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―――― 本編 ――――
見た目は年の頃10を過ぎたばかりの少年は両腕いっぱいになった買い物袋を抱え、帰路へとつく。
買い物に行った先々でおまけをしてもらったせいで、少しばかり重荷になっていたが、少年の顔はほくほくと満足気だ。
街の外れに位置する住居兼作業場兼店舗である建物に急ぎ戻れば、ぽつんと赤い瓦屋根が見えてくる。
仕立て屋の裏手にはすぐ広大な森があって、まるで仕立て屋が森を背負っているようにも見えた。
所々侵食されるように、蔦が伸びて絡まっている場所も見受けられる。
見るものが見れば、怖いと感じさせてしまうかもしれない佇まいに気にすることなく、ドアノブを回すのに苦労しながらも少年が入っていった。
カウベルがカラランと軽快な音を響かせるが、店主である少年の師匠が出てくる気配はない。
カウベルの意味があるのかな? とも思うが、入ってきたのは関係者である自分なので、出てこなくとも問題はないか、とも思う。
少年が何度カウベルを鳴らしても出てきたことは一度もないのに、時々、自分のいない間に来店した客がいた時は普通に接客しに出て来ているのが少年には不思議であったが、それも全て師匠だからな、で解決する。
店内は広くはなく、無理矢理にお店としての場所を作りましたとも言えるほどのスペースしかない。
生地や見本をいくつか並べてあるものの、これはまだ着れるような状態のものではない。ここでは注文を受けてから仕立てるのが店主の拘りであり決まりだった。
店内を通り抜けて二つある扉の一つをくぐると、住居スペースへと入った。
さらに奥には風呂場や寝室などの生活スペースもあるが、入ってすぐの場所には二人掛けの小さなテーブルと椅子が中央に置かれており、その横には調理場も見える。買い物袋をよいしょと置いて、中の食材を取り出し始めた。
「これは常温、これも常温、こっちは冷蔵で、これは冷凍…」
保存方法を食材ごとに仕分けしながらテーブルに並べていく。
「よし、じゃあ冷蔵と冷凍のものはこっちに…」
食材を持って調理場へと行くと、案外広いスペースだと分かる。その奥へと行けば、大きな扉があった。
扉を開ければ、足元にひやりとした冷気が下りてくる。
冷蔵庫というものだ。
ごく一部の裕福な家庭でも使われているものであるが、目の前の冷蔵庫は二人用にしては大きい。いや、とても大きい。中にはたくさんの食材がすでに入っていた。料理済みのものは昨日の残り物か夕飯の仕込みが済んだものだろう。調理途中のものも入っている。
それらの邪魔にならない空いたスペースへ、ぎゅうぎゅうと詰め込んでいく。
一応食材が痛まない程度にだ。
「ふぅ。とりあえずこれでオッケーかな。……あ、もうすぐ切れそうだな。あとで作り直さないと」
冷蔵庫の隅に嵌められたような石を見て、少年が呟いた。
〈魔水晶〉
古語を刻んで魔石の効果を昇華させたものだ。
一般的に出回ることもなければ、その存在を知る者は少ない。
魔石自体も珍しく高価なもので、魔水晶ともなれば、莫大な資金が必要と言われるようなものだった。そんな高価なものであるのに、その効果は永続的ではなかった。その内に溜まった魔素を消費してしまえば、ただの石ころになってしまう。
それでも綺麗な宝石としての価値ほどはあるものではあるが。
それを少年は効果が切れそうなことも新しいものが必要なことも、なんでもないことのように言ってのけた。
食材であれば、より安くて良いものを選んで買うような少年や師匠にそんな資金があるとは思えそうにないのに。
買ってきた大玉のキャベツを取り出す。少しばかり虫が食っている部分もあるが、ちょちょっと取り除けば問題はない。むしろその分うまい出来に違いない。まな板の上に置いて包丁を手にすると、手際よく半分をさらに半分にして傷んだ部分を取り除いたあと、手早く千切りにし始めた。
こんもりと千切りキャベツができたところで水にさらして置いておく。
冷蔵庫から作り置きしていたみじん切りにして炒めた玉ねぎなどの野菜を挽き肉に混ぜ込み、楕円形状にしたものを小麦粉、卵にパン粉とくぐらせ、後は揚げるだけの状態まで準備した。
そうしたところで、料理の手を休めて冷蔵庫から取り出したものを持って作業場にいるであろう師匠の元へと向かった。
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