【第五話】遊び、陰と陽が近づく時
僕は他の人が持っていない才能を持っている。他の愚民がいくら努力しても手に入れられないほどの才能を。そう、僕は優れているのだ。
「なぁ、夏休みどうする?海でも行っちゃうか?」
「おぅ、いいな!」
だから、周りの愚民はこの僕に対し憧れを抱き敬意を表するべきなのだ。それが、この優れた僕に対して取るべき行動だろう。
「あー、でもテストだりぃな」
「じゃあ、まずテスト終わりにカラオケいこーぜ!で、そこで海とかの計画立てたらいいだろ!」
いいか、断じて周りに溶け込めないことを妬んでいるわけではない。周りに遊べる人がいなくて寂しいなど一切思っていない。僕は天賦の才を持っているのだから、そんなこと思うはずが…
「じゃあ、今のうちに一回遊び行っちゃうとか?テスト前の景気づけに」
「いいな、それ!!ゲーセンとかどうよ!」
黙れや愚民どもぉぉおおおおお!!!!!!!!!あぁ、うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇええええ!!!!!!!僕の近くで夏休みの話とかしてんじゃねぇぇぇぇぇえええええーーーーーーー!!!!!
心の中で罵詈雑言を吐露し、あまりの虚しさにため息をつく。確かに、この僕は才に恵まれた。だが、その代償として青春を溝に投げてしまったのだ。普段は想像の世界に身を委ねるため、現実世界とは一線を画している。そのため、僕のことを同胞と認める者は少ない。…端的に言うと、友達がいない。そんな友達のいない者にとって、ゲームセンター、カラオケ、ボウリング、タピオカ、挙句の果てに夏休み…、これらの単語は毒だ。ナイフだ。お前らがその言葉を発する度にこっちは残機一機ずつ減ってんだよクソがぁ!!!
…だが今回、僕はほんの一握りの希望を抱いていた。それは、ジェイドの存在だ。ジェイドは僕の生み出したキャラクターだ。当然、僕に感謝の意を抱いているだろう。だから僕の心の痛みを理解して僕とともにこの苦難を乗り越えて
「よし、じゃあ今日遊び行って、テスト終わりに遊び行って、夏休みに遊び行ってって感じだな!!」
「ジェイド君、遊びすぎ~!」
ジェイドてめぇ台風の目になってんじゃねぇよぉぉぉおおおおお!!!!!!!!!!!はぁ、もう嫌だ。ジェイドにまで裏切られた。いいさ、僕は一人孤独にテスト勉強をして、テストが終わったら想像の世界に浸って、夏休みになったらその世界で一月の歳月を過ごすんだ。いいんだ、天才は凡人とは釣り合わない、そんなことわかっていたさ。もう僕は自分の世界の住人になって…
「な、優作も一緒に行くだろ?」
…………
はひ?
~
ぼ、僕は今なぜかジェイドと、えっと、その友達と、一緒にゲームセンターにむ、向かっている。ぼ、僕は、天才だか、ら、ゲームセンター、なんて、そんなもの、よ、よゆ
「優作、どした?目ふらふらしてるぞ?」
う、う、うるひゃい!!正直、かなり緊張していた。他の人にゲームセンターに誘われるなど、初めての経験だ。しかも、普段は陽キャと称される僕と相対する存在に。正直、どう接していいかわからない。何を喋ればいいかわからない。結局ジェイドの陰に隠れて歩くのが僕のできる最大限の努力なのだ。いや、ビビッてないし。
「ゲーセン、どこ行く?」
「あそことかは?デノス。あそこ取りやすいでしょ」
「そう言ってお前さぁ、この前3000円ぐらい無駄遣いしてたじゃねーかw」
今日のメンバー。バスケ部の木口、原、それとマネージャーの大谷さんにその友達の若林さん。そしてジェイドとこの僕だ。いや、僕だけ同じ部活じゃないから面識ないんすけど。そうジェイドに言ったら、ジェイドは「同じクラスだろ、な!」とジェイドスマイル、略してジェマイルを顔に浮かべあっさり流してしまった。
「ってか俺、志道と喋んの初めてかも」
「あ、私も~。ぶっちゃけよく知らないかな~」
まずい、スポットライトが僕に当たってしまった。いや、落ち着け、僕は天才なんだ。この程度のことでひるんだりはしない。そうさ、普段から才能に恵まれている僕にとってこの程度のこと造作もない。陰キャをなめるな!この程度、余裕で返事してくれるわ!!
