【第一話】出会い、動き出す予感
「昨日のドラマ見た?めっちゃ面白かったんだけど~!」
「なぁ、帰ったら狩り行こうぜ、オンラインでよ~」
下校時間、教室を出て廊下を歩くとそれぞれの方向から会話が聞こえる。しかし、どの会話に聞き耳を立てても面白味の無い会話ばかりだ。高校生にもなって情けない…。創造性に乏しい人種が多すぎてほとほと溜息が出る。なぜにこうも皆は時間を浪費するのがうまいのだろうか、その才能が逆に欲しいぐらいだ。
時間の費やし方には二パターンある。何かを創作し糧とする能動的な人種。誰かが作ったものに有難がって群がり、自分からは頭を使うことなく人の作った物をすするヒル、ハイエナ、いやスカベンジャーのような受動的な人種。この僕、志道優作は当然前者である。常に世界に目を向け想像し、創造している。受動的にただ時間を浪費している人種とは天と地の差がある。僕の才能に到達できる人間など、いないと言っても過言ではない。
そんな凡人の群衆を抜け我が城へ戻ろうとしているさなか、
「おい、志道」
僕のことを呼び止める人間が一人。…まったく、僕のことを呼び留めて一体どうしようというのか。僕は確かに才能に恵まれてはいるが、凡人に分け与えるほどの才能は、
「お前、掃除当番忘れんなよ。サボりか?」
…そういえば、今日は掃除当番だったか。下らないが、決められたルールなら逸脱する意義もないか。仕方がない、その程度の時間なら割いてやってもいいだろう。
「…ぁ、ごめん。すぐ、戻ります…」
「ったく、ちゃんとやれよ」
そう言ってクラスメイトは教室に戻る。僕も足早に教室に戻った。そしてちょっと遅れた分、いつも以上に真剣に掃除をした。はぁ、凡人の中に生きるというのは本当に大変なことだ。僕には僕の世界があるというのに。
~
掃除を手早く終わらせ足早に家に帰る。町の風景や行き交う群衆には目もくれず、ただひたすらに家に向かう。早く、早く自分の世界に浸りたい…、僕の脳内はその一言だけだった。口からは笑みがこぼれていた。正直、この瞬間の自分は赤の他人から見たら不気味に笑っている変態かもしれない。しかし、これは創作を行っている人種にしかわからない、喜びである。能動性に特化した人間の特徴なのである。そして家の手前数メートル付近で顔を戻し、家の鍵を使いドアを開け中に入る。
「優作、帰ってきたの?」
母の声がするが、無視して自室に戻る。ドアを開けた音がしたのだから帰ってきたことぐらいすぐわかるだろう。僕は母に適当な返事をし、階段を駆け上がった。
自室に戻り、一息つく。ふぅ、やっと落ち着ける…。ここには自分しかいない。低脳な群衆に溶け込む必要はない。自分だけを見ればいい。社会で生きていく上でのメリットというのは自分より上の者を見てそこから学び自分へ活かすことだ。しかし、僕の周りは自分より下の者ばかりで学ぶことが殆どない。だから関わるだけ無駄だ。それより…
「さて…」
僕は机に向かいペンを取る。ただのペンではない、ペンタブだ。僕は幼少期から絵を描くことが好きだった。そして、物語を考えることも好きだった。小学校の頃、その二つの趣向が混ざり合い、漫画という境地に僕を誘った。それ以来、僕は空いてる時間があればペンを取り自分の世界を紡ぐ。そうこれが、僕が特別である所以。凡人が狭い自分の世界で怠惰に時間を浪費してる一方で、僕は自分の世界ともう一つの世界を織り成し有意義に生きている。この時点で既に優劣は明白だろう。
今日も僕は自分の作り出した桃源郷に入り浸る。この時間だけが僕が僕でいられる時間だ。何もかもが思いのままに出来る時間。そのタイトルは『名も無き勇者の下克上』。とある民家に生まれた平凡な主人公、ジェイドが様々な力を身につけ悪に立ち向かい、弱き者を救うというものだ。単純な作りだ。だが、単純だからこそ面白味がある。今、ジェイドはとある村に来ている。その村では村長が権力と腕力にものを言わせて悪政を働き、周りの大多数はそれを全く疑わずに従っている。しかし、そんな悪政に心を痛めている女性、アルメを助けるため新たな力に目覚める、そんなシーンだ。
・
・・
・・・
村長「ふん、若造が。どこの馬の骨ともわからん野郎にこのわしが負けるわけないだろう!」
アルメ「ジェイドさん、やめてください!私のためだけに、村長に立ち向かってくなんて…」
ジェイド「何言ってるんだよ、アルメ。弱い者が我慢をしちゃダメだろ。弱い者こそ立ち上がらないと!」
村長「ふん、弱い者は滅びればいいんじゃよ!喰らえ、ソニックフレイム!!!」
村長の放った光の如き炎がそれはまるで竜のようにジェイドめがけて一直線に向かっていく。
ゴォォォォオオオオ!!!!
