【第十二話】対立、すれ違う二人
深夜、ジェイドがいない中、漫画を描き進める。ついに、締め切り一週間前に差し掛かってしまった。まだ、漫画は仕上がってない。各シーンの手直しが山のように残っている。そして、ここにきて新しいシーンも追加したくなってきた。最後のシーンには魔王を登場させる予定だ。となると、その前段階で必要なキャラクターがいる。今、僕はそのシーンに着手している。
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ジェイド「あそこに見えるのが、魔王城…」
ジェイド(すげぇ禍々しい雰囲気だな…。)
?「あ~、そこのお兄さん。ちょっと待って~」
ジェイド「?」
フェイ「どうも~。フェイっていいま~す。魔王の城に行こうとしてるんだよね?だったらその前にちょっと立ち寄って欲しいんだよね~」
ジェイド「立ち寄る?」
フェイ「あなたの運命を占います!ミラクル・オラクルです!!」
ジェイド「お、おう…」
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ま、まぁ割と変わったキャラクターだが、このキャラクターが最後の重要なファクターとなるのは事実だ。運命を占うフェイ、きっとこれが最後の新キャラクターとなるかな、敵キャラを除いては。さて、ジェイドはなんて言うか。このキャラを可愛いと言ってくれれば、問題ない。そこまでジェイドに関与しない第三者的キャラクターだけど。そんなフェイが、ジェイドを占いの館、ミラクル・オラクルに招く。
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ミラクル・オラクルは不思議な館であり、古ぼけた怪しげな外観かと思ったら、中は可愛らしいぬいぐるみが飾ってあり、ファンシー系な感じだ。可愛らしいなと思って奥まで進むと、今度は蛇やら蛙やらが生きたまま瓶詰になっていたりと、なんかよくわからない館である。ジェイドもその館に戸惑いを隠せない表情をしている。
ジェイド「なんか、変わった部屋だな…」
フェイ「わかる~?実はこの家ちょっと前までお婆ちゃんが住んでたんだよね~。お婆ちゃんの趣味でこんな気持ち悪い部屋になっててさ~。マジ無理だったからがっつり模様替えしてるんだけど、まだ全部はできてなくって~」
ジェイド「そういうことか。それで、お婆ちゃんっていうのは…?」
フェイ「お兄さんでも知ってると思うよ~。ほら、運命を見定める占い師、オラク婆さん」
ジェイド「オラクさん!?知ってるぞ!全てのことを見通すことができるっていうあの伝説の占い師!」
フェイ「ピンポ~ン!」
ジェイド「え、じゃあお前はまさか、その孫…とか?」
フェイ「ピンポンポ~ン!私はオラ婆の孫の、フェイ!よろしく~!」
この急に話しかけてきた女の子は、伝説の占い師の孫、フェイであった。フェイの話によると、どうやら魔王城に向かう人はもれなくこのミラクル・オラクルに招いているらしい。そして、そこで運命を見定め、魔王城に進んでもいいかどうかを伝える。もしあまりにも運命が悪い方向に流れていたら、絶対に魔王城には行かせないようだ。本来ならばオラク婆さんの仕事だが、もうオラク婆さんはいないようで今はその仕事をフェイが引き継いでいるようだ。
ジェイド「オラク婆さん、いないのか…?」
フェイ「うん。今はいないよ~」
ジェイド「そっか。あんな伝説の占い師を失っちまったのか…。仕方のないことだけどよ…」
フェイ「あ、生きてるからね?」
ジェイド「あ、生きてはいるのか!」
フェイ「いや、なんかもう余生をゆっくり過ごしたいって言って故郷に帰っちゃったんだよね~。で、今、バカンス中だよ。この前手紙とよくわかんない南国の虫の死骸が届いたし」
ジェイド「そうだったのか、なら良かったよ」
フェイ「さて、無駄話はここまで。早速、占いの方始めよっか。ちょっと目を瞑っててね~。あ、大丈夫。悪いようにはしないから~」
ジェイド「よし、わかった」
そして、フェイは占いを始める。水晶を使ったり、魔法陣を使ったり、呪文を使ったり、そんな占い師っぽいことは一切行わず、ただジェイドの手を握りずっと目を瞑るだけだった。目を瞑って十数分、ジェイドがしびれを切らして目を開けようとしたとき、終わったよの合図がフェイから告げられた。
