地底防衛都市スクド(27)
ギルドに入ったが、建物の中での地震を恐れてか、思ったより人は少なかった。
倒壊した建物が多いので、みんながそう思うのも無理はない。
それでも冒険者のパーティーがロビーのあちこちで屯している。
おそらく地震によるダンジョンの被害情報でも集めているのだろう。
その中にギルド総支配人ウニタの姿があった。
モサモサした黒髪の彼がフロアを落ち着きなく歩き回っている。
そんな彼が俺たちを見つけた。
「おお! 君たち! 無事だったのか! 本当に良かった!」
野太い声を上げて、濃い眉を跳ね上げ、駆け寄ってきた。
「総支配人、ギルドは大丈夫ですか?」
「君はエイジ君だったかな? 建物は無事だが、売り場の商品は軒並みひっくり返って大変だな」
「みなさん無事なんですか?」
「ああ、建物が頑丈だから、職員は落ちてきた物で怪我したくらいだ。ところで君たちは今日はどういう用事で来たんだ?」
「僕たち、防具と武器を買いに来たんですよ」とマジアが答えた。
「そうなのか。売り場の商品は散乱してて、職員が片付けてるが、それでも良ければ、何でも持っていってくれ」
「えっ! 何でもいいの!? タダで?」とリコの声が弾んだ。
「ああ、君たちはフィオレ様を救ってくれた英雄だからな。そのくらい当然だ。ところで……、後ろにいる女性と、憲兵さんは君たちの知り合いかな?」
振り向くと、ブラスカはフードを深く被ってそっぽを向いている。
アノニモはただ突っ立っているだけだが、背がかなり高いので目立つ。
「はい、そうです。彼らもパーティーの仲間なので、この人たちの分もいいですか?」
「エイジ君。もちろん、構わないよ。所望の物があれば職員に声を掛けてくれたまえ。じゃあ、今日は色々やることが多いから、悪いけれど、私はそろそろ失礼するよ」
ウニタが心ここにあらずといった感じで、慌ただしく去っていった。
お陰でブラスカにまで気が回らなかったようで、助かった。
「高級ローブ! 高級ローブ!」
リコが満面の笑みで飛び跳ねている。
「お前なあ、ちょっとは遠慮しろよ」
「せっかく、くれると言ってるのだ。遠慮なくもらっておくのが礼儀だし」
「って、ローブって、防具でも武器でもないだろ?」
「まあ、もらえる物は何でももらえばいいんじゃないか……」
アノニモがボソリとつぶやいた。
食い逃げ野郎のアノニモらしい意見だ。
他に誰もコメントしなかったので、俺も小言を言うのを止めた。
「じゃあ、私は念願のサーコートかな……」
「ええ、総支配人の言葉に今日は甘えましょう」
マジアもその気になったようだ。
それで、時間短縮のために各々がバラバラに調達して、後でロビーに集合することにした。
俺は武器のことがわからないので、ブラスカと売り場へと向かった。
で──、二階の服売り場で俺はブラスカの姿に見惚れている。
フロアのどこかでリコが騒いでいる声がするが、今はそれどころじゃない。
普段は狩人みたいな地味な格好をしているブラスカだが……。
今俺が目にしているロイヤルブルーのサーコートを纏ったブラスカは、別人じゃないかと思えるほど気品に溢れていた。
元が遼子先輩似で美人のブラスカだ。
俺はこれまでブラスカに失礼がなかったか思い返すほど、その姿の虜になっていた。
「おいおい、エイジ。お前、熱でもあるんじゃないのか? どうしたんだ、そのトロンとした目は?」
「いや……、綺麗だな……」
「そうだな、このサーコート、綺麗だな……。金の刺繍が結構入ってるし、ちょっと目立ちすぎるかな……」
「いや……、ブラスカがだよ。似合ってるよ、ブラスカ……」
「ははは、エイジ、そんなに褒めても何も出やしないぞ……」
「肩当てやベルトも、それに合うのを見繕おうぜ。靴売り場もあるみたいだし、ブーツも買わなきゃ」
