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化け物の仕立て屋  作者: 暁海響
20/23

19

 快調に走る二人は最後の峠へと登っていた。

 ここを越えればあとは店のある街へと向かうだけだ。

 前を駆けるシューゼルに遅れることなく追従するティグルが突然何かを察知し、後ろを振り返り、掴んだ。

 その勢いから、ターンするようにグルンと回転してしまったが、怪我することもなく、それを手にしていた。

 シューゼルもすでに立ち止まっており、溜め息を吐いて額に手を当てた。


「なんだ、もうバレたのか」

「アイルさん、やっぱりすごいですねぇ! こんなところまで()()()なんて!」

「あいつの目は特殊だからな。だが、ここまで矢を飛ばせるのは俺らが作った弓のおかげだけどな」

「うふふ。友情の証ですもんね!」

「んなわけあるか! あいつの能力が勿体無かっただけだ」


 マクラウドが案を出し、鍛冶職のタイゼンが弓を作り、矢をより遠くに飛ばせるようシューゼルが術式を組み込んだのが、アイルの持つ大弓だ。

 それをティグルが友情の証と言うのはあながち間違ってはいないのだが、シューゼルは眉をしかめて訂正する。


 けれど飛距離を誇る弓を持ってしても、追尾の術式などは組み込んでいないため、命中地点を予測して矢を放たなければ正確に矢が当たることはない。それはアイル自身の能力であり、その能力は認めている。暗にそう口にしているシューゼルにまたティグルは笑みを隠す。


「はい、師匠。お手紙です!」

「ああ、ありがとう……………はぁ…」

「アイルさん、なんですって?」

「ん」


 アイルの返事をティグルに渡すと、シューゼルはスタスタと先へ歩き始めた。見つかってしまえば、走る必要は無くなった。


「わあっ! またすぐ会えそうですね!」


 手紙に目を通したティグルが嬉しそうに声を上げる。

 そこには、シューゼルの筆跡の横に走り書きしたアイルの筆跡があった。


『依頼の品はあれでいい。けど、()()受け取りに行くからね!』


 アイルは依頼が達成すれば、すぐに店に顔を出すに違いない。溜め息を吐くシューゼルを見ながら、こうなることが分かってて鱗を渡したのに、素直じゃないんだからとティグルはまた笑うのだった。


 それからは何事もなく帰路につく。

 何日も空けていた仕立て屋へと帰り着くと、そこには以前と変わりない佇まいが迎えてくれる。

 感慨などなく、真っ直ぐに工房へと向かうシューゼルはティグルに手伝えと声を掛ける。


 作業着に着替えた二人は、作業台の上に“薄明のしずく”と“長夜の結晶”を置き、必要な道具を揃えていく。

 裁縫なんて雑巾さえも縫えない腕前のティグルだが、魔族の衣服を作る時は別である。

 何故ならばティグルがするのは―――


「まずは“長夜の結晶”を細かく砕いてくれ。そうだな、この数ならこれくらい使えば足りるだろう」


 ―――縫う作業ではないからだ。

 ティグルは渡された腕いっぱいの“長夜の結晶”を、小型の特殊粉砕機に少しずつ入れていく。


 大きなものを小さく、小さなものをさらに細かく、細かいものをさらに粉状になるまで繰り返し粉砕する。

 途中、小さなものと細かいものをいくつか残しておくようシューゼルに指示されながら、“長夜の結晶”は姿を変えた。


 その間にシューゼルは固めていたイメージを型紙に起こす。アラクネはすでに採寸してあるため、その寸法に合わせてパーツごとに書き起こした。


「師匠、このあとはどうしますか?」

「ああ、水を加えて沸騰させる。撹拌させながら行うから、それは俺がやろう。混ざったところで生地を染める。その時にまた手伝ってくれ」

「はい! お任せください!」


 釜に水を溜め、粉になった“長夜の結晶”を入れて沸騰させるところまでを二人で行い、布の染色からはシューゼルが担当した。

 水分を吸って重くなった布をゆっくりと動かしながらムラなく染めることはなかなかに重労働だが、シューゼルは入念に染め上げる。

 汗が額を伝い目に入りそうになるのを軽く拭いながら、染める手は止めない。

 タイミングを見計らって、型紙を裁断していたティグルへと声を掛ける。


「ティグル、“薄明のしずく”をここに入れてくれ。少しずつな」

「はい、これくらいでいいですか?」

「ああ。…………もう一度………………もう一度。ありがとう」


 小瓶に分けられた“薄明のしずく”を少しずつ、少しずつ加えながら染色作業を続けた。

 十分に染色液が染み込んだのを確認して、布を引き上げて一度水で軽くゆすいだ後、媒染液へと漬け込み色を定着させる。

 通常陰干しで時間を掛けて乾燥させるが、シューゼルは風魔術を使って乾燥させた。こういった細かい魔術の調整はティグルにはまだまだ難しく、見る度に勉強になる。


 出来上がった布は紺色の生地に星屑がたくさん散りばめられているようにキラキラと光る美しいものだった。

 紺色の結晶に金色の粒が混じっていたからだろう。

 これを型紙通りに裁断し、縫製機械を使って縫い合わせていく。


 あっという間に形ができていく様と、シューゼルの集中した眼差しを惚け見るティグルの心中はドキドキワクワクが止まらない。

 縫製に入ってしまえばまだ全然役に立てない自分がもどかしくもあるが、この光景を特等席で見れるのは嫌いではない。一番の楽しみと言える。


 この後手順を覚えているかと尋ねられるのはいつものことなのだが、このような状態でもしっかりと覚えているのがティグルの器用なところだろう。

 ただそれを実践できるかと言われたら決して首を縦には振れないのもティグルの不器用なところだ。


 形が出来上がったところで、上体を起こすシューゼルだが、作業はまだ終わりではない。

 別に分けていた小さな“長夜の結晶”と用意していた他の石を手にすると、印を付けておいた場所に合わせて縫い付けていく。


 縫い糸に使うのは、“ディアファニスパイダー”という魔獣から採れたもので、この魔獣自体もそうなのだが、糸も透明なのである。

 これを討伐する時には光の屈折を利用して可視化させることで対応した。


 そして、この透明な糸を使用する今も、可視化術を使いながらビジューとなった結晶や鉱物を縫い付けている。

 透明な糸を使うことで完成時に美しく見えるし、魔獣の糸は通常のものよりも強度があるので、シューゼルのイメージするものには必要不可欠なのだ。


 余談だが、このディアファニスパイダー。

 最初は何度か討伐に向かうことで糸を調達していたのだが、使用頻度が増えてきたところで、討伐に行って帰ってくる時間が勿体無く感じたシューゼルが、番いで連れ帰り、裏の森の一角で()()()をしている。

 結界で囲んでいるため安全で、半永久的に糸を確保できるとシューゼルは満足そうに話していた。

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