11
折り返し地点です。
残り半分ですが、宜しくお願いします。
後ろ足は跳躍力を感じさせるもの、前足は剛腕のように筋骨粒々でどちらも水掻きが見える。大きな口は鋭い牙が見え、ダラリと溢れ落ちているのは長い舌だった。その背中には尖った背びれのようなものが一列に並んでいた。
「なんてアンバランスな“魚”なんだ」
「ギィイィィ!!」
魚かどうかも怪しい、蛙と鮫を足したようなおかしな生き物を見て、シューゼルが呆れた声を上げた。
言葉が分かっているのかいないのか、まるで言葉に反応したように怒りを見せる。睨みを利かせてきた魔獣の目は白黒が反転している上に赤く揺れる瞳だった。
魔獣は元よりどれもが異形の姿をしているものだが、赤目の魔獣はさらに力が強く、中には異能を持つ異常種と呼ばれるものもあった。
結界術を持っている点を考えれば、これは異常種への進化を遂げている。
元々力を持っている個体だったのかは分からないが、今目の前にいるものがそうなのは確かであった。
「多少力はあるようだが結界を破壊されたことに気付くのがこれだけ遅かったんだ。知能はやはりそこらの魔獣どもと変わらない」
「ギィィイッ!」
「もうっ! 師匠、煽らないでください!」
「煽られてるなんざ分かってないさ」
突っ込んできた魔獣を避け非難を投げてくるティグルに、シューゼルは飄々と全身強化術である《英雄王》を掛ける。
すぐさま魔獣の頭上へと飛んだティグルが準備していた斧をその頭に振り下ろした。
それは反応としては早い反撃だった。
魔獣も避ける反応も防ぐ反応もできなかった。ように見えた。しかし斧が当たる直前、魔獣の肌が波立つ。
開いていた窓を一斉に閉めるかのように、パタパタと肌が閉じていく。
それは一枚一枚が硬質なもので、ピタリと閉じるとアルマジロの鎧のように頑強なものに変わる。
ガインという音を立てて斧は弾かれた。
反動でくるりと回転しながら着地したティグルは再度アタックする。
シューゼルも属性魔術で相手の弱点を探る。
蛙と鮫に似た形からして水属性の魔獣だが、思い込みでは攻略できない。炎も水もどんどん試していく。
二人で攻撃を繰り返し、相手のパターンを読み解いていく。
「物理も魔術も跳ね返すほどの防御力を持っているようだが、防御と攻撃を同時にできないタイプだな。物理攻撃が強いほど、あの鱗も頑強になる。案の定炎の効果はなく、水は多少吸収される。風も通らなければあまり意味はない、か」
「攻撃を続けておけば僕らも反撃を受けませんが、このままだとジリ貧ですよぉっ」
「そうだな。どちらが先に根を上げるか…」
「むぅりですぅっ! そんなに長く続けられませんって!」
「お前ならいける!」
「嫌ですよぅっ!?」
「じゃあ、こうするしかないか」
魔術を放つのを止めたシューゼルに合わせてティグルも一旦攻撃の手を止めた。
それを隙と見たのか、魔獣が防御を解いてシューゼルへと飛び込んで来た。見た目を裏切らないその脚力にティグルが小さく驚きの声を上げる。
「まずはそれからだな。《鱗削剥》!」
交錯したシューゼルの手には刃渡りが身長程もある大鉈が握られていた。
すれ違いざまに振り下ろした大鉈は、魔獣の側面をべらりと剥いだ。今までが嘘のように、簡単に剥がれた鱗に魔獣が悲鳴を上げるが、そこへ追撃が降ってきた。
「そぉ~れっ!!」
「ッッギイイイイイイイイィ!?」
ティグルの手にはいつの間にか斧から片面が尖った大きな鉄槌へと持ち換えられていた。
皮膚ごと剥がれたその傷に、体重と遠心力を乗せた鉄槌が振り下ろされる。
尖った鉄槌が見事に傷を抉る。
シューゼルが鱗を剥ぎ、ティグルがそこを抉り続ける。魔獣の鱗は再生するようで、二手三手攻撃を繰り返しているうちに綺麗に元に戻っていく。
