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化け物の仕立て屋  作者: 暁海響
10/23

「うへへ、師匠ったら、そんなに褒めなくても……」


 ティグルが嬉しそうに呟く。

 ニヤニヤと口元を緩めながら笑っていると、名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ティグル……ティグル……ティグル! 起きなさい、仕事を始めるぞ!」

「ふえっ!? あ、おはようごじゃいましゅ」

「おはよう。仕事だぞ、早く起きてこい。…ヨダレは拭いて来いよ?」

「はひ!」


 おかしいな、師匠が起きる時に一緒に起きるはずだったんだけど、と慌てて身支度を整え飛び出たティグルはシューゼルの背を追った。

 途中、腕の痛みが引いていることに気付いて、によによと勝手に動き出す口元を抑えることもせず近付いていく。怪我の状態からもう少し時間が掛かると思っていたのに、痛みもなく動かすのに全く問題がなくなっているのだから、その原因は一つしかない。


 辺りはまだ暗く、太陽の光りも出ていない。花達もその花弁を閉じたまま、虫や鳥の声も静まり返っている。夜と朝の境目の独特の気配がする。


「師匠、僕は何をすれば?」


 思わず声を潜めて、花畑の真ん中に立つシューゼルへと話し掛ける。

 シューゼルはバッグに手を突っ込むと、蓋の付いた試験管をいくつも取り出してティグルへと渡した。


「わわわっ。こんなにどうするんですか?」

「朝陽が差したら、ここの花が一斉に開く。お前はそれを持って花弁の中のものを集めろ」

「花弁の中、ですか? 一体何がっ―――?」


 その時、一筋の光がティグルの目に入った。日の出だ。

 その光はあっという間に地上を満たし、夜を地平線の彼方へと押しやっていくほどに強く、澄んでいて美しい。

 その様に目を奪われていると、シューゼルの急かす声が聞こえてきた。


「もう開き出してるぞ! ティグル、時間がない」

「はい! 今すぐ!」


 急かす声に慌てて開き始めた花の傍らに腰を落とせば、花弁の中からキラキラとオーロラ色をした朝露が溜まっているのが見えた。


「うわぁ………ハッ、いけないいけない。ああっ、師匠もうあんなに!」


 見惚れて時間を忘れそうになったのは一瞬だったが、シューゼルを見ればすでに五本分の朝露を集めていた。

 見様見真似で、溢さないようにそっとオーロラ色の朝露―――“薄明のしずく”を試験管へと集めていった。

 ただの水ではないようで、少しだけ()()()がある。トプンと小さな音を立てると、溜まっているそれが、不思議な色合いを彩った。


「どうにか集まったな。ご苦労だったな」

「いえ! これで足りそうですか?」

「うむ。足りないかとも思ったが、存外一花一花の量が多かったのもあって十分に集まった。森の中にありながら、朝陽を存分に浴びるだけの小高い場所にあったのが良かったんだろうな。朝の森の澄んだ空気と、太陽の浄化の光が花に魔力を与えていたようだ」

「条件が良かったんですね。幸運な花達ですね!」

「ああ。まあ、その分魔獣に目を付けられたという不運もあるがな」

「……また魔獣に狙われるんでしょうか?」

「おそらくはな。あれを倒したところで、また時間が経てば別の魔獣に目を付けられるんだろう」

「こんなに綺麗なのに可哀想ですね」

「それでも根絶やされることはないからな。一利一害だな」


 二人は昇りきった朝陽に照らされ生き生きと咲き誇る白い花をしばしの間見つめていた。



 *



「それで、師匠。これからどうするんですか?」

「この森は自然エネルギーが溜まりやすい場所のようだ。そうなるとやはり“長夜の結晶”がある可能性も高い。運がよければこの森だけで完結できるだろう」

「では、森の探索継続ですね!」

「ああ。面積が広い分手間だが、全くの無駄にもならないだろう」

()()見つかるといいなあ!」


 “長夜の結晶”がなくとも、何かしら()()()()があることを期待してシューゼルが笑う。

 ―――ここで言うシューゼルのいいものとは服飾関係で使えるものであり、ティグルの何かとは食材のことである。


 それから太陽が天高く昇り、僅かに西へと傾き始めた頃、一旦状況を整理することにした。


「見てください師匠。レア物の七変化ワサビです! めちゃくちゃ綺麗な場所と水と魔力があるところにしか生えないって噂の食材ですよ! これで料理すれば、毎回味が変わるって話です。一体どんな味がするんだろう?」

「お前はワサビは食べられないだろう?」

「味が変わるってことは僕が食べれる時もあるかもしれないでしょう?」

「まぁ、お前が食べるってんなら止めはしないさ。…結果は目に見えてると思うが」

「楽しみだなぁ。僕も大人への階段を一歩進むんだ。んふふふ」

「というか、お前は一体何を探しているんだ。ワサビだけじゃなくベニシグレダケだの自然薯だのリュックの中に入れ込んでただろう!?」

「師匠ヤマノイモのステーキ好きじゃないですか!」

「ああ、勿論食べるが目的が変わっていないか?ってことを言っているんだ」

「むむむ…確かにそう言われると反論はできません…ですが! 僕は知っていますよ! 師匠が花みたいな魔獣の真っ赤な花びらだとか沢蟹みたいな魔獣の甲殻を嬉々として採取していたことを!」

「ゴホッゴホッ! そっ、それは討伐ついでの産物というものだろう? 通り道に偶々得る機会があった。どうせならば持って帰らねば勿体無い。……それだけのことだ」

「僕だってそうです。通った場所に偶々美味しいものがあって、採っておかなきゃまた次巡り会うのはいつになるか分からない。じゃあ、採っておこう! それだけのことです」

「「……………」」

「じゃあ、仕方がないな」

「はい。仕方がありません」


 自分の欲望を天秤に掛ければ、寄り道も仕方がない。二人はそう結論付けた。

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