「…、そ、そう…ですね」
「いや、なんで敬語なんだよ」
「お、着いた。いいものあっかな~」
一瞬で終わってしまいました。はい、陽キャの皆さん、すごいです。僕が家で空想の世界で優雅に過ごしている間、皆さんは現実の世界で優雅に過ごしていたんですね。本当、尊敬しますよ、本当に。…はぁ。
店内に入ると大音量のBGMが耳を殴り、様々な色のライトが目を突き刺した。陽キャはこんな所にいつも来てるのか…、こんなもの、修行だよ修行。ジェイド含めた陽キャ軍団がクレーンゲームを物色するなか、その後ろをついて歩く。ふと、ジェイドのことが気になった。ジェイドはこんなゲームセンターなんて知らないはずだよな…
「ジェイド、お前、ゲームセンターには驚かないのか?」
「ん?あぁ、何回か来てるから。部活早めに終わった時とか、部活ない時とか。最初なんてよくわかんなくてこの容器を壊そうとしちゃったしな!」
そう言って笑っているジェイド。お前、なんで作者様より一歩先に行ってるんだよ。次のシーン、蚊やらゴキブリやらウジ虫やら一万匹ぐらいの害虫がジェイドめがけて襲ってくるシーンにしてやるぞ。そんなことを思ってると一行が急に立ち止まった。どうやらお目当てのものを見つけたらしい。木口と大谷さんがUFOキャッチャーの景品を覗き込んでいる。
「じゃ、このぬいぐるみでも取ってみっか」
「いいね~、可愛いし」
そして、全員で一回ずつ挑戦することにした。先鋒は木口。周りの話からしてどうやらUFOキャッチャーはかなり得意らしい。
「悪いな、一発で取ったら」
そう言ってUFOキャッチャーに向かう。確かに、いつもへらへらしている木口の顔が急に引き締まった。これは、本当に取るかもしれない。UFOはまず横に動き、ぬいぐるみと寸分違わない位置に来る。そしてUFOは奥へ行き、ぬいぐるみの丁度真上へ。これは…、本当に取れるかもしれない。
「よし、来た!」
UFOはぬいぐるみのところまで降下し、ぬいぐるみをつかみ上げ…
ポトッ
「あー、惜しい!」
無常にもぬいぐるみは重力に従い元々あった位置に戻ってしまった。その後も大谷さん、若林さん、原が挑戦するも、ぬいぐるみは一向にこちらに来る気配は無かった。そして、次は…
「よし、優作、行け!」
「は?」
急にジェイドに指名された。いやいや、僕、こんなのやったことないし…。しかし、ジェイドの発言で皆の視線が僕に集まる。やるしかないか…、見せてやるさ、僕の力を。前四人を見ていたからタイミングはなんとなくわかる、はずだ。まずは、横…、UFOは横に動き…、よし。完璧とまではいかないが悪くない位置についた。可能性はある…。奥に向かおうとしたとき、ジェイドが、
「俺がタイミング教えてやるよ」
と言って機体の側面についた。頼もしいぞ、ジェイド!UFOは奥に向かって動く。あとは、ジェイドの言うタイミングでこいつを止めるだけだ。たったそれだけだ、容易い。
「ストップ!」
ジェイドの合図とともにUFOを止める。…ん?おい、ジェイド。これはどういうことだ?なんかUFOがぬいぐるみのだいぶ手前に来てるんだが。
「ジェイド、お前タイミングずれ過ぎだろ!」
「あれ、っかしいな~」
当然UFOはぬいぐるみの無い場所に降り立ち、空をつかみ無を僕らに持ってくる。どうしてくれるんだ、ジェイド。100円だって貴重なんだぞ。
「よし、じゃあ最後は俺だな。優作、合図頼むぜ」
「あぁ…」
そう言って僕はジェイドと場所を交代する。こいつ、全然気にしてねぇし…。こっちだってわざと間違えてやるぞ。そう思って僕はジェイドを睨んだが、ジェイドは全く気にせず自信満々にUFOを操る。UFOは人形に近づき、近づき、遠ざかり…
ピタッ
いや、遅ぇよ。がっつり通り過ぎてんじゃねぇか。
「ジェイド君、下手!!」
「あれ?なんでだ?」
