【第十一話】焦燥、心にのしかかる重圧
「優作、ジュース取って来たけど、いるか?」
「ありがと」
ジェイドが持ってきたジュースをその場だけの感謝の言葉を言ってジェイドの顔も見ずにひったくる。この手の嗜好品は価値が無いと思ってたが、ここ最近はこの糖分が体に染みて仕方がない。これに金を使うのは必要経費だな、そう思い始めている。
「どうだ?調子は?」
「あぁ、出来てきたからちょっと見て」
そして、まぁまぁ描きあがったシーンをジェイドに見せる。
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ラピス「やめてって、やめてってば!!」
グレゴリー「この王族一番隊隊長、グレゴリーの命を断るのですか」
ラピス「うるさい!!一番隊隊長なんて関係ないから!だから、やめてって!」
グレゴリーの手をジェイドは引きはがそうとする。
ジェイド「おい、やめろっての」
グレゴリー「ん?なんだお前は?」
ジェイド「俺は最果ての村出身のジェイドだ。女の人が嫌がってるのにそれを無理やり連れ回すなんて、王族の一番隊隊長とは思えない行動だな」
グレゴリー「…」
グレゴリー「…はぁ、これだから王族のことを分かっていない庶民は…」
ラピス「ジェイド!!じぇ、ジェイド、助けて!!」
ジェイド「ほら、助けてって言ってるだろ。手を離せって!」
グレゴリー「はぁ、面倒なことになったな…。好きにしろ」
グレゴリーは溜息をつき、その場を去っていく。
ジェイド「ったく…」
ラピス「ジェイド、助かった~!」
ジェイド「無事か?怪我はないか?」
ラピス「うん!」
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「ジェイド、こんな入りになった、感想」
「お、おう。…、い、いいんじゃないか?っつか、このワンシーンだけ見たってなんとも…」
「ジェイドの口調とかにおかしなところは無いか?」
「いや、普通だけど…」
「じゃあいい」
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ラピス「ねぇ、ジェイド!今度はどこ行こっか?私、まだ町に来てからそんなに経ってないから色んなところ見てみたいの!」
ジェイド「いや、ラピス、もう夜だぜ…。宿に戻ろうぜ…」
ラピス「嫌!まだ物足りないの!!」
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「じゃあ、この繋がりは」
「え?い、いいんじゃないか…?」
「…、いや、いきなり夜になるのはおかしいな。っていうか、お互いの紹介ぐらいしろよ。クソかよ。描き直しだな」
「お、おう…」
最近のジェイドとの会話はこんな感じだな…。理解しているつもりではいる、自分が傍若無人だってことは。それでも、他の人はともかくジェイドにだけは許して欲しい。そのぐらい、今の僕は相当切羽詰まっているのだ。
決心したあの日の夜から、僕は今までとは比にならないくらいの集中力で漫画に没頭した。漫画大賞の締め切りまであと三週間もない。しかもこの漫画大賞、一度出したら一般の人にも見られてしまう。適当にはできない…。全てのシーンを描き換え、足りないシーンを付け加え、ラストまで持っていく…、ギリギリもいいところだ。当然、色んな人に見られるんだ、生半可なものは出したくない、全力で描き切ったものを出したい、でなきゃやる意味がない…!ここまで言うと夢に向かうかっこいい男子なのだが、欠点が一つ。完全に自分と漫画に没頭して他人のことなど眼中に無いのだ。関わった人全てに迷惑をかけている自信がある。少なくとも、ジェイドには迷惑かけてるな。
