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最強の主人公は作者に反旗を翻す  作者: 無知の無知
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【第十話】兆候、世界が見えた瞬間

 ここ最近の一日の過ごし方をご紹介しよう。朝起きる、漫画を描く、気付いたら夜になってるため夜ご飯を食べる。風呂等もろもろの生活行動を行う。漫画を描く、寝る、以上。無論、外になど出ていない。引き籠っているわけではないし体調が悪いわけでもない。漫画を描きたくてたまらないだけなのだ。しかし、一般人の認識は不思議なもので、外に出ている人が健康で、家にいる人は不健康と捉えているらしい。親に何度も心配され、最近では軽く怒られている始末だ。自分の体調は自分が一番わかっているというのに、不可解な話だ。


「なぁ、優作、大丈夫か?」


 そしてここにもう一人、一般的な心配をする人間がいる。いや、ジェイド自体は漫画の主人公という時点で全然一般的じゃないけど。


「余裕。ってか、心配するぐらいだったらお前の回復魔法をかけてくれよ」

「あぁ、別にいいけどよ…。ほら、ヒール」


 ジェイドが軽く詠唱をすると、僕の体は淡い緑色の光に包まれた。これで僕の疲れも取れ漫画に集中でき…、あれ、なんか光が消えた瞬間、ドっと疲れが押し寄せてきたんだけど。


「おい、なんか回復してる気がしないんだけど。逆になんか疲れてきたんだけど」

「そりゃ疲れるだろ。だって、ヒールは治癒力を高める魔法だからよ、治癒力を高める分、体力を一気に消費するんだよ」

「それ先に言えよ!」

「作者だろ、知らなかったのか?」


 知らなかった。治癒力を高めるとは書いたけど、体力との等価交換だったとは…。いや、僕が気付かなかったのも悪いけど、疲れている人に体力消耗する魔法を気付かずにかけるジェイド、お前も悪いからな。とりあえず、回復魔法は漫画続行不可能の重傷になった時以外は唱えさせないと心に決めた。ジェイドは少し不機嫌になった僕を見て首をかしげている。いや、気付けし…。

 そんなジェイドだが、ここ最近は僕に合わせてずっと家にいてくれた…、ということは無く、五日前なんかはバスケ部の友達とどこかに行っていたらしい。リア充め、くそが。それでも、僕の方の都合に合わせて本来予定していた遊びを大幅に断ったらしいから、許してやろう。そんなジェイドは僕の漫画を覗き込んでくる。まぁ、待ってろって。もうすぐワンシーン仕上がるから。


「お、そのシーンもうすぐ仕上がりそうだな」

「まぁな」


 そう言って細かな手直しを終え、完成。これで、やっとワンシーンだ…。アルメとのシーン、無数の影のシーン、酒場でお爺さんと会うシーン…、色々手直しした。そして、今回手直ししたのは心の読めるマインとのシーンだ。


「ちょっと、見せてくれよ」

「うん、こんな感じ」


 僕は出来上がったシーンを早速ジェイドに見せる。それは、ジェイドがマインと出会う場面から始まる。


・・

・・・

ジェイド(町に来たはいいけど、この町だいぶ入り組んでんな…。宿屋どこだよ…。)

マイン「あの、ちょっといいですか?」

ジェイド「ん?あぁ、えっと…」

マイン「あ、私はこの町に住むマインと申します」

ジェイド「あぁ、俺は…」

マイン「ジェイドさん、ですね」

ジェイド「え?なんで…」

マイン「宿屋ならこちらですよ、案内してあげますね」

ジェイド「え?あ、あぁ…」

・・・

・・


「へぇ、マインってこんな感じだったけ」

「マインの性格は全然違うものにしたよ。こっちの方が自然なんだよ」


 ジェイドが疑問に思うのも無理はない。マインは本来、心が読めることによってひねくれてしまった性悪女だった。それが今では道に困っている人を案内してあげる優しい子になっちゃってまぁ…。別に、性格の悪いキャラを描きたくないわけではない。ただ、こっちのほうが自然なのである。


・・

・・・

 マインは宿屋にジェイドを連れて行き、せっかくだからと夕食に誘う。


マイン「ジェイドさん、ここのレストランはジェイドさんの好きな穀物が目白押しなんですよ。あらゆる国から食べ物を仕入れていますからね。ぜひ、遠慮せずに召し上がってくださいね!」

