地底防衛都市スクド(28)
明日はダンジョン探索だと思うと、落ち着かなくて、あまり眠れない。
夜中に起きてみたら、仄暗いランプに照らされ、マジアがテーブルで何かをやっている。
リコとブラスカは二人ともぐっすり寝ているようで、度胸は大したもんだ。
アノニモは朝また来るとのことで、どこかに出かけてしまった。
宿屋は地震で潰れたと言ってたので、外をうろついてるのだろうか?
きっと腹を空かすことだろう。
「マジア、何やってるんだ?」
「ギルドで買った杖の魔術式を解析してます」
「へえ、どんな感じだ?」
「あまり見かけない術式ですね。ただの照明用の魔具なはずなんですが」
「そうなんだ。もしかすると掘り出し物かもな」
「まあ、逸品だからと結構な値段で買わされましたからね。それなりの働きはしてもらいたいですね」
「えっ!? もらったんじゃないのか? 一体いくらしたんだ?」
「この杖はもらえなかったんですよ。だから、半値にしてもらいました。エイジさんたち三人の食費を一年まかなえるくらいの値段です。安いもんです」
「マジア……、お前経済観念狂ってるな……」
「エイジさん、そろそろ寝ましょうか? 明日からは体力勝負ですから」
「リコは大丈夫かな……?」
「うーん、無理だと思うので、クレティーノさんに何とかしてもらいましょう」
「あー……、明日は大丈夫かな? 地竜のいるダンジョンだしな……」
「明日入ってすぐには遭遇しませんよ。あ〜、けど、エイジさん、結婚できずに人生終わっちゃうかもしれませんよ」
「俺にはスーパー・ラックという超強運スキルがあるんだ。そうはいかないぜ!」
「あはは、そうでしたね。じゃあ、今度こそ寝ましょう」
マジアがランプを消し、リビングは真っ暗になった。
暗闇のソファーの上、俺はぼんやりと見える右手を何度も握ったり開いたりしてみた。
何も考えずにそうしていると少し落ち着いてきて、いつのまにか寝てしまった。
◇◆◇
獣車の扉をけたたましく叩く音に俺は目が覚めた。
「うーん……。まだ眠いのに……。アノニモさん、ちょっと早すぎです」
目をこすりながらマジアが扉を開けると、少女が入ってきた。
真紅の杖を抱えた白いローブの少女──、ルーチェだった。
「みなさん、朝です! おはようございます! 怖いの大好き、ルーチェです!!!」
大きな声に驚き、ガルルンが駆け回り始めた。
「ルーチェさん、どうしたんですか?」と寝ぼけまなこでマジアが尋ねた。
「昨日、たまたまクレティーノさんとお会いして、マジアさんが地竜討伐隊と一緒にダンジョンに入ると聞きました。パーティーメンバーとしてもちろん私も同行します!」
「それはありがたいが、ルーチェはおつとめは大丈夫なのか?」と俺は確認した。
「はい! 私は下っ端なんで、何の問題もありませんよ!」
杖でポーズを決めて快活に答えるルーチェを見て、俺は勝手に出てきたなと確信した。
「もう出発するんですよね! スクド最大の敵、地竜ですからドキドキ度も最大です! ワクワクが止まりません!」
「ルーチェさん、朝からテンション高いですね……」
寝起きはいつもテンションが低いマジアが突っ込んだ。
「何だか興奮して、今にも発光しちゃいそうです!」
「うーん、光の巫女って興奮すると光るのか……、てか、地竜が敵って神殿の御本尊じゃないのかよ?」
「エイジさん、そうなんですが、地竜がいなくなっちゃえば、神事が減って楽になります!」
「それって失業って言わないか……?」
「下っ端には関係ありません」
「いやいや、フィオレが困るだろ」
「フィオレが失業したら、縛る物がなくなるので、エイジさんと結婚できるかもしれませんよ」
「おい! 聞き捨てならないことを聞いたのだ」
いつの間にかリコが起きていた。
ジト目で俺とルーチェを睨んでいる。
「リコさん、おはようございます!」
「おはようなのだ。フィオレが失業したから、エイジと結婚するって本当か?」
「いえいえ……、たとえ話ですよ。フィオレは失業なんてしてません」
「ったく……、光の巫女どもは油断も隙もないし」
聞き違えておいて、容赦ない言いようだ……。
後は起きてないのはブラスカだけだが……。
こいつの場合は簡単だ。
「ブラスカ、朝飯だぞ! 起きろ!」
「……くかっ!!! よし、わかった!」
ブラスカが秒速で飛び起きた。
良く調教されている。
近衛騎士団で訓練したのだろうか?
「ブラスカ、サーコートを着るの手伝うから、早めに用意しとけよ」
「エイジはリコの着替えを手伝うのだ!」
「冒険服なんて自分で着れるだろ」
「昨日買ったローブを着るのだ!」
「お洒落してどうするんだ? 遊びに行くんじゃないぞ」
「ルーチェもローブだもん! リコもローブ着るぅ!!」
「あ〜、わかった、わかった。ルーチェ、リコの着替えをお願いできるか?」
「はい、構いませんよ」
リコがまだブータレてるが、いつまでも駄々っ子にかまっている暇はない。
俺たちはそれぞれ準備を進め、いよいよ出発となった。
ブラスカは俺がコーディネイトしたロイヤルブルーのサーコート一式に愛剣メテオラでバッチリだ。
リコはライトグリーンのローブにオークメイジからゲットした拘束魔術式の杖。
マジアは短パンの冒険服に昨日買った照明魔具の白い杖。
ルーチェはいつもの白いローブに真紅の杖。
俺は冒険服の下に鎖帷子を着込んで、頭にはヘルメットみたいな兜で腰に長剣だ。
外に出ると、憲兵姿のアノニモが獣車に寄りかかってタバコを吸っていた。
いつもの軍帽をはすに被り、憲兵が着る黄土色のシャツに茶のズボンにブーツだ。
いつもと違うのは赤い魔法陣が大きく描かれた白いマントをしているくらいだ。
「アノニモはその格好なのか?」
「ああ、着慣れてるしな。特に服を用意する必要を感じない」
煙を吐きながら、気だるそうに気障っぽく答えたので、ムカつくからそれ以上話すのはやめといた。
これでメンバーは全員だが、実は今回はガルルンも同行する。
今回は帰りがいつになるかわからないので、エサの用意が難しいからだ。
ライノのエサは獣車置き場の管理人に頼んであるが、ペットのエサは彼らの営業外なのだ。
ガルルンは今はブラスカが抱えているが、外に出たのが嬉しいのか、「早く降ろしてください」と暴れている。
「みなさん! ではスクド防衛隊に向かいましょう!」
マジアが気合を入れた声で俺たちに呼びかけた。
「「「「お────っ!!!」」」」
アノニモ以外のメンバーが揃って声を上げ、手を振り上げた。
ダンジョン探索の時がついに来た!