【第三話】侮蔑、思いがけない一言
休日、パソコンの前で今までの話に目を通す僕。いつもならば土日は類い稀な想像力と創造力を爆発させ新しい話を描く僕だが、今日は前に描き連ねた話に目を通し確認作業に入っている。というのも、原因はベッドにいるあいつのせいだ。
「へぇ、面白いなぁこの主人公。ひょっとしたら俺よりも強いんじゃねぇのか?俺も最強引退かなぁ~」
僕のベッドに寝転がり人の漫画を勝手に読む漫画の主人公、ジェイド。ジェイドがこっちの世界にいる限り僕は新しい話を描くことはできない。本当に不便だな…、キッと睨んでみたが、ジェイドは全く気にせずその辺の漫画を読んで笑っている。というかこの主人公、自分より強いかもしれないキャラクターを見て対抗心を燃やしたりしないのか?向上心の無いやつめ。
「あ~、面白かった。次の巻は…、あれ、次の巻がねぇ…。おい、優作。次の巻はねぇのか?」
そう言って本を持ってこちらに合図する。まったく、僕は集中してるんだからあまり邪魔して欲しく無いのだが…。
「その漫画はまだ六巻までしか出てないんだよ。次の巻の発売は多分二か月後とか」
「そっか、最後まで続いてるやつ読みてぇなぁ…。じゃあ、これは?」
「あぁ、その漫画なら最終巻まであるよ。でも、その漫画は途中で打ち切られているから中途半端な終わりにはなってるけど」
「打ち切り?」
打ち切りも知らないのか…。漫画の主人公の隅にも置けないやつだな。僕が漫画の話を漫画に描いていないせいかもだけど。いや、そんなもん描くかよ。
「本来描くはずだった漫画が最終話まで行かずに途中で終わることだよ」
「は?なんで最終話まで描かないんだ?頑張れよ」
「いろいろあるんだよ。漫画家の人が病気や事故でこれ以上描けないって状況になったり編集部にいろいろあったり。まぁ、一番多い理由は面白くなくて人気が出ないってことだと思うけど」
「そういうもんなのか…」
そう言ってジェイドは複雑そうな顔をしてその打ち切られた漫画をまじまじと眺める。かと思ったら、
「じゃあ、お前の漫画はすぐに打ち切りかもな」
と言って爽やかに笑った。こいつは、生みの親に対してなんてことを言うんだ。
「次の話でお前を複雑骨折にしてやってもいいんだぞ?回復不可能の」
「けっ、作者の力を振りかざしてきやがった」
「言っておくけど、この漫画の最強はお前じゃなくて僕だからな」
そう言ってジェイドを脅す。しかしジェイドは、
「どうせ、そんなシーン描かないくせによ」
と、余裕そうな表情で全ての権限を持つ作者のこの僕にたてつく。はぁ、どうして漫画のキャラに言い負かされなきゃいけないのか…。僕は軽くため息をつき作業に戻る。
「あれ、なんだこれ」
ジェイドはわざとらしく声をあげる。だから、僕は集中してるんだから…
「漫画大賞?優作、漫画大賞ってなんだ?」
漫画大賞という言葉を聞いて、僕は手が止まった。漫画を描く者ならば誰もが憧れる世界、漫画大賞。そこに応募して採用されれば漫画家としての人生が確約されると言っても過言ではない。
「漫画大賞は、それぞれが自作の漫画を応募して、そこで一位を決めようっていう大会だよ」
「へえ、そんなのがあるのか。優作は応募しないのか?」
確かに、天才の僕が応募すればすぐに優勝して出版社の目に止まるかもしれない。そうすれば、僕の漫画が世に知れ渡り、世間からの注目を浴びるかもしれない。世間に自分の力を証明することができる。でも…
「僕は応募するつもりは無い。僕の世界を誰かに理解してもらおうという気も無いし、自分が楽しめればそれでいい」
僕は、他人に自分の世界についてあれこれ言われたくない。自分が好きで描いている漫画だ、評価される意味がわからない。僕にとって最高ならばそれでいいだろう。これは僕にとって揺るぎない信念だ。
「それって、単純に応募するのが怖いんじゃねぇの?」
ジェイドは何も考えず安直なことを言う。まったく、わかってないな。姉貴も同じことを言っていたが、本当にこの人達はわかってない。自分の世界を侵害されるのがどれほどまでに煩わしいことかを、赤の他人からの一言がどれほどまでに創作意欲を削ぐかを。まぁそんなもの描き手になってみないとわからないか。
「まぁ、普通に応募してもこのレベルじゃダメだと思うけどな」
…それも姉貴に言われたわ。それに関しては、うるせぇの一言。それ以上言えることがないんだよ、こっちには。
