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森から東に大きな川を2つ渡り、渓谷を2つ、峠を4つ越えた先の平地にその街はある。
山一つ越えた先にアドミレイル家が治める領地があるが、こちらはどこの管轄地でもない土地だった。
強いて言えば、狩人や家具職人、商人などの集まる“ギルド”が統轄している土地である。
その中心にあるのは各ギルドマスター達が集まり大きくなった都市〈オルガノーノ〉だ。
その中の一つである冒険者ギルドは今日も依頼を受けるギルド員や依頼をする人達で賑わっている。
依頼が完了した冒険者の中には成功を祝って昼間から乾杯している者達の姿もある。
そんなテーブルの一つに一人煙草を燻らせる人物がいた。一人で酒を煽るでもなく座るその人物は何か書類の束を持ってにらめっこするように眉をしかめていた。
男の周りには興味深そうに眺める者も少なからずいた。
その視線を気にすることなく、男はくすんではいるが赤色とも言えるその髪をガシガシと掻きながら煙を吐き出した。
そこへ、外から騒がしい声が聞こえてきた。
男はそちらへと視線をずらす。仕事中のギルド職員の何人かもそちらへと視線を送った。
「だから師匠止めときましょうって!」
「なんでだよ! 不要な在庫抱えるよりか、売っぱらってしまった方がいいだろう!? この間はお前だって素材売ることには納得してたぞ!」
「売るのには賛成です! 賛成ですよ!」
「じゃあいいじゃねえか!」
「賛成ですけど、ここじゃなくて、アイルさんに連絡して買い取りに来てもらったらいいじゃないですかってことですよ!」
ぎゃあぎゃあと言い合う声が近付いてきたかと思えば、バタンと音を立ててギルド内に入ってきた二人に自然と注目が集まる。言い合いは中に入ってきても止まらない。
その様子に男は驚くが、すぐに口角を上げて煙草を灰皿へと押し付けた。
「バカやろう! アイツの名前を不用意に出すな! どこで聞いてるか分からねえくらい、神出鬼没過ぎんだから!」
「じゃあ、何度でも呼びます! アイルさん、アイルさんアイルさっ……もがもが」
「止めろって! 別に俺は好き好んでアイツに会いたいわけじゃねえんだから!」
「あんれれすふぁ!」
「いつまでもあの守銭奴に素材売ってやんなくたっていいんだよ! ったく、会えばうるさいだけなんだから回避できるもんなら回避した方が―――」
「呼んだぁ~?」
「―――ぎゃあぁぁっ!?」
「あ!」
シューゼルの肩に顎を乗せてきた人物の声を聞いて、とことん驚いたシューゼルは、その身長差では隠れることのできないティグルの背に逃げ込んだ。
ティグルはその声の主を見て声を上げた。
「アイルさ~ん!」
「アイル! てめえなんでここにいやがる!?」
今話題に上がっていた人物が現れて二人は相反した表情でその名を呼ぶ。
〈アイル〉と呼ばれた男は体格的にはシューゼルと変わらないくらいだが、くすんだ赤の髪は短く刈られ、動きやすさ重視の清潔そうな身なりに、大きな荷物を背負っていた。
そして、その顔は人の良さそうな、糸目だった。
「なんでって、商売に決まってるじゃなぁい? てか、オイラのが先にここにいたんだからねぇ? 後から来てオイラの名前を呼んだのは、そっち! 呼ばれたなら参上してあげないとじゃぁん?」
「呼んでないし、参上しなくていい! なんならそのまま他人のふりしときゃあいいんだよ!」
「アイルさん! お久しぶりです!」
「うん。久しぶり、ティグルン」
「おい、無視すんな!」
「今、無視しろって言ったばっかじゃぁん。シュゼってばほんとワガママ~」
「このっ……」
握られた拳は振るわれることなく、震えていただけだった。高い高いをされるティグルは会えて本当に嬉しいのだろう。
気が削がれたシューゼルは一人カウンターへと向かった。
ちょうど受付の終わった人と入れ替わるように窓口へと進むと、職員の女性が笑顔で対応する。
