地底防衛都市スクド(31)
短時間で宮廷重魔術師との交流は終わった。
アルキミアにも挨拶しておこうかと、最後に寄っていったが、彼は俺の格好を一瞥しただけで、どこかへ行ってしまった。
大して重要な人間とは思わなかったのだろう。
クレティーノの周りには彼と同じデザインのサーコートを着た三人の男がいる。
クレティーノはその三人と今後の打ち合わせをしている。
名前をベント、シエロ、ポテンザといい、浮遊系重魔術を習得中の見習いだそうだ。
「うわぁ! ブラスカじゃないか! お前、ここで何してるんだ!?」
はしゃぐようなハスキーな女の声に振り返ると、赤いサーコートの赤毛の剣士がいきなりブラスカに抱きついた。
ブラスカは最初は誰かと戸惑っていたが、その女の顔を見るなり破顔した。
「フィアマ! お前も地竜討伐に来てたのか!!!」
ブラスカは満面の笑みで赤毛の剣士、フィアマを再度きつくハグした。
長いハグの後、フィアマはブラスカの肩や胴を平手ではたき始め、肩当てやベルトがその度にガチャガチャと鳴った。
「ブラスカ! 立派な出で立ちだな! 宮廷時代を思い出すぞ!」
「はは! こんな格好をしたのは久しぶりなんだ。どこか変じゃないか?」
「とんでもない! 昔のまま格好いいし、女っぷりも上がったんじゃないか?」
「はは、お世辞はそのくらいにしとけよ。何も出やしないぞ。それより、今日はお前だけなのか?」
「ああ。私の隊からはな。お前がいるなら、みんな来れば良かったのにな」
二人の話を聞いてたら、後ろから服を引っ張られた。
この引っ張り方はと思い、振り向くと、案の定リコだった。
「ねえ、あの女の人はブラスカのお友達なの?」
「ああ、そうみたいだな」
「ブラスカ、とても嬉しそうなのだ」
「リコも久しぶりに友達に会えたら嬉しいだろ?」
「うーん……、リコはあまりお友達いないし、マジアはリコに久しぶりに会った時、そんなに嬉しそうじゃなかったのだ……」
そういえば、マジアの奴、東の辺境でリコを見た時、獣車の扉をいきなり閉めてたよな……。
そんなことを思い出したが、マジアはいい奴で間違いない。
「あの女の人に挨拶してくるか?」
「うん、そうするのだ!」
二人でブラスカの所へ行くと、彼女は気を利かせて言う前に紹介してくれた。
「エイジにリコ、こいつは私の同僚だったフィアマだ」
「同僚ってことは近衛騎士団ってこと?」とリコが尋ねた。
「いや、今は近衛騎士団は抜けてるんだ」とフィアマがそれに答えた。
フィアマは見るからに気の強そうな感じだ。
セミロングの赤毛は踊るように跳ねており、眉は太く、黒目がちの目とともに力強い。
唇も厚く、ハスキーな声と似合っている。
肌はやや褐色で、ノースリーブのサーコートから腕が露出している。
「フィアマ、こいつがエイジでこっちがリコだ。私の旅の仲間だ」
「はぁん、ブラスカの仲間なら悪い人間じゃないよな。エイジにリコ、よろしくな!」
手を差し出してきたので、握手した。
かなりの握力で、さすが剣士だと思った。
リコはかなり痛かったようで、甲高い悲鳴を上げている。
「フィアマさんはこの討伐隊では、どの部隊なのですか?」と尋ねてみた。
「私はどの部隊に属さない独立愚連隊だな。地竜を討伐すると聞いたから、手を挙げて無理請いして参加したんだ。私も剣士だからムスコロみたいに巨竜を倒してみたいからな」
「ブラスカは海竜を倒したのだ!」
「海竜をか! リコとやら、そうなのか!? ブラスカ、本当か!? お前、ムスコロか! おい、後で話を聞かせろよ!」
フィアマがバンバン、ブラスカの肩を叩く。
ブラスカは照れた顔で「ああ」と答えるだけだった。
女剣士はみんなムスコロが好きなんだろうか? と俺は思った。
それにしても、フィアマはブラスカがお尋ね者だという話を全くしない。
知らないはずはないと思うので、意図的に避けているのだろう。
そんな事を話していたら、ラッパの音が鳴り響いた。
それと同時に兵士たちが一斉に整列し始めた。