一応、奥に動くUFOに対してちゃんと合図を出したが、当然横軸がずれてるためUFOは人形にかすることなく終わった。おい、ジェイド、100円だって貴重なんだぞ。それ、僕があげた100円なんだからな。
「くそっ!もう一回…」
「いや、お前はやめとけって」
悔しがるジェイドに対して木口が止めに入る。うん、お前はやめとけ、僕の金が減るから。結局ぬいぐるみは取れず、他を物色することにした。
最強の勇者、ジェイドがその実力を発揮させたのはこの後だった。景品を取るタイプのやつから純粋なゲームコーナーに差し掛かった時、ゾンビの唸り声が聞こえてきた。
「あ、これなぁ!」
ジェイドが立ち止まるそれは、いわゆるガンシューティングゲーム。立ち向かってくるゾンビをひたすら撃ち続け、突き進んで更に撃ち続けをひたすら続ける不毛なゲームだ。
「大したもんじゃないし、どうせすぐ負ける。ほら、行くぞ」
「一回だけやろうぜ!」
いや、だから不毛なゲームなんだって。やる価値ないんだって。そう言おうとしたが既にジェイドはお金を入れていた。あぁ、僕のお金が…
「これを使えばいいのか?」
「うん。それ持って、画面に向かってここ押して」
シューティングゲームが始まるとともに、僕らの動向に気付いた木口グループが僕らのゲームさばきを鑑賞する。観客は四人…、十分だよ、陰キャの心を折るのには。僕自身この手のゲームは全くやった事がなく、ジェイドも慣れてないようだった。二人しておぼつかない動作で、ライフゲージはあと半分もない。これは終わったな。そう思ってた、そう思ってたのだが…
「よし、慣れてきた!」
ジェイドが、覚醒した。僕の陣営のゾンビすらも一瞬で倒し、出て来るミッションはコンプリート。ボスもノーダメ。なんでこんなこいつ…
・
・・
・・・
町人「くそ、なんて数のゾンビ兵だ…!このままじゃ、町が…!」
ジェイド「任せてください、僕のホーリーライフルで全て撃ち落としてみせます」
・・・
・・
・
あ、あのシーンのおかげか。そういやジェイドにはずば抜けた洞察力と反射神経を持って銃を扱うことが出来るって設定にしたっけか。
「ジェイドすげー!!」
「これ、クリア出来るかも!」
木口グループが盛り上がり、徐々に外野が集まってくる。僕はそんな外野の視線にタジタジになりまともに操作出来なくなっていた。一方で、ジェイドはどんどんテンションを上げていき、しまいには「俺が全部守りきってやる!!」とか言い出している。ゲームごときで何を言ってるんだ…、そう思ったが、外野がその言葉に共鳴し、熱気は加速していく。ふとゲームをしながら思った。確か、漫画でもこんな感じになっていたな。漫画だと、このあとどうなっていたかな…
・
・・
・・・
ゾンビ「ウゥゥゥゥ…」
ジェイドの聖なる銃に撃ち抜かれたゾンビは漆黒の闇へと舞い戻っていく。
マリア「ジェイドさん、すごいです!」
ジェイド「これぐらい、どうってことない。よし、もう数も減ってきたし、これで…」
そう思った刹那、一匹のゾンビが一行に襲い掛かって来た。
ゾンビ「ウォォオオオオオオ!!!!!!!」
マリア「え」
ジェイド「危ない!!」
マリアのことを襲おうとするゾンビ兵。ジェイドは間一髪でマリアのことを庇い…
ザンッ!!
…切り裂かれたジェイドの体からは鮮血が噴き出し、滴り落ちていた…
ポタ…
ジェイド「うっ…」
マリア「あ…、あ…」
・・・
・・
・
そういや、ジェイドはマリアのことを庇って血まみれになったんだったな。マリアを庇って…え?
「ウォォオオオオオオ!!!!!!!」
画面の中のゾンビが僕の方に襲い掛かる。ジェイドも、自分陣営のゾンビに手がいっぱいで僕の陣営まで手が回らない。僕のライフゲージも残りわずか。もう駄目だろう…そう思ったとき、
「危ねぇ!!」
ドンッ!!
