地底防衛都市スクド(30)
ブラスカを睨んでいる黄金色のサーコートを纏った宮廷重魔術師。
純白の髪は短く小綺麗に撫でつけてまとめられ、顔の彫りも深く整っている。
陰気な印象を感じるのは、三白眼の目と血の気が失せた土色の肌のせいだ。
襟から出た首筋と頬の一部は鱗のように硬化していて、痛々しい感じがする。
「まあ、落ち着けアルキミア。ブラスカはきっと何かの陰謀に巻き込まれただけだと、俺は思ってるし」
クレティーノがアルキミアという宮廷重魔術師とブラスカの間に割って入った。
「俺はそう思わない。ファンタズマとこいつが結託して、皇帝陛下への謀反を策略したからこそ、二人ともお尋ね者になったのだ」
「ああ……、それはきっと冤罪だぜ。ファンタズマのことは知らないが、少なくとも皇帝陛下からメテオラを授かったブラスカが謀反を企てるはずがない」
「はあ!? お前はこいつに気があるから、事実を歪めて都合よく解釈しているだけだ。本人がいるのだから、直接本人から真相を訊いてみるべきだ。さあ、ブラスカ、貴様に弁明の余地はあるのか?」
アルキミアが冷ややかな視線をブラスカに移した。
「私は潔白だ。だから、弁明などする必要もない!」
ブラスカは不動の姿勢で毅然と返答した。
「はあん!? 咎人のくせにでかい態度だな。貴様らが宮廷からいなくなってから、すぐに皇帝陛下はお隠れになったのだぞ。謀反を警戒して離宮に移られたのだ。それが動かぬ証拠だ」
「私はファンタズマに魔術式でメテオラを施錠されたから、それを解除するために、奴を追って帝都を出ただけだ。自分がお尋ね者になったと知ったのも、帝都を出てからだ」
「はは、作り話が上手いな。メテオラにしろ、本来は貴様のような一兵卒が授かることができる代物ではない。そこがそもそも妙なのだ。もはや議論しても時間を浪費するだけだ。早急にこやつを捕らえて、帝都に送り返すべきだ」
「それは却下です! スクドにいる限り、ブラスカさんを捕らえることは許しません!」
真紅の杖先をアルキミアへと向け、ルーチェが躍り出た。
「はあ!? この少女は誰なんだ……?」とアルキミアが呆れ顔でクレティーノを見やった。
「私は光の巫女、ルーチェです。最高司祭フィオレ様よりブラスカさんをお守りしろと、厳命されてます!」
ルーチェはフィオレからそんな命令を受けてたのかと、少し感動した。
リコも何か言いたそうな顔をしているが、相手が宮廷重魔術師なだけに遠慮しているようだ。
「スクドの最高司祭ごときの命令が、皇帝陛下がお定めになった法を歪められるはずがなかろう。笑止千万! そこの防衛隊の兵士たち! 今の話は聞いてたよな。その青いサーコートの女を今すぐ捕縛せよ!」
アルキミアから命令された三人の兵士は直立し、その中の一人がすぐさま返答した。
「最高司祭フィオレ様の命はスクドにおいて絶対です! 我々は貴方の命令を拒否します!」
「何ぃ!!! 貴様ら、俺の魔術式で土くれにしてやろうか!」
激昂するアルキミアの肩を後ろから、緑色のサーコートを纏った男が叩いた。
「おい、アルキミア。そのくらいにしておけ。これから地竜討伐の大任があるんだ。いざこざはやめよう」
柔道家のような風貌の立派な体格の大男だ。
スポーツ刈りの黒髪と意思の強そうな黒い瞳、そして明瞭なその声に、人柄の誠実さを感じる。
「そうよ。ブラスカも一緒に行くみたいだし、道中でもっと訊けばいいじゃない」
今度は金色の刺繍がふんだんに施された白いサーコートを纏った女が、アルキミアの空いているもう一方の肩に手を置いた。
長いストレートの銀髪が美しい女性だ。
小顔でスタイルもいい八頭身で、肌は透き通るように白い。
瞳の色はエメラルドグリーンで神秘的な輝きに満ちている。
「お前らまで、ブラスカの肩を持つのか……。皇帝陛下への忠誠はどこへ行ったのだ?」
「ははは、多数決をやればアルキミアの負けだし。ここはひとまず穏便に行こうぜ、アルキミア」
