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絶縁、帝都追放ってどういう夢だ?

「リコルディ、当主たる父上が亡くなられた今、もはや、あなたをこの家に置いておく理由はなくなったわ」


 少し高い台座の上、純白のローブを(まと)った長い金髪の美女が大きな椅子に座っている。女神かと思えるほどの完璧な容姿の女が、こっちを見た。


 大勢の高貴な身なりの男女が少し遠巻きに整列している。その目は珍獣でも見るようで、口には皆、嘲りの笑みを浮かべている。


「リコルディ、キョロキョロしてないで私を見なさい。あなたにとって、帝都一の淑女と言われる姉の姿を見ることができるのも、今日が最後なんだから」

「きょ、今日が最後……?」


 幼い女の子の声が、金髪の美女の言葉を反復する。


「そう、今日が最後よ。いつまで経っても重魔術の一つもろくろく習得できない者を家に置いておく。そんな酔狂な真似は、このパルテンツァ家はもう金輪際やめたの」

「そ、そんな……、お……、お姉さま……」

「あなた、重魔術学校に通い始めて、いったい何年になるのかしら?」

「……五年です。お姉さま」

「それで、あなたは今何年生なの?」

「……い、一年生です」

「四年で卒業できるのに、あなたは何年留年したら気が済むのかしら? あなたより下の弟や妹たちにすら、あなたは追い越されてるのよ」

「リコ、重魔術式が苦手だし……」

「あなたってただの穀潰しだわ。重魔術を使えてこそ、名門パルテンツァ家でしょ? 豚みたいな穀潰しは一族の恥だわ。いいえ、家畜の豚でさえ死んだら貴族の晩餐を飾れるから、穀潰しのあなたよりまだマシかもね。リコルディ、あなたは豚以下の存在なのかしらね」


 姉と呼ばれる金髪の美女が、閉じた扇子を口元に当てがい、目を輝かせて身を乗り出す。


「でも、豚にはできないことでも、あなたにできることがありますわよね」

「ぐ、ぐ、ぐ……。お、お姉さま、それは?」

「リコルディ、あなた、そんな簡単なこともわからないの? おつむも豚以下なのかしら?」

「ぐ、ぐ、ぐ……、わ、わかりません……」

「みなさ〜ん、リコルディはわからないって言ってますけど、誰か正解がわかる方はいらっしゃいませんかぁ?」


 金髪の美女は陽気に弾んだ声で尋ねた。

 すると、後ろの方から男の声がした。


「姉君、それは謝罪ではありませんか?」

「謝罪……、うーん、惜しい! ほぼ当たっていると言えますけど……。誰か他に!」


 金髪の美女がゆっくりと見回すと、そこかしこから聞こえていた私語も消え、広間はにわかに静まり返った。


「どなたもわからないのかしら? 言えば、皆様が『な〜んだ』って思うようなことなのに。じゃあ、時間がもったいないので、私が言いますわ!」


 金髪の美女が立ち上がり、扇子を一気に広げて言い放つ。


「それは、土下座ですわ!」


 その言葉に広間がざわつく。


「どっ、どっ、土下座…………」

「そうよ、リコルディ。お勉強ができないあなたでも、土下座くらいはできますわよね?」

「ぐっ、ぐ、ぐ……」

「さあ、ここにいる皆様をお待たせしないで、さっさとおやりなさい。さあ、さあ、そこで今すぐ、力いっぱい、心をこめて、土・下・座!」

「お……、お姉さま、ほ、本気なのですか……?」

「本気に決まってるじゃないの。占いじみた方位魔術しか使えない、あなたにできること。それはここで一世一代の土下座を皆様にご披露することくらいだわ。さあ、リコルディ、早くなさい! 皆様がお待ちかねですわ! さあ! さあ! 早く!」

「ぐ、ぐ、ぐぐ、ぐぐ、ぐぐ……、ぐぬぬぬぬ……」


 嗚咽のような声音とともに、ぎこちない動きで徐々に視線が下がっていく。


「リコルディ、そんなじゃ、まだ、終わってないでしょ。床にその空っぽの頭を力いっぱい擦り付けて、言うべきことを言って!」


 目の前は真紅の絨毯模様だけになった。


「ぐ、ぐ、ぐぐ、ぐぐ、ぐぐっ……、も……、申し訳ありませんでした……。あ、姉君……」


「ほほほ、ちょっと無様だけど、まあまあの土下座かしらね。とても貴族とは思えない、上品さの欠片もない土下座ですけどね」

「ぐ、ぐ、ぐぐ、ぐぐ、ぐぐっ……」

「その豚の声みたいな『ぐ』の音が出なくなるまで、しばらくそのままでいなさい!」


 みんな黙ってこっちを見ているのか、声の一つもしない。

 静まり返った広間。

 見えるのは燃えるように赤い絨毯模様のみ。

 その模様が少しずつにじみ始めた。


 遠くで鐘の音が響いた。と同時に、パンパンと手を叩く音。


「はいはい、皆様、茶番劇は終わりですわ。お昼になったので、お食事にしましょう。リコルディはそこで気の済むまで土下座してなさい。あなたへの絶縁通達書はここに置いておきますから、それに目を通したら一刻も早く帝都から出て行きなさい」


「ぜっ、絶縁通達書!」


 そう絶叫した人物は立ち上がり、振り向いた。

 みんなが歓談しながら広間から出ていくのが見える。


 立ち尽くしていると、「お嬢様」の声とともに侍女のような女から一通の書状を渡された。その書状を握り締め、去ろうとしたところ、女に袖を引かれた。


「お嬢様、パルテンツァ家とは絶縁となりますので、同時に帝都での戸籍も喪失して、追放市民となりますのでお忘れなく」

「なにぃ! このリコが追放市民だと! くっ、姉さま、憶えておけ!!! この屈辱、リコは絶対忘れないし!!!」


 最近、この夢をよく見る。

 誰かの視点で見たような映像だ。

 映像だけでなく、触感や感情の揺れ動きまで伝わって来るような臨場感のある夢だ。


 手の爪に食いこむ厚い絨毯の感触──。

 胸にこみ上げてくる悔しさ──。


 こんなシーンのある映画やドラマは見た憶えがないし、もちろん自分で直接経験したこともない。


 まあ、夢だし、どうでもいいけど……。

 にしても、なんだろう……、暑すぎるだろ……。

 全身汗だくで、超気持ち悪ぃ……。


 なんて考えてたら、頭に衝撃が!


「痛っ!!! 人の頭をボールみたいに小気味よく蹴飛ばすなよ! 首の骨が折れたらどうすんだ!」


 飛び起きて目にしたのは、ゆるウェーブな金髪セミロングの少女。

 容姿は端的に言えば、ロリエルフ。

 小学生くらいの体躯で透き通るような白い肌、耳の頭がちょい尖ってるのが特徴だ。

 赤いパーカーにショートパンツでリュックを背負っている、その小っこい少女の青い瞳がこっちを向いた。


「起きろ! 異世界人! いつまで気を失ってるのだ!」


 風になびいてキラキラと輝く彼女の金色の髪をぼんやりと眺めながら、俺は思った。


 あれ? ここはどこだったっけ???


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