ジェイドが僕を突き飛ばし僕のことを庇おうとした。うん、ジェイド、作者である僕を助けてくれるキャラクターを描くことができて、僕も誇りに思うよ。たださ、ジェイド。このゲーム、僕を庇ったところでダメージを受けるのは僕じゃなくて僕側の画面なんだよ…。僕を突き飛ばしても関係ないんだよ…。そして、僕サイドのキャラクターは死に、ついでにジェイドがこっち側に来たせいでジェイド側のキャラクターが放置され、ジェイド側のキャラクターも死んでしまった。Game Overの文字が画面に浮かび上がる。
「お前、惜しいところまでいったのによぉ!」
「熱い演出してんじゃねぇよ!」
負けてしまったわけだが、僕を庇うジェイドの姿に周りの外野も満足した様子で、一人、一人と散り散りになっていった。ジェイドはおっかしいな~とやや不満げだったが、他のメンバーはいいもの見れたといった感じで満足そうだった。僕は、ジェイドに突き飛ばされたところが痛んで、ふざけんなよって思ってた。感謝してないわけではないけどさ。
~
ゲームセンターを散々物色し、その後一行はカラオケへ向かうことになった。いや、カラオケかい。ゲームセンターでさえ結構きついのに、カラオケって…。周りが歌う中、自分はメロンソーダをひたすらすすっている。持ち曲がほとんど無いし、人前で歌いたくないのだ。にしても…
「ねぇねぇ、わかんないや、この先もきっと♪」
うめぇな、こいつら…。ほとんどが採点90点台たたき出せるんじゃないのかっていうレベルだ…。いや、こんな中で歌うとか絶対無理だろ…。そして、我ら(僕のみ)が希望、ジェイドはというと…
「ジェイド、お前讃歌ってw」
「これぐらいしか知らねえんだよ。それにやっぱこれ歌わねぇと」
スゥ
「〜♪」
くっそうめぇ。ジェイドてめぇ、酒場の歌姫と一緒に歌って上手くいった、っていうあのほんのちょっとしたワンシーン引き継いでんじゃねぇよ。おい、ビブラートやめろビブラート。大して盛り上がらないであろう讃歌を滑らかに歌い上げるジェイド。周りのやつらも聞き入っている。
「ふぅ…」
「ジェイド、すげぇなお前!」
「ジェイド君すごー!」
そして、周りのやつらがジェイドをもてはやす。これも、漫画のシーンと同じだ。同じなのに…、漫画だと楽しいが現実だと憎たらしい。うん、決めた。漫画のシーン描き直してちょっとうまい程度にしてやろう。音痴には…、しないけどさ。その後も順番に歌っているリア充どもをただぼんやりと眺めている僕。正直、曲も全然わかんない。普段音楽なんて聞かないし。そして、四周か五周したあたりで、原が思いもよらないことを言いやがった。
「んじゃ、点数勝負しようぜ!」
…はぁ!?ざけんなよてめーよぉおお!!!100%僕の負けじゃねぇか!!だって僕は歌う曲が無いんだぞ!?仮に歌いたい曲があったとしても歌いたくねぇんだよ!!ジェイド、断れ!!今すぐこいつらを…!!
「面白そうだな!!やろうぜ!!」
…もう、絶交だ絶交。僕は明日から別の漫画を描くことに決めた。ど陰キャが主人公の漫画を描いてやるよ。その名も『陰の男は陽を穿つ』。絶賛ど陰キャの男がカラオケにて陽の人間を一人ずつ拷問にかけ復讐するという漫画、特にカタカナの名前のやつには100時間にもわたるくすぐりの刑を処してやる。
「じゃ、まず私からね~」
まずい、始まってしまった。僕の心拍数は急激に上がっていった。そして過剰なメロンソーダも相まって、
「あ、ご、ごめん…。トイレ…」
歌い始めすぐなのに、トイレに立ってしまった。
トイレにて、はぁ…、とため息をつきながら便器の前に立つ。本当に、どうしようか。正直、今すぐ帰りたかった。嫌だ、嫌だよぉ…。そんな情けない天才、志道優作の佇むトイレに、
ガチャ
誰かが入ってきた。振り向くと、ジェイドが立っていた。
「うっす、お疲れ」
と言って、ジェイドは何も気にせず小便器の前に立つ。お前はいいよな、お前は。陽キャの中でもうまくやっていけるし、歌だってあれだけうまく歌えりゃ楽しいだろうよ。そう心の中で毒づいてると、ジェイドが僕に向かって喋り始めた。
「なぁ、やっぱり優作はさ、歌うの嫌いなのか?」
そんなの、見ればわかるじゃないか。ここまで一回も歌ってないんだぞ。
「うん、はっきり言って嫌い。っていうかあんなうまい人達の中で歌うとか地獄だから」
「そんなの、歌ってみないとわかんねぇと思うけどなぁ…」
うまいやつはいつだってそう言うさ。下手なやつの気持ちを理解してくれよ…。そう考えていると、ジェイドが、
「んじゃさ、次の優作の番、二人で歌おうぜ!それならいけねぇか?」
正直、驚いた。ジェイドの口からそんな言葉が、というよりそんなことを言ってくれる人がいるなんて…。
「ぁりがとう…」