ジェイド「あ、あぁ…」

ジェイド「…マイン、だっけ」

マイン「はい、なんですか?」

ジェイド「お前、なんか俺のことやたらと詳しくないか?俺の名前とか、ここに来たばっかりで道がわかってないこととか…。俺が肉より穀物好きだってことも…」

マイン「…理由、知りたいですか?」

ジェイド「できればな」

マイン「ちょっと、耳貸してもらえますか?」

ジェイド「あ?あぁ…」


マイン「私、心の声が聞こえるんです」コソッ


ジェイド「…え?」

・・・

・・


「マイン、可愛いな…///」


 ジェイドがマインの顔や仕草に照れ始める。そっか、僕にとっては漫画の中のキャラクターに過ぎないけど、ジェイドにとっては実際に会う人物だもんな。にしても、


「ジェイドが僕の漫画のキャラクターに惚れ込むの、珍しいな」

「まぁ、今までのやつらが大して可愛く無かったからな」


 言い返したかったが、否定はできなかった。確かに今まで描いてきたキャラクターは没個性だ。とりあえずジェイドに助けられ、惚れるだけの人形だったからな。マインも、前まではそんなモブと同等だったのか…、そう考えるとだいぶ変わったよなと思う。少なくとも、ジェイドの目にはもうモブには見えていないだろう。

 ジェイドと僕は漫画を読み進めていく。


・・

・・・

 ジェイドは、マインが色んな人と仲良く接しているのを目にする。マインは町の中では一番の人気者であった。あらゆる人の望みを読み取っては叶え、嫌悪していることには踏み込まないよう細心の注意を払っていたから当然かもしれない。そんなある日、ジェイドはマインの部屋を訪れる。こんな可愛い子なのだから、さぞ可愛い部屋だろうとジェイドは期待を膨らませる。だが…


マイン「どうぞ、ゆっくりくつろいでくださいね」

ジェイド「…」

マイン「あ、ひょっとして、驚いてる?」

ジェイド「そ、そりゃそうだろ、だってこの部屋…」


ジェイド「何も無い…」


マイン「来客用の椅子とか机は基本的にしまっているんですよ。今、出してきますね」

ジェイド「いや、今出すって、普段は…」

マイン「普段は別に、出す必要も無いので」

ジェイド「出す必要無いって、こんな何も無いところで過ごしたら、体痛くなったりしないのか?」

マイン「痛い?そう感じたことは一度も無いですね」

ジェイド「でも、もっと可愛いものとか飾りたいとか、思わないのか?」

マイン「全く思わないかな。別に欲しいものとか、無いですから。私、物欲無いんです」

ジェイド「じゃ、じゃあよ、普段どう過ごしてるんだよ?一人でいる時、こんな部屋じゃ何もできないだろ」

マイン「一人でいる時は、特に何もしていません」

ジェイド「何も、してない…?」

マイン「はい。仕事をしているときとか、何かを頼まれた時とかは働いていますが、それ以外は何もしていません。だから、家に帰ってきたら、ご飯を食べて、お風呂に入って、あとは眠くなるのを待ちます」

ジェイド「…、お前、楽しいか?そんなんで…」

マイン「楽しい?一人でいる時に楽しむ必要なんてありますか?」

ジェイド「…」

ジェイド(こいつ、幸せ、なのか…?)

マイン「もう、ジェイドさん、何を思ってるんですか?私は、町の中の人全てに好かれているんですよ?こんな色んな人から好かれていて不幸なわけないじゃないですか」

ジェイド(救いたい…)

マイン「救う?何を仰いますか?私は本当に毎日が幸せで…」

・・・

・・


「惜しい!!!」


 ジェイドが佳境に入ったあたりで叫ぶ。


「惜しい?」

「いや、せっかくこんな面白くて可愛い奴がいるんだからよ、もうちょっと何か無いのか?なんかさらっと重要なシーンに入っちゃってよ」


 なんだよ、せっかくの僕が推しているキャラクター、マインたんの決めシーンだってのに。でも、確かにジェイドの言っていることは一理ある。ここの何も無い部屋からの心理描写は僕は好きだ。でも、ジェイドの救いたい発言への結びつけが結構強引だとは思っていた。やっぱり、そこを指摘してくるか…、やるやん。


「ちなみに、何かいい案はあるか?主人公さん」

「え?俺か?そう言われるとむずいな…」


 だろうな。僕だってそんないきなり案を振られても出てこない。こういうのはじっくり考えて、考え抜いて、それでも思いつかなくてふと離れたときに出てくるものだ。いきなり振られた案など出てくるものでもないし、出たとしても大した案じゃないことがほとんどだ。