僕がジェイドのことを無視して確認作業をしていると、ジェイドは漫画を読むのに飽きたのか、僕の漫画の作業をのぞき込んできた。
「懐かしいな、これ。黒い影がうじゃうじゃ出たやつだよな」
「そうだけど…、また難癖か?」
尖った口調でジェイドに言う。ジェイドに漫画を見られると説教になるから嫌なんだよな…。しかし、意外にもこのシーンに対してジェイドは肯定的で、
「いや、この時はそんな悪くねぇんじゃねぇの?黒い影にあえて襲われることで影の倒し方を見つけるって、なかなかの作戦だったと思うぜ。ま、作戦って言っても全部お前が描いたことなんだろうけどよ」
そう言って笑う。意外だな、ジェイドはてっきり僕の漫画全てに不満を抱いていると思っていたが、面白いと思ってくれている部分もあるのか…。
「ま、なんで急に女が出てきたのかわかんなかったけどな。しかも、俺に庇ってもらってジェイドさん凄いって。なんで俺が出会う女ってこう凄いの一言しか言えねぇやつばっかなんだろうな」
そう言って再び笑う。少し僕に素直なところもあると思ったらすぐこれだ…。なんだよ、とボソッと呟き、緩んだ頬を戻してパソコンに向き直る。本当はすぐにでも描き直したかったが、なかなか筆を進めることはできなかった。それもそうだ、僕はこの漫画を完璧だと思ってる。というより、完璧だ。完璧なものを直しようが無いじゃないか。とりあえず、誤字や描き間違えでもないかなと思いながら、画面をひたすらスクロールする。そんな様子を見ていたジェイドは、最初こそは昔のシーンを懐かしんでいたが、それも飽きたようで再び僕のベッドの上で漫画を読み漁り始めていた。
~
昼過ぎ、昼ご飯を食べ終えジェイドと僕は部屋に戻る。部屋の扉を閉めたとき、ジェイドがそういや、と言って僕の方を見た。
「この辺に球売りの商人はいないのか?」
「球売り?なんだそれ」
「いや、バスケギルドに入っただろ。だから練習のためにあのオレンジの球を買いたくてよ」
あぁ、バスケットボールのことか。球売りと言い、ギルドと言い、こいつにはもっとこの世界のことを教えなければいけないな…。
「スポーツ用品店ならここから歩いて十五分ぐらいの所にあるよ。えっと、場所は…」
僕はスポーツ用品店の名前をパソコンに打ち込み、出てきた地図をジェイドに見せる。パッと見てなんじゃこれとジェイドが呟いたので、僕は一から適当に解説してあげた。
「ほら、ここ。今、僕らがここにいて、店はここ」
「なるほど、おっけ」
覚えた、と言ってジェイドは部屋を出ようとする。そういえばジェイドには瞬間記憶の能力があるとかどこかの話で描いた気がするな。その瞬間記憶の能力が漫画で活きたこと無いけど。たった今、活きてるのか。いや、こんなの想定してねぇよ。
「ジェイド、ちょっと待って。お金渡すから…」
「あぁ、大丈夫だ。向こうの世界から持ってきた」
そう言ってジェイドは部屋を出た。そうか、漫画の世界からこっちに物質を移動することもできるのか、一つ勉強になったな。そう思って僕はまたパソコンに向き直る。しかし、バスケットボールを買って練習をするなんて…、ジェイドの能力をもってすればバスケの試合なんて瞬殺だろうに、なぜそんな努力をするのやら。そんなことを思いながらパソコンをスクロールし、話を読み進める。これは、ジェイドが武器屋に入るシーンだ。
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・・
・・・
店主「いらっしゃい、どの剣にいたしますか!」
ジェイド「そうだなぁ、この額で買える剣はないか?」
店主「ん?金貨三枚かい。お前さん、しけてんなぁ。うちは最低でも金貨十枚は無いと買えねぇよ」
ジェイド「そうなのか?最果ての村では金貨三枚でもそこそこの剣は買えたはずだけど…」
店主「最果ての田舎村とこの人の行き交うダースの町を比べちゃいけねぇよ。物価がちげぇんだ。まぁ、でもせっかく最果ての村から来たなら仕方ねぇ…。ちょっと待ってな」
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・・
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そうして、店主は店の中を探して、金貨三枚で買えそうな剣を探す。正直、この店主のキャラは結構好きだ。この人の飛び交う城下町、都心の機械的な町並みの中でどこか人情味あふれる辺りが特に。
