地底防衛都市スクド(32)
「おい、リコ! お前、呼ばれたぞ」
俺が声を掛けると、リコの頭がカラクリ人形みたいにぎこちなくこっちを向いた。
「リコ、こんな大勢の前で……、方位魔術を使ったことないし……」
「そうか。俺が付いていってやるから、とりあえず行こうぜ」
「うん。エイジも一緒に来て……」とリコが俺の手を握ってきた。
「リコ、大丈夫?」とマジアも心配している。
「う、うん……、リコの方位魔術は世界一だから……、だ、大丈夫なのだ……。ガルルン、預かってて」
「リコ、頑張ってこい!」
「リコさん、頑張って!」
ブラスカとルーチェも応援している。
「おーい! リコルディ、早くこっちへ! みんな、待ってるぞ!」
クレティーノが呼ぶ方へと、俺とリコは兵士の並ぶ横を進んでいった。
兵士たちの前に出ると、彼らは俺とリコに一斉に注目した。
そして、にわかにざわめき始めた。
小声で隣の兵士とささやき合う者──
指を差し奇矯な物でも見るような目をする者──
笑い出す者──
まあ、ざっと兵士の反応はこんな感じだ。
出てきたのが様になってない俺と、エルフのお子様じゃ、そうなるのも無理はない。
「おい! 静かにしろよ! これから方位魔術で地竜を探すんだからな!」
そうクレティーノが注意したが、ざわめきはやまない。
クレティーノはやってられないって感じで首を横に振り、こっちへ来た。
そして体を折って、リコの耳許でこう話した。
「リコ、方位魔術で見つからなきゃ、適当に三十階層くらいにいるって言っとけ。進軍中にダンジョンでまた探せばいいしな。だから、気にしないで、やってくれ」
「わかったのだ……。けど、リコはベストを尽くすのだ!」
「リコ、俺がコンボで補助しようか?」
「いや、今回はエイジの助けは要らないのだ。自分の力でやってみるし」
「じゃあ、リコ、お立ち台に上って、早速やってくれ。終わったら、すぐに討伐隊が出発するからな」
リコは無言でうなずき、俺に杖を預けると、ゆっくりとお立ち台に上った。
すると騒いでいた兵士たちの声が瞬く間に消え、場内は静まり返った。
兵士たちの視線は、薄緑色のローブを纏った金髪碧眼のエルフの女の子に集まった。
リコは小さく深呼吸をしてから、兵士たちをぐるりと見回した。
「これからリコルディ・アディオ・パルテンツァが方位魔術で地竜を探します!」
リコはいつものように胸の前で手を合わせ、すっと目を閉じた。
そして、リコは石像のように動かなくなった。
兵士たちは最初は固唾を呑んで、それを見守っていたが──。
時間が刻一刻と経つに連れ、またざわつき始めた。
「あ〜……、ダメだったかな……。エイジ君、もう少ししたら終わりにしよう……」
横に立つクレティーノがたまらず話しかけてきた。
俺はリコを応援することしかできないが、経験上、これほど時間がかかる時は失敗の時だ。
クレティーノに同意しようとしたが、その時!
リコの艷やかな金髪が風もないのに揺れた。
それから髪がふわりと舞い上がり、その周りで光の粒子が弾けるように煌めいた。
ん!? 何だかいつもと少し違うよな?
そう思った瞬間、膨大な光の粒子の渦がリコを包み込むように旋回した。
リコは膨大な量の光の中、微動だにせず、まだ祈りのポーズを続けている。
異様な光景を目の当たりにして、兵士たちがどよめいている。
クレティーノもリコのその姿に釘付けだ。
兄の彼にも初めての光景なのだろう。
仄暗かった地下空間に出現した眩い光で、壁という壁に兵士たちの影が投影され、幻想的に揺らめいた。
驚愕する兵士たちの前、その光は突如消え、また薄闇が訪れた。
リコは合わせていた手をほどくと、静かに目を開いた。
それを確認した俺は思わず声を上げた。
「リ、リコ!!! 地竜は見つかったのか!?」
リコは小さく吐息を吐き、こっちを向いた。
「見つけたのだ! 地竜は──、光り輝く大きな木の前で立ち往生してるのだ!」
「光り輝く大きな木?」とクレティーノがリコの言葉を問い返した。
「それなら、おそらく第十八階層の光と生命の洞穴だろう!」
ポーターたちのいる辺りから声が上がると、スクド防衛隊の兵士たちが一斉に慌て始めた。
「なにぃ! 地竜が第十八階層まで上がっているだと! そんなはずが!」
「そうだ! ヤツは三十階層より更に下の深層のどこかに幽閉されているはずなのに、どうしてそんな上まで!」
スクド防衛隊の兵士がそう叫ぶと、一気に場内は混乱に陥った。
それを収めたのは、後方からの野太い声だった。
「皆の者、静まれ!!! どうして騒ぐことがあろうか! 深層まで足を運ぶ手間が省けたのだ! むしろ都合が良かろう! 落ち着くのだ!」
「おお、この声はバリエラだし。相変わらずでかい声だな」
クレティーノがニヤニヤしている。
そこへリコが戻ってきた。
「リコ、すごいな。よくやったな」と俺はリコの頭を撫でた。
「うーん、今日はいつになく調子が良かったのだ!」
「リコ、地竜はどんな姿だった?」とクレティーノが訊いてきた。
「地底神殿にあった像に似てたのだ。亀みたいに甲羅があって、所々が赤く光ってたのだ。目は真っ赤で、兜みたいなのを被ってて、角が三本あったのだ」
「兜……? なるほど。まあ、他は想像どおりだな。リコ、とにかく、よくやったな!」
クレティーノが頭を撫でようとしたら、またリコに避けられた。
クレティーノが呆然としていると、将校が寄ってきた。
「クレティーノ君。妹さんが言ったことは信用できるのか?」
「はい、将校殿。こいつの方位魔術は本物です」
「そうなのか……。私も初めて見たが、見事な魔術だったな。こんな子どもがあのような魔術式を使えるとは。戦時にあの魔術を使えれば、圧倒的に優位に立てるぞ」
将校がリコに大きな手を差し出した。
リコはおずおずとその手を握った。
「ははは、リコルディ君のお陰で私の勲章もまた増えそうだ」
「どもども……、リコの方位魔術は世界一だし」
ひとしきり繋いだ手を振ると、将校はお立ち台に上がり、咳払いをした。
「さあ、兵士たちよ! 目的地は定まった。これより我々はダンジョン第十八階層、光と生命の洞穴へと向かい、そこで立ち往生している地竜を討伐する! 勇猛な兵士たちよ! スクドのダンジョンの奥へと、いざ、進むのだ!」
その言葉をきっかけに列の端から次々と前進が始まった。
おびただしい軍靴の音が地下空間に響き渡った。
「リコ、みんなのところに戻ろうか」
「うん、そうするのだ!」
俺はリコに杖を返し、その手を握った。
一世一代の舞台で功を成したリコの顔はどこか誇らしげだった。