フェイ「ごめ~ん。ちょっと時間かかっちゃった」
ジェイド「そっか。で、どうだったんだ?」
フェイ「えっとね…。ちょっと真剣に聞いてね」
ジェイド「うん、わかった」
フェイ「まず、魔王城へ行けるかどうかなんだけど…」
ジェイド「…」ゴクッ
フェイ「全く問題なし!!ってか、ジェイド強すぎ~!ほぼ確実に勝てちゃうじゃん!逆に行っても意味無いから行かなくていいんじゃないレベル!!」
ジェイド「そうか、良かった!!」
フェイ「ただ、問題はその後かな…」
ジェイド「その後?まだ何かあるのか?」
フェイ「わかんない…。でも、なんか得体のしれない、魔王なんかとは比べ物にならないものが見えた気がして…。正直、ジェイドにはどうすることもできないような…」
ジェイド「そ、そんなのがいるのか…」
フェイ「でも、行くことを止めはしないよ。なんか、これと相対することがジェイドの目的な気がして…」
ジェイド「…わかった」
フェイ「うちが言えるのはこれだけ。ごめんね、確かなことが言えなくて…」
ジェイド「いや、ありがとな!助かった、頑張ってみるわ!」
フェイ「うん!あ、せっかくだし泊っていったらどう~?魔王城に行く前に、がっつり体力つけて行かないとね!ご馳走、お風呂、ベッド、全部用意してあげるよ!!」
ジェイド「いいのか?めっちゃ嬉しいけど…」
フェイ「あ、私はナイスバディだけど、この体には指一本触れちゃ駄目だからね~。まぁ、私の体に触ったら体が動かなくなる魔法かかってるけど」
ジェイド「こわっ、勘弁してくれよ…」
フェイ「見るだけならタダだから、目の保養に使って~」
ジェイド「はいよ」
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とりあえず、こんなところか。もう、朝の五時か…。少し寝て、明日、学校で魔王との闘いを考えて、そして…。その後は、本当はじっくり描きたい。だけど時間がもうほとんどない。どうするかな、まだ手直しもがっつり残ってるし…。まぁ、いい。明日の朝にジェイドにこのシーンの感想を聞こう、そこからだ。そして、僕は布団に入り天井を見上げる。魔王との戦闘シーンを考えるべきだったのかもしれない。だけど、僕は全く別のことを考えていた…。
朝、目覚まし時計の音で目が覚める。すごく期限が悪い。二時間しか寝ていないためすごく期限が悪い。あ、誤字、機嫌が悪い、期限も悪いけどさ。でも…、仕方ない。こうでもしないと間に合わない。僕が伸びをし、朝の支度を始めたあたりで、ジェイドが漫画の世界からこちらに来た。
「うっす。体調大丈夫か?眠そうだぞ?」
「二時間しか寝てないよ、本当に眠い…」
ジェイドはマジかよ、と言って僕の体調を心配してくれた。だったら回復魔法をかけてくれよと言いかけたが、もし今、回復魔法をかけられたら間違いなく昏睡すると思ってやめた。眠気を吹き飛ばす魔法を覚えさせてやろうか。そうしよ、時間無いけど。
「それで、聞きたいことがあるんだけど」
「あ、ミラクル・オラクルの話か?」
「そう。率直な感想でいい。どうだった?」
さて、罵倒がくるか、褒め言葉がくるか。ちょっとこの瞬間はドキドキする。ジェイドが発した第一声は…
「あれは生殺しだろ…。あんなエロい体見せられてよ…」
おい、そこかよ。お前はむっつりなのか、爽やかな主人公じゃねぇのか。
「ジェイド、お前はフェイの魔法が無かったら夜這いでもするつもりだったのか?」
「いや、そういうつもりじゃないけど!そういうつもりじゃないけどよ…」
ジェイドは顔を真っ赤にしながら目を逸らす。こいつ、さてはラッキースケベを期待してたな。やらねぇよ、そんなこと。ここは魔王城の手前だぞ。
「それは置いといて、他はどうだったんだ?」
「いいんじゃねぇの?ってか、ここはあくまで説明的な感じだったからな。戦いとかもあるわけじゃねぇし、俺から言えることはほとんど無いな。それより、この後の魔王との闘いの方が重要だろ」
「おっけ、わかった」
ジェイドの言う通り、この後のシーンがクライマックスであり最も重要なシーンとなる。今日描いたこのシーンは前座だし、ジェイドみたいな感想になるのも当然だろう。それでも、面白くないとか描き換えるべきとかそういう感想が出なかっただけマシだ。よし、あとは魔王とのシーンだ。そう思って身支度に戻ろうとすると、ジェイドが聞きづらそうに僕に話かけてきた。