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・・・
店主「ほらよ。これなら金貨三枚でいいぞ」
ジェイド「これ、か…?すごく錆びてるが…」
店主「あぁ、確かに錆びてるな。でも、おそらく名うての鍛冶職人に頼んで研いでもらえばいっぱしの剣になるとは思うぞ。俺も本当はその剣を店に出せる剣にするつもりだったんだがどうも時間がなくてな」
ジェイド「そうか…、わかった。じゃあ、この剣をもらってくぞ」
店主「あぁ、立派な剣にしてやってくれよ」
・・・
・・
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そして、この錆びた剣は実は過去の勇者が使っていた伝説の剣であり、ジェイドはその力を受け継ぐ…、そんな流れになっている。いい展開だなぁ、と思って漫画を読み返し、ある一節を呼んで冷や汗が出た。そしてすぐさま財布を手に取り、万札が入ってることを確認して家を飛び出す。
「優作、ちょっとどこ行くの!?」
母さんの呼び声に少々苛立ちを覚えながら、
「ジェイドを追っかけてくる!」
と怒鳴って家を出てスポーツ用品店に向かって走っていく。あいつ、漫画の世界から金を持ってきたって言ってやがった。いいか、ジェイド、それは金じゃない、金なんだよ!!
~
スポーツ用品店に入って真っ先にレジの方に目をやる。案の定といったところか、ジェイドが店員と揉めていた。
「金貨10枚じゃ足りないのか?頼むよ、ぼろいやつでもいいからさぁ」
「あの、ですから日本円で払っていただかないと…」
「あ、じゃあここで少し働くからよ!」
「そういう問題ではなくてですね…」
懇願するジェイドと困り果てている店員の間に割って入り福沢諭吉を一人召喚する。
「はぁ、はぁ…。すいません、こいつが迷惑をかけて。これでお願いします」
「あ、かしこまりました。1万円お預かりします。おつりは4千と、384円です。ありがとうございました」
こいつ、5千円超えのいいやつ買いやがったな、この野郎。店員にもう一度頭を下げ、ジェイドとともに店を出る。スポーツ用品店までのダッシュとジェイドの世話で肉体、精神ともに疲労困憊している僕をよそに、ジェイドのやつは、
「いやぁ、助かった!ありがとうな、優作!」
と、爽やかに笑い、新しく買ったボールを持って嬉しそうにしていた。今の失敗に恥ずかしさとか後ろめたさとか無いのかこいつは…。
「あのな、ジェイド。買い物っていうのはな…」
嬉しそうなジェイドに僕は買い物の基礎、というか小学生にお買い物を教える体でジェイドに買い物の方法を教えた。日本で使う通貨と漫画内の通貨が違うこと。基本的にこっちの世界での買い物は融通が利かず提示された値段を払わないと物が買えないこと。ジェイドはなるほどなぁと言いながら僕の話を聞く。そして、
「基本的に漫画内の物をこっちに持ち込むのは禁止にしよう。何か変なことが起こったら嫌だし」
「おっけ」
と、新たなルールを決めこの話を終えることにした。ただ、こうなるとジェイドは無一文の状態でこの世界に居座ることになるのか。金銭面はどうするか、僕から小遣いを渡すか。僕自身、普段お金を使うことが無いため小遣いを切り崩すこと自体はやぶさかではないが、こう何回も買い物をされるとなぁ…。そんなことを考えながら赤信号で立ち止まる。…立ち止まったのは僕だけだった。ジェイドは赤信号などまったく気にせず同じ速度で歩みを進めていた。
「おい、バカ!!ジェイド!!」
「あ?なんだ?」
不思議な表情をして立ち止まるジェイド。おい、立ち止まるなバカ!!こっちに戻れ!!僕が必死で手招きをしているのに対して不思議そうにこっちを見るジェイド。そんな道端で立ち尽くすジェイドに車が突っ込んできて…
「あ、やべぇ」
そう言ったと思ったらジェイドは一瞬のうちに視界から消え、気が付いたら僕の左に立っていた。僕はあまりの衝撃に数秒言葉を失っていた。そんな僕に対してジェイドはケロってしている。
「どうした?」
どうしたって、おい、どうしたって…!!周りの人が驚きの顔でこちらを見ている。ジェイドを轢きかけた人が恐怖と驚愕の入り混じった顔でこちらを注視している。この状況でなんでそんな平然としていられんだよお前は…!!