一般兵士やポーターが次々と列を成す後ろで、宮廷重魔術師たちは並ぶでもなく好き勝手な格好で突っ立っている。
彼らも独立愚連隊で、指示系統には入ってないのだろう。
同じくダンジョン探索だけが目的の俺たちは、ルーチェやアノニモも含め、整列せずに様子を眺めるだけだ。
列の乱れが整い、地下の広場が静まり返った頃、お立ち台の上に将校らしき兵士が立った。
金色の房が付いた兜を被り、勲章が並んだ軍服に身を包んだ小太りの男だ。
男は咳払いを一つした後、話し始めた。
「兵士たちよ! スクドの惨状を見たであろう! 忌まわしき地竜が何百年の時を経て再び暴れ始めた! 我々は魔王であれ、魔族であれ、魔獣であれ、伝説の巨竜であれ、帝国を統べる皇帝陛下に害を成す全ての障害は排除せねばならない! 数々の武勇を誇るスクド防衛隊と、百戦錬磨の帝都防衛隊の力を合わせれば、正体不明の地竜といえど敵ではあるまい! 皆の者、奮い立て! 地竜を倒し、伝説の英雄となるのは貴様らである!!!」
将校の演説の後、一堂に会する兵士たちが一斉に吠えた!
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「帝国に栄光を!!! 皇帝陛下に神の御加護を!!!」
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「ウオ──────────────────────ッ!!!」
「帝国に栄光を!!! 皇帝陛下に神の御加護を!!!」
嵐のような雄叫びが地下空間を揺るがした。
凄まじい音量に俺たちは思わず耳を押さえた。
リコが抱いているガルルンも興奮して、遠吠えを始めた。
叫びながら腕を振り上げる兵士たちを、宮廷重魔術師はそれに加わるでもなく、静かに眺めている。
しばらくして、申し合わせたように歓声が収まり、将校に替わり、あのクレティーノがお立ち台に立った。
白いサーコートのクレティーノは静まった兵士たちを見回している。
俺は彼が何を話すのか興味津々で、その言葉を待った。
クレティーノは落ち着いた感じで話し始めた。
「兵士のみんな、地竜を倒すのにいちばん必要なことは何だと思う?」
突飛な問いかけに兵士が少しざわついている。
「簡単なことだから、誰でもわかるよな! そこの先頭の細い君、答えてみて」
後ろにいるから良く見えないが、兵士が一人指名されたようだ。
兵士は戸惑っているのか、声が返ってこない。
返答がないので、またクレティーノが話し始めた。
「あー、簡単だろ? わかんないかなぁ? じゃあ、今度はそこの君」
また誰か兵士が指名されたようだ。
「はい、それは強力な力だと思います! 強力な魔術式と強力な兵器があれば必ず地竜を倒すことができましょう! そして、我々ならそれが可能です!」
力強い返答に兵士たちがどよめいた。
「あー、それは最後に必要なことだな。もっと先にしなきゃいけないことがあるんだ」
また、クレティーノが誰かを指名しようとすると、将校の声がした。
「クレティーノ君、クイズはそこいらにして、そろそろ答えを教えてはくれまいか?」
「あー、はい。じゃあ、答えを──」
誰もがクレティーノに注目しているのだろう。
どよめきがやんだ。
「答えは単純明快。地竜を見つけること! 見つけないことには倒すこともできないよな!」
その答えに兵士たちの嘲笑や、うなずく声がきこえてくる。
そして、またそこに将校の声がした。
「それはもっともだが、どうやって見つけるのかね? ダンジョンをひたすら降りていくしかなかろう」
「はは、将校殿、そんな無駄は必要ありません。ここに当代一の方位魔術師がおります」
「方位魔術師? クレティーノ君、君は方位魔術を使えるのか?」
「私も使えますが、もっと有能な方位魔術師を紹介しましょう!」
クレティーノの視線がこっちを向いた。
「それはリコルディ・アディオ・パルテンツァ! 我が実の妹であります! さあ、リコルディ、こっちへ!」
その言葉に驚き、俺は横にいるリコを見下ろした。
いきなり名前を呼ばれたリコは目を見開いてフリーズしていた。