地底防衛都市スクド(33)
スクド防衛隊と地竜討伐隊が地下の広場を進軍していく。
俺たちはほとんど殿で、宮廷重魔術師たちと混じって歩いている。
クレティーノはリコの後ろにいて、三人の部下、ベント、シエロ、ポテンザを従えて、のんきそうな顔をしている。
三人の部下はクレティーノに紹介してもらったのだが、もはや名前と顔が一致しない……。
「クレティーノさん、そういえば、第五階層にいたケルベロスはどうなったんですか?」
「ああ、降りていった時には既にいなくなってたんで、倒れてた兵士をすぐ救出できたし」
「兵士は大丈夫だったんですか?」
「重症だったが蘇生重魔術式の鎧を着てたから、命は大丈夫だったな」
「そんな便利な鎧があるなら、みんな着ればいいんじゃないですか?」
「希少な鉱石から錬成された鎧だから量産できないじゃん。それに蘇生重魔術式を組み上げられる重魔術師も今はいないからな」
「貴重だから、スクドにも、あの二体しかありませんよ」とルーチェが教えてくれた。
「近衛騎士団にも何体か保管されているそうだが、私は見たことないな」
「ははは、ブラスカ、私も見たことないぞ」
そう言って笑う赤毛のフィアマは、さっきからずっとブラスカとつるんでいる。
久しぶりに会った親友とは離れがたいのだろう。
彼女はどの指揮系統にも属さないらしいので、問題はなさそうだ。
「もう! なかなか前に進まないのだ!」
ローブ姿のリコが杖をカンカン鳴らしてイラついている。
リコが杖を鳴らす度に、足下を歩いているガルルンが杖先に向かって吠えた。
ガルルンは今は手綱で繋がれ、リコと歩いている。
「リコさん、仕方ないですよ。防衛隊の地下から第五階層に降りる階段は狭いので」
「ルーチェ、こっちからも五階層に降りられるんだ?」
「ええ、普段はゲートは閉ざされてますけどね。第五階層の神殿に出ますよ」
「全部で何人くらいいるのかな?」
「エイジ君、スクド防衛隊が二百名、宮廷からの討伐隊が百人くらいじゃん。それにポーターが百人ほどだし」
「クレティーノさん、そんなにいるんですか!」
「はは、ダンジョン探索のパーティーにしては多すぎるじゃん。魔物や魔獣は前の連中があらかた片付けちゃうだろうから、こんな後ろじゃ仕事がないかもな」
「クレティーノさん、その方が僕たちには好都合です。危険な目に遭わずに探索できますから」
銀色の魔石が嵌った杖を持つマジアが振り返り、クレティーノに微笑んだ。
「チャカチャカ進め! チャカチャカ進め!」
リコが杖を前にかざし、声を上げるが、思うようには進まない。
まあ、リコがバテないから、俺にとってはこの方が返って好都合だ。
そんなことを考えていると、前から見知った顔の男が逆行してきた。
ハチマキを巻き、前髪で目が隠れている、小さな男だ。
ネイビーブルーの冒険服を着た彼は、自分より大きな荷袋を背負っているが、その足取りは軽い。
「おーい! オレッチオじゃないか! どうしたんだ?」
「リコさんの補助をしろと言われて、来ましたので」
「そうなんだ。お前が来てくれれば安心だ。リコ、良かったな」
「オレッチオ、よろしくなのだ!」とリコが手を振った。
「はい。疲れたら、いつでも言ってください」
「あ〜、じゃあ、もう疲れたかも!」
「ウソつけ! お前は待ちくたびれただけだろ!」と俺はリコの頭を小突いた。
「ひどい! ひどいのだ! エロエロ魔神がリコを殴ったのだ!」
「リコさんはさっきの方位魔術で疲れたんじゃないですか? すごい魔術でしたし」
「あ〜、確かにすごかったな。あれは」
ルーチェが褒めると、アノニモが珍しくしゃべった。