「なぁ、魔王はいいんだけどよ、その後は…」
「その話か。悪いけど、それはジェイドに話せないよ。正真正銘ラストシーンになるんだから」
「まぁ、だよな…」
ジェイドが少し暗い表情をして頷く。なんだよ、ジェイドのやつ。何を暗くなってんだよ。そのまんま聞いてみようかと思ったけど、ジェイドはそんな暗い顔を振り切り、明るい表情を作って僕に話かけてきた。
「にしても、ほとんど完成したな!あと魔王との闘いだけだろ?漫画大賞に間に合いそうじゃねぇか!!」
「なに言ってんだよ。まだ手直ししたいシーンが山のようにあるんだよ。こんなんじゃ出せないって」
「出すだけ出してみろって。俺、期待してるんだぜ!俺が優作を優勝させてやるからよ!!」
期待されても…。それに、ジェイドが僕を優勝させるって…、優勝するかどうかは僕の手腕だろう。頑張るだけ頑張ってみるつもりではある。ただ、完璧には作りたい…、こんな状態で終わらせたくない…。全ての人に、僕とジェイドの完璧な漫画を見せつけたい…。けど、現実を見るとあと一週間…。正直、間に合う気がしない。どうしよう、最悪の場合は…いや、いい。今は余計なことを考えるな。できる限りのことをやるだけだ。できる限りのことを…、できる限り…
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漫画大賞提出三日前、僕はペンタブを手に取り描いたシーンを振り返る。この前描いた魔王のシーンだ。
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魔王城の門を破り、魔王のいる部屋へ向かっていく。道中、魔物を何体か見かけたが、全くジェイドに手出しをする様子がない。まるで、ジェイドを魔王の部屋に招いているようだ。そして、吸い込まれるようにジェイドは魔王のいる部屋にたどり着く。そのバカでかいさびれた扉を開けると、禍々しく簡素な広間に出て、その奥の玉座に魔王が座っていた。魔王は人間と変わらない、凛々しい男の様相だった。ただ、その目はどす黒い黒色をしており、また背中には黒い翼が四本生えていた。魔王がジェイドの方を見て喋りだす。
?「…来たか」
ジェイド「あぁ、お前が魔王か…」
?「その通り。私がこの世界の魔物を統べる王、魔王ガルムだ。お前はたしか、ジェイド、だったな」
ジェイド「へぇ、俺のこと知ってんのか」
ガルム「私は強い者に目がないからな。お前が強いことは風の噂で聞いてるぞ、謎の力を手に入れた最強の勇者だと。そして、その力の源を求め旅をしているらしいな」
ジェイド「詳しいじゃねぇか。まぁ、別に俺はお前に対して恨みや殺意なんてものは無い。お前は別に俺らに危害を加えてるわけじゃないしな。でも、俺の力の根源を探すために、一勝負挑ませてもらうぜ。悪いな、私情で」
ガルム「構わない。私もお前の力を体験してみたかったところだ。ただ、やるならば全力だ。その命を奪うつもりでいくぞ」
ジェイド「臨むところだよ!」
こうして、ジェイドと魔王との闘いが始まる。魔王が扱う攻撃は、当然闇だ。その威力は凄まじい。ジェイドの全力と同等かそれ以上の闇魔法を乱発してくる。しかし、ジェイドも負けてはいない。その迫りくる攻撃を持ち前の多彩な技でいなし、かわしていく。
ジェイド「おい、魔王ガルムさんよ、そんなやたらめったらに撃ったって俺には当たらないぜ!」
ガルム「だろうな、この程度の攻撃で負けるようじゃ、最強なんて名乗れないだろう」
ガルム「本番は、ここからだ」
ブォン
ジェイド「なっ…!!」
ジェイドが辺りを見渡すと、かわしたはずの魔導弾が消えることなくジェイドの周りを覆っている。魔王ガルムが手を振りかざすと、その無数の魔導弾が一斉にジェイドに向かっていく。ジェイドも避けようとはするが。そのあまりの数に避けるような隙間すらない。
ジェイド「くそっ…!!」
ジェイドのいる位置で無数の爆発が起こる。その砂埃でジェイドの姿は見えない。間髪入れずにガルムは動く。
ガルム「…悪いが、」
ガルム「一切油断は無いぞ!!!」ビュンッ!!!
