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攻撃を受け止めた体勢で飛ばされていたシューゼルは、かなり遠くへ飛ばされていた。
森の中へと落ちたシューゼルは、大小の枝や幹に何度も当たりながら、最終的に大岩へと当たり止まった。
脱力した体は動かない。
深傷を負っているのか、気を失っているのか。
飛んできたシューゼルに驚いて羽ばたいていた鳥達が戻り、枝から様子を窺っている。
閉じた唇が僅かに開いた。
「…………ふ」
息が漏れるような音が聞こえた。鳥達が首を傾げて反応する。
「ふ、ふ、ふ…ふふふふふふ」
めり込んだ岩から体を引き剥がして起き上がったシューゼルはニマリと弧を描く。
殴られた衝撃は緩和するのが遅れたが、途中当たった色々なものなら緩和してある。もちろん大岩に当たった衝撃もほぼゼロだ。
ただ、ここまで吹き飛ばされてしまったことに屈辱と怒りが沸いてきて、笑いが溢れた。
様子を見ていた鳥や獣達がその不穏な気配を感じて慌て狂うように離れていく。
獰猛な笑みを携えたシューゼルは、目を瞑り精神を落ち着かせると、いつもの余裕綽々な表情へと変えた。
「随分と飛ばされたな。…早く戻ってやらないとあのバカ元に戻ってやがる」
〈銀虎〉
この国に存在する聖獣と呼ばれる存在の一つ。
ティグルはその幼体であり、人間ではない。
本来であれば、奉られるような存在であり人間と接することのない聖獣であるが、ティグルは“訳アリ”でシューゼルと共に師弟として暮らしている。
その生態は清く、強く、美しい。成体にもなれば傷付けられることも滅多になくなるが、幼体ならば治癒が早いという程度である。
「はぁ…また一から鍛え直しか? 油断するなとあれほど…まぁ、今回は俺も人のこと言えないか……。とりあえず、それはさておきやっぱり一発は殴ってやらないと。―――《飛翔》」
回復術を掛け終えると、フワリと体を浮かせ、湖を目指して飛んだ。
長く伸びた舌がティグルを捕まえようと螺旋を描く。
宙を駆け、掠りながらもすり抜けたティグルは魔獣の体目掛けて突進する。
低い唸り声を上げて、逆立った鱗を骨付き肉を噛み千切るようにバリッと剥ぎ走る。
「《氷柱石》!」
すかさず鍾乳石のような氷柱状の石で攻撃すると、ブスリと難なく突き刺さる。
魔獣は痛みに耐えるように縮こまったが、それは鱗を発射するための圧縮に過ぎなかった。
魔獣の鱗が全方位に発射される。
ティグルは全ては防ぐことができずに無数の鱗が体に突き刺さる。
片や氷柱石だらけ、片や鱗だらけといった体だ。肩で息をしながらも、ティグルは倒れない。
怒りで興奮し、限界を見極められていないかのようだ。
銀の毛並みが赤く染まっているのが嫌でも分かる。
「このっ! 僕が、僕がコイツを倒さないとっ、お父さんの、仇をとら、ないと!」
血を滴らせながら、術を構築し始める。
瞬間、空がパリッと乾いた音を響かせる。
「―――《避雷針》」
「はえ?」
まだ自分は魔術を放っていないのに、魔獣に雷が落ちた。
そもそも、雷術は使えないティグルはこんな状況なのに間の抜けた声が漏れた。
魔獣は雷に打たれて沈んでいった。
茫然としているティグルに、鋭い蹴りが飛んできた。
「ふぎゃっ!?」
そのまま勢いでボチャンと湖に落ちていった。
「あ、しまった。殴るつもりが蹴っちまった」
ようやく戻ってきたシューゼルは思っていた以上の状況に、つい感情的になってしまったと反省をする。
下では浮いてきたティグルが慌てたように呼吸をしているところだった。
