部隊もゴーレムにやられたようですね」とマジアが地面に落ちている剣や兜を拾い上げた。
「そうですね。足跡を見ると、隊列がここで乱れたようです」とオレッチオが続いた。
「でも、兵士の死体はどこにもないけどな」と俺はトーチに照らされる地面を見回した。
「壁の中に引き込まれたんですよ。奴らは土と同化してますので」
オレッチオがそう答えると、壁に寄りかかっていたリコが血相を変えて俺に駆け寄ってきた。
「エイジ! 壁に引き込まれたら息ができないのだ!」
「ああ、そうだろうな。リコ、壁には近づくなよ!」
ここで何人の兵士がやられたかはわからないが、まだ第六階層だ。
地竜がいるらしい目的の第十八階層は遙か先だ。
三人の浮遊魔術師もここを去った。
俺はこの先がかなり心配になってきた。