その刹那、最強の勇者、ジェイドは閃光の如き何かに打たれた気がした。ジェイドが新しい能力に目覚めた瞬間だった。
ジェイド「おっと」
村長「な、なんじゃと!?ワシの音速を超える業火がかわされたじゃと!?」
ジェイド「あれ、言ってませんでしたっけ、村長さん?僕のこの右眼の力を使えば、光の速度すら地を這う亀と同じ速度に見えるんですよ?」
村長「ぐっ…」
アルメ「凄い、ジェイドさん凄い!!」
・・・
・・
・
コンコン
…せっかくのいい所なのに。誰だ、邪魔をするのは。
「入るよー」
…姉貴か。僕より数年早く生まれた分際で年上面してくる面倒くさい生き物か。
「ご飯出来たってお母さんが呼んでるけど、食べないの?」
「…後で行く」
「ってか、またあのくだらない漫画書いてんの?いい加減やめなよ」
この女はいつもこうだ。僕の創作の良さを何一つわかっちゃいない。自分は何もできないくせに、ケチつけることだけは一人前だ。本当に腹が立つ。
「くだらないってなんだよ!!」
「だって、ちょっと見たけどそれ、全然面白くないじゃん。っていうか、独りよがり感がすごくてさぁ、見てて恥ずかしいんだよね」
「何もわかってないやつがケチつけてんじゃねーよ!!」
「まぁ、私はどうでもいいけど。でも、ちゃんと現実も見なよ。じゃ」
そう言って部屋から出て行く姉。まったく、素人にはこの良さが分からないんだろうな、僕の作品の良さが。…まぁいい。せっかくの楽しみに魔が差してしまった。続きを書かなければ、もう一度桃源郷の中へ行く。…しかし、見れば見るほどこの作品が輝いて見える。この世界ではどんな悪だって僕の手によって葬ることができる。どんな理不尽も覆すことが出来る。そして困ってる人物に優しく手を差し伸べることができる。なんて完璧な世界なのだろうか。そして、このジェイドという主人公…。 この弱者が強者に立ち向かっていく姿が、美しい…。自分は何冊か漫画は読んだことはある。これに似たライトノベルも読んだことがある。しかし、これ以上に素晴らしい世界は見たことが無い。こんな世界が書けるのは僕しかいないだろう…。これが、僕が凡人の世界から離れている所以。僕がこの世界で優れた人種である所以である。
「優作、ご飯!!」
流石に、そろそろ行くか。僕は桃源郷から現実世界へ戻り、腹ごしらえをすることにした。…これ以上待たせると怒られそうだし。
~
夜は結構好きだ。布団の中に入り宙を仰ぎ夢の世界に引き込まれるまでの間、桃源郷の世界に入り浸ることが出来る。明日はどんなシーンを描いてやろうか。もっと強い奴に立ち向かってみようか。無際限に想像することができる、そんな夜が好きだ。しかし、残念なのは気が付いたら夢の世界に誘われていること。夢の世界に入ってしまったら、もう自由に想像することができない。しかも、僕はあまり夢見が良くない。だからいつもうなされたり、途中で目が覚めたりして嫌になる。
…しかし、その夜は違った。いつもと同じように目が覚めた時、ふと違和感を覚えた。暗がりで何も見えていなかったが、それでも感じる違和感。徐々に暗い部屋に目が慣れてくると、その違和感の正体がはっきりしていった。
…人の、気配。
窓の方に、間違いなく、誰かいる…。背中が凍る。恐怖が身体を支配する。頭では絶対に動いてはいけないと思っていた。しかし、恐怖心によって体が小刻みに揺れる。震えるなよ、止まれよ…!!そう思えば思うほど、体の震えは大きくなっていく。僕は、恐る恐る目を細めつつ、バレないように開ける。…いる。間違いなく、いる。……ど、どうする…。警察…!電話…!!姉貴、母さん…!!!思考がまとまらない。助けを呼ぼうにも、この状況じゃ何もできない。ど、どうしよう…!!
