18
―――ギルド前。
アイルと共に出た二人は、このまますぐに街を出発すると言う。
「そんな急がなくても、一杯飲んでいこうよぉ。飲みながら昔話なんてのも楽しいでしょぉ?」
「魅力的な誘いだが、依頼の途中でな。寄り道した分、さっさと戻らねばいかん」
「……師匠」
アイルからの誘いに棒読みな言葉を返すシューゼルにティグルは呆れた表情をする。
「うわぁ、ぜんっぜん魅力的なんて思ってないくせにぃ~。『さっさと』がやけに強いんですけどぉ~? てか、まあ、そんならしょーがないか。久しぶりに話せて良かったよ」
「少し前に会ったろう」
「半年くらい前は久しぶりって言うのぉ! ラウディもシュゼに会いたがってたぞ。あっちこそどんだけ会ってないのさ?」
「マクラウドに? 会ったのか」
「わあ! マクラウドさんにも会いたいです!」
マクラウドは“銀の虎”メンバーの一人である。
今は別のメンバーとパーティーを組んで、精力的に冒険者活動を行っている。その活動が目覚ましく、マクラウドの誠実な性格と実力もあって、一部では勇者なんて呼ばれている有名なパーティーだ。
本人はきっと「滅相もない!」とワタワタしてそうだと、シューゼル達は思っている。
「ちょうどお互いの依頼内容が近くだったみたいでね」
「ふうん」
「興味なさげ!」
「そのうちお前みたいにどっかでバッタリもあるだろうさ」
「そらそうかもだけどさー。タイゼンにはしょっちゅう会ってるくせにさぁ…。もっとオイラ達に会っていいと思うよ? 今回もオイラに言わずに素材売却しようとするしさぁ…」
「あいつには加工の依頼にこちらから行くからな。それは仕方がない」
そして、“タイゼン・ヴァルギィ”という男もまた“銀の虎”のメンバーだった。
今は別の街で鍛冶屋を営んでいる男で、シューゼルの服飾オタク同様に、必要な素材があれば自分で獲りにいくという装備オタクである。
シューゼルは自分のイメージする衣服に必要な装備があると感じれば、腰も軽くタイゼンの元へと飛んでいくのだ。文字通りに。
“銀の虎”は、『魔術師』のシューゼル・アドミレイル、『狩人』のアイル・トライゼン、『剣士』のマクラウド・セイム、そして『盾役』のタイゼン・ヴァルギィの4人組のSランクパーティーだった。
ちなみに本職を冒険者メインにしているのはマクラウドだけである。
シューゼルは仕立て屋、アイルは商人、タイゼンは鍛冶屋を営んでいる。
その4人と、転がり込んできたティグルを合わせた5人で一時期共に行動していた。
それぞれがそれぞれの望む未来へと進んだ今となっては楽しかった過去である。
どこまでも面白そうに笑うだけのシューゼルにアイルは、まあシューゼルらしいか、と肩をすくめる。
「なんだそんなに俺らと会えなくて寂しいってか? どれ、ハグの一つくらいしといてやるよ」
「へ? 何なにナニ、どしたの急に!?」
「あん? お前が寂しそうにしてるから、抱き締めてやっただけだ」
「急に柄にもないことしないでよぉ、驚いて鳥肌立っちゃったよ!?」
「……お前、失礼だな」
「いえ師匠、それは仕方がないと思いますよ」
「…お前までか。それじゃあ、これ以上おかしなことしないうちにお暇するさ。じゃあな、アイル」
そう言ってシューゼルはアイルに背を向け歩き出した。
「あっ、ちょっ、師匠待ってくださいよ! アイルさん、また近いうちに会いましょうね!」
「ああ、また近いうちにな。気を付けて…って二人に言うのもおかしいか。じゃあね、シュゼ、ティグルン!」
手を振るアイルを背に二人は街の出口へと向かった。
街は魔獣の襲来を少しでも防ぐため、ぐるりと塀に囲まれている。
出入りするには塀の数ヶ所に設けられている検問所にて、身分証明などが必要で、何かしらのギルドに所属している者であればそのギルドカードが身分証明になるので、割りと容易に出入りはできる。
もし、そうでなくても家紋であるとか、通行許可証、はたまたお金を払って通り抜けるのだが、ギルドカードのあるシューゼルとティグルは問題なくそこを通過した。
門を抜け、街から大分離れたところで、シューゼルが魔術を展開させた。
「よし、ティグル。急ぐぞ!」
「はい!」
快走術を使って駆ける。
常人以上のスピードで駆ける二人は息の乱れも見えなかった。
「そういえば師匠」
ティグルが、シューゼルに声を掛ける。
「うん?」
「さっき、アイルさんのポケットに何を入れてたんですか?」
「ああ、あれな。あれは、そうだな。プレゼントだ」
そう答えるシューゼルにティグルは、そうなんですね! と楽しげに返した。