「むっふー! リコの方位魔術は世界一だし! けど、リコもあんなの初めてなのだ」とリコはすぐに機嫌を直した。
「あれは光の精霊の御加護です。光の精霊も地竜を鎮めて欲しいんですよ、きっと! 私も興奮して発光しそうになっちゃいました!!!」
ルーチェが興奮気味に真紅の杖を振り回した。
俺にぶつかりそうだから、やめて欲しい……。
騒ぐ俺たちの横を、三人の宮廷重魔術師たちも歩いている。
それぞれ肩に杖を担ぎ、私語も交わさず前進している。
単調な行軍に飽きたのか、土色の肌のアルキミアは死んだような目をしている。
「マジア、第十八階層まで行くのに、どのくらいかかるんだろうな?」
「さあ、僕にもわかりませんよ。オレッチオさんはわかりますか?」
「順調にいけば四日くらいでしょう」
「そうか、四日か……。穴蔵で四日はキツそうな気がするな。帰りもあるし」
「えっ! 四日もかかるの? リコ、汗かいたからお風呂に入りたいのに!」
「ダンジョンに入るのに、お風呂なんて無理だよ。リコ」
「マジア、魔術式で何とかするのだ!」
「無理だよ。清浄魔術式は持ってきてないからね」
「リコさん、途中の階層には泉が湧いているので、水浴びならできますよ」
「オレッチオ、そうなの? 良かった! ブラスカのメテオラで火を出して、湯を沸かしてもらうのだ!」
「ねえ、リコ。それよりさ、そろそろマジア・ベリタを方位魔術で探してくれない?」
「あっ、ああ……。いいよ。なかなか先に進まないし、今日、リコ調子いいから」
リコは立ち止まり、俺に杖とガルルンの手綱を預け、いつもの祈りのポーズをとった。
そして、すぐに目を開けた。
「うーん……。マジア・ベリタのイメージが湧かないから、さっぱり何も見えないのだ……」
「だよね。やっぱり無理かな……」とマジアがうつむいた。
「誰か、マジア・ベリタを知ってる人いない?」とリコが声を上げた。
ブラスカとフィアマ、三人の宮廷重魔術師もリコに注目したが、誰も名乗りを上げない。
三人の宮廷重魔術師は魔王との闘いで、マジア・ベリタと一緒にスクドに来てなかったのだろうか?
そんな中、ルーチェがおずおずと手を挙げた。
「えっ!? ルーチェはマジア・ベリタを知ってるのか?」と俺は尋ねた。
「知ってはいないです。子どもの頃にフィオレと一緒に見た記憶があるだけですけど……」
そういえば、フィオレがそんな事を言ってた気もする……。
神劇の俳優みたいなイケメンと聞いたので、俺はムカついてた憶えがある。
「うーん、じゃあ、ルーチェはリコに触って、その念をリコに送るのだ。そして、エイジはコンボでリコを補助するのだ!」
「はい、リコさん!」
「OK! 任せとけ!」
祈り始めたリコの肩にルーチェが手を乗せた。
俺は掌をリコに向け、そこに念を集中した。
「コンボ────!!!」
俺が叫ぶと、リコが目を見開いた。
その瞳から光り輝く魔法陣が幾層も出現し、輝きながら回転した。
しばらくして魔法陣が砕けるように雲散霧消し、リコは祈りのポーズを解いた。
「リコ、見つかった?」とマジアが駆け寄った。
「いや、やっぱりダメだったのだ……」
リコは残念そうに首を横に振った。
それから、がっかりしているマジアの方に顔を向けた。
「けど、このダンジョン辺りにマジア・ベリタがいる気配は感じたのだ」
「えっ、リコ! それは本当!? それってどういうこと?」
「姿は見えないけど、影のような男の姿が見えたのだ。それほど遠くない気がしたのだ」
「それがマジア・ベリタなんだね! じゃあ、もっと近づけば、見つけられるかもしれないね!」
マジアが喜ぶ様子を、みんなが見守っている。
この探索でマジアが目的を果たせればいいなと、俺はもちろん願っている。