地底防衛都市スクド(29)
光の塔から少し離れた場所に建つスクド防衛隊。
城壁で取り囲まれた城のような建物が、防衛隊の本拠地だ。
大地震の爪痕を目の当たりにしながら歩いてきたが、防衛隊の基地は震災の傷跡はほとんど見受けられない。
城壁の石垣は見える範囲では、どこも崩れていない。
要塞のような城を見上げても、異常はどこにもなさそうだ。
俺たちは左右に延々と続く灰色の城壁を眺めると、盾の紋章が刻まれたゲートの前に立った。
「街がひどいことになってるのに、びくともしてないとは大したもんだな」
「エイジさん、おそらく建物に防御重魔術式を施してるんだと思います」とマジアが答えてくれた。
「なるほど。そんなことができるのか」
「宮廷も防御重魔術式で守られてるぞ」とブラスカが補足した。
「マジア、ここで待ってればお兄様が来るのだな?」
リコはそう訊きつつ、真新しいローブの乱れを直すのに余念がない。
ひとしきりそうした後、リコはブラスカからガルルンを受け取った。
ガルルンは暴れ疲れたのか、あくびばかりしていて、とても眠そうだ。
「リコ、衛兵さんにそう伝えたから、すぐ来るよ」
「早くダンジョンに行きたいなあ! ドキドキが止まりません!」
朝からそわそわしているルーチェは修学旅行に出かける学生みたいだ。
緊張感がなさすぎるのもどうかと思うが、雰囲気が和らいで助けられてる気もする。
ほどなくしてゲートが開き、いつもの白いサーコートを着たクレティーノが出てきた。
「マジア、来たじゃん! おっ! みんなも行くのか! ブラスカちゃん、何その格好? すげー綺麗じゃん、宮廷にいた頃思い出すし」
「クレティーノさん、話し合ってみんなで行くことにしました。あのー、ブラスカさんの件、よろしくお願いしますね」
「おう! 任せとけ! ブラスカは宮廷では人気があったから、お尋ね者になったのは何かの間違いだとみんな思ってるし。だがな、こっちに来てる重魔術師の中にはそう思ってない奴もいるから、そこはわかってくれよな」
「クレティーノさん、大丈夫でしょうか?」
「ああ、何かあっても俺が何とかするじゃん。ということで、ブラスカちゃん、よろしくな!」
クレティーノがハグしようとしたら、ブラスカがすかさず後退って逃げた。
「ああ、そんな美しい出で立ちでも、ブラスカちゃんは冷たいし。まあ、そこがまたいいんだけどな。ははは……」
「今日は遊びに来たんじゃないんだ。相変わらず軽すぎるぞ、お前」
ブラスカにそう言われ、クレティーノはちょっと悲しそうな顔で苦笑いした。
それから、思い直したように俺を見た。
「エイジ君、君は随分と軽装だな。大丈夫か?」
「ええ、動きにくいと嫌ですから。それに俺の役目はリコを守ることなので」
「おお、ありがとな。リコが来てくれれば、強力な方位魔術で地竜なんかすぐ見つけられるじゃん。しっかり守ってくれよな」
その言葉にリコは思わず何か言いかけたが、言葉を飲み込んだようだ。
いつものbot定型文だろうが、苦手な兄の前では言うのをやめたのだろう。
リコはそれから何かを思い出したように、抱いていたガルルンを前に差し出した。
ガルルンは死んだように寝てて、頭が前にぐたっと垂れてる。
「お兄様、この子も今回は探索に連れていくのだ」
「犬っころ? いや、こいつ角があるから魔狼じゃん。リコ、マジ?」
「置いてけないから連れてきたし。いいでしょ?」
「お前、飼ってるのかよ……。うーん……。逃げられたら放っておくんだぞ。魔獣なんだしな」
「承知してるのだ」
クレティーノはガルルンにはあまり関心がなさそうで良かった。
彼はそれより俺たちの後ろを気にしているようだ。
「マジア、ルーチェ様はわかるんだが、そこの憲兵は誰なんだ?」とクレティーノは訝るような顔で尋ねた。
「ああ、この方はアノニモさんです。僕たちのパーティーの一員です」
「へえ、俺っちより背が高いな。まあ、強そうじゃん。さあ、じゃあ、中に入ろうぜ。討伐隊の準備が済んだら、すぐダンジョンに入るからな」
俺たちはクレティーノに従い、城門をくぐった。
それから城みたいな基地には入らず、外にある階段から地下へと降りた。
基地の地下は倉庫のような広大な空間で、そこで兵士たちが地竜討伐の準備をしていた。
大柄の兵士たちがバックパックほどの大きさの木箱を入念にチェックしている。
その横には銛らしき物が何本も積み上げられている。
「クレティーノさん、あれは何ですか?」と俺は尋ねてみた。
「あれは小型の携帯雷弓だし。エイジ君は雷弓は知ってるよな?」
「ええ、ランシアの海戦で撃たれましたしね……」
「あはは! そうだったな。あれほど威力はないけど、ダンジョンじゃ大型兵器が持ち込めないから仕方ないよな」
広い地下のあちこちで、兵士が整列している。
もう準備が済んだのだろう。
そこはかとなく兵士たちの顔に緊張がみなぎっている。
ある一角にはパンパンに膨らんだ大きな背負い袋がずらりと並んでいる。
その周りで軽装の男たちが暇そうに屯している。
兵士と違って身なりがバラバラだ。
「マジア、あいつらはポーターかな?」
「そうみたいですね。兵士の数も多いけど、ポーターも滅茶苦茶多いですね。これじゃ人手不足になる訳だ」
ざっと見積もっても百人はいそうだ。
危険なダンジョンに潜行する彼らの家族はさぞかし心配なことだろう。
というか、彼らの家族は地震で無事だったのだろうか?
「マジア、お前らは地竜討伐が目的じゃないけど、本隊からあまり離れないように探索してくれよな。まあ、多少迷ってもリコがいれば大丈夫だろうがな」
「はい、了解です。リコは地竜討伐隊のほうも助けてね」とマジアがリコを見た。
「お安い御用なのだ。でかい地竜なんか、きっとすぐ見つかるし」
「あはは、やっぱり、リコは頼りになるじゃん。よろしくな」
クレティーノが頭を撫でようとしたら、リコがそれを避けた。
出した掌とリコを交互に見てから、クレティーノは肩をすくめた。
「クレティーノさん、リコはすぐにバテると思うので、サポートお願いします」
「了解! リコ用に荷役を一人と引き車を用意しとくし。さあ、俺たちの集合場所に着くから、マジアたちもしばらく休んどけよ」
クレティーノが足を止めた先、そこは他とは違った空気が漂っていた。
見るからに他の兵士とは異質の男女が三人いる。
それぞれが色違いのサーコートを纏い、胸には真紅の竜のエンブレムが付いている。
「クレティーノさん、あの方々は?」とマジアが尋ねた。
「ああ、あいつらは俺っちの仲間の宮廷重魔術師だ。後で紹介するけど、クセが強いのばかりだから、あまり構うなよ」
視線を感じたのか、黄金色のサーコートを纏った白髪の男がこっちを向いた。
整った顔だが、陰気な感じの目つきをしている。
男は吟味するように、蛇のような目で俺たちを見回した後、何かに憤ったように急に立ち上がった。
「貴様、ブラスカじゃないか! 皇帝陛下の逆賊がどうしてここにいるのだ!?」
男は今にも噛みつきそうな形相で、ブラスカを真っ直ぐ指差した。