ただ、再生にも力を使うようで、防御することもできずに一方的にやられるばかりだった。
腕を振るい、自慢の脚力で逃げようとも追ってくる二人に魔獣は辟易した様子を見せ始める。
「意外と簡単に剥げたな」
「いや、だって、師匠。それ、ドラゴンの鱗剥ぎ用の武器じゃないですか…」
「ドラゴンはこれで鱗しか剥げないんだがな」
「ドラゴンの鱗を剥ぐなんてこともあんまりできないと思いますけど…」
「意外といるもんだと思うぞ? っと!?」
さらに大鉈を横薙ぎに入れた時、何かに弾かれた感触があった。
「ちっ、もう気付いたか」
攻撃を防いだのは魔獣の能力である結界だった。
今まで辺り一帯に結界を張った状態で動き回っていたのだから、結界を張りながら戦えばこんなにもボロボロにならずに済んだのだ。
魔獣の知能は高くはない。稀に高いものもいるが、それは本当に僅かで多少力が付いたところでは関係がない。
そう思って魔獣が気付く前にケリをつけたかったシューゼルだが、思わぬ鱗の回復に少し手間取ってしまった。
舌打ちをしつつ、次の手へと移行する。
あの結界は先程打ち消したばかりのものと同じものだ。あちらの魔力とこちらの魔力の波長を合わせ共振させることで揺らし、結界を維持できない状態にした。
集中して波長を合わせたことでこの魔獣の作る結界の波長は既に把握している。今度はそれを簡易的に攻撃に応用させてもらうことにする。
「疲れるから、あんまりやりたくなかったんだけどな。《魔力付与》」
シューゼルとティグルの武器がぽうっと淡く光る。
結界を構築する魔獣にティグルが鉄槌を振るう。結界に阻まれると思った瞬間、光る鉄槌が結界を砕く。
結界が消えたところにシューゼルが突っ込み鮫肌を削る。
痛みに耐えながら結界を再構築する魔獣だったが、今度はシューゼルが結界を壊し、ティグルが剥がれた肌へと鉄槌を打ち込み抉る。
そして今度はティグルが結界を。
入れ替わり立ち替わり結界破壊と攻撃を繰り返す。
もちろん魔獣も反撃を試みる。
腕を足を舌をがむしゃらとも言える攻撃だったが、二人は上手く引き剥がされてしまった。
「くっ、これだから魔獣は…」
「あ、でも大分弱くなってるみたいですよ! 回復がさっきより遅くなってます!」
「あともう少しみたいだな」
突然予想とは違う動きをする魔獣に嘆息するシューゼルだが、魔獣の傷の治りが遅くなっているとティグルが言うと追撃の手を進める。
「捧げるは彼の四肢。彼の臓物。彼の命。戦いの神よ、死の神よ、その力を我が前に示せ。《覇弓》!」
シューゼルの手に漆黒のロングボウが現れる。弓を構えれば三本の矢がつがえられる。
「…三本か。やっぱり図体がでかいだけだな。《魔力付与》………フッ!」
弦を弾けば三本の矢がそれぞれの軌道を描いて結界を壊し、威力を落とすことなく鱗のない目や治りきっていない部分(腕や腹)へと当たり突き抜けた。
雄叫びを上げながら、ガクンと地に着く魔獣に止めとばかりにティグルが鉄槌を打ち込んだ。
地響きを立てながらとうとう倒れた魔獣に、ティグルが満面の笑みで両手を挙げて走り寄ってくる。
「師匠! 師匠! 師匠! やりましたね!!」
「わかった、分かったから。飛び付くな」
「えへへへ。やっぱり師匠はスゴイです! ねねね、師匠! あの鱗、どうしますか!? 回復する度に剥いだから結構な量になりましたよ!?」
「ん? ああ。なんか防具とかには使えるだろう。帰りに売り捌いて行くか」
「師匠はいらないんですか?」
「少しだけ取っておいて、あとはいらん」
「うふふ、いい収入になりそうですねえ!」
「まあ、それはどうでもいいが。それより、本当にちゃんと確認はしたんだろうな?」
「え? あ!」
ティグルが声を上げると同時。
水の中に何か大きなものが落ちたような音が背後から聞こえてきた。