「あれか?マインはみんなの顔色を窺ってみんなの喜ぶことしてるんだろ?ならマインの方には負の感情が溜まっていくとかどうだ?」


 出てきてんじゃねぇか。それに…、うん、普通に採用だわ、この野郎。組み込み方は考えなきゃいけないけど、それでも全然採用だわ。作者の立場を奪ってんじゃねぇぞ、おい。


「採用。…悔しいけど」

「悔しい?何がだ?」


 ジェイドは何が悔しいんだよって聞いてくる。はぁ、これがマインだったら僕のこの複雑な心境なんて一発で読み取ってくれるのに…。いや、マインじゃなくてもそれなりに気の付く人だったらわかるか。ジェイドだからわからないのか。


「まぁ、いいよ。とにかく採用、その案は使わせてもらうわ」

「本当か?よっしゃ!」


 ジェイドがガッツポーズをする。まぁ、ジェイドのその案を取り入れればだいぶこのシーンも良くなるだろう。ジェイドは喜びの勢いでさらに僕に言う。


「これで漫画大賞に一歩近づいたな!!」

「近づいてないって、まだ重要部分が見えてないんだからさ」


 喜ぶジェイドをよそに、僕はふぅ、と一息ついて宙を仰ぐ。どうしても、喜びきれない、原因は最後のシーンだ。それぞれのシーンはだいぶ詰まってきたが、最後の所、もっと言うとジェイドの力の源が想像もつかない。チープなものはいくらでも考えた。実は伝説の勇者、本来この世界の人間じゃない、果ては気のせいだったということまで考えた。しかしどれもしっくりこなかった。どうしたものか、これが思い浮かばない限り今まで描いた全てのシーンが水の泡となってしまうのに…。シーンの手直しをしていれば見つかるかと考えていたのだが、安直だったか。はぁ…と、ため息をつくと、ジェイドが僕の心中を察したのか、


「まぁ、ワンシーン描きあがったことだしよ、どっか歩きに行こうぜ。気晴らしによ」


 と、誘ってきた。ここ最近ずっと描き続けていたし、考えも煮詰まっていたから気晴らししたかったところだった。その発言、マインに匹敵する読心術だったぞ、褒めてやろう。


「わかった、行くか」

「おう!」


 そう言って僕は財布と携帯を持ち、ジェイドも千円札をポケットに入れ部屋を出た。自分から千円札を持つなんて、ジェイド、成長したな…。せっかくだし、何か奢ってもらおうか。



 ジェイドと肩を並べて歩く。行先は、近場のコンビニだ。時刻はもう夕方五時になろうとしているのに、照り付ける太陽が力を抜く気配がない。アイス、食べたくなってきた…。


「あっついな~、相変わらず」


 ジェイドが蒸し暑い空気に文句を言う。僕も全く同じ意見だ、暑くてたまらない。照りつける太陽を背に爽やかに駆け抜けるような青春のワンシーンなど所詮空想に過ぎないことがわかる。こんな暑い空気の中で駆け抜けるとか正気の沙汰じゃない。現に僕らはこの爽やかな太陽の下、二人してうだりながら歩いている。


「こんなんだったら家に籠ってるほうがマシだったかも」

「いいじゃねぇか。たまに外に出て体を動かした方がいいっての」


 お前はお母さんか。そんな一般的な意見、僕には通用しないぞ。そう言いたかったが、ずっと同じ姿勢を維持していた僕の中の筋肉は、この外に出るという普段と違う動きに快感を覚えているようだった。


「にしても、この道を最初に歩いたのっていつだっただろうな」


 ジェイドが急に思い出話を始める。


「なに思い出に浸ってるんだよ。せいぜい三ヶ月程度しか経ってないからな」

「え、そんなもんか。もっと時間経ってる気がしたけどなぁ~」


 確かに、もっと時間が経ってる気がした。この三ヶ月、あまりにも突飛なことが起こりすぎて、毎日毎日が途方もなく長く感じていた。しかし不思議なもので、その長く感じた三ヶ月も過ぎてしまえばあっという間だった気がする。