僕の口から弱々しくこぼれた。言うつもりの無かった、感謝の言葉が。ジェイドもその言葉を聞いて、よっしゃといつものジェマイルを見せた。その顔を見て、僕はやれやれといった表情を見せた。少し笑っている自分が、鏡の中にいた。
トイレから戻って、他の人の歌を聞く。やっぱりうめぇな…、全員が90点台前後だ。だけど、大丈夫、大丈夫…。こっちには心強い助っ人がいる。こいつさえいれば、間違いなく下手な部類には入らないだろう。そして、若林さんが終わり、いよいよ僕の番が回ってきた。周りのやつらが、少し僕にマイクを渡すのをためらう。それもそうだ、僕は今まで歌ったこなかったのだから。それでも、僕はマイクを手に取り、立ち上がる。もちろん、ジェイドも一緒だ。
「あれ、お前ら二人で歌うの?」
「おう!」
ジェイドが立ち上がったおかげで、周りがホッと胸を撫で下ろす。僕も、ホッとしている。ジェイドと目が合う。やってやろうぜという自信満々な視線がジェイドから送られてくる。さぁ、いくぞ、ジェイド。やってやろうぜ。前奏が流れ、画面に歌詞が映り…
スゥ
「あ、やべ。この曲わかんね」
…
じぇいどぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!てめぇこのやろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
ジェイドのその発言に一気に心がかき乱され、僕の醜声が部屋に流れる。ジェイドも悪いと思ったのか、なんとか加勢しようと頑張って曲に入ってきた。しかし、知らない歌など歌えるわけもなく、音程の全く合ってない歌が流れる。以上より、部屋に響き渡る音は脳細胞を破壊する醜声と吐き気を誘う音ズレ美声のハーモニー、まるで醜い深海魚と死にそうなイルカの水族館ショーと表現できよう。うん、地獄、いや終末だよ。周りがしかめっ面をしているのが見える。数分という拷問に耐えているんだろうな。いや、僕にとっても拷問です。はやく、おわってくれぇ…。
63点
点数が出てくる。ひどいな、誰が歌ったらこうなるんだよ。コメントにも『全体的に音程が外れていませんか?』と、書いてあった。うるせぇ、こっちだって精一杯歌ったんだよ。『人が歌う歌じゃないですね。』と、存在全否定されなかっただけマシだろうか。落胆し、マイクを机の上に置く。なんて言われるだろうか…。非難されるだろうな…
「お前らひっでぇwww」
「ある意味最強コンビwww」
「ナイスファイトだよ、二人とも!」
「おぅ、ナイスファイト!」
…意外にも、みんな優しかった。ジェイドもやっちまったぁ、とあっけらかんと笑っていた。僕は、ど、どうも…。と言って視線を外していた。照れくさくて、照れくさくて、でもちょっとだけ嬉しかった。
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家に帰ってきてだいぶ経ち、もう十二時になろうとしている。ジェイドはもう漫画の世界に戻っている。…今日あったことを反芻する。僕自身、今日のことは楽しかった。愚民に屈するのは癪だが、やっぱり楽しかった。それも、ジェイドのおかげなんだろうか…。
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・・・
男の子「あの、僕、川泳ぎが怖くて…。怖い魔物が出るかもしれないし…」
ジェイド「そっか。でもよ、まず入ってみようぜ!そこから考えればいいだろ!魔物が出たら俺が守ってやるからさ!」
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だいぶ昔に描いたシーンを読み返す。弱い人の味方となり、優しく、それでいて明るく手を差し伸べてくれるジェイド…。僕もこんな友達が欲しいなんて思いながら、描いていたっけか。いつからだろう、ジェイドがジェイドじゃなくなったのは…。いつの間にか、ジェイドの体を借りて好き放題やっていた気がする。そりゃジェイドも文句を言うだろうな。僕はいつの間にか、ジェイドの姿を見たくなっていた。最近、全く見ていなかったジェイドの姿を。そうと決まれば修正作業だろうな。少なくとも最近描いたシーンはジェイドであってジェイドではない。もし、このシーン全てがジェイドになったら…。考えただけでわくわくしてきた。早くペンを持ちたくてたまらなかった。
ふと、漫画大賞のことが頭をよぎった。今ならジェイドもいるし、目指してもいいか?そう思って、首を振った。まだ描き直しが山ほどあるんだ、目指すには程遠いだろう。っていうかそもそも、そんな浮ついた気持ちで描いてどうする。ふぅ、と一度、深呼吸をして画面に向かう。ペンを持ち、いざジェイドのもとへ。
さて、描くか。