1.邂逅
虚構と現実は紙一重で、きっと夢や本物なんてどこにもないのかもしれない。
君はあの時何を思っていたのだろうか、今となってはわからないが、時間はただ過ぎていく。
自分の気持ちが真実か、また偽りなのか、それを確かめる為に前へ進むよ。
不器用だった君の為に。
「東遊園地までお願いします」
新神戸駅の出口を抜け、タクシーの運転手にそう告げると「かしこまりました」と扉を閉めた。
「初めてこちらに?」
「いえ、昔この辺りに住んでて」
「なるほど、では地下鉄で行けたのでは?」
「友人が市役所で働いているんですよ」
「なるほど、ならばその方がいいわけだ」
ここに初めて来たのは4年前だ。元々長野に住んでいたが両親を交通事故で失い、神戸に住んでいた祖父母に引き取られる事になったのだ。
当時高校2年生で市内から少し離れるだけで迷子になるほど遠くに出かけたことのない自分にとっては新しく来たこの場所はもはや異国に見えたのである。
正直引っ越してきたはいいが、二人を失った事に未だ実感が湧かず無意識に呼んでも当然返事はない為その度にいなくなった現実をつきつけられる。遺産などはなかったが、父が万が一の事を考えてたのか保険の受取人を自分にしており、祖父も高齢とはいえ、まだ仕事はしていたのでしばらくは生活に困る事がなかったのが幸いであった。
葬儀も終わり、新しい学校に初めて登校する日私にとって目を疑うものばかりであった。朝7時、京都方面へ向かうホームは人で溢れかえっていた。けっして通勤ラッシュを見た事がないわけではないがこれ程にまで人がいるのかと思うと驚きを通り越して恐怖を覚えた。
「年明けの善光寺じゃないんだぞ…」と元旦に行った初詣の事を思い出し、その上これが毎日続くのかと考えると登校初日から既に憂鬱である。
ホームに入ってきた電車は「新快速」という見慣れない種別で2両あるとの事だ。なるほど、これだけの人を乗せるなら確かにいいかもしれない。だがその電車に自分が乗ることを除けばの話である。
大阪までは約20分でそこからは阪急電車という私鉄に乗り換えるそうだ。学校までは決して遠くはないが、長野から引っ越す前日に友人から「梅田は迷宮だから、慣れないうちは早めに行ってたほうがいいぞ」とのアドバイスを受け止め、始業より少し早めに学校に着くようにした。
そろそろ乗り換えか…それにしても人が多いなと考えていると、急に腕を捕まれ上に引っ張られた。
「この人痴漢です!!」
何が起こったのだろうか、突然の出来事に頭の中は真っ白になり、言葉を発せずにいると近くの中年の男が自分の方へ指を差し「わしお前が触ってんの見たぞ!はよ認めんかい!」あまりの剣幕にどうしたものか困っていると次の駅で引っ張られ、駅員に突きつけられた際に「こいつ触ってたんで捕まえてください!」そう言い放ったのは同じ学校の制服を来た女の子である。「せやぞ、大人しくしとけ!」と中年の男。すると駅員は「ここでは騒ぎになりますので3人はどうぞこちらへ」と。
冗談じゃない、このままじゃ初日からいきなり遅刻じゃないか。そう思ったもののここで下手な事をすればもっと面倒な事になるだろう。そう思い素直に駅員の指示に従った。
「まずは状況を説明して貰えますか?」
「せやから言うたやろ!その兄ちゃんが…」
「あの、今は貴方ではなく彼に聞いておりますので」
「何度も言いますが、触ってませんよ?」
「嘘つかないでよ!ちゃんと左手で触ってた!」
「ちょっと待って、なんで貴方の左側にいたのに左手で触れたの?」
その言葉により沈黙が続いた。暫くすると彼女はすすり泣きながら「ごめんなさい…勘違いでした…」
重い空気の中、僕は「大丈夫ですよ、これからは気をつけてくださいね?」となだめようとすると、中年の男が吐き捨てるように「紛らわしい事すんなよ」と舌打ちをして言い放った。
それから5分程で解放された。時計は8時5分、間違いなく遅刻である。言い訳はどうするかと考えているとホームに電車が入ってきた。
最寄り駅につくとバスは30分後、歩いても行ける距離だか少し遠い。適当にサボって帰ろうとしたその時
「ねえ、君も遅刻?」
声の方へ振り返るとそこには同じ制服を着た女の子がいた。目鼻立ちが整っており、顔も小さく髪を綺麗に伸ばしていており、間違いなく美人だ。おまけに背も高いから落ち着いた雰囲気を持っている彼女はとても高校生には見えなかった。