「この三ヶ月、本当に大変だったよ。いきなり漫画の主人公が現れたと思ったら漫画の愚痴を聞かされるし、こっちにいるせいで漫画を描く時間はがっつり減っちゃうし」


 僕はジェイドに対してわざとらしく文句を言ってみる。ちょっとした僕なりの攻撃だ。しかし、ジェイドは全く意にも介せず、


「でも、その分だけ面白くなってるだろ?優作の漫画」


 と、あっさり返してきた。くそ、わかってやがるよこの主人公。


「否定はできないかもな」


 ジェイドに会ってから、本当に真剣に漫画を描くようになっていた。昔は、面白ければそれでいいと思ってたのが、今では絶対に最高の漫画を作りたいという気持ちになっている。それは、ひとえにジェイドのおかげかもしれない。そう、ジェイドがグダグダ文句ばっかり言ってくれるおかげだな。


「しかし、俺が他の漫画の主人公とか、他のキャラクターになっていたらどうなってたんだろうな」


 ジェイドがボソッと呟く。


「他の漫画かぁ」

「俺は優作の漫画にいるおかげで最強の主人公になってるだろ?でも他の漫画だったら最強かどうかわからねぇし、主人公かもわからねぇし、女になってた可能性もあるな!」

「最初の話で盗賊に殺されてたりしてたかもな」

「怖いこと言うなよ」


 ジェイドが他の漫画か、考えたことも無かったな。っていうか、僕が最強の主人公を作り上げたからジェイドはここにいるわけで、他の設定にしていたらここにいるジェイドは別の人になってたかもしれないのか。もっと根暗のやつだったり、アホなやつだったり、それこそ美少女だったかもしれない。あ、そうすれば良かった。


「ってか、そもそもジェイドが他の漫画のキャラクターとかだったら、ジェイドは作者様に会うなんてことできてなかったと思うぞ」

「あ、確かに」

「ま、この僕に感謝ってことだな」

「こんな作者だったら会う必要ねぇ~」


 そんなくだらない会話をしていると、目的地のコンビニが見えてきた。ジェイドと僕が扉の前に立ち、ドアが自動で開く。コンビニから流れるエアコンの冷気を感じ、思った。そういえば、僕は暑かったのか。



 コンビニでお互いにアイスを買った僕ら、ジェイドが最近忙しそうだからと僕の分までお金を出してくれた。ありがとう、と言ったがそもそもジェイドの金の出処が僕だったことを思いだすと無駄に感謝してしまったことに一人で些細な違和感を抱いたりしていた。店を出るとさっきの熱風が襲ってきた。早くアイス食べたい…。そのまますぐに帰っても良かったが、二人とも家までアイスを我慢する忍耐力が無かったため、近くの公園に立ち寄り買い食いすることにした。夕飯?知ったことか。


「あ~、腹減った~。早く食おうぜ」


 アイスで腹が満たされるかい。そう突っ込んでも良かったが、そんなことがどうでも良く感じるぐらい、今は目の前のアイスのことしか考えていなかった。ジェイドはソーダバー、僕はソフトクリームを開け、溶けかかったクリームを口の中に放り込む。


「うめぇ~…」


 うめぇ…。ジェイドが発した言葉と僕の心の声がハモる。炎天下の中で食べるアイスがここまで染みるとは…、たまに外に出てみるのも悪くないな、所詮、近場のコンビニだけどさ。


「なぁ、そういやさ、俺の力の原因、わかったのか?」


 ジェイドがド直球に聞いて来る。そこで相当苦しんでるんだけどね。


「まだ、わかってない。いや、適当な設定ならいくらでもつけれるよ。今すぐ描ける。でも、これだ、っていうのが無いんだよ」

「そっか、やっぱ優作もきついのか。実はさ、俺も結構考えてるんだけど全然検討もつかなくてよ」


 ジェイド、いつの間に一緒になって考えててくれてたのか。ジェイドのやつ…、いやお前がわかったらストーリーの展開的に困るし作者としての立つ瀬が無くなるからやめてくれって。


「ジェイドにわかってたまるかって。っていうか、ジェイドがわかったら旅の意味が無くなるだろ」

「いや、わかってるけどよ。でも、ヒントぐらいならいいだろ?俺からも」

「それぐらいならいいけどさ、でもちょっと嫌だぞ。自分のキャラクターに助けられるっていうのも悔しくて」

「変なプライド捨てろって。別に作者が常に偉く無きゃいけないってわけでもないぜ?」


 まぁ、そうだけどさ…。でも、こんなリア充が漫画という立場において僕より秀でてる時点で腹立つんだよ。


「にしても、マジで思いつかないよな、最強の理由って」

「はぁ…。もっと最初から真剣に考えておくべきだったよ。ちゃんと最初から構成を練って始めれば、今頃こんなことになっていなかったと思うよ」

「後悔すんなって。何も変わんねぇぞ?」

「そうだけどさ」


 本当に、この漫画を始めたきっかけなんて至極単純だ。ただ、最強の友達が欲しかった。そして次第には、それは最強になってみたいになっていった。それだけのことだ。だから、今に比べて悪役やら他のキャラクターが相当適当だったんだろうな。だって、必要無いのだから。適当に敵を倒して適当に誰かを助けて俺TUEEやっていればいいやと思っていたから。そしてちょっと前に至ってはジェイドが最強というよりジェイドを模した自分が最強となってその強さに酔いしれていたのだから。なんていうか、これぞ黒歴史だなって感じがする。