魔導弾が爆発した瞬間、ガルムは一気にジェイドに近づきよろめいたジェイドの胴体に鋭く尖った爪を突き刺す。ジェイドの胴体から血が滴り落ちる。ガルムは勝利を確信する。しかし…
ガルム「なんだ、最強もこの程度か?少々拍子抜けだな。確かに、私も強いからな。その実力差が…」
ジェイド「ホーリーノヴァ!!!」
ガルム「!!!!!!」
ジェイドが、どこからか聖なる魔法をガルムにぶつける。間一髪ガルムはその魔法をかわすが、その予想外の攻撃に戸惑いを隠せない。間違いなく、目の前にいるジェイドが撃った魔法ではない。一体どこから…、
ガルム「上か…!ダーク・ウェイブ!!」
ジェイド「ちっ、バレたか…」
ガルムが広場の上にある電飾めがけて魔法を撃つ。その爆風が静まった時、電飾の上にうっすらと人影が見えた。
ガルム「おい、降りてきたらどうだ、最強の勇者よ!!」
ジェイド「バレちまったなら、降りるしかないか」
ジェイドが軽やかに地面へ降りてくる。どうやら、今までガルムが戦ってきたジェイドは偽物であり、これが本物のジェイドのようだった。
ガルム「小癪な真似を…。まさかさっきまで戦っていたのは…」
ジェイド「あぁ、俺の分身だ。敵の攻撃を観察するのが、確実な勝利方法だからよ」
ガルム「なるほど、お前も一切の油断は無いということか」
ガルム(…にしても、あれだけ精度の高い分身を見たのは初めてだ…。動きから、血の流れまで…)
ガルム「…さすが、最強と呼ばれるだけはあるな」
ジェイド「俺も驚いたぜ、こんな強いやつがいるなんてよ。分身出してなかったら負けてたかもな」
ガルム「お世辞だな」
ジェイド「お前もだろ」
ジェイド「んじゃ、次は俺からいかせてもらおうか!」
ガルム「来い、最強の勇者よ!!」
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「おぉ、良い、良いな!俺もこの戦いは結構楽しくてよ!!」
ジェイドがテンションを上げて僕の漫画を見る。僕も、ここの戦闘シーンは今までで一番気合を入れて描いたかもしれない。本当はそこまで描くつもりは無かったが、ガルムが予想以上にジェイドに食らいついたから、ついついこっちもテンションが上がってしまった。この後、ジェイドとガルムは激しい攻防の末にジェイドの放ったティアブレイクがガルムの胴体を切り裂いた。そして最後のシーン…
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ジェイド「はぁ…、はぁ…」
ガルム「うっ、ぐふっ…」
ジェイド「わ、悪い…、今すぐ、回復魔法を…」
ガルム「いや、いい…。お互い命を懸けて戦った…、負けた者が…、命を失うのは…、当然だ…。私がもし…勝っていたら…、私はお前を…、救ったりなど…、しなかった…」
ジェイド「い、いいのか…?お前、死ぬぞ…?」
ガルム「これが、運命だ…。逆らうつもりなどない…」
ガルム「…しかし、悔しいな…」
ジェイド「え?」
ガルム「全力で、戦って…、私は瀕死…、お前はかすり傷程度…、これが、私とお前の、実力差か…」
ジェイド「…そんなことねぇよ。骨の一本ぐらい持っていかれてるって」
ガルム「一本程度か、憎たらしいやつめ…」
ガルム「…一つ、忠告だ」
ジェイド「ん?」
ガルム「相手を倒す時は…その者の命が確実に、潰えるまで…、手は止めるな…。お前の攻撃は…、私の急所を、突いていない…。私は、あと三十分は、生きてしまうぞ…」
ジェイド「…わかった、心得ておく」
ガルム「その無駄な…、優しさのせいで…、お前はあと三十分、私の戯言に付き合う羽目になったぞ…」
ジェイド「悪くねぇじゃねぇか」
