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一際大きく背の高い木の枝を器用に上る。
幅のある距離を飛び移り、時に高低差のある枝では逆上がりの要領で。
テンポよくてっぺんへと辿り着くと枝葉の間からピョコッと顔を突き出した。
「うーん………見つからないなぁ」
遠見で四方を見渡すが、湖があるような空間は見当たらない。
あれから川や池というものは見つかったものの、それらしい魔力を感じることもなく、湖なんてものは見つからない。苦し紛れに水溜まりも見てみたがやっぱりただの水溜まりだった。
結晶と言うのだから水ではなく石が関係しているかとも思い、岩をひっくり返したり割ってみたりもしたが、やはり違う。
どこをどう探していいのか、手詰まりになってきた。
『ティグル! どうだ何か見えるか?』
頭にシューゼルの声が響く。
下から声を届かせるには大声では聞こえ辛いためだろう。
頭に直接声を届ける以心伝心の術を使っている。初めは耳に直接届く通信の術だったものを、ティグルの要望で頭の中に送るように術を改良したのだ。
おかげでなんとか逆立たなくて済むようになったのには、耳のいいティグルは本当に良かったと思っている。
『いくつか木々の切れている場所は見えるんですが、もう探索した場所ですし、他の場所もこれといって特に何も感じないみたいです』
『うぅむ…俺の勘が外れたか?』
『どうでしょうか? 師匠の勘の鋭さは折り紙付きですからね。探していない場所があるだけかもしれないですよ?』
元々の勘の鋭さはあるが、素材に関しての嗅覚のようなものはそれ以上に高性能と言えた。
『探していない場所……見つけていない…いや、見つけれない場所か? ……ティグル。索敵範囲を広げて、精度も上げて、生き物全体を感知できるか?』
『やってみます! ……………………師匠、ここから南南西方向、約11Km地点、その一角だけ生命反応のない場所があります』
『そこだな。ティグル、もういい。下りてこい』
いつもの向日性のある愛嬌は鳴りを潜めて、研ぎ澄まされた空気を纏ったティグルは生命反応が一つもない不自然な場所を注視した。
生命反応がない、なんてことはほぼありえないことだ。普通ならば、何かしらは在る。それが動物である場合もあれば、蟻ほどに小さな虫の場合もある。植物だって生きているのだ。ましてやこんな森の中なのだから、生命反応がないなんてことは本当にありえない。
その不自然さが、嫌に体に纏わり付くような気がした。
地面に下り立つと無意識に息が漏れる。
「……ありがとうな」
無造作に頭を撫でられたティグルは、ふっと体がゆるむのを感じた。
生命を感知するという行為は言うは易いがかなりの神経を消耗する。数多ある生き物の命のパワーのようなものが津波のように押し寄せる感覚、といえばいいだろうか。
船酔いの感覚にも似ているかもしれない。
それに加えてのあの違和感に、思っていた以上に体が拒絶反応を抱いていたらしい。
顔にも出ていたのかもしれない。
心配そうな表情をしたシューゼルの、たった一言でそれが吹っ飛んでしまったのだから、やっぱり師匠はすごいやとティグルは笑った。
「動けるか?」
「はい! もう大丈夫です!」
拳を作り、そう元気よく答えたティグルを見て納得したシューゼルは、聞いた方角に駆け出した。
*
「……ここだな」
着いたのは変わらず木々が青々と生い茂っている森の一角だった。
森の中だと言うのに、確かに何も感じない。
何かが動いている気配だとか、風で草木が揺れる音だとか。見ているだけなら確かに草も木も風に揺れ、木漏れ日もそれに合わせて動いているというのに。
たった数メートル先のその場所の違和感がこうして近付いてやっと分かったような感じだった。
「やっぱり、何も感じません」
「そうだろうな…結界…のようなもので覆われているようだ」
ティグルが生き物の気配を探るが反応がない。
その答えを告げるようにシューゼルが空中に触れるような動作をしながら口にする。
「結界ですか?」
「ああ、と言っても魔術寄りの擬態のようなものか…動物や虫なんかが体を景色に同化させるように変色したり、元々の毛色がそうだったりするものだが。これは空間まるごとを擬態させているらしい。おそらく中にいる何かがこの中にある何かを隠したがってるんだろう。誰も近付かないように空間を遮断するようにして、な」
「そんなことができるのでしょうか?」
「“薄明のしずく”の時と同様だ。何かがこの中のものを独り占めして力を得ているんだろうさ」
「“薄明のしずく”……ハッ!ということはここに“長夜の結晶”があるんですね!?」
「十中八九な」
ニヤリと口角を上げるシューゼルは実に楽しそうに見えた。
「まずは、この結界を壊さなきゃだな」
「僕の斧でやりますか?」
力ずくで結界を破壊しようという思考は嫌いではない。だが、それではこの結界は揺るぎそうにはないのだ。
「いや、俺がやろう。準備はしておけ」
まるで壁に触れるようにピタリと宙に触れる仕草をしたシューゼルは、集中のため目を閉じて手のひらに魔力を集めた。
初めは何も変化がなかったが、数秒後、一滴の水がそこに落ちたように波紋を作った。
波紋が広がっていき、結界の形を浮き立たせる。見えていた景色も合わせて揺らぎを見せる。それは巨大なドーム状に見えた。
「《魔力共振》」
目を開き魔術を唱えると結界が大きく波立ち、まるでガラスにヒビが入っていくように蜘蛛の巣状に全体に走り、弾け割れた。
今まで見ていた景色が消え、木々の向こうに煌めく大きな湖が現れた。
「あっ、湖だ」
今起こった出来事など何もなかったかのように、そこには生命が溢れていた。
木々は青々と光を浴び、花は咲き、蝶や蜜蜂たちは飛び蜜を集める。湖では魚が泳ぎ飛び跳ねる。
動物だけは見当たらなかった。
「どうやら、この空間に閉じ込められていたようだな。動物達は…」
「うわっ、食い散らかされてる!?」
シューゼルの視線の先に気付いたティグルがそこにあった動物の残骸に驚いた。
シューゼルはその残骸へと歩き出し、ティグルも後を追う。
「この量だとここの主とやらが定期的に動物だけを中に入れていたか、狩りにでも出ていたのだろうな」
「そこだけなんかグロいです」
「………この食い方からすると相当にでかい奴だな」
「…確かにこれとか見ると一口が大きいのが分かりますね。触手の奴より大きい、かな?」
「頭がでかいだけの奴じゃなけりゃあな」
「頭だけ………ふくくっ。―――ひっ!?」
頭だけが巨大で体の小さな魔獣を想像してティグルが吹き出したところで、ゴォッと風が吹き抜けるように魔力波が全身を覆った。
「ようやく結界が無くなったことに気付いたらしいな」
「主、ですか? この肌がピリつく感じ。相当怒ってますね」
「そりゃあな。奴にとって俺らは―――」
シューゼルが空をツイと見上げた。
釣られてティグルも見上げると、黒い大きな何かが落ちてきた。
周囲の木々を薙ぎ倒しながら豪快な着地音と共に現れたのは、10メートル級の巨大な魔獣だった。
「―――侵入者だ」
*