「おい、優作、大丈夫か?」


 ジェイドが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


「あぁ、大丈夫。ちょっと昔のことを思い出して嫌になっていただけだから」

「だから、後悔しても何も始まらねぇっての」

「黒歴史が僕に語りかけてくるんだ、仕方ないだろ」


 ただ、ジェイドが正しいな。あんまり過去のことに囚われても仕方がない、時間の無駄だ。それより、今は次のことを考えるしかない。ジェイドが最強の理由、今はそれだけを考えればいい。ジェイドも僕もアイスを食べ終え、僕は踏ん切りをつけるように立ち上がる。ジェイドもそれにつられて立ち上がる。そして、僕らは家に向かった。その時は少しだけ、ジェイドの勇ましさを分けてもらえた気がした。



 前言撤回、全然ジェイドの勇ましさ無いわ、僕。部屋に戻って最強の理由を考えようとしたが、全然アイデアが出ず、結局過去の後悔に浸るはめになった。いや、もう後悔を通り越して苛立ちだった。もっと頑張れよ、過去の自分よ。何が天才だ、何が才能を持って生まれた人間だ。クソが、浮かれてんじゃねぇ。そんな酔いしれてる暇あったらアイデアの一つでも出せっての。


「あぁ、もう、なんであの時…」

「だからよぉ!」


 ジェイドが僕の四十五回目の後悔発言に怒鳴りつける。ただ、ジェイドはもう真面目に話を聞かなくなった。もうこいつには何を言っても聞かないだろうという諦め、呆れが露わになっていた。そうですよ、僕は過去のことばっか引きずるしょうもない男ですよ。卑屈人間ですよ。でもさ、誰もがジェイドみたいになれるわけじゃないんだよ、わかるだろ?そんな助けの眼差しをジェイドに向けてみたが、ジェイドは僕の方を全く見ず、別の漫画を呼んでいた。あ~、過去の自分が憎い、っていうか恥ずかしい。誰かちょっとタイムリープして過去の自分を殺ってくれないすかね。そうだ、ジェイドに頼めばいいのか。ジェイドに、過去に戻る能力を持たせて…、ありだな。うん、ありだな。…

……

………


「ありだな…」

「え?どうした?」


 ジェイドが何か聞いてきたが、聞こえなかった。完全に自分の世界に浸っていた。ひょっとしたら、いけるかもしれない…。今まで僕が思いついた設定なんかとは比較にならないものが垣間見えた気がした。今まで散らばっていた点が全て線で繋がった気がした。これなら、いけるか…いけるか…?


「…なぁ、ジェイド」

「どうした?」

「お前、ずっと漫画大賞がどうだとか言ってたよな。僕もずっと気になってはいたんだけどさ…」


 僕から漫画大賞の話を切り出し、ジェイドが食い入るように聞く。僕はゆっくりと口を開く。


「…あれ、応募してみるかもしれない」

「え?」

「…見えた、全部」


 ジェイドがマジか!と言って喜ぶ。一方の僕はその見えた世界に完全に呆けていた。これは…、いけるかもしれない。漫画大賞なんか比にならない、何よりも面白い世界を見つけてしまったかもしれない。誰にも見つけられない、この僕じゃなきゃ見つけられない最高の世界が!!ただ…


「ジェイド、僕の力だけじゃ多分描ききれない。だから、協力してくれないか?」

「あぁ、もちろん!全力出すぜ!!」


 そう言って僕とジェイドは拳をぶつけ合う。


「期待してるよ、主人公さん」

「任せろって、作者様」


 ストーリーは全て見えた。決意も固まった。あとは、突き進むだけだ。漫画大賞までは時間があまり無いけど…、大丈夫。隣には最強の主人公がいる。それに、この僕、志道優作は凡人とは一線を画した希代の天才だ。悪いな、愚民ども、僕の描く世界には君たちは一生追いつけないよ。



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