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シューゼルが《魔力付与》した大鉈を構え、ティグルが駆ける。
「《鱗削剥》!」
「《氷柱石》!」
シューゼルが鱗を剥いで、ティグルが氷柱状の石で追撃を何度も繰り返す。
魔獣も抵抗するも、その攻撃はもう掠ることもない。
回復手段を絶たれた魔獣は次第に勢いが衰えてきた。露になったその背にティグルが降り立つ。
鱗の防御も失った魔獣の肌に触れたティグルが、その肉球を媒体に振動を起こす。
「《烈震》!」
大きな振動が体を一瞬にして駆け巡る。体のあちこちから血を噴き出す魔獣から、ティグルはサッと離れた。
倒れていく魔獣が白目を向く瞬間に見たのは、パリパリと乾いた音を放つ光を投げ打つシューゼルだった。
「止めだ。《天雷》!!」
轟音が響き、魔獣と共に厚い氷にヒビが走る。
あまりの音に、数キロ圏内の動物達が飛び立ち、隠れ、逃げる。
反響が弱まり、隠れた動物がソロリと顔を出そうと動いた時、次の轟音が響き、慌てて身を丸め直すことになった。
ヒビの入った氷が砕け水面が大きく波立った音だ。
「「…………………」」
「……師匠」
「…なんだ」
「びしょ濡れです」
「お前は湖ん中、一回入ったろうが。むしろ俺のがびしょ濡れだ」
「せっかく乾いてきてたのに」
「生乾きさせると臭くなるぞ?」
「ムキィッ、僕の毛を夏の師匠の服みたいに言わないでくださいよ!」
「は!? なんだ俺の服みたいって! お前の服もあるだろうが!」
「僕の服は一番に干してるのでそんなことにはなりません!」
「はあっ!? おま、そんなことしてたのか!?」
「家事をする者の特権ですぅ!」
「お前が小さい時はまだ愛らしさがあったものの、図体ばっかでかくなりやがって! なんだその体は! 人間の姿の時は子どものくせに、なんで虎の姿になるとそんなでかくなるんだ!? しかも声が低い! ありえん! 可愛さをどこへ置いてきたんだ!?」
「僕はこの姿でも可愛いですよ! 愛猫家には人気ですからね!」
「お前が言う愛猫家はうちの兄貴達だろうが!」
「ええ、そうですけども、何か!?」
「はあん!?」
「「はぁっ、はぁっ、はぁっ………………ふっ」」
ただの言い合いで肩を上下させる二人は、同時に笑った。
「元気いっぱいじゃねぇか」
「師匠こそ元気すぎますね」
銀虎の姿から人型へと戻ったティグルにシューゼルは新しい服を投げる。
ティグルの服は特製の物で、本来ならば銀虎の姿に変われば消え、人型に変われば現れるような仕様になっているのだが、着ていることには変わりないため、怪我をすればそこが破れる。今回は舌の酸や鱗を浴びすぎたため、ボロボロに変わり果てていた。
ありがとうございますと受け取ったティグルが着替えている間、シューゼルは濡れたついでだと湖に潜り魔獣の生死を確認しに飛び込んだ。
視界をクリアにし、暗くなった水中を照らし、息継ぎの必要がないように魔術を掛けたシューゼルが魔獣が絶命していることを確認する。
その死体を回収すると、チカチカと光が目に入った。
見れば残り少なくなった目的の品―――“長夜の結晶”が存在を示すように光り輝いていた。
ちょうど月が出始め湖に姿を映し始めたところだった。
“長夜の結晶”は、今の時期のように夜が長いこと、澄んだ綺麗な湖があること、月の光が存分に降り注ぐことが条件で出来るため、おそらくこの湖にあったものは長い年月を掛けてあれだけの量できたのだろう。
朝の光が差し込む場所に白く美しい花が咲いてあることが条件の“薄明のしずく”とは稀少性が違う。
結晶をいくつか残していたところで、花のように再生するわけでもない。