「ジェイド、今すぐメモリーリセットかけろ!!ここの周りの人の記憶消せ!!」
「え?でもこっちの世界で魔法は…」
「いいから!!」
ジェイドはよくわかんねぇなぁとぼやきながら呪文を唱える。呪文を唱え終わったと同時にいつもと変わらない日常が流れだす。
「おい、優作、どうした?急に慌て出して」
「お前、人前で魔法使うなって言っただろ!!何してんだよ!?」
「いや、メモリーリセットは優作が使えって言ったから…」
「その前だよ!!なに道端で急に跳んでるんだよ!!」
「あ、あれは魔法じゃねぇぞ?足の筋力を五倍ぐらい増強させて一気に跳ぶ技でよ、お前が描いたんだろ?ほら、瞬間強化のエボルブ…」
「知ってるよ!!それだって魔法と変わらないだろ!!」
僕は顔を真っ赤にして怒鳴ったが、ジェイドはどこか頭の上にハテナマークが浮かんでおり、あまり納得してないようだった。こいつは本当に…!
「っていうか、問題はその前だよ!なんで赤信号なのにそのまま渡ってるんだよ!!」
「赤信号?なんだそれ?」
ジェイドのその発言に僕は目の前が真っ暗になり倒れそうになった。確かに僕は漫画に赤信号のことを描いていない。っていうか、現実世界のことを一切描いていない、だから僕に責任が無いわけではない。金のことと言い、信号のことと言い、ここまで無知とは…。僕は溜息をつきながら信号のことを説明しようと思ったその時、ふと嫌な予感がして聞いてみた。
「お前、まさか今までの学校帰り…」
「あぁ、建物の上を跳んで帰ってきてた。魔法は使えねぇから跳んだ方が楽かなと思ってよ」
…もう、嫌だ…。一応、周りで未確認飛行物体の噂やUMAの噂は聞いていないためジェイドの姿はまだ見られていないとは思うが、このままじゃやばい…。そう思って、僕はさっきよりも念入りに、怒り混じりでジェイドに現実世界のことを教えた。ジェイドは最初こそ興味深々に聞いていたが、だんだん飽きてきたらしく欠伸をし始めていた。それでも僕は喋り続けた。お前が何かやらかしたら責任はお前を描いてる僕に降りかかってくるんだよクソが…!
