地底防衛都市スクド(26)
「今回のダンジョン探索は僕独りで行きます」
マジアの端的な発言に、意味がわからず、俺とリコとブラスカは言葉も出なかった。
三人とも声もなく、マジアを見つめた。
しばらくして、リコが目を見開いて、慌てて喋り始めた。
「マ、マジア! な、何を言ってるのだ! リコは『禁断の書』を探すためにスクドまで来たのだ!」
「そうだぞ。それにマジア独りで行くって、無茶すぎるだろ!」と俺がリコに続いた。
マジアは手を組み、窓の方へ首を回した。
「外のひどい有り様を見ればわかるでしょ。この大地震を起こしたのは地竜です。地震の影響で崩落している洞窟も少なからずあるでしょう。僕のために、みなさんを危険な目に遭わせる訳にはいきません」
「マジアだって危険じゃないか!」とブラスカが反論した。
まさにそのとおりだ。
この惨事を目の当たりにしておいて、ダンジョンに潜行しようなんて正気じゃない。
「地震の後、クレティーノさんから地竜討伐隊が予定を早めるって聞いたんです。また地竜が大暴れしたら、さらに被害が拡大しますからね。僕はその討伐隊と一緒にダンジョンに入ることにしたんです。だから、パーティーはもう必要ありません」
「それはそれで無謀な話だな……。ダンジョンが崩れたらどうするんだ?」
「エイジの言うとおりだし! マジアも伝説の重魔術師とやらを探すのを中止したほうがいいのだ!」
「いえ、スクドのダンジョンと地竜。これは何百年も昔からずっと変わらず続いている関係です。僕たちが生まれる遥か前にも、同じような災害が起きたという記録も残っているそうです。つまり、ダンジョン全てが崩れることはないと僕は思います」
「一理はあるが、希望的観測だな……」
ブラスカが独り言のようにつぶやいた。
それから立ち上がり、立て掛けてあったメテオラを手にした。
「私はマジアを守るぞ! 一緒にダンジョンに行くからな!」
「リコも行くのだ! リコの世界一の方位魔術が必ず役に立つし!」
「リコが行くなら、もちろん俺も行くぞ!」
俺とリコも立ち上がった。
「みなさん、無茶言うなあ……」
座ったマジアが俺たちをやれやれ顔で見上げた。
「どうせお尋ね者と追放市民と異世界人だ。この世に未練はないぞ!」
そう言って、ブラスカがメテオラを振り上げた。
「リコは帝都に未練はあるけど、マジアには感謝しきれないほど世話になってるし、独りでは行かせないのだ!」
「俺もだ! マジアがいなきゃ、東の辺境でとうの昔に凍え死んでるぜ!」
「ワオワオワオ──!!!」
テンションが上った俺たちに触発されて、ガルルンも吠えた。
ブラスカはちょっと興奮しすぎたかな? といった感じで振り上げた剣を降ろすと、座り直した。
「それで、地竜討伐隊はいつダンジョンに入るんだ?」
「それがですね……。明日の午後です」
「うわ! すぐなのだ!」
「俺たちも準備しなきゃだな。けど、ポーターはいないし、どうするよ?」
「エイジさん、ポーターは要りませんよ。地竜討伐隊と行くんですから。それより、ブラスカさんは大丈夫ですか?」
「あっ! ああ……、私がお尋ね者の件はクレティーノに何とかごまかしてもらおう……。そうだな、双子の姉妹だとかどうかな……?」
「うーん……、無理はありそうですが……。クレティーノさんなら何とかしてくれるでしょう」
「奴に頼るのはしゃくだが、マジアのためだ」
「リコも『禁断の書』はこの際どうでもいいから、伝説の重魔術師の捜索に専念するのだ! エイジは地震が来たら誰よりも先にリコを守るのだ!」
「お守りしますよ〜、貴族様。って、これまでいいこと言っといて、お前だけ助かるつもりかよ……」
そんな訳で、俺たちは武器と防具の調達のため、大急ぎでギルドへ向かった。
大通りは避難民でごった返しているので、獣車が使えない。
大騒ぎの街を眺めながら、人を掻き分け、少しずつ歩いていく。
「出掛けにガルルンが狂ったように吠えてたよな?」
「ああ……、もしかしたらガルルンに朝ご飯をあげてないのかも?」とリコが振り返る。
「ははは、魔獣は一食や二食抜いても大丈夫だ。気にするな、リコ」とブラスカが笑う。
「獣車がないと不便ですね。ギルドまで結構あるなあ。そもそも、こんな中で営業してるのかな?」とマジアが心配し始めた。
「マジア、行ってみなきゃわからないから、仕方ないぜ」
「そうなのだ。もし、営業してなきゃ、武器と防具は勝手に持っていくのだ」
「リコ、それじゃ火事場泥棒だろ! お前、本当に貴族かよ!?」
「エイジ、貴族は千載一遇のチャンスを金にして成り上がったのだ」
「うーん、それは真理かもしれないな」と俺は感心した。
「リコさ、剣の一本や二本盗んだくらいじゃ成り上がれないよ」
「はっ!!! 純白の高級……」
マジアの言葉にリコが何か言おうとして、途中で止めた。
ほとんどバレてるが、まさか休みだったら本気でやるつもりじゃないだろうな……。
◇◆◇
俺たちはかなりの時間をかけて、ようやくギルドに辿り着いた。
贅を尽くして建造したギルドは、倒壊することもなく先日と変わりなくそこにあった。
その前の獣車置き場は避難してきた人々で溢れている。
それを横目に回廊に入ろうとしたら、誰かに声を掛けられた。
振り向くと、背の高い憲兵がいた。
「あっ、アノニモさん。無事だったんですね」
「まあな。腹が減って、大通りをうろついてたんで大丈夫だった。泊まってた宿屋は潰れてしまったがな。君たちも無事で何よりだ」
いつも腹減らしてるよな、こいつ……。
と思いながら顔を見たら、ウィンクされた。
男が男にウィンクするのかよ! と思い、慌てて顔を逸らした。
「僕たち、ギルドに行くんですが、アノニモさんに話があります」
「そうか、マジア君。まあ、おおよそ想像はつくけどな」
「えっ? それはどういう想像ですか?」とマジアが驚いた顔でアノニモを見上げた。
「すぐにでもダンジョンに入るんだろ? 地竜が本気で暴れだしたら大ごとになるから、その前にな」
「まさにそのとおりです。アノニモさんはどう思います? 無謀でしょうか?」
「この地震は地竜が移動を始めたせいだと、俺は思うぜ。最深層にいるはずのヤツが上に上がって来てるんじゃないかな? 地竜討伐隊には逆に都合がいいかもな。だが、ダンジョン探索には最悪だろうな」
「ですよね〜。なので、アノニモさんはパーティーから抜けてもらってかまいません」
「馬鹿なこと言うなよ。俺は飯をご馳走してもらった恩義は忘れないし、これからもご馳走してもらうつもりだ」
「ってことは、アノニモも俺たちと一緒に行くのか?」と俺は尋ねた。
「ああ、もちろん。予定通りだ。エイジ君!」
アノニモは軍帽のつばを人差し指で押し上げ、また俺にウィンクした……。
どうして男の俺に何度もと思ったが、よくよく考えるとアノニモの正体は女だった……。
記念すべき100話目でした!
いやー、随分書きました。