「…ここが、外の世界か…。あの光は…魔法、アマテラスか…?」
謎の人物がぼそぼそと呟く。頭が真っ白になっていた僕だが、その言葉を聞いたとき、一瞬だけ疑問が頭をよぎった。…魔法、アマテラス…?それは僕が漫画に描いた魔法だった。しかし、僕は人になど漫画を見せていない。せいぜい姉貴に見られた程度だが、目の前にいる人物は声からして男、明らかに姉貴ではない。なぜ、その言葉を…
「…あぁ、村長との戦い、疲れた…。特に右目…。あの音速の炎、見極めんのキツいんだよ…。ソニックなんたらだったっけ…」
村長、右眼、音速の炎…。聞けば聞くほど疑問は深まる一方だった。この男、明らかに僕の漫画を知っている。しかも、今日初めて描いたシーンまで。まさか、ここに来てわざわざ僕の漫画を開いて読んだのか…?でも、なんでそんなことを…?不法侵入している以上、そんなことをする余裕などないはずだ。一体こいつは何が目的なんだ…?
「おい、いい加減喋ったらどうだ?起きてるのは知ってんだぜ、作者さんよ」
疑問が徐々に驚きに変わる。今、間違いなくこの男は言った。僕のことを、作者さん、と。な、なんだ…?作者さんって、なんだ…?暗闇の中で目を凝らし、僕は注意深くその人物を凝視する。月明かりが少し差し込んだ時、僕は衝撃を受けた。…少しくたびれたありがちな鎧、見た目は普通だけど柄の部分に竜の宝玉のついた剣、くしゃくしゃなブロンズの髪、黄金の目、まさか…まさか…!!
「じぇ、ジェイド、なのか…?」
僕はついに口を開いた。この状況、こんな不法侵入者に話しかけるなんて自分でも馬鹿だとは思っていた。それは分かっていた、分かっていたけど…、衝動が抑えられなかった。だって、だってこいつは…!!今、僕の目の前にいるこいつは…!!!
「あぁ。はじめまして、だな」
間違いない、ジェイドだ!!僕の漫画の主人公!!これは夢か!?いや、夢でもいい!!叫びたい衝動をなんとか抑え、今、目の前にいる人物を改めて見る。間違いない、僕が漫画に描いているジェイドそのものだった。まさか、まさかジェイドに会える日が来るなんて…!!それでも、なぜジェイドは僕の世界に来たのだろう。なぜジェイドは僕に会いに来たのだろう。少し考え、結論にたどり着く。そうか、漫画の世界だけじゃなく現実世界にほとほと呆れている僕を見かねてわざわざ…!!漫画の世界だけではなく現実世界でも困っている僕を助けに…!!!
「俺さぁ、お前に会いに来たんだけどよ」
「ジェイド、来てくれたのか!!そうか、だよな、ここまでの作品を書いたんだから、来てくれてもおかしくない…。いや、本当に僕の周りはろくなやつがいなくてさ、ほとほと呆れてたんだよ。でもジェイドがいればこの先の人生安泰…」
僕は興奮を抑えきれずにジェイドに話しかける。ジェイドが、僕の漫画のジェイドが…!無敵だ…!!こんなクソみたいな世界、もうどうでもいい!!今、僕はまさに…!!!
「なぁ、作者のお前に一つ言いたいことがあったんだけどよ…」
「なんだ?なんでも言ってくれよ!!力?金?僕の力があればジェイドには無限に力を与えて…」
「俺らの世界を描いてるんならよ、もうちょっと真剣に描いてくれよ。マジで」
……………
はい?
