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地底防衛都市スクド(35)

 奇矯(ききょう)な叫び声を上げながら、兵士、コボルト、ゴブリンが入り混じって洞窟から我先にと駆け出してきた。

 兵士、魔物ともども服が焼け、半身がただれている者や、まさに全身が炎上中で踊るようにもだえている者もいる。

 さっきまで戦場だった洞窟前の広場はそんな者たちであふれ返り、修羅場と化している。

 そして今、力尽き、倒れた者を踏みつけ、彼らが迫ってくる。


「ちっ! 味方もいるから攻撃しにくいではないか!」


 アルキミアが舌打ちして杖を降ろし、攻撃の手を止めた。

 ソノラは流れるように舞いつつ、杖先から音の矢を放ち、魔物だけを倒している。

 それでも全ては対処できず、兵士と魔物はついに橋を渡り始めた。

 俺たちとの距離もどんどん縮まっていく!


 ブラスカとフィアマが迎え撃とうと前へ出た、その時──。

 これまで微動だにしなかったバリエラが動いた。


「待て! ここから動くな!!!」


 バリエラは片膝を付くと、背負っていた大盾を地面に降ろし、「むうっ!!!」と唸った。

 それと同時に、彼が握る大盾は重苦しい音とともに細かく振動し始めた。

 バリエラの太い腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮かび上がった。

 大盾に彫られた魔法陣がにわかに光り輝き、俺たちの体を緑色に染めた。

 迫りくる兵士と魔物はもうすぐそこだ!