シューゼルは少なくなった結晶を全て回収することにした。
湖から上がってきたシューゼルは、ピタリと貼り付いた衣服に体のラインが浮かび、均整の取れた体つきをしていることが分かる。ポタポタと雫を落とす髪は艶のある顔立ちを引き立たせている。掻き上げる仕草は男らしさをそことなく感じさせる。
この姿を見せればどんな女でもイチコロなのに。
ああ、本当に勿体ない。
などと頬杖をついて眺めるティグルは、空腹に耐えていた。
気が緩んだら、動いた分、怪我した分が一気に押し寄せて来たのだ。
キュルルと鳴る可愛らしい腹の音とは対照的に、これ以上腹を空かせてなるものかと横になるティグルは可愛くなかった。
「結晶も回収してきたぞ……と。限界のようだな」
「はひ。もう無理みたいれす…」
「仕方がない。今日は俺が作ろう」
「ししょーは神様ですか?」
「シューゼル様だな」
「おししょーさまぁ!」
「おい」
さっきの蛙鮫でいいか、と調理を開始したシューゼルの腕前は貴族であるのに、包丁さばきも、手際も良く、味付けも完璧だった。
多少魔術も使いながらではあるが。
できあがった蛙鮫の塩焼きと根菜のスープをティグルはあっという間に食べ終えた。蛙鮫は弾力はあるが鳥肉に近い食感でなかなか食べれるものだった。
満腹になったティグルが仰向けに寝転がる。
「食べてすぐ寝ると牛になるぞ?」
「もー、虎ですってばぁ」
「ほら、鳴き声がすでに牛だ」
「もー! あ…」
シューゼルは面白げに笑い、同じことを繰り返してしまったティグルはバツが悪く、口を尖らせた。
その視線の先で月が煌々と輝く。
「師匠、“長夜の結晶”はもうできないんでしょうか?」
残り少なくなった結晶を全部回収してきたと聞いたティグルが、抱いていた疑問を投げ掛けた。
一拍を置いて、シューゼルは答えた。
「できないことはない。ただ、あれだけの量ができるには長い…長い時間が掛かるだろうな」
「…そう、ですか」
自然の影響を受けてできる不可思議なものは、簡単にできるものではないとティグルも分かっている。分かっているからこそ、自分達のせいで無くなってしまったのではないかと苛む気持ちを抑えられなかった。
「まあ、この森は条件が揃う場所だからな、いずれは元通りになるさ。それに、俺達がここに来なかったとしても、いずれはきっとアイツが根こそぎ食べちまってたと思うぞ? それが無くなれば今度はこの森に住む動物達に手を付ける。なら、俺達が来たことでそいつらを助けることができたと思えばいい」
詭弁であり、予想に過ぎないが、動物の死骸はすでに山とあった。
となれば、遅かれ早かれ食い尽くされる可能性は無きにしもあらずだ。
知能の低い魔獣だからこそ、本能のままに赴く。
夜に活動的になるウサギが近くで跳ねるのを眺めて、ティグルはこれで良かったのか、と納得した。納得させた。
「それに、こういったものは一ヶ所に限らないものだ。同じ条件の場所がきっと他にもある。でないと、俺も困る! なんなら、他の場所を確認してから帰るか?」
「いえ、大丈夫です! アラクネさんも待ってることですし、早く帰りましょう!」
シューゼルのこの申し出に、ティグルは慌てて首を横に振った。
いくら無くなったものを嘆いていても、立て続けにこんな疲れる思いをするのは勘弁してほしかった。
「ああ、帰るか」
一瞬だけ、残念そうな顔をしたシューゼルだが、ティグルを慰めるという目的を果たしたと考え、賛同した。
「明日の朝、この森を出よう。ただ、直帰はしない。一ヶ所寄ってから、帰るぞ」
「いいですけど、どこにですか?」
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