そして、今は一番隊隊長グレゴリーのシーンを描いている。前まではラピスが純粋な女の子でグレゴリーが通りすがりのラピスに危害を加える悪役だったが、その設定も今ではどこか遠く彼方だ。グレゴリーは悪役というよりかはどこか謎の男となっているし、ラピスは明るいがわがままな女の子となっている。前まではグレゴリーがラピスにちょっかいをかけているところをジェイドが助けて決闘して勝って…、という流れだったが今はグレゴリーからラピスを助けてみたもののラピスが予想よりも傍若無人でジェイドが困り果てるという流れとなっている。
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ラピス「ジェイド、だよね。さっきはありがと!」
ジェイド「あれぐらい、どうってことねぇよ」
ラピス「な~にかっこつけてんの、もう。えっと、ジェイドはどこから来たの?」
ジェイド「あぁ、俺は最果ての村から来た。今は自分の力の源を探すっていう旅をして、各地を回ってるんだよ」
ラピス「自分の力?何それ、面白そう!え、どういうことなの?」
ジェイド「実はさ、ある時をきっかけに俺はあらゆる魔法や技が使えるようになったんだよ。覚醒みたいな感じで。でも、なんでそんなことが起こるかわかんないからその原因を探しててな」
ラピス「そうなんだ!あらゆる魔法が使えるの?強いね!!」
ジェイド「まぁ、これが起こってから急に強くなった気がするな。で、お前は、えっと…」
ラピス「あ、私の名前はラピス!一週間前にこの町に来たんだよね!」
ジェイド「なんでこの町に来たんだ?」
ラピス「なんか、王宮に呼ばれちゃって」
ジェイド「王宮!?すごいな!!」
ラピス「えぇ~、全然楽しくないよ。あんな王宮にいるぐらいならこうやって外で遊んでいるほうが全然楽しいし!」
ジェイド「へぇ、そんなもんか」
ラピス「あ、せっかくだし一緒に観光しない?まだ私、この町の観光全然できてないし!」
ジェイド「おう、行くか!!」
そして、ジェイドは町の中の観光をラピスと一緒にする。市場、公園、聖堂…。最初は一緒に楽しんでたが、徐々にジェイドは疲れていく。
ラピス「聖堂、楽しかった~!」
ジェイド「お前、聖堂では少し静かにしろよ…」
ラピス「じゃあ次はどこに行こっか!!」
ジェイド「いや、ラピス、もう夜だぜ…。宿に戻りたいんだけど…」
ラピス「嫌!まだ物足りないの!!」
ジェイド「お前、本当に元気だな…。王宮に戻らなくていいのか?」
ラピス「いいの!王宮なんて戻ってもつまらないし!礼儀とか作法とか叩き込まれてばっかで本当につまんないから!!」
ジェイド「お、おぅ…」
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そして、さっきのシーンへ。よし、それなりに繋がった。これなら及第点だろ。
「だいぶ変わったよな~、ラピス」
ジェイドが後ろから僕の漫画を覗き込み呟く。ラピスも、アルメ同様没個性だったからな。荘厳な王宮に住むわんぱく少女、まぁどこかの漫画には出てきそうなやつだが、前なんかよりは全然マシだろ。
「にしても、こいつも可愛いな…///」
おいジェイド、また惚れてんのかよ。ここ最近漫画を真剣に描き直すようになって気付いたが、ジェイドは意外と惚れっぽいようだ。女キャラを描き直す度に頬を赤らめている。
「お前には幼馴染のアスタがいるだろ?」
「アスタ?あいつとは別にそういう関係じゃねぇよ。ただ、昔から仲が良かったってだけでよ」
お前は何もわかってないな。そういう昔から仲が良いだけっていうのが一番、恋に発展するんだよ。今度、アスタの可愛い仕草がっつり見せてやるからそれで落ちろ。まずい、少し時間を無駄にしてしまった。僕はすぐに漫画に戻った。宿屋に戻りたいと言うジェイド。まだ帰りたくないと言うラピス。そこに、さっき会ったグレゴリーがやって来る。
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グレゴリー「ラピスお嬢様」
ラピス「うわ、グレっち…」
