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ミラジオの街でクチュクチュピー

 リコはあれから一言もしゃべらない。

 街を歩きながらも、小難しい顔をして、じっと地面を睨んでいる。


 早く、こいつのご機嫌を取らないと──。


 スパダは防衛都市のせいか、敵に燃やされないように石造りの建物が多かったが、ミラジオの街は、木造建築が目立つ。

 獣人たちが行き交う中、何かリコが興味を引きそうな物がないかと見回していたら、ブラスカさんが急にはしゃぎだした。


「おい! あれはクチュクチュピーの屋台ではないか! 懐かしいなあ! 子どもの頃、夢中になって食べたなあ! まだ、売ってる街があったのか! リコ、食べないか?」


 ブラスカさんが指差す屋台は、日本の縁日で見るようなのと似ている。

 犬顔の親父が煙をもうもうと上げながら、焼き鳥みたいに串をひっくり返している。

 そこから生理的に受け付け難い、なんとも言えない生臭さが漂ってくる。

 イワシが腐ったような臭いと、イカ臭さが混ざったような感じだ。


 うえっ! 臭ぇ! これって食い物なのか!?


「リコ、臭すぎるから、あっちに行こう!」


 そのリコを見ると、陰鬱だった表情が消え、目がらんらんと輝いている。


「いや〜ん、クチュクチュピーだし! リコの大好物なのだ!」


 リコとブラスカさんが一目散に屋台に駆けていった。


「なあ、マジア。クチュクチュピーって何なんだ?」

「南海クサレイカのゲソにキモサバの内臓を発酵させて作ったタレを付けて、串で焼いた食べ物ですよ。僕は苦手なので食べませんけどね」


 うん、マジアはまともそうだ。

 俺も絶対に食わねーぞ、というか近寄りたくもない。

 リコとブラスカさんが戻って来た。両手に一本ずつ、つまり二本持ってやがる!


「エイジにもクチュクチュピー買ってきてあげたし! とっても美味しいから食べてみるのだ!」

「マジアにも私が一本買ってきたぞ! 旨いぞー、絶品だぞ! わはは!」

「要らねーよ!」

「要りません!」


 リコとブラスカさんがクチュクチュピーを歩きながら食べている。

 とても臭いので、俺とマジアは少し距離を取って歩いた。


「リコ、クチュクチュピーを食べた後に、恋人とキスをすると結ばれるらしいぞ」

「えっ、ブラスカ、それって本当!?」

「私の生まれた街じゃ、そんなロマンチックな言い伝えがあったぞ。リコも恋人ができたら……」

「エイジ〜! リコとキスするのだ!」


 リコが口から強烈な生臭さを撒き散らしながら、こっちに来る!


「やめろよー! こっちに来んな! そもそもお前と恋人なんかじゃねえし!」

「わははっ! じゃあ、マジアは私とだ!」


 俺とマジアは獣人を掻き分け、必死に街中を逃げた。


 ◇◆◇


 必死に逃げていたら街中を抜け、視界が突然広がった。


「おっと、ここは何だ?」


 濃緑色の水をたたえた堀があり、その向こうは空き地が広がっている。


「ここは城跡ですよ、エイジさん」


 堀に掛けられた橋は鎖で厳重に封鎖され、看板が立っている。


「立入禁止って書いてるのか、これ?」

「そうです。領主の管理地だそうです」


 何もない広い空き地をマジアと二人で眺めていたら、リコたちがやっと追いついてきた。


「エイジ、そんなに必死に逃げることないのに。冗談に決まってるのだ」


 リコは二本目の串をクチュクチュしている。


「はは、マジアも冗談がわからないな。常識的に考えればわかるだろ。二本目を落としちゃったじゃないか」


 いやいや、二人の常識なんて信用できねーし!


 振り向くと、マジアはおし黙って空を見上げている。

 しばらくして、腰に付けたポーチから黒縁の眼鏡を取り出し、それを掛けた。


「なんだ、マジア、お前、目が悪かったのか?」

「エイジさん、あそこを飛んでいる鳥が見えますか?」

「ああ、あの鳩みたいなヤツ? 見えるぜ。んっ! あれっ! 消えた!」


 空中を飛んでいた鳥が突然姿を消した。

 マジアが眼鏡を外す。


「わかりました。リコの言ったとおりですね」

「どういうことだ、マジア?」

「この眼鏡は魔術式が施されてるのですが、何かが鳥を捕らえたようです。こんな簡易な魔術式の眼鏡じゃ見えませんが、強力な重魔術式による大気の淀みを感じます」

「へえ、ただの空き地にしか見えないけどな……。見えない城がそこにあるのか……」


 俺は石を拾って堀の向こうまで思い切り投げてみた。石は放物線を描き、堀を軽く飛び越えた後に、空き地の上をコロコロと転がった。


「マジア。やっぱ、何もないんじゃないのか?」

「いえ、ほんのわずかですが、不自然な軌跡でしたね」

「ということは、リコが言うとおり、ここがファンタズマの居城なのかな?」

「幻惑魔術式で隠している可能性が高いと思います」


「おい、リコ! お前の言ったとおりだ。本当にすげーな。お前の方位魔術は!」

「ふっふーん。リコの方位魔術は世界一だし。それより、リコ、クチュクチュピー、もう一本食べたいし。走って汗かいたから、お風呂にも入りたいし」


 リコは金髪の先っぽを指でクルクルと巻きながら、ブーたれてる。


 ええ〜、お前、何なの、それ?

 追放市民を解除できる大チャンスなんだぞ!


「よし! では、さっそくファンタズマ討伐だな!」


 ブラスカさんは立入禁止の鎖をかいくぐり、やる気満々だ。


「ブラスカさん、今行っても無駄ですよ。ファンタズマの幻惑魔術にやられて、精神が壊されるだけです」

「はは、そうなのか。では、マジアには考えがあるのか?」

「はい、あります。でも、準備が必要です」

「じゃあ、屋敷に帰って、お風呂しながら、みんなで作戦会議しちゃお!」


 リコはくるりとターンして、街へと戻っていく。


 いやいや、リコって本当にやる気あるのかな?

 ちょっと俺は心配になってきたぞ。


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