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「…あれ、ここで終わりか?そういや、ここから先の記憶はねぇな」
ジェイドが不思議そうに聞く。普通は魔王討伐がラストだから、そう思うのも無理はない。だけど、この漫画はここで終わりじゃない。ここからジェイドの力の源の秘密、そして倒すべき最後の相手が現れる。そして、その場面こそこの漫画の最大限の魅力であり、見せ場である。ここからが、本番、本番で…。カレンダーを見て溜息をつく。漫画大賞提出まで三日しかない。今から全てのシーンを手直しして、ラストのシーンを描いて…、厳しい、とてつもなく厳しい…。
「あれ、優作、描かねぇのか?せっかくここまで来たんだからよ、ここから一気に追い上げてよ!!」
ジェイドが僕を励ます、が、僕は動かない。ジェイドはもう完成間近だと思ってるらしい。でも、僕には到底そうは思えない。良くてもまだ六割ぐらいの出来だ。あと四割を三日で終わらせる…。問題はそれだけではない。漫画大賞への投稿を決めてから、数週間。死に物狂いで頑張ってきたのだが…、ここに来て、体力が尽き始めてきていた。ひょっとしたら、本気で漫画大賞だけを目指して走っていたら体力の限界など熱意で麻痺していたかもしれない。しかし、僕はそこで迷いが生じてしまい、それのせいで体力の限界に気付いてしまった。頭が痛い、体がだるい、ストーリーが全くまとまらない…。この魔王のシーンも無い体力を搾り取って、出がらしのみで描いたようなものだ。それぐらいギリギリなのに、この先にさらに重いシーンが待っているなんて…。…こんな状態で描いて提出なんて、僕は絶対にしたくない。…下手なものを出したくない。…面白くないジェイドなんて、見たくない。僕は、悩んだ。本気で悩んだ。そして…
「ジェイド、ちょっといいか…」
僕はジェイドを呼んだ。ジェイドは不思議そうにこっちを見る。僕は、今の考えをありのまま、ジェイドに伝えた。
「…諦めるようと、思ってるんだ。漫画大賞」
「は?」
ジェイドは最初、何を言っているかわからなかったようだ。冗談か、疲れから出た愚痴だと思ったのかもしれない。ジェイドは明るく笑い飛ばして、僕に言ってきた。
「諦める…?なに冗談言ってんだよ、弱気になんなよ!!」
ジェイドが明るく励まし、僕の背中を叩く。しかし、僕の決意は変わらなった。僕は真剣な眼差しでジェイドを見つめた。ジェイドは僕の目を見て、この発言が本気だということに気がついたようだ。
「…本気で、言ってるのか?」
「…本気だよ。本気で、諦めようと思ってる」
「いやいや、まだ三日あるだろ!あと三日で仕上げてよ、それで出せばいいじゃなねぇか!」
な?と、ジェイドが必死に漫画大賞に出すことを勧める。でも、僕は断固として受け入れようとしなかった。なんとか、ジェイドにわかってもらおうと、僕の考えをジェイドにぶつけた。
「ジェイド、それは現実的じゃないんだよ。まだ手直しするべきシーンが山ほど残ってる。それに、最後のシーンは三日で適当に描いていい場面じゃない。三日で終わらせるのは不可能だ」
「いや、そんなことねぇだろ!あと一歩だろ!!あと一歩踏ん張るだけじゃねぇか!!」
「だから、それが一歩じゃないんだってば…」
「いやいや、諦めるなって、頑張れよ!!」
「頑張ってどうこうできる問題じゃないんだって…!!」
僕は、漫画大賞が厳しいことをジェイドにわかってもらおうと必死で説得した。一方でジェイドは、漫画大賞に絶対に出すべきだと強く訴えた。普段なら、ここでどちらかが折れて話は終わり、漫画に戻っているはずだった。しかし、この時だけは僕も譲らなかったがジェイドも一切譲らなかった。口論はどんどん勢いを増していくばかりだった。
