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「うーん、困りましたね。あなたに合いそうな素材は今この店にはないんですよ」
「なんでも、いい! 新しいの、作ってくれれば!」
「すみませんが――」
「なんで! 黙って作ってくれればいいって言ってる!」
ゴォッと本性を剥き出しにするように、溢れ出した力が店をガタガタと揺らす。ティグルは思わずシューゼルの背に隠れた。
「店を壊すつもりなら、本当にお断りしますからね?」
補強と鎮静の術を同時に放ちながら、シューゼルが強い口調でそう言った。
話の途中で店を壊されそうになって、虫の居所が悪くなってしまった。
その様子に、勢いはどこへやら、怯んだアラクネが慌てて謝罪する。
「…………すまない。だが、どうしても、新しい服が欲しいのだ。報酬はこんなものしかないが……どうか、頼む」
「わわっ! 師匠っ、これ透き通っててすごく綺麗です! 何かの鉱物でしょうか?」
「どうだろうか? これ、私達が生まれる時、入っていた繭が、固まってできたもの。時々、透明な石みたいに、固まる時がある。たまに、これ狙ってくるヤツいるから、イイモノなんだと、思う」
「へえ。貴重なものなんですね。師匠いかがですか?」
「もちろん受けますよ」
「本当か!? 助かる!」
「……と言いますか、報酬云々ではなく、先ほどそれを伝えようとしていたんですけどね」
「……え?」
「先ほど遮られましたけどそういう話をしようとしていたんです。ただ、今この店に必要な素材がないのです」
「作ってくれるなら、どんなものでも、構わないっ」
「私は、作るなら私があなたに一番合う服を作らないと気が済まないので、数日待っていてもらえるなら喜んでお受けいたします」
いかがでしょうかと尋ねれば、アラクネは考える素振りをして承諾した。
「あと、交換条件ですが」
「条件? さっきの繭玉じゃ、足りない?」
「いえ、そうではなくですね。まあ、知っていればなんですがね。“薄明のしずく”、もしくは今の時期でしたらそうですね…“長夜の結晶”。二つとも探していますが、どちらかだけでも在る場所を知っていたら御の字なので教えてください」
「?? なんだそれは?」
「“薄明のしずく”は白く美しい花が群生している場所、“長夜の結晶”は澄んだ湖がある場所に在ると言われています。噂でも構いませんので知りませんか?」
「それが何かは分からないし、名前も聞いたことはない。………が、白い花が咲き乱れるという場所ならば友人が話しているのを聞いたことがある」
ここから西に峠を5つと渓谷を2つ、大きな川を2つ渡った先のどこかに広い丘があり、そこに白い花が一面に咲いている。
やはり噂だ。話した内容は詳しい場所を示すものではなかった。地域や街の名前は分からず、何々がいくつ、という話は時に数が変わることもある。
信用度の低い内容にティグルは内心落胆するが、きっと師匠ならばそれでも…と思った。
「…そうですか。ありがとうございます。参考になりました! では早速明日にでも探しに出ようと思います」
予想に反せず思った通りの反応を示すシューゼルに、やはりと思い掛けたが、その途中で聞こえてきた台詞を反芻したところで慌てた。
「え? 師匠っ、あ、明日からですか!?」
「うん? 次の予定は何かあったかい?」
「あ、直近の依頼は今のところなかったですけど」
「じゃあ、決まりだ。ティグルが付いて来たくなければ私は一人でも構わないけれど…」
「行・き・ま・す! もちろん僕も行きますとも!?」
「フフフ、そう言ってくれると思ってたよ」
アラクネがポカンとしている間に、明日から素材探しに出掛けることが決定した。
「店主殿はなかなかに酔狂だな」
「プロ意識が高いと言ってくれたまえ」
どこか楽しげに会話をするアラクネとシューゼルに、ティグルは溜め息を一つ吐いたのだった。
*
店の入り口から帰ろうとするアラクネを引き留め、裏口から森へと帰した。
閉店作業をしているところに来店した魔族であるアラクネ。
ここは、すぐ裏に広い森が広がっている場所だ。ーーー魔族が住んでいるとされる森である。
森の周囲には魔族が街の中へ入ってこないよう強力な結界が施されているのだが、シューゼルはそこの境目に店を構えた。少しだけ結界術を弄って、魔族も店に来れるようにしたのだ。
そんな場所だから周囲には他に建物は見当たらないし、客以外の人は滅多に通らない。
そんな場所によく店を構えたなとも思う人もいるが、これはシューゼルの趣味なので仕方がない。
人間と魔族では使う素材も行程も違う。より多く、より様々なものを作りたいというシューゼルの願望を叶えるにはこれが最善だっただけ。
もちろん、人間と魔族が鉢合わせしないような術も施してある。
人間の客がいる時には魔族が、魔族がいる時には人間がこの店に近付けないよう、見えないよう。
とは言っても、それは店の開店時間のみに設定してあるので、閉店時間ギリギリに来店したアラクネと人間が出会ってしまったり、姿を見てしまう可能性もあった。
ティグルがソレに気付いたのは、帰るアラクネをシューゼルが引き留め、裏口から出るよう指示した時だった。
いつの間にか店のウィンドウには目眩ましの術が施されてあった。
アラクネが現れた時になのか、話の途中頃からなのかは分からないが、ティグル達が気付かないうちにシューゼルが魔術を発動していたのだ。
いつの間にというショックと、その手腕に感嘆したのとで複雑な感情になり、ぽかぽかとシューゼルの背を叩いた。
「なんだ? どうかしたのか?」
「いいえ! なんでもありません! 遅くなってしまいましたが夕食にしましょう!」
食事の後、明日の準備を進めた。
初めてではない旅の準備は、手際よく進められていく。
領内とはいえ街の外へと出れば防壁術などない。武装具に、武器が必要になる。
アラクネの言った場所に行くのであれば、領外へと出ることになる。調理器具、食器、テントに寝袋、念のための治療薬、ハブラシ、靴だってしっかりしたものでないとだし、水筒もいる。おやつは必需品。明日は朝からお弁当を作る予定で仕込みもすでに終えた。
広げてみると、人一人で持ち歩くには多すぎだったが、二人は気にも留めず準備を進めていった。
その日は早めに就寝すると、翌朝早朝に起きて準備を終わらせた。
「いってきます」
店の扉に“close”のプレートを提げて、そう呟くと、二人は朝靄の中を西へと出発した。
*