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家に帰り、ぼんやりと筆を取る。あぁ、今日は疲れた…。なんとかジェイドには伝えたいことを伝えたが、ジェイドにはどこまで伝わってるのやら…。そんなことを思いながら窓からジェイドを見る。ジェイドは買ってきた球をひたすら地面に叩きつけている。確かドリブルの練習と言っていたが、フォームはまるで三歳児のそれだ。ジェイドは漫画で描いたこと以外は本当に何もできないんだな…。僕のせいでジェイドはバスケが出来ないのか…、一瞬申し訳なさがこみあがってきたが、満面の笑みで球に翻弄されているジェイドを見てまぁいいやという気分になった。
さて、そんなことより僕は修正と、次の話のアイデアを出さなければ。ジェイドが来るまでは毎日のように漫画を描いていたが、ジェイドが来てからは制約が生まれ描く速度が一気に遅くなってしまった。明日は日曜日、ジェイドが漫画の世界に戻る日だ。このチャンスを逃すわけにはいかない、だから今日は明日の準備運動もかねて軽く漫画の手直しをしておこう。ふと思ったのだが、不完全なシーンを完全にしようと思うからなかなか手が動かないのだ。完全なシーンをより面白くするよう描けばいいのだ。そう思い、自分の描いた漫画を遡っていく。まず、酒場のシーンに目が留まった。
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マスター「あぁ、お客さん。何にします?」
ジェイド「あぁ、飲み物と肉を適当に見繕ってくれ。アルコールが入っていないほうがいいな」
マスター「あいよ」
ジェイド「ふぅ」
ジェイドが一息ついたその刹那…
荒くれ者「おい、てめぇその態度はなんだ!!」
酒場の別の席から野蛮な怒号が響き渡った。皆がそちらの方を見ると、ジェイドとはうって変わってまるで野蛮人のような粗野な人間がけだもののように騒いでいた。
ジェイド「!!」
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このシーンは、そうだ。酒場の荒くれ者が女の店員に酔っ払って絡むシーンだ。この豪快かつ粗野な姿が爽やかなジェイドと対比されていいコントラストとなっている。
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店員「す、すいません…」
荒くれ者「いいから隣で少し喋っていけって言ってんだよ!!俺の言うことが聞けねぇのか、あぁ!?」
店員「いえ、私も仕事中でして…」
荒くれ者「これだって仕事だろ!!」
ジェイド「おい、やめてやれよ」
荒くれ者「あぁ!?誰だてめぇ!!」
ジェイド「いいからその手を放せよ。嫌がってるだろ」
荒くれ者「んだとぉ!?」
店員「お客様、危ないですから…」
ジェイド「俺なら大丈夫。おい、いいから手を放せって」
荒くれ者「お前、俺とやろうってのか!!」
ジェイド「それでお前が満足するなら、臨むところだが」
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いつもならここでジェイドが助けてハッピーエンド。だが、この時は少し趣向を変え…
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・・・
老人「若いのぅ。お二人さん」
荒くれ者「あぁ!?今度は誰だ!?」
老人「店んなかでぇ、騒ぐのはやめてほしいのぅ。せっかくの酒が不味くなってしょうがないわい」
ジェイド「爺さん、ここは危ないから…」
老人「大方、このうるさいでかぶつが間違っておる。じゃが、お若いの。あんたもそうすぐ戦おうとするでない。間違って怪我でもしたら大変じゃぞ?」
ジェイド「確かに、そうだけど…」
荒くれ者「誰がでかぶつだって、あぁ!!??じじぃ、今すぐ殺されてぇのか!!!」
老人「じゃから、騒ぐでないと言っておるじゃろ…」
そう言ったかと思ったら、お爺さんはジェイドがかろうじて見える速度で荒くれ者の背後に回った。
荒くれ者「!!!!!!」
荒くれ者「じじぃ、今何を…」
お爺さんが一瞬の刹那だけ拳をかざした瞬間、荒くれ者はドサッと倒れてしまった。
老人「大人しく、眠っておれ」
ジェイド「爺さん…」
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そして、このお爺さんこそ過去にこの世界を救った英雄であり、ジェイドに技を伝授するという展開だ。たまにジェイド以外の強キャラを出すのも面白いな、改めてそう思う。このお爺さんを深めて話を作るのも悪くないかもしれない。
さらにページを戻し、漫画を遡っていく。次のシーンは…
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マイン「どうしたのかしら?最強の勇者様。あの勇者様がこんな女の子一人相手に全く歯が立たないなんて」
ジェイド「はぁ、はぁ…嘘、だろ…」
マイン「残念ね。あなたのことも全て私にはお見通し、次のあなたの行動も、あなたが今何を考えているかもね」
ジェイド「くそっ…!」
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この話は…、確かマインという女キャラがジェイドの目の前に立ちはだかるシーンだな。マインは、相手の心を読むことのできるエスパーである。普段はいい人を装っているが、実はとんでもない悪女である。ただ、ジェイドはこんな女に対しても救いの手を差し伸べる。それが次のシーンだ。
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マイン「さて、そろそろ終わりかしらね」
ジェイド「待ってくれよ、こんな勝負、する意味ないだろ…」
マイン「ふふ、負けそうだからって言い訳するなんて、男として見苦しいけど。じゃあ、そろそろ…」
ジェイド(救いたい…)
マイン「え…?」
ジェイド(お前を救いたい…!)