~
…そこからの説教は長かった。ジェイドがここに来た理由は、少なくとも僕を助けに来てくれた訳では無い。ジェイドが来た訳、それは僕の漫画に対する難癖だ。
「最強といっても限度があるだろ。っつーか、なんでその辺の村で生まれた俺がここまで強いのかも意味わかんねぇし」
「だから、それは誰も気付かないうちに身につけた力で…」
「だからその誰も気付かないうちに身につけた力ってなんだよ!訓練なのか?生まれつきなのか?誰かの真似したのか?オリジナル?」
いや、そこまで考えてないし。出処なんて別にどこだっていいだろ…
「今日の村での戦いも酷かっただろ。あの右目の能力とか、俺、初めて知ったんだけど」
「それは前々から備わってた力…」
「だからいつからだよ!いや、確かにかなり遅くなって見えるようになったぜ!でもよ、あまりにも急でびっくりしてよ、俺、超緊張したんだからな!!」
「いや、僕が光の速さが見えるって設定にしたんだからちゃんと…」
「急過ぎるんだよ!」
…なんで僕は漫画のキャラにここまでダメ出しされなきゃいけないのか…。それでもジェイドは止まらず、
「あとはあれだな。あの村、村長が悪政を働いてたって言うけど本当か?だってよ、村人の殆どが村長のもとについてったんだろ?じゃあ村長は別に悪人じゃねぇだろ。」
「いや、でもアルメは苦しんでたから…」
「それはアルメがあの村に合わなかっただけだろ?アルメが村を出て別の所に行けば済む話だったんじゃないのか?アルメのわがままじゃないのか?俺はアルメのわがままに付き合っただけじゃないのか?」
「いや、でも村長の口ぶりは完全に悪役の…」
「それはお前がそうやって喋らせたからだろうが!!」
漫画のキャラに論破されそうになる作者…、まずい、情けない…。その時、僕は閃いた。…いや、もともと考えていたよ。もともとね。
「村長は…、洗脳してたんだよ、村人全員を。村人が持ってる欲望とかそういった悪の感情に付け入って。でも悪の感情を持たなかった純粋なアルメだけは洗脳に引っかからず苦しんでいたってわけだよ」
…これでどうだ、納得のいく設定だろ。
「なるほどなぁ…」
ほら、言い返せない。所詮、ジェイドは僕の操り人形だ、僕に勝てるわけがないだろ。お前は僕の力が無ければ何もできない。わかったか?だから漫画のキャラクターは大人しく作者に…
「でも、アルメは言うほど純粋じゃないだろ。俺が強いって知ったあとになって急にベタベタし始めたぞ」
…くそったれが。
~
こうして夜も終わり、朝日が顔を出したあたりで、
「ってことで俺の漫画をもっと真剣に描いてくれ。このままだと本当にしんどいんだよ、マジで」
…わかったよ、うるさいなぁ。ほら、とっとと漫画に戻れ、巣に戻れ。
「さて、学校の準備でもするか」
…は?何故お前は学校に行こうとしてる?何故お前は漫画の世界に戻らない?っていうかこれ、夢じゃないのか?
「いや、え、学校…?」
「あぁ、俺はこっちに居座ることにした。お前が真剣に漫画を描いてくれるまで、安心して漫画の世界で生活できねぇんだよ。だから、これからよろしくな」
そしてジェイドは徹夜明けだというのにも関わらず元気な素振りで、どこからか持ってきたカバンに荷物を詰め制服に着替え始めていた。僕は徹夜明けも相まってこの現状が全く理解できていなかった。いや、徹夜明けじゃなくても目の前で自分の漫画のキャラが着替えていたら誰だって理解できないだろ…。ただ、一つだけ言える。どうやら僕の描く漫画の主人公、ジェイドは、この世界に来て僕と一緒に生活するということだけは確かなようだ。
「香奈~、優作~、ジェイド~、ご飯~」
下から母さんの声が聞こえる。
「あ、いま行くっす!」
そして、なぜかジェイドがその呼び声に返事をする。いやいや、お前の母さんでは無いだろ。なんで勝手に返事してんだよ…。
…こうして、僕の漫画、そして、僕自身の人生は、自分の描く漫画の主人公の力によって大きく変わっていくのであった…。