グレゴリー「いい加減もういいでしょう。そろそろ王宮にお戻りになってください」
ラピス「嫌!王宮とか嫌いだし!!」
グレゴリー「お嬢様にはまだこの国の歴史ですとか、作法ですとか、身につけなければいけないことが山ほどあるではないですか。それをほったらかして今日一日遊んでいらしたのですよ?もうそろそろこちらの要望も受け入れてはくれませんか?」
ラピス「い~や!絶対戻らない!!」
グレゴリー「ほら、ラピスお嬢様」ギュッ
ラピス「嫌、やめて!離して!!ジェイド、助けて!!!」
ジェイド「あ~、俺も帰りたいしなぁ…。わりぃ、グレなんたらさん。頼んだ」
グレゴリー「はい、承知致しました」
ラピス「やだって!!離してって!!裏切り者~!!ジェイドの裏切り者~~!!!!」
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あぁ、うるさいなぁ、この子。漫画の中のジェイドも、さっきまで可愛いって言っていた僕の後ろに立っているジェイドもこのラピスには呆れ顔をしてしまう。ラピスは王宮に連れ去られ、ジェイドは宿で一人となる。そして次の日の朝、事件が起こる。朝、ジェイドが寝ていると、乱暴にドアを叩く音が聞こえ…
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次の日の朝、ジェイドの部屋を叩く音がする。
ジェイド「ん…」
ジェイドは眠い目を擦りながらドアを開ける。ドアを開けるとそこには王宮の兵士が立っていた。
ジェイド「ぁい…」
兵士「ジェイドさん、ですか!?今すぐ来ていただけますか!!」
ジェイド「何かあったのか?」
兵士「ラピス様がいなくなったんです!!」
ジェイド「!!!」
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「何やってんだよ、ラピスのやつはよ!!」
おい、それは僕が書こうとしてたセリフじゃないか、被ってくんじゃねぇ。そう思いながらたった今後ろで聞こえた発言をそのまま漫画に描き起こし進んでいく。ジェイドのもとに来た兵士はグレゴリーの一番隊隊員の一人であった。王宮にて、グレゴリーがラピスのもとを訪れたところ、ラピスがいなくなってしまっていたため王宮全体に緊急伝令が広がったらしい。王宮の全ての兵が血眼になってラピスを探す中、ジェイドはふと思い出す。そう言えば、ラピスは外れの森に行ってみたいと言っていたと。外れの森に行ってみるとそこには…
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マッドウルフ「グルルルルルル…」
ラピス「や、やめ…」
マッドウルフ「グァァァァァアアアアア!!!!!!」
ジェイド「ラピス!!!」
ラピス「じぇ、ジェイド!助けて…!!」
ジェイド「任せろ!!」
マッドウルフ「グァァァァァアアアアア!!!!」
ジェイド「ティアブレイク!!」
マッドウルフ「キャイ~ン」
ジェイド「よし、勝った!!」
ラピス「ありがとう、ジェイド!!」
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「駄目だぁ!!!」
「優作、急にどうしたんだよこれ…」
途中まで、途中までは良かったのに、はぁ…。ジェイドが出てきた瞬間もうマッドウルフを倒す未来しか見えなかった。せっかくのグレゴリーも出番なしだしラピスもまたモブに戻っちゃったし、ひどいなこれは。
「どうするかな…」
急にペンが止まってしまった。もっと深く練らなければ…。ラピスの性格、グレゴリーの存在、それを活かした場面を描かなければ…
「あの、一ついいか?」
「ん、なに?」
ジェイドが、一案あるようで僕に話かけてきた。
「俺、こんな簡単にマッドウルフ倒せないと思うぞ。ほらよ、俺は前にマッドウルフに負けてるだろ?それがトラウマだからよ、勝てたとしても絶対苦戦すると思うぜ」
