17
この魔獣がもういない、その言葉にアイルの思考が一瞬彷徨う。
「………えっ!?」
どういうことかと顔に貼り付けてアイルがシューゼルを見る。
「……レアアイテムを食って変異した個体だ。それを俺らが倒してきたから、もういないんだよ。そのアイテムももう食い尽くされた」
いくつかは拾ってきたとは言わない。
あると分かれば自分で魔獣に食わせて素材を作ろうとするような人物だからだ。
単に素材の使い道が決まっているからでもあるが。
「まっ!? マジかぁ~………じゃあ、やっぱしその鱗、オイラに売って!! お願い!」
縋るアイルに、シューゼルは指を立てた。
中指―――ではなく4本の指を。
「銀貨4。鱗一枚につきな」
「………いやいやいやっ、こう、でしょ!」
シューゼルの指をアイルが二つ折る。そこから手を放せば、折った指がびょんと元に戻る。その攻防を何度か繰り返したところで、アイルが、じゃあ3! と提案してきた。
「いいや4だ。お前な、これでも格安だと思うぞ? いいのか、そんな渋ってて?」
「なんでだよ!? 4は高いって!」
「ふうん? 4で手を打っておいた方がいいと思うがなあ?」
「いやいやいや、出せて3だよ!? アーマーとシールド一式分だもん! めっっっちゃ高くなっちゃうじゃん!?」
「金払いのいい相手ならもっと取れるんじゃないのか?」
「もう提示されてる額が決まってるの分かってるだろ!」
「じゃあ、どうしても4は出せないんだな?」
「申し訳ないけど、これ以上は出せません!!」
ふうん、とシューゼルが顎を上げた。
その時、部屋の扉がノックされた。
どうぞとシューゼルが応えると入ってきたのはカウンターにいた女性職員だった。
後ろにもう一人、カートを引いて入って来た。
女性職員は三人の前に進んでくると、口を開いた。
「アドミレイル様、査定が終わりましたので、こちら一度お返し致します。お預かりした分の査定額ですが、こちらが鱗一枚につき銀貨2枚。そして、こちらが鱗一枚につき―――銀貨7枚となりました。いかがいたしますか? 総数にもよりますが、どちらも当ギルドで買い取れるだけを買い取ることが可能とギルドマスターも申しております。トライゼン様との話し合いにもよるかとは思いますが、どうぞご一考くださいませね」
そう言ってカートに乗せていた二枚の鱗を置いて職員二人は部屋を退出していった。
シューゼルはこの部屋に案内される前に、アイルの目を盗んで状態の違う鱗を二枚査定に出していた。
一枚は魔獣と遭遇した際のもの。そしてもう一枚は回復した後の魔獣の形が変化した際のもの。
アイルも普段であれば、取引相手の一挙一動に神経を巡らせているのだが、今回は旧知の者が相手だからと気が緩んでいたのか、素材をいかに安く簡単に手に入れることに考えを巡らせていたのか。
どちらにせよ、先に査定されてしまったのはアイルの商人としての失態である。
査定額が銀貨2枚となったものであれば、シューゼルの提示する銀貨4枚はぼったくりと言えるものだが、相手はアイルだ。
変化した鱗が欲しいに決まっている。鋭い形状に、強度もさらに上がっているのだから。見せていたのは勿論二枚目の鱗であったので、査定で言えば銀貨7枚の品である。
「さて、アイル。交渉を続けようか?」
「………………マジかぁ」
ニヤリと笑うシューゼルは悪巧みが成功し、勝ち誇った表情をしていた。相対するアイルは、天を仰ぎ頭を抱えていた。
結局、変化後の鱗を提示した銀貨4枚よりも1枚多い銀貨5枚で手を打つことになった。やはりなんだかんだ言いながらもまだ出せる余裕はあったらしい。
まだ上げることはできるが、シューゼルは昔の好でその金額で許すことにした。
アイルは一枚目の鱗も査定額ピッタリで半分数を買い取ることにした。
手続きが終わるとテーブルに倒れたアイルは、ここまでに一言も発さなかったティグルに目をやった。
ニコニコと満面の笑みを携えながらシューゼルの隣に座っている。
「ティグルン、なんか嬉しそうだね」
「はい! 師匠の商売が上手くいったので!」
「……ティグルン、もしかしてシュゼが査定に出してたの知ってた?」
「はい! もちろんです!」
「えーっ!? ティグルン、教えてくれたっていいのに!」
「いえ、『取引相手との駆け引きを有利に持ってくよう策を練って挑むのは商人として必要なスキルだからな、ティグルンもオイラを見て学ぶといいよ!』とアイルさんに教えられていたので、どうなるのかなと見守ることに徹していました!」
「ぎゃん! ブーメラン!」
過去の自分の言葉が今になって我が身に返ってくるとは。アイルは精神的なダメージを負った。
ティグルはシューゼルやアイル達が冒険者パーティー“銀の虎”として活動している時に、怪我して動けなくなったところをパーティー名に肖った存在である聖獣が傷付いているのを、自分達が見つけたのも何かの縁だと“銀の虎”に拾われた。
面倒を見たのはメンバーの4人全員でだが、拾ったのはシューゼルで、怪我の治療も魔術を教えたのもシューゼル。そんなだからティグルが一番懐いたのもシューゼルだった。
その後、パーティーが解散した時には当たり前の如くシューゼルについてきた。
一緒にいる間に教えられたことはティグルも覚えており、それをアイル本人に話せば精神的ダメージを与えることとなった。
その後、残った初期の鱗をギルドに売却して、この街での用事は済んだ。
*