マイン「…え///」
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・・
・
キターー!!!このシーンは最高だなとつくづく思う。この心を読めるマインだからこそ生まれたシーンだなと思う。この心を読めるマインに対してジェイドの純真が響くシーン。この後、マインはジェイドの純粋な心に打たれて改心する。はぁ…と、ため息をつく。やっぱり、いい。この心を読めるマインとジェイドの絡みが、すごくいい…。駄目だ、これ以上のものを描ける気がしない。すでにマックスだろ、これ。もっと面白くないシーンでもなかったものか。さらに前に戻ろうとすると。
ガチャ
あぁ、ジェイドが帰って来たのか。そう思って扉の方を見たが、入って来たのはジェイドではなく姉貴だった。
「ちょっと、優作。漫画借りるよ?」
「好きにすれば」
姉貴となんて会話することなどない。そう思い漫画の方に向き直ろうとすると、姉貴が溜息をついて嫌味を言ってきやがった。
「はぁ、ジェイドが外でバスケをやってるのにあんたときたら…。もうちょいマシなことできないの?」
「…うるせぇ」
またこれだ…。この姉は僕のことをオタクだの引きこもりだの言い、見下してくる。別にこんなやつにどう思われようとどうだっていい。ただ、漫画を否定されるのだけはどうしても腹が立つ。
「漫画だって立派なことだろ。姉貴が持ってるのだって漫画なんだけど」
「だって、この漫画は面白いから。でもあんたの漫画はつまんないし下らないし、本当そんなことやめて真面目に生きて欲しいんだけど」
「あーっ、たくうぜぇ!!いいからそれ持って出てけよ!!」
僕は怒鳴って姉貴を追い出そうとする。だが、姉貴もまだ文句を言いたいようで、部屋を出るのを渋っている。お互い全く譲る気は無く、部屋の空気がどんどん悪くなっていく。そんな空気の中、一人爽やかなやつが帰ってきた。
「あー、疲れた~。あ、姉さんもいるじゃないっすか」
「あ、ジェイド君、いいところに来た!ジェイド君からも言ってやってよ、こいつにくだらない漫画やめろって」
姉貴がジェイドの方に寄っていき、味方をつけようとする。チッ、四面楚歌か…。いいだろう、ここは作者の貫禄を見せてやろう。さぁ、どこからでもかかってこいよ、ジェイド。そう思っていたが、ジェイドから出た言葉は意外なものだった。
「姉さん、こいつの漫画は下らなくはないっすよ」
姉貴と僕はそのジェイドの発言に驚き、顔を見合わせる。姉貴がいやいや、みたいな雰囲気を醸し出すが、ジェイドの真っすぐな目を見て勢いを失くす。僕自身も、そのジェイドの真っすぐな目にはかなり驚いていた。
「まぁ、こいつの漫画、展開は雑だし、意味わからん描写多すぎるし、鬱憤晴らしじゃねぇのかってシーンもめちゃくちゃあるし、ぶっちゃけ才能無いんじゃないかなって思うけど…」
おい、何発クリティカルヒット入れてくるんだよ。もともと残機ゼロでこっちやってんだよ。オーバーキルもいいとこだろ。
「でも、俺は好きなんすよね、こいつの漫画!」
ジェイドは姉貴にそう言って笑って見せた。流石にその笑顔に姉貴も反論できず、
「えっと、ジェイド君がそう言うなら、いいけど…」
と言って部屋を出ていってしまった。
「…ジェイド」
「あ、なんだ?」
「お前が、僕の漫画をそんな風に思ってるなんて、意外だなって思って…」
「そうか?お前の漫画のことを面白くないなんて言ったことあったか?」
確かに、言われてみればそうだ。こいつは僕の漫画にケチや難癖をつけることは多々あった。でも、一度も僕の漫画を否定することは無かった。けど、まさか僕の漫画を好きと思ってくれてるとは…。正直、人に漫画を肯定されることが初めてで、割とあたふたしている。そんな僕をよそにジェイドは僕の画面を覗き込んでくる。
「お、懐かしいな、これ。そういやいたなぁ、マインってやつ。心が読めるくせに悪役面して意味わかんねぇやつだなぁって思ってたんだよな」
おい、せっかく人が感傷に浸ってるのになに現実に引き戻してくれてんだよ。
「いいだろ、このシーンは」
「いや、救いたいって心に驚くだっけか?俺どちらかといったらこいつ何してんだろうなぁって気持ちの方が強かったからな。こいつ都合のいいように心読んでんじゃねぇの?」
「マインはそんなことないから!ってか、お前が救いたいって思えよ!」
「いや、こんなチープな悪役キャラすぐに離れたいって思ったわ」
いつものジェイド節で僕の漫画にケチをつけてくる。本当にこいつは僕の漫画が好きなのか?疑念の眼差しをジェイドに向けたが、ジェイドは意にも介さず僕の描いた漫画を勝手に遡っていく。
「あ、これ!」
ふいにジェイドが昔のシーンで画面を止め、食い入るように見る。僕もその画面を覗き込んで見るが、正直あまり記憶に残ってない。どうやら、本当にかなり昔に描いたシーンらしい。僕はジェイドから画面を渡してもらい、そのシーンを見返す。
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ジェイド「はぁ…、はぁ…」
マッドウルフ「グァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
ジェイド「うっ!!」
マッドウルフがジェイドを襲う。
ジェイド(くそっ、こんなところで…!!)