「ゲホッ、師匠っ! 何するんですか!?」
「あん? 痛みは無くなったろうが」
「へ? あれ? あ、ほんとだ! し、師匠…っ」
感動に胸を打つティグルだったが、いや、待てよと考えを改める。
「あ! でも蹴ることないんじゃ!?」
「お前が我を忘れてるのが悪い!」
「理不尽!!」
ショックを受けるティグルだが、シューゼルだってティグルにもっと言ってやりたいのを我慢している。
ティグルが自分のせいでシューゼルがという後悔と、一人で何とかしなければという自責の念に囚われ、無茶をするのは目に見えていた。
けれどもしかし、無茶をし過ぎていたことは看過できないのだ。
なんだ、その血塗れボロボロの有り様は! 無茶と無謀を履き違えてるんじゃないのか! 師匠の仇っつったな! カタキ!? 俺が死んだってか!? 俺が死んだと思ったんだな!? よおし、その考えに行き着いた理由を問い質してやる! こんな奴に俺がやられたと思える程弱いと考えてたっつーことだよな! なんだあの「満身創痍な状態でもまだやれます」みたいな大馬鹿野郎は!? どこの馬鹿だ! うちの馬鹿だな! っとに、帰ったら覚悟しとけよ!
ということをグッと堪えていた。
ティグルは原因不明の寒気に毛が逆立った。
「まだ動けるな?」
「はい! まだやれます!」
湖に落ちて血も洗い流されたティグルが横に並ぶ。
思った通りの答えが返ってきてシューゼルは喉を鳴らす。
「まぁた回復してきやがったな。ふん、まずは回復できねえようにしてやんねえとな?」
「はい!」
シューゼルとティグルは打ち合わせもなく二手に分かれる。
《英雄王》を掛けられた銀虎が浮かび上がってきた魔獣の腹へと潜り込んだ。
「(ふぬぅぅぅぅぅっ!!)」
水中でティグルは背に魔獣を乗せるようにして力を込めた。
周りでは風が巻き、次第に大きな渦を作る。
空中でも、シューゼルが大きな魔術のために集中する。
「美しき銀の乙女、白銀の衣纏いて、我が前に舞い降りらん」
辺りはピンと張り詰めた空気を纏い、冷気が漂う。ヒラリと一つ結晶が舞う。
カッと目を見開くと、結晶が辺り一面を覆い尽くした。
タイミングを合わせたように、ティグルが魔術を発動させ、水上へと飛び出してきた。
「《荒乱風》!!」
いくつもの風の渦が巨大となった魔獣を空高くへと持ち上げた。
乱気流に飛ばされた魔獣が空中に浮かぶシューゼルに気付いて踠き手を伸ばすが僅かに届かない。空を掻くような仕草でさらに上空へと飛ばされていく。
間近に迫ったその腕に目もくれずシューゼルも魔術を発動させる。
「その力を以て覆い尽くさん、―――《氷雪姫》」
辺りに浮いた雪の結晶が荒れ狂い湖へと降り注ぐ。まるで雪崩のように湖を覆い尽くした。魔術の残滓が消えると、そこには―――厚い氷に覆われた湖があった。
その光景に満足したシューゼルの横を魔獣が劈くような吠声と共に氷上へと落ちていく。
錐揉み状態で氷上に叩き付けられた魔獣は相当なダメージを負ったが、湖にはヒビも入っていなかった。
同じ氷魔術の中でも、触手の魔獣を凍らせた《凍結氷河》が、部分的であるものの芯まで凍らせることのできる上位魔術ならば、《氷雪姫》は広い範囲で凍らせることのできる究極魔術である。
その様子はまるで意思を持った雪の女王のようにも見えると見た者は言う。
「よし、これで条件は同じだな!」
手を打つシューゼルだが、回復手段がある点で言えば、同じではないのが正しい。
いつもであれば訂正するティグルも先ほど苦戦した案件なので、触れない。むしろ存分にやってやる! と鼻息が荒い。