「クレティーノ、ふざけるなよ。皇帝陛下の法は絶対なのだ。貴様が同士でなければ、すぐにでも塵芥にしているところだ」
「相変わらずおっかないなアルキミアは。郷に入れば郷に従えだ。ここはスクドだし、光の巫女様に従うじゃん」
一人として味方する者がなく、嫌気がさしたのか、アルキミアは首を横に何度も振り、座り込んだ。
「あのー……、クレティーノさん、この方々は?」とマジアがクレティーノを見上げて尋ねた。
「ああ、マジア、紹介がまだだったな。じゃあ、紹介するじゃん。ふて腐れて座り込んでるのが、錬金術系重魔術師のアルキミア、緑色のガタイがいいのが防御系重魔術師のバリエラ、美人の姉ちゃんは音響系重魔術師のソノラだ」
「クレティーノさん、すごいです! ここに四人も宮廷重魔術師がいるなんて!」
宮廷重魔術師に憧れているマジアは感無量なのか、もはやアイドルのミーハー状態だ。
「君がマジア君か。クレティーノから時々話は聞いてるよ。よろしくね」
ソノラという音響系重魔術師がマジアに手を差し伸べた。
美人なだけでなく、声もびっくりするほど澄んでいて美しい。
まさに神に祝福されたようなお姉さんだ。
マジアは掌が汚れてないか入念に確かめてから、彼女と固く握手した。
それから、うちのパーティーメンバーと宮廷重魔術師とで握手と挨拶が個別に始まった。
先ほどの件もあり、アルキミアには人がなかなか寄り付かなかったが、リコが最初につかつかと彼へと歩み寄った。
「リコルディ・アディオ・パルテンツァ、帝都の貴族なのだ。おじさん、ブラスカは悪人じゃないし。まあ、とにかくよろしくなのだ」
アルキミアは呆けた顔で、リコが差し出した手を見ていたが、掌をパンとそれに併せただけで立ち上がった。
「パルテンツァ……? リコルディはパルテンツァ家の者なのか?」
「リコでいいのだ。そうなのだ」
「へえ、名門中の名門じゃないか。すごいな。だが、お前みたいなお嬢ちゃんが、こんな辺境で何してるんだ?」
「それは……、色々事情があったのだ」
「そうか。まあ、それは聞くまい。あれ……? パルテンツァ家といえば……」
アルキミアがブラスカと戯れているクレティーノに目を向けた。
「あれはリコのお兄様だし」
「そうだったか……。まあ、よろしくな」
今の会話を聞いて、何となく思ったが、アルキミアは権威に弱いのかもしれない。
そんなことを考えている俺の耳許で鈴を転がすようなささやきが聞こえた。
「ねえ、君、ひどく軽装だね。腕に自身があるのかな?」
その声の主は白いサーコートのソノラだった。
俺と身長が同じくらいの彼女の小顔がすぐ傍にあり、俺はドギマギした。
「い、いや……、逆に俺みたいなへっぽこは立派な武器や防具を持ってても無駄なだけです」
「ははは、君、正直だね。そういう素直な性格好きだよ。よろしくね」
美人さんと緊張しながら自己紹介をして握手を交わすと、彼女はぼうっと突っ立っているアノニモへと顔を向けた。
「エイジ君、あの憲兵さんは誰かな? さっきから誰とも挨拶しようとしないんだけど」
「ああ、あれはアノニモさんです。ちょっと……、いや結構変わった性格してるんで……」
「ふーん……。何だか彼の気配は以前に感じたことがあるような気がするな……」
「気配……?」
「私は音響系の魔術使いだから、音には敏感でね。彼の動く音や息遣いは宮廷で聞き覚えがある気がするんだ」
「はあ、そうなんですか……。俺は彼とは会って間もないから、昔のことは知らないんです」
そういえば、アノニモが宮廷の役人を殺した話をしてたような気もするが、黙っておこう……。
「そっか。彼からはすごい魔術の波動も感じるな。只者じゃなさそう。君も気をつけてね!」
ソノラは俺にウィンクしてから、アノニモの所には行かず仲間の所へ戻っていった。
八頭身美人にウィンクされるなんて、元の世界じゃなかったことだ。
しかも相手は宮廷重魔術師というエリート中のエリートだ。
こっちの世界に来て貴重な体験ができたことに、俺はありがたいと感じた。