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「お、お父さん!?」
「アイルさんとシューゼルさんは、親子!?」
「いや、バカお前。んなわけないだろ! 親子だとしたら、さっきからずっと二人の側にいるあの子どもだろ!?」
「そ、そうだな。見てみろ、あの銀髪! 二人、そっくりじゃねえか!?」
「まさか、解散の原因はシューゼルさんの出産!?」
「バカ! なんでそうなるんだ!」
「嫁さんが出産に決まってるだろ! 家庭を持つからって危険のある冒険者を辞めたんだろうなぁ…」
「ああ、そういうことか……」
ヒクッとシューゼルの頬が引き攣る。
アイルもまた、頬が揺れていた。笑いを堪えるために。
「誰が誰の父親だって?」
「ぷくーっ……ひぃ、ひぃ。シュゼ、お前が、ティグルンの、お・と・う・さ・ん」
「てめえ」
「し、師匠は師匠ですよ!」
「……いいや、ティグル。お前だって、あの時俺のことお父さんって呼んだだろう」
「へあ? ナンノコトデスカ? ヨンデマセンヨ?」
目を座らせたシューゼルが手のひらを差し出した。
握手かと思い、手を伸ばそうとしたティグルだったが―――
『このっ! 僕が、僕がコイツを倒さないとっ、お父さんの、敵をとら、ないと!』
―――そんな自分の声が突然聞こえてきた。
握手を求めたわけではなく、シューゼルが水晶魔術で過去の映像を流していた。記録術は高度な魔術であるのに、証拠を突き詰めるだけのために使うなどとは、なんという能力の無駄遣い。
「これで言ってないとは言わせないからな? ………何度言ったら分かるんだ。俺は父親じゃないって。お前も分かってるだろう!?」
「分かってます! 血縁関係はないってことは! ……けど、皆が小さな子どもを慈しんで育ててくれる男性って言ったら、お父さんで間違いないって…ああっ、いや、何でもないです!」
“皆”とは、街の人達である。
まだシューゼルを師匠と呼ぶ前にそう教わり、そうなんだと納得して呼べば違うと一蹴され、師匠呼びに落ち着いた。それより以前はマクラウドが呼ぶように“シュゼさん”だった。
それでも、家族のいないティグルには父親への憧れとシューゼルへの情から心底ではシューゼルを父親だと思っているため、時折感情が高まると“お父さん”呼びが口を突くのだ。
そんなティグルにシューゼルが堪らず声を上げた。
「大体な、俺はまだ未婚だし、子どももいない! なんならバリバリ元気な二十代だ!」
――だ! ――だ! ――だ!(反響)
何の主張なのか。とりあえず傍観者達は生暖かく、そうなんだぁ、と頷いた。
どこか可哀想なものを見つめる視線だったが、シューゼルは間違いを訂正できたことに満足そうである。
「ちょおっと待った! さっきの映像もっかい見せてくれねえ!?」
「ええっ!?」
証拠映像を再度流せと言うアイルのまさかの裏切りにティグルはショックを受けた。
断頭台へと背中を押された気持ちになった目の前で、同じシーンが繰り返される。
客もギルド員も職員も興味津々で覗き見ようと体を斜めに構えるが、シューゼルの手元で流され、三人で囲むように見ているせいで全く見えないし、音もよく聞こえなかった。
「シュゼ! 勿論、これ今持ってんだよな!?」
再度映像を見たアイルが目を輝かせる。
「はあ? これって言われても分からねえよ」
「これ! この魔獣の素材だよ! ていうか、今出そうとしてるのこれだろ!?」
アイルが指差した魔獣は、湖の蛙鮫だった。
映像の端に見えた魔獣を目敏く見つけるのはアイルの嗅覚か執念か。
「……そうだが、これは今から査定に出すんだ」
「オイラに売ってくれ!」
「ギルドに出すからそっから買い取ったらどうだ?」
「高くなんじゃん」
「そうだな」
「シュゼちゃんのいじわるぅっ!」
「よし。今すぐギルドに売る」
「な゛ぁぁぁっ、ごめん! ごめんって!」
一向に決まらない状況にカウンターの女性職員は、もうどっちでもいいから早く私を解放して、と虚ろな目をしていた。
*
「―――で?」
一旦査定依頼は止め、話をすることにした二人はギルドの一室にあるソファに向かい合って座っていた。
高ランク冒険者の二人があの場で話していては、職員も仕事にならないし、食事や酒の注文も滞る。ようするに迷惑なため、ギルド内にある部屋の一つを貸し出してもらうことになった。
ちょっとお前ら仕事の邪魔だからあっちで話してくれないか? である。
ソファに腰掛けるなり、鱗を取り出し、アイルに手渡した。
手に取ったアイルが素材を入念に確認すると、綺麗だな、と溢す。
それを見計らってシューゼルが端的に、どうするのか? と話を進めてきた。
話が早くて助かると、アイルは懐に入れていた一枚の紙―――依頼書を取り出し話し始める。
「取引先の工房に、ある冒険者パーティーからタンク役の装備を強化したいって依頼があったんだ。今の装備よりも壊れにくくて、防御力が高くて、攻撃に転じれるようなのがいいんだとさ。防御と攻撃を同時にしたいなんてワガママだよね。それなら自分で素材集めればいいのに。依頼だけ出してあとはそっちの仕事だろ? なんて奴の手助けはしたくないんだけど…」
「金払いがいいわけだ」
「ご名答!」
手にした依頼書をざっと確認したシューゼルが言い当てる。ちなみにその依頼書には金額は書いていなかった。依頼自体跨いだものになるため、冒険者パーティーは工房と、工房はアイルと別の契約を結んでいるため、金額は臥せられているのだろう。
おそらく契約書自体には詳細が書かれているのだろうが、アイルがそれを人に見せることはない。
ただ、依頼書を見ると冒険者パーティーのリーダーだろう人物の名前がフルネームで書かれているのだ。確か伯爵位の中にその名前を見たことがある。
派手に金を遣うと噂のある家だったはずだ。
「パーティーリーダーが貴族の子息らしくて、金に物を言わせてやりたい放題やってるらしい。相手が貴族なものだから、工房主もどうにもできないって泣きつかれたのさ」
「それでこの鱗に目を付けたと」
返事の替わりににぃっこりと笑うアイル。
「さっきの映像を見た限り、元の姿になったティグルンも鱗を剥がしてから攻撃してたでしょ? 魔術も使ってるし、おそらく武器でも攻撃してるはずだよね? それなのに、傷がほとんどないんだ! 多少魔術にも物理にも耐性があって、見た目もごついし攻撃にも使えそう。これなら要望の装備にはピッタリだ! 売るのがどうしても駄目なら、場所を教えてもらえれば自分で狩りに行くよ!」
鱗は一枚でラウンドシールドくらいの大きさがある。一枚でラウンドシールド大の盾が一枚出来上がるし、何枚か使えばタンクの使用する大盾も出来る。十数枚を加工すればアーマーだって容易に出来るだろう。
可能性が広がる素材を手に入れるためならば、労力も厭わない。
腐ってもSランク冒険者である。買った方が楽だが場所さえ分かれば自分で素材を集めることができると息巻いた。が、それにティグルがおずおずと衝撃の事実を口にする。
「ア、アイルさん……」
「ん?」
「その魔獣…もういないんです」