「そうだったのか、わかった。じゃあ、グレゴリーと共闘するか?」
「その方が俺もやりやすいな」
ジェイドが苦戦するなか、グレゴリーが助けに来る…、いいかもしれない。ただ、ベタだな。これ自体は悪くは無いが、もう一声欲しいところだ。いや、そもそも…
「なんか最強なのにマッドウルフに負けてるのがおかしい気がするんだよな。マッドウルフに完敗するジェイドっていうのも…」
「え?そこも変えちゃうのか?あれは俺が気に入っている思い出なのに…」
「大丈夫、根本は変えないよ。ただ、マッドウルフに完敗するっていう事象を変える」
ジェイドがお、おうと返事をする。さては、よくわかってないな。まぁ、それについては要検討として、まずはグレゴリーとラピスのシーンだ。どうするかな…、もっとグレゴリーとラピスの関係を掘り下げたい。恋愛させてもいいか…?それもありか。あと、ラピスが連れ去られた時、ジェイドの勘で外れの森に行くのは若干無理があるな。前日遊んでいるときに、外れの森に行きたい発言をラピスにさせるか。そのほうが自然だろう。まだまだ、細かい修正はあるな…
「あれ、この場面終わりか?」
「まだ、全部見えてないから今はここまで。一度寝かせて、落ち着いたら描き起こす」
そう言って、僕は五分ほど突っ伏して、起きてまた新たなシーンを描き始めた。せっかくだからということで、ジェイドの負けたマッドウルフのシーンを描き直し始める。やることは山ほどあるな…、はぁ、嫌になる…。
「優作、疲れてるのか?」
「まぁ…」
「俺が手伝えることがあったらなんでもするぜ!!」
「ジェイドができることなんて限られてるだろ…。これは僕の問題なんだから…」
ジェイドががっかりした顔をする。ジェイドの言葉は嬉しいが、漫画が描けるかどうかは僕の問題だ。僕が頑張るしかないんだよ、僕が…
~
学校が始まった。ただ、やることは変わらない。流石に学校にはペンタブを持っていくことはできないため、学校ではストーリーの案を考える時間となる。ここ最近、授業はほとんど聞いていない。最低限の課題のためのところだけを聞き、残りはストーリーに集中している。次のテストが不安だけど、まぁ仕方ない。
「つまり、この時の戦いというのはだな、大きな戦いのように見えて実は家族間のいざこざに過ぎない。戦争っていうのは原因が色々ある。その原因をしっかり把握して覚えておくんだぞ」
今の授業は、日本史。日本史は一応それなりに聞いている。まぁ、聞いていると言っても漫画の題材になることがあるかもしれないから聞いているだけだけど。とりあえず…、今日のところはいいかな。さて、ジェイドがマッドウルフに負けてしまうシーンを構成し直すか…
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メープル「ジェイド、だっけ。どしたの?」
ウッズ「まだ、やられた傷が痛むのか?」
ジェイド「いや、なんだ…。あんなやつに負けてるようじゃ、もしこの先もっと強い魔物が出てきたら負けちゃうんじゃないかと思うと…」
フォレス「若いくせに何をビビッているんだ。負けたっていいだろ!生きてりゃ失敗だって負けることだって山ほどあるだろ!生きてりゃそれで十分だ!」
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ここのシーン自体はジェイドが気に入っているためマインやラピス並みの大幅な改善はするつもりは無い。それでも、まだまだ展開が雑なため修正は不可欠だ。そして、修正するとしたらここ、フォレスの発言だな。フォレスの発言は嫌いではないが、その流れが雑だ。もっといい感じの流れで持っていって欲しい。どうするかな…
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ジェイド「はっ!!」ブンッ!!
ジェイド「ぅぉらっ!!!」ブンッ!!