ジェイドが危なくなったその時、後ろから助けに来た人がいた。
フォレス「大丈夫か、若けぇの!!」
ジェイド「うっ…、あんたらは…?」
ウッズ「ほら、ここは俺らがやっておくから、さっさと逃げな!」
メープル「ほら、私が案内してあげるから!」
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これは…、思い出した。フリーデンの森にジェイドが行った時の話だ。本来危険な魔物などいるはずの無いフリーデンの森だが、ジェイドはその森で最恐生物の一角、マッドウルフに相対してしまう。油断もあってジェイドは負けそうになってしまうがそこに現れた森の住人に助けられる、といった話だ。ジェイドが珍しく助けられているシーンだ、今と毛色が全然違う。
「この時のこと、俺、今でも覚えてるんだよなぁ…」
懐かしそうにそのシーンを見返すジェイド。僕も覚えてないわけではない…、けどまだこの時は絵もそこまでうまくなく、展開もすぐになんて思い浮かばなかった。一週間か二週間、試行錯誤の末にできたワンシーンであり、そのくせクオリティも大したことがない。
「このシーン、そんなにいいか?だって、このシーンはジェイドが負けてるんだぞ?」
「あぁ、負けたな。確かに初めて負けたかもしれねぇ」
自分が負けたシーンがなんでここまでいいのか、僕にはわからなかった。が、とりあえず読み進めてみた。
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メープル「ジェイド、だっけ。どしたの?」
ウッズ「まだ、やられた傷が痛むのか?」
ジェイド「いや、なんだ…。あんなやつに負けてるようじゃ、もしこの先もっと強い魔物が出てきたら負けちゃうんじゃないかと思うと…」
フォレス「若いくせに何をビビッているんだ。負けたっていいだろ!生きてりゃ失敗だって負けることだって山ほどあるだろ!生きてりゃそれで十分だ!」
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「このフォレスのおっさんの言葉、響いたんだよなぁ…。俺、周りから最強って言われていたから負けられねぇっていうプレッシャーがあってよ」
ジェイド、そんなこと思ってたのか…。確かに、ずっと最強なんて言われたらそのプレッシャーは大きいのかもしれない。当時の僕は、曲がりなりにも真剣にジェイドのことを考えていたんだな…。
「この時のことがあったからよ、俺は俺の作った作者に会いに行くって決めたんだよ。俺のこと考えてくれてるんだと思ってよ。丁度、酒場の爺さんからクロスオーバーの魔法とこの世界を作った人のことを教えてもらってたしな」
…確かに、この時は漫画を描き始めたばかりで今の自分からしても下手くそだったと思う。でも、その分だけひたすらジェイドのことを考えて、この世界のことを考えて、ペンを走らせていた気がする。…そっか、こっちに来たジェイドがいつも描いているジェイドとどこか違うと思ったら、この時に描いたジェイドが僕の中のジェイド像だったからか。最近描いたジェイドは、どうなんだろうな…。
「ま、期待してるぜ、作者さん」
「キャラクターのくせに、上から物を言うなっての」
そう言って、ジェイドは漫画の世界に戻っていった。いつもより早い帰還だ。僕はペンを手に取った。久々に、ジェイドと向き合ってみるか…。僕はペンを進め、ジェイドの顔を描き始めていた。