ここ最近では見かけない顔に、職員は何の用かを尋ねて来る。
「こんにちは! 今日はどういったご用件でしょうか? ギルドに登録済みの冒険者の方ですか?」
「ああ、冒険者だ。今日は素材を売却に来た。査定を頼んでいいか?」
「あ、はい。ありがとうございます! では、手続きを致しますのでカードの提出をお願いします!」
素材の確認をする前に身分証の確認と査定の依頼書を書くという手続きが必要になる。
差し出したギルドカードを職員は笑顔で受け取った。
「ちょっとちょっと! シュゼさぁん!? 素材売却って、オイラには売ってくれないのお!?」
「なんでお前に売らなきゃなんねんだよ。そんな約束はしてないだろ?」
「約束はしてないけどさぁ。オイラとシュゼの仲じゃぁん!?」
「そんな深い仲は今までもこれからも、ない!」
「うそぉん!? 今までもって、オイラ達の青春は!? 共に戦った日々は!?」
「知らん!」
「ひどい! てか相変わらずなんで領内と外ではそんなに口調が変わるのさ?」
「誰のせいだ誰の! 俺の口調が丁寧過ぎるのは周りから舐められるからっつって煩く言ってきたのはお前らだろうが!」
「まぁじでぇ? 律儀に守ってくれてんだねぇ~、お兄さん感激しちゃう!」
「誰がお兄さんだ。気持ち悪いわ! もう癖みたいなもんだ!」
ティグルは二人のやり取りを聞きながら、この教えのせいでシューゼルが外に出た際、愛想を振り撒くということをしなくなったため、ティグルが街の人達に心配されることとなっていることは黙っておくことにした。
二人のやり取りに周囲は物音で会話を遮らないようにと身動きせずに聞き耳を立てていた。そこへ、カウンター内から驚きの声が上がる。
「えっ!? シューゼル・アドミレイル!?」
ギルド内に響いた職員の声に、聞き耳を立てていた全員がギョッとした。
シンとした中に響いた声に驚いたからではない。聞こえてきた名前に驚いたのだ。
「……シューゼル・アドミレイルだって? あの!?」
「まさかこんなところにいるわけが」
「そうは言っても、すでにあのアイル・トライゼンがいるんだぞ!?」
「まさか、そんな。こんな場所でSランク冒険者二人に出会えるなんて!?」
「うおおおおっ、マジかあっ!? シューゼルとアイルって言やあ、伝説のパーティー〈銀の虎〉の二人じゃねえか!?」
「それってあれだろ!? 今一番熱いパーティー“青の聖剣”のリーダー“マクラウド・セイム”が昔入っていたパーティーだよな!?」
「ああ、確か4人組のパーティーで4人が4人とも相当な実力者で結成から僅か一年余りで上位ランクに昇ったって話だ。そして揃いも揃って単独でSランクの称号を獲得したって話だが…」
「彼らは突然パーティーを解散したんだよな」
「ああ。原因は色々憶測が立てられてるが真実は分からねえままなんだ…」
「その内の二人がこの場に居合わせるなんて……」
声が小さくなったかと思えば、ゴクリと喉を鳴らす音が重なる。
既に身バレしていたアイルはシューゼル達が来る前から遠巻きに見られていたのだ。
アイドルを見つけたファンのようにチラチラと。
そんなファン達にアイルがファンサをする。
「どぉもどぉも~」
「「「ふおおおおおっ!」」」
「俺に手を振ってくれたぞ!?」
「いいや、俺だ!」
「私にしてくれたに決まってるじゃない!」
「……本当にお前といると煩くて敵わないな」
「これはオイラだけのせいではないでしょぉ」
ヒラヒラと手を振るアイルと沸き立つ周囲をよそに、シューゼルは受付に、いいから早く手続きをしてくれと言う。
自分の出した声によって、騒然としてしまった状況に申し訳なさそうに手続きを素早く済ませようとする職員だったが、アイルが横から待ったをかけた。
高ランク二人に板挟みになった職員は目を白黒させる。
「だから、素材ならまずオイラに見せてってば!」
「必要ない」
「そんなこと言わないでよぉ。ね~、お父さん」
再度ギルドが揺れた。
「「「お父さん!?」」」