ジェイド「はぁ…、はぁ…」
フォレス「ジェイド、修行か?」
ジェイド「あ、フォレス、…さん」
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深夜、ジェイドが小屋の周りで修行をしている。そこにフォレスが来るという展開。ここからフォレスの発言に繋げることができれば、前より幾何かマシにはなるだろう。気がついたら僕は、ノートにラフ画を描いていた。
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フォレス「こんな夜遅くに修行してるなんて、根性があるな」
ジェイド「あ、いや、まぁ…」
フォレス「ん?どうかしたか?」
ジェイド「いや、その…」
フォレス「…そうか、まださっきの戦いを引きずっているのか。違うか?」
ジェイド「…、そうっすね」
フォレス「なるほどな…。ちょっと、隣いいか?」
ジェイド「あ、はい!」
フォレス「今まで、色んなところを旅していたんだろ?負け試合の一つや二つあっただろう」
ジェイド「いや、実は負けたことなんて無くてっすね…」
フォレス「そうなのか、お前さん、強いな」
ジェイド「いや、実は、俺は強くないんすよ…」
フォレス「どういうことだ?」
ジェイド「俺、自分でもよくわからない力に目覚めたんすよ。急に自分でもよくわからない魔法を使えるようになったり、すごい技に目覚めたり…。で、今はその力の源を探しに旅に出てるんすけど…」
フォレス「あぁ、確か昼頃にも言っていたな」
ジェイド「でもそれって、僕の力じゃ無いと思うんすよ。そんなものに頼ってるからあんなことになって…。負けるなんて、情けないっすよ…」
フォレス「なるほどな…。ジェイド、だったか…」
フォレス「なめんじゃねぇぞ、人生をよ!」
ジェイド「!!」
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キーンコーンカーンコーン
チッ、いいところでチャイムが鳴ってしまった。せっかくこれからフォレスの発言が待っているというのに…。号令とともに礼をして座って、すぐにまた漫画に戻る。せっかくこんなところまできたんだ、このシーンは描き終えるぞ。
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フォレス「まったく、この世界には力が欲しくても力が無い奴がいっぱいいるんだぞ。そんな中で力を持ってるお前が細けぇことに悩んでんじゃねぇよ。お前さんの力は誰が与えようがもらった時点でお前さんのもんだ。胸張って、ガムシャラに生きてけよ!!」
ジェイド「フォレスさん…!」
フォレス「それと、若いくせに何をビビッているんだ。負けたっていいだろ!生きてりゃ失敗だって負けることだって山ほどあるだろ!生きてりゃそれで十分だ!」
ジェイド「…わ、」
ジェイド「わかったっすよ、フォレスさん!!」
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「志道、何してんの?」
ひと段落ついたあたりで木口と酒井が話しかけてきた。まったく、僕の邪魔をしやがって…
「あ、ぃや、別に…」
僕はいつもの感じで適当な返事をし、それとなく描いてあるラフ画を隠した。しかし、その一瞬の動作を木口は見逃さず、
「え、なに描いてんだよ、見せてくれよ」
と言い、僕のノートを取ってしまった。
「あれ、これ漫画じゃん!志道、漫画描いてんのか!」
「ってか、これ主人公、ジェイドじゃんか。お前、変なことしてんな~。おもろ」
「お前、一人で漫画描くぐらいなら運動とかしろよ~」
木口と酒井が軽く僕の漫画をおちょくる。柿原さんもクスクスと笑っている。そんな三人を良くなく思ったのか、ジェイドが口を挟んでくる。
「おい、やめろって、人の趣味を馬鹿にすんのは」
「馬鹿にするつもりは無いけどよ、でもおもろくね?だって主人公お前だぜ?」
「さすがにちょっとアレだわ。いとこを主人公にするとかどういう発想だよ」
木口と酒井がおちょくるのをなんとかわかってもらおうとするジェイド。三人は僕の漫画に対して自分の意見をぶつけ合っている。
「でもジェイド的にはどうなのよ。自分が主人公とかはずくね?」
