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透明な糸で散りばめられていくビジューをワンポイントに入れた紺色のスカートの上に、爽やかな白の生地を重ねて、それは夜空の印象から清楚な印象を与える切り替えのワンピースに変わる。
これに紺色の余り布で胸元を飾るリボンを作った。
これだけの労力を使って特別な素材を使用しても、出来たのは人間が着るような衣服だった。
あの蜘蛛の体にこのワンピースはどうなのだろう? と思わなくもないが、シューゼルが考えなしに作るなんてことはないので、ティグルは今から楽しみで仕方がなかった。
完成品をトルソーに着せて眺めるシューゼルは、一つ小さく頷いた。満足のいく出来だった時の仕草だ。
作業を一気に終わらせてしまったところで、ようやく二人は自宅に戻ろうと店の中へと入る。
辺りは夕闇が落ちており、半日以上を費やしたことが分かる。二人も旅から帰ってきてそのまま作業に入ったので、ヨレヨレである。
体力が有り余るとは言っても、やはり自宅へと帰ってくれば気が緩んでしまうのだ。
ティグルが疲れた顔で店内から外を眺めていると、チラッと顔を覗かせる影があるのを見つけた。
「師匠! アラクネさんです!」
それは上半身が人間のような姿で、下半身が大蜘蛛の魔族―――今回の依頼主であるアラクネだった。
扉を開けて話し掛けると、ここのところ毎日近くまで様子を見に来ていたが、今日はいつもは暗い工房に明かりが灯っていたので気が急いて覗きにきたのだと言う。
ティグルは時間も時間なのでまた日を改めて、と思ったが、シューゼルが彼女を招き入れた。
「また、突然来て、すまない。その、どうだったか? 見つかった?」
素材のことを言っているのだろう。曖昧な噂でしか交換条件とやらに応えることのできなかったアラクネはその結果に不安の色を浮かべる。
「ありましたよ」
「……ほ、本当? じゃ、じゃあ、私の服、作ってくれる!?」
「ええ、勿論です」
シューゼルの言葉に目を丸くし、恐る恐る言葉を続けるアラクネに、受諾の言葉を伝える。
「というか、丁度今、貴女の服が出来上がったところです。ご覧になりますか?」
続いた言葉に、アラクネの目はこぼれ落ちそうになるほど開かれた。
「見たい! 今スグ! お願い!」
「ええ、少々お待ちくださいね」
シューゼルが工房へと依頼品を取りに行くと、店内にはティグルとアラクネの二人きりになる。
アラクネは落ち着かない様子で、8つの葦が動いている。
ティグルはその様子を見ながら、微笑ましく思った。そして、謝らなければいけないことを思い出した。
「あの、アラクネさん。僕、初めて貴女を見た時に怖がってごめんなさい」
「え?」
「僕、貴女のことを見た目で判断して、驚いたり怖がったりしちゃって……本当にごめんなさい!」
「ううん、気にしてない。この姿、人間は皆、コワガル」
アラクネにとって、人間から姿を見られると悲鳴を上げられたり、腰を抜かされたり、逃げられたりすることはいつものことだった。
人間の女性がいると思って声を掛ければ、その半身は人間のものではなく、大蜘蛛なのだから。
例え魔族の存在を知っていたとしても、聞くのと見るのでは違うのだ。
自分達とは違う得体の知れない相手というものは、得てして恐怖や差別の対象となるのである。
「いいえ! そうだとしても、僕はアラクネさんにひどいことをしてしまったと感じているので、やっぱり謝らなければいけないのです!」
「……………………そう、ありがとう」
「えへへへ」
謝罪に対してお礼というのもおかしなものだけれど、二人がいいのであれば、いいのだろう。
会話が終わるタイミングを見計らったようにシューゼルがトルソーごと依頼品を持って戻ってきた。
トルソーには埃避けに布が被されていた。
期待を膨らませたアラクネが目で“見せて”と訴えてくる。
それを受けて、シューゼルが布を剥ぐと、完成した服がお目見えした。
上の白い部分は爽やかに、下の紺の部分は光の加減で美しく煌めく。
スカートの裾の一部に散りばめられた星が静謐な夜を思わせる。
そんなワンピースに目を奪われたアラクネが、思わず手を伸ばし、止まる。
「…あの、本当に、これ、私の?」
「ええ。貴女のために作らせていただいた一品ものです。どうぞ、手に取られてみてください」
アラクネは恐る恐るといった仕草で衣服へと触れる。滑らかな肌触りにふるりと反応する。
トルソーの周りをあちらにこちらにと回りながら出来映えを確認していると、着てみてほしいとシューゼルに言われ、驚く。
「丁度良いので、今実際に袖を通してみてくれませんか。調整箇所があれば対応致しますので」
トルソーから脱がせた衣服を差し出しながらそう言われ、アラクネは数秒それを見つめ固まっていたが、決心したように上半身を覆う程度のシンプルなシャツをガバリと脱いだ。
「きゃあっ」
驚いたのはティグルで、シューゼルはそっと視線を遠くへやった。人間と交流がないというのも弊害があるものである。
アラクネはワンピースを頭から被り、袖を通すと慣れないボタンに四苦八苦しながらも最後にチャックを上げてようやく、上手く着ることができた、と鼻息を荒くした。
ワンピースは肌に触れる感触がふわりと柔らかく心地良かった。
しかし、大蜘蛛の体では、その体を少しだけ隠せているような形だった。
それを見て師匠にしては珍しいこともあるようだと思いながらティグルが振り返る。
「師匠、やっぱりこのサイズじゃ足りないですよ。僕、また結晶を粉砕するの頑張りますからもう一度―――」
「えっ!?」
作り直しましょう! と続けようとしたところで、アラクネが声を上げた。
声に反応して振り向くとそこには―――。
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