 洞窟から悲鳴が止み、大きな黒い塊が見えたと思った瞬間、三本の火柱が轟音とともにこっちへ迫ってきた。


「うわ──っ!!! ついに来ましたよ!!!」


 ルーチェの杖が青く光り、四つの魔法陣が前面に展開した。


「球状防御陣!!!」


 バリエラが唱えると、大盾から緑色の光が放射され、ドーム状に俺たちを覆った。

 ルーチェの魔法陣はバリエラの防御陣に取り込まてしまい、彼女は「あれ?」って感じで首を傾げている。


 ジェット噴射のような業火は光の防御陣に弾かれ、すぐさま四散した。

 その後、業火は狂った蛇のようにのたうち始め、逃げ遅れた者を次々と焼いた。

 逃げ惑う兵士と魔物が後を追うように崖から飛び降りていく。

 バリエラの防御陣まで辿り着いた者は、中へ入れず、壁にへばりつくようにもがきながら身を焼かれ、骨へと変わり果てていった。

 俺たちは緑色の光に包まれた中で、ただ呆然とその地獄絵を眺めた。

 しばらくして、燃え盛る火が途切れ、バリエラが防御陣を解いた。


「うう……、敵も味方も全て焼かれてしまったぞ……」とブラスカが外の惨状を見て唸った。

「うう……、これはたまんねえな!」

「うわっ──! これは臭いのだ!」

「焦げ臭すぎます!」


 息もし難い焦げ臭さに、俺とリコとマジアは思わず鼻を覆った。

 臭い物が好きなリコが「臭い」と言うほどの凄まじさだ。


「待ってて! すぐ浄化するから!」とソノラがパンと手を叩いた。


 すると一陣の風とともに、俺たちを取り巻いていた煙が一掃され、臭いも消え去った。

 舞い踊る灰の中、俺は前方を見すえた。


 漆黒の体毛に覆われた魔獣ケルベロスがそこに立ちはだかっていた。

 三匹の犬の顔が大きな牙を剥き、六つの燃えるような赤い目が俺たちを見下ろしている。


「フィアマ、今度こそ行くぞ!」

「おう! ブラスカ! 久しぶりの共闘だな!」


 走り出そうとする二人を、今度はクレティーノが呼び止めた。


「二人とも待つじゃん! 効率よく倒そうぜ! ベント、シエロ、ポテンザ、犬っころの頭の動きを止めろ!」

「「「はい! クレティーノ様!」」」


 三人の重魔術師が杖を一斉に振るうと、ケルベロスの三つの頭が何かに踏みつけられたように地面に激突した。

 ケルベロスは前のめりになり、後ろ脚が土を蹴って懸命に(あらが)い、土埃を上げている。

 三人の重魔術師は杖をかざし、そこに力を込めるように、歯を食いしばっている。


「よし! そろそろ俺っちが決着つけるじゃん! お前ら、徐々に力を弱めろよな」


 クレティーノが草を薙ぐように黄金の杖を横に払った。

 ケルベロスはそれに呼応して地面を太い爪で引っ掻きつつ、横に滑った。


「お前ら、もうやめていいぞ!」


 クレティーノに言われ、三人の重魔術師は杖を降ろした。

 頭が自由になり、ケルベロスのそれぞれの頭は怒り狂ったように吠え、再び火がくすぶり始めた。


「むん──!!!」とクレティーノが一つ唸った。


 ケルベロスの巨体は軽々と吹っ飛び、谷底へと真っ逆さまに落ちていった。

 それを目撃し、アルキミアとソノラが呆れ顔でクレティーノの方を向いた。


「お前、手抜きだな!」

「クレティーノ! あなた、とどめを刺さないでどうするの?」

「洞窟の中だし、落盤するとマズイじゃん。無理はしないんよ」とクレティーノはニヤケ顔で頬を掻いた。


「だが、崖から落ちたくらいじゃヤツは死んでないだろ」とバリエラが橋の欄干から下をのぞくと、いきなり火柱が吹き上がってきた。

「ほら、生きてるじゃないか!」とアルキミアが詰め寄った。

「ヤツは飛べないし、当分は谷底だろ。文句言うならアルキミアが始末しろよ」

「クレティーノ、お前な! ……まあ、いい。俺が始末する。分解再構成術式!!!」


 アルキミアが崖に向かって杖を振った。

 俺は欄干に駆け寄り、崖の下をのぞいた。

 暗闇の中、チロチロと火がくすぶっている。おそらくケルベロスの頭だろう。

 その上に土砂が崩れていき、谷がみるみる間に埋まっていく。

 終いには橋の高さまでになり、そこでやっと止まった。


「おい、アルキミア。埋めすぎだし」とクレティーノがぼやいた。

「この方が帰りに渡りやすいだろ」とアルキミアは冷ややかな三白眼で一瞥(いちべつ)するだけだった。


「クレティーノさんもアルキミアさんも凄いです!」とマジアが称賛の声を上げた。

「おう、マジア。だが、俺っちのは手抜きらしいけどな」

「そうだとも。貴様の浮遊重魔術式で少々洞窟を壊そうが、俺の重魔術式ですぐ修復するから、貴様は次からは遠慮なくやれ」


 今のところ、重魔術師の独断場で俺とリコとマジアはおろか、ブラスカとフィアマの出番が全くない。

 ルーチェはやる気が空回りで、アノニモからは相変わらずやる気を感じない。

 俺の役目といえば、繋がれたガルルンの手綱を握っているくらいだ。


 神殿まで一人退却していたオレッチオが戻ってきて、俺の横に立った。


「宮廷重魔術師とダンジョン探索すれば、最深層まで簡単に辿り着けそうです」とオレッチオがつぶやいた。

「ああ、そうかもな」

「ですが、魔石がもったいないですね。ケルベロスの魔石となると、家が建てられるので」

「そうなのか。じゃあ、地竜討伐が終わったら発掘するか?」

「いえ、ちょっと埋め過ぎなので、無理でしょう」


 アルキミアが埋めた谷は、舗装したように表面が滑らかだ。

 オレッチオが言うように、これじゃ掘り返すのも大変だろう。


 オレッチオがガルルンを預かると言ってくれたので、彼に託した。

 ガルルンは落ち着きがないので、両手が自由になるのはありがたい。

 ガルルンは「この人誰ですか?」といった目で、大きな荷袋を背負うオレッチオを見上げている。


「ブラスカ、今回は出番がないな」と俺はブラスカの肩を叩いた。

「うー、宮廷重魔術師と一緒じゃなくて、もっと前に出ておけば良かった。もうかなりの兵士がやられたぞ……」

「そうだな、ブラスカ。兵士はざっと見積もって百人はやられたんじゃないか?」とフィアマが険しい顔で周囲を見回した。


 橋を渡りきった広場には、(おびただ)しい兵士と魔物の(むくろ)が転がっている。

 どの死体もケルベロスの炎に焼かれ、無残な姿を晒している。

 バリエラが目を閉じ、おもむろに合掌した。

 リコは彼らの(むくろ)を踏まないように、ちょこまかと歩いている。


「リコ、あまり離れないで、俺の手を握ってろ!」

「エイジ! わかったのだ!」

「ここからが本当のダンジョンですね……」とマジアが神妙な声でつぶやいた。


「うわ! 中もひどいな!」


 洞窟に入った途端、アノニモが声を上げた。

 洞窟の中もケルベロスの炎に焼かれた死体の山だった。

 俺たちは彼らの魂に祈りの合掌をして、奥へと進んだ。

 洞窟に敷設されたマジック・クリスタルも数が減り、徐々に暗くなってきたので、マジアがギルドで買った杖に光を灯した。

 その光は明るく、洞窟の先を照らした。


「私の杖も照明になりますよ!」とルーチェも杖に光を灯した。


 オレッチオも荷袋からトーチを出し、火を灯していた。


「先に入った隊とはかなり離れてしまったようだな」とバリエラが眉をひそめた。

「ケルベロスごときでこんな有り様では、スクドの連中に地竜討伐は無理だな。はっ!」とアルキミアが鼻で笑った。

「あはは。アルキミア、あなた自信満々ね。じゃあ、独りで地竜を倒したら?」とソノラが笑う。

「ソノラとクレティーノがそれでいいなら、そうするぞ」

「俺っちはそれでも構わないじゃん。早く討伐してここから出たいし」

「まあ、どの道、貴様らじゃ地竜討伐は無理だろうから、俺が倒すことになる」

「アルキミア、ひどーい! もう、今度からあなたと仕事するのよすわ。おほほほほ!」


 ソノラがコロコロと鈴を転がすような声でまた笑った。

 彼女が笑う度に、疾風が薄暗い空間を駆け抜けていく。

 その声は凄惨極まる場所に似つかわしくないほどの軽やかさだった。

 燃え残った肉片と、骨の骸が無造作に散らばる中を、俺たちは歩いていく。

 ここに来れば、クレティーノの言うとおり、誰でもこの穴蔵から早く出たいと願うだろう。


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