「いや、俺はこいつの漫画の主人公…、のモデルになってること、誇りに思ってるぞ!!」
「お前、変わってんな~」
ジェイドが二人に言い負かされそうになっている。ジェイドがいくら言い返しても、二人はどこか冗談だと思って、のらりくらりとかわしている。ジェイド自身も僕の漫画のことだけだったら本気で言い返せるのだろうが、自分が主人公という所を突かれて強く言い返せない。そんな論争の中、僕はというと…、正直どうでも良かった。っていうか、うるさい。
「うるさいんだけど、お前ら」
一瞬、空気が凍り付く。僕は間髪入れず、思ったことをそのまま言った。
「僕は本気で漫画を描いてるんだ、邪魔すんな」
……普段、低姿勢で喋る僕が急に口調を強めたことに対し、木口と酒井が驚き、尻込みしている。木口と酒井と言い争っていたジェイドも、僕の強気な発言に驚いてるようだった。木口と酒井は、申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、悪い…」
「すまん…」
……………
その場に気まずい空気が流れていた。ジェイドも、木口も、酒井も口を閉じている。そんな空気を断ち切ったのは、柿原さんだった。
「御剣君、志道君の漫画って面白い?」
柿原さんがジェイドに話しかけたことによって、ジェイドがいつもの調子を取り戻し、話始める。
「あ、えと、どうだろうな~。他の漫画と比べたら微妙かもな。でも、最近描いてるやつは面白くなってきてるし、俺は好きだぜ」
「そうなんだ~!志道君、出来上がったら読ませてくれない?」
「あ、はぃ…」
急に女子に話かけられビビッてしまう僕です。それでも、柿原さんが読みたいって言ってくれたことを皮切りに、
「あ、じゃあ俺も読ませてくれないか?」
「しょうがねぇなぁ、どちゃくそ漫画呼んでる俺が採点してやんよ」
木口と酒井が僕の漫画に好意的な反応を示す。僕は、あっさりとした返事をし、ストーリー構成を練り始める。三人がもてはやすのなんて気にせず、漫画の世界に没頭し始めていた。嬉しくなかったわけではない。でも、その時に抱いた感情は喜びよりも、焦りだった。
~
学校が終わり、帰り道ジェイドと二人で帰る。
「良かったな、優作!読みたいなんて言われたの、初めてじゃないか!?」
ジェイドは今日あったことに対して超絶ハイテンションで僕に話かけてくる。そんなジェイドとは対照的な僕は俯きながらジェイドに答える。
「ま、まぁな…」
「なんだよ、嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど…」
確かに、嬉しい。読みたいなんて言葉、僕には関係ないと思っていた。それ以前に、僕は人前で漫画のことを一切話したことが無かったため、僕が漫画を描いているなんてこと誰も知らなかっただろう。だから、読みたいなんて言われたら僕だって嬉しいさ。嬉しいけど…、それ以上にプレッシャーを感じた。僕の漫画を見るということは、少なからず今の僕の漫画を評価されるということだ。果たして、この漫画は面白いという評価をされるのだろうか…。少なくとも、現状の漫画はまだまだ足りないことばかりだ。そんな漫画を、ジェイドを、見られるのか。嫌だな…。
「おい、優作、どうした?暗くないか?」
「いや…、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから」
冷静に考えれば、大会も同じことだな。人に見てもらって、評価されて…、しかも知り合いと違ってその評価は嘘、偽りの無いありのままの事実、遠慮の言葉など一切ない。それは、きつい…。
「とりあえず漫画描こうぜ、俺が全力でサポートするからよ!!」
ジェイドがジェマイルをこちらに見せ、応援の声をかける。
「任せろって。僕は天才なんだぞ?」
虚勢を張ったが、心の中では不安しか無かった。締め切りはあと二週間を切っている。しかもこの漫画はクラスメイトにも見られるようだ。駄目だ、完璧な世界を作り出さないと。ジェイドが心の底から喜べるような、僕が心から満足できるような、そしてみんなが面白いって言ってくれるような、そんな世界をあと十日ちょっとで…。間に合うのか…?間に合う、のか………?