「言い訳してんじゃねぇよ!!どうせ出すのが怖いとか自信が無いからとかそういうことだろ!!逃げてんじゃねぇよ!!!」
「逃げてるんじゃない!!ジェイドだってわかるだろ!?この状態で無理やり完成させても中途半端になることぐらい!!!」
「んなのやってみなきゃわかんねぇだろ!!頑張ってみればいいじゃねぇか!!!」
「現実見ろっつってんだよ!!!どうあがいたってまともなものにはならないだろ!!!」
僕は、完全に頭に血が上っていた。おそらく、ジェイドも。バスケの時の喧嘩とは比較にならないぐらい、二人とも声を張り上げていた。目が血走っていた。体は怒りで震えていた。きっとこの時、二人とも正常な判断ができていなかったのかもしれない。
「なんだよ!!!!俺がどんな思いでお前を応援してたと思ってんだよ!!!!!お前が漫画大賞に出すって言ったからこっちは真剣に応援していたのによ!!!!!!!!」
「僕だって出したかったさ!!!!!!でも適当なもの出すよりはマシだろ!!!!!!!僕だって最高の形で出したいんだよ!!!!!!!!!」
「それをあと三日でやればいいっつってんだろ!!!!!!」
「そんな短い時間で描けるわけねぇだろ!!!!!!」
「じゃあいいよ、好きなだけ描いてろよ!!!一人で描いて一人で楽しむのがお前の趣味だったもんな!!!!俺らのことだってどうだっていいんだろ!!!!!」
「はぁ…、ふざけんなよマジで…!この数週間僕がどれだけお前のこと考えたと思ってんだよ…!!!お前が僕のことをわかってねぇんだろ…!!!!!!!」
そして、ついにお互いに完全にブちぎれてしまい、言ってはいけないことを言ってしまった。
「わかんねぇよこんな作者のことなんてよ!!!!もう知らねぇよお前のことなんて!!!!!好き勝手やってろよ!!!!!!」
「わかったよ…、わかったよ…!!!!好き勝手やらせてもらうさ!!!!!!もうお前は漫画の世界に戻れ!!!それで二度とこっちの世界に戻ってくんな!!!!!お前を主人公にするんじゃなかったよ…!!!!!!」
…この発言が、地雷だった。ジェイドはこの発言を聞いた瞬間、急に大人しくなり…
「…わかったよ。もう二度と来ねぇよ。悪かったな、俺が主人公で」
そして、僕が捨て台詞を吐こうとしたとき、ジェイドは去り際に…
「メモリー、リセット…」
………
「はぁ、はぁ…」
…部屋に、沈黙が流れている。聞こえるのは、僕の乱れた呼吸の音だけ。気が付いたら、僕は呼吸が荒くなっていた。喉も痛かった。そして無性にむしゃくしゃしていた。急にドアが開き、
「ちょっと、どうしたの!?」
姉貴が心配して部屋に入ってきた。
「どうしたのって、何が?」
「いや、だってさっきから部屋で怒鳴り声が聞こえてきたから…」
確かに、僕は何かに怒鳴っていたのかもしれない。そんな気がする。でも…、一体何に怒っていたのかわからない。僕はこの部屋で何をしていたんだ…?
「…ちょっと、覚えてない。確かに怒鳴ってたかもしれないけど…」
「え、一人で怒鳴ってたの、怖っ…」
そう言って、僕を頭のおかしい人を見る目で一瞥したあと、部屋を出て行った。僕もこの時ばかりは自分のことが不思議でたまらなかった。まぁ、いいや。僕はこの不思議な事象から目を背けることにし、机に向かった。ペンタブを手に取り、はぁ、とため息をつく。漫画大賞は諦めるしかない、頭ではわかっていても、なんか少し残念だ。せっかくここに向かって頑張ってきたのに…。でも、仕方がない。漫画大賞に出すことより、この漫画を完璧にすることの方が重要だ。
「…わかってくれよ、ジェイド…」
僕は、画面で笑うジェイドに向かって呟く。今回は、仕方ない。とにかく、この漫画を完成させることに全力を出そう。僕は、ペンを取り、描き進めていった。