もう、なんだかんだ二人は仲良しなんだから! なんて思っていることがシューゼルにバレては目玉なので、口にはしない。
*
―――一方、二人を見送ったアイルは腰に手を当て満足そうに口を緩めた。
「さて、と。オイラも依頼品を納品に行くとしますかねぇ」
と言ってもシューゼル達のようにすぐには出発しない。
こんなに早く依頼が終わるなんて考えていなかったアイルのバッグには食材が入っていないのだ。
道中狩ることもできるが、あって損はない。
一通り買い物を終えたところで、ようやく二人とは別の門へと向かった。
ここでも同様に確認が行われる。
順番を待ちながらアイルはギルドでの一連の流れを思い出す。
思い出すが、どうにも不思議で仕方がないことがある。
「う~ん……あんな大きなものギルドに渡してるところ見逃すなんて…………鈍ったのかな?」
鱗一枚が小さな盾ほどはある大きさだったのだ。しかも状態の違う2枚。
あの大きさのものを2枚カウンターで渡すところを気付かないなんて、何度思い返してもそんなタイミングがあったとは思えなかったのだ。
「次の方!」
頭を悩ませるアイルに、門番が声を掛ける。
はいはい、と前に進んだアイルが身分証代わりのギルドカードを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。
カサ。
指にギルドカードの硬質な感触とは違う触感があった。
「ん? なんだこれ?」
ギルドカードと一緒に取り出したのは、一枚の折り畳まれた紙だった。
入れた覚えのない紙に首を傾げつつ、アイルは紙を広げた。
広げた瞬間にボフンと何かが目の前を覆った。
「は? わわっ!?」
落ちる何かに驚いたが、思わず手を伸ばし受け止めた。
周囲も突然のことにざわりと騒めいた。
アイルの手にあったのは、さっき買い取ったばかりの鱗だった。
いや、それは先ほどまでの鱗とは違うものだった。
「何、これ……? この紋様にエナメル感の光沢、厚みがあるのに軽いし…これ、絶対あれより強いやつじゃん!?」
パッと見でそこまで素材を見極めたアイルは鱗が飛び出してきた紙を改めて見た。
一瞬だが、何かが書かれているのを目にしたからだ。
『一枚、参考にプレゼントだ。―――だが、お前に売ったぐらいのものが大元の依頼人にはピッタリだろう? 俺はむしろ良すぎとは思うがな』
それは見慣れたシューゼルの筆跡だった。
この鱗は、先に見せた二枚の鱗よりも遥かに状態・強度・質ともに良いもので、戦いの終わり頃に魔獣が纏っていたものである。
最も“長夜の結晶”を多く食べた後の鱗なので、強化に強化を重ねた、いわば改造の最終形態、レベルマになったものである。
手紙を読んだアイルは顔を赤らめる。
珍しく抱きついてきたのをもっと不審に思うべきだった。
あの時内ポケットにこの魔術を施した紙を忍ばされたことに今さら気付いてしまった。
そして、疑問に感じていたギルド職員への査定依頼もこの手段を取ったのだろう。
気付けなかった悔しさと、してやられたというショックで思わず笑いが込み上げる
「くっそ、シュゼ~っ!」
「あ、ちょっと! あんた!?」
検問の途中でアイルは突然、守衛が止める声を、周囲の者が驚きの声を上げる中、目の前の高い壁を器用に駆け登った。
シューゼルからの手紙にサッとペンを走らせると、鞄の横から手を突っ込み、何かをズルリと引き出した。
鞄の大きさと一致しないそれは、アイル愛用の武器、意匠の凝った大弓だ。
同時に取り出した矢に、素早く手紙を結ぶと、シューゼル達が旅立った方向に矢を番える。
この時、シューゼル達が出発してからゆうに二時間は経っている。
常人にはその姿も見えないほどに、彼らは何十キロも先を走っていた。
それでもアイルは構わず弓を構える。
今までほぼ閉じていた目を開く。
瞳の色も分からなかったアイルの光る金の目がじっと一点を見つめ、その先へと弦をグンと引く。
すると、大弓に複雑な紋様が現れ、陣が浮かび上がった。
ギリギリと音を立てていた弦が鳴りを潜めると、今か今かと待っていた矢が、ピンと張り詰めた空気を裂くように放たれる。
その矢は街の中に落ちるどころか、ものすごい速さで街を越え、伸びる街道を越え、遥か遠くへと見えなくなった。
「今回はしてやられたけど、次は負けないからな。覚悟してろよ、シュゼ!」
彼方へと宣言したアイルはその後、塀の上とはいえ、街の中で武器を使用したことをカンカンに怒っている守衛の元へと降り、しっかりと叱られたのだった。
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