そんな感じで、地震で散乱した商品から発掘したアクセサリーなども併せ、俺は完璧にブラスカをコーディネイトした。
ロイヤルブルーのサーコートにマッチした濃紺の肩当て、黒ベルト、ブーツは白と濃紺のツートンカラーだ。
「ははは、エイジ、これはやりすぎじゃないか? ティアラまでは要らないだろ?」
「いや、いいんだ! 遼子先輩にはこれぐらいじゃないと釣り合わない!」
「リョーコ先輩って誰のことだ? お前、何か変だぞ?」
「あっ! 悪い悪い! 何でもない! だが、ブラスカ、お前は近衛騎士団だったんだし、このくらいで普通だろ。メテオラにはこういう格好じゃないと釣り合わないぞ」
「そうかな? じゃあ、これで決めちゃおうかな……」
「よし、決まりだ! その格好で戻って、みんなを驚かそうぜ!」
「やっぱり、お前、今日は変だぞ……」
「いいから、いいから!」
その後、俺はサーコートを纏ったままのブラスカに適当に剣と防具を見繕ってもらった。
どうせ俺は良い剣を持っていても使いこなせないので、頑丈で軽い剣を一振り選んだ。
動きにくいのも嫌なので、防具も簡易なヘルメットみたいな兜と鎖帷子だけにしておいた。
◇◆◇
「だ──っ!!! ブラスカ! その格好は何なのだ!?」
冒険服のリコがサーコートを翻すブラスカに驚いている。
「ははは……、エイジから当分このままでいてくれと頼まれたんだ」
「いや、いいんじゃないか。ブラスカ」と憲兵姿のアノニモはまんざらじゃなさそうだ。
だが、マジアだけは渋い顔をしている。
「マジア、お前もブラスカのこの格好、なかなかイケてるって思うよな?」
「似合ってますけど……。ブラスカさん、お尋ね者でしょ……。目立ってどうするんですか……」
マジアの言葉に周りを見てみると……。
確かに冒険者や職員から注目を浴びているようだ……。
うっ! 言われてみれば、そうだった……。すっかり忘れてた……!
「おい……、早く出よう!」とブラスカもそわそわし始めた。
俺たちは大急ぎでギルドから出た。
外に出た俺たちは獣車へと戻っていく。
「リコ、高級ローブはゲットしたのか?」
「うーん、それが大人用しかなかったし。リコに合うサイズは普通のローブしかなかったのだ。色も白じゃなくて薄い緑色なのだ」
「そうなんだ。残念だったな」
そう言ってるが、リコは包み紙を抱きしめて大事そうにしている。
そこそこ気に入ってるのだろう。
「マジア、お前は?」
「僕は服はこの間買った冒険服でいいので、この魔術杖をいただきました」
マジアは白い杖を握っている。
杖の先には銀色の大きな石が嵌められ、今も少しだけ輝いている。
「その杖はどう使うんだ?」
「これは光の杖と言って、照明用の魔具ですね。スクド特製の逸品と職員の方が言ってました」
「そうか。役に立ちそうだな。アノニモさんは何を持ってきたんですか?」
「俺か? 俺は何も要らないな」
「えっ!? もらえる物は何でももらえって言ってたでしょ?」
「防具や武器は間に合ってるから要らない。だから、食堂で飯を食ってたよ」
「ははは……、アノニモさんらしいと言えばらしいですね」
「必要な時に必要な物があればいいのさ」
アノニモの言葉にブラスカが少しだけ反応した。
ちょっと恥ずかしそうにしている。
俺から見たらコスプレみたいな格好だし、通りには溢れるほどの避難民がいる。
そんな彼らがサーコートを纏い颯爽と歩くブラスカを見て話すのが聞こえてきた。
「おお! 早くも宮廷の騎士様が視察に来られた」
「騎士様、どうかこの惨状を皇帝陛下にお伝え下さい」
手を合わせ拝む者も目に付く。
「エイジ……、お前のせいで、どうにも居心地が悪いんだが……」
「外で着替える訳にもいかないし、仕方ないだろ。宮廷の騎士だったのは本当なんだし、堂々としてればいいぞ」
ブラスカは苦い顔をしてるが、これぞブラスカの本当の姿だと確信できるほど、今の姿は様になっていた。