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<第四十一話>

 この状態では、もはや走って逃げることなど叶うまい。さすがに今度ばかりは演技というわけではないだろう。それでもリオウは一応は警戒しつつ、少女の方へと近づいていくこととする。


「ぐ、あ……!」


 普通に生きていれば、けして味わうことのないだろう傷、その痛み。ふくらはぎを撃たれたらしい少女は、足を抑えて苦痛に呻いている。彼女が押さえた手の隙間から、だらだらと赤いものが滴っているのが見えた。自分で言うものなんだが、なかなかのコントロールだ。うっかり殺してしまってはつまらないところであったのだから。

 まだまだ遊び足りない。この小娘が自分を相手に、どこまで足掻き抜けるかを――見ていたい。


「痛いか、痛いだろう?」


 果たして、リオウがそばに寄って来たことにも気づいているだろうか。倒れて呻く紫苑は反応を示さない。示す余裕もない、だけかもしれないが。


「元々は事故でこの世界に転移してきただけだと聞いている。すぐに帰ろうと思えばそれも出来た筈だっただろう?……それなのに、何故わざわざ此処に留まった?こちらの世界の事情に余計な首を突っ込んだりしなければ、そのような傷など受ける必要もなかったというのにな」

「ぐ、う……!」

「はは、答える余裕もないか!そうだ、そうともそれが人間として当たり前の姿だ。誰だって自分の痛みが最優先、それ以外に余計な眼など向ける余裕などあるはずもあるまい。自分が一番可愛いというだけじゃない……そんな余裕などないのさ。だからこそ、この世界の女神は……住人どもは。“異世界から勇者を呼んで助けて貰う”なんて他力本願なやり方でしか世界を救うことができないのだから!」


 そのまま、紫苑の体を思い切り蹴飛ばした。小さく悲鳴をあげて、軽々と吹っ飛ぶ小柄な体。手加減はしたが、傷を負った体には相当響いたハズだ。ごろごろと転がり、手近な木にぶつかる体躯。ああ、サッカーボールよりも軽く、柔い。何故こんな体で、たった一人で勇者に向かって来ようとしたのか。


「もし、この世界の連中に、自分で世界を救おうという意思があり勇気があれば。……そもそも俺や、アヤナや、マサユキは此処にはいない。勇者なんて世界に必要なかったはずだ。だが、女神同士での小競り合いが戦争に発展しそうになっても、誰も積極的に和平を取り持とうとしたり、あるいは他の地域の連中をねじ伏せる先鋒として最前線に立とうとはしなかった。業を煮やした女神が、勇者を呼び出すしかないと判断するのも道理よな。そしてそもそも女神という存在は、人々の信仰ゆえに生まれて維持されているものだ。女神の意思も身勝手さも……この世界の住民どもの意思そのものと言ってもいいんだよなあ」


 それなのに、女神が召喚した勇者が失敗すれば、一部の奴らはそれでも女神を盲信し、そうでない者は“実は女神こそが邪神だったのではないか”などと言い出して責任を擦り付ける。

 綺麗で美しい異世界、なんてとんでもない。この世界は、現代日本とさほど変わらぬほどに腐りきっている。生きる人間も、大地も、神も、何もかも全てが。


「勇者でもないのに、勇者と戦うために飛び込んできた魔王……アーリアは他の奴らと比べれば遥かにマシだったんだろうさ。それが善行をアピールし、最終的に世界征服を成功させるための布石にすぎないとしてもだ」


 アーリア。その名前を出した途端、呻くばかりだった少女が反応した。緩慢に、それでも顔を上げる彼女を見て素直に感嘆する。

 痛みに脂汗を掻きながらも、その眼はまだ――死んでいない。真っ直ぐにこちらを射抜くのは、強い怒り。


「ほう?まだ戦う意思が折れていないか。何がお前をそこまで掻き立てる。こうなった今でも、この世界に残ったことを後悔していないというのか。そこまであのアーリアにご執心か?確かに見目がいいのは認める、他の奴らよりは度胸がある……それでも結局は、ただの偽善者だろう?」

「……違う」

「ん?」

「あの人は、違う……!本気で、みんなを救おうとしている、んです。貴方と一緒にしないでください……っ」


 紫苑は。ギラつく眼で、はっきりと断言した。追い詰められ、殺されかけているとわかっていないはずがないというのに。


「あの人の言う世界征服は……貴方とは、違う!あの人は、例え一時自分が独裁者と呼ばれても、悪魔や魔王と罵られても……一人でも多くの人を幸せにするために、全力で戦っている!寝る間も惜しんで、いつもいつも誰かのことばかり……自分の幸せさえ二の次にして、この世界に恩返しをすることばかり考えて……そんな人を捕まえて何が偽善者ですか。貴方に、あの人の何が……何がわかるっていうんだ!」


 思わず。反論よりも先に、足が出ていた。あ、と思った瞬間には反射的に彼女の傍に走り寄り、その頭を蹴り上げていたのである。体を起こしかけていた少女は再び仰向けにひっくり返り、転がった。蹴られた額が割れ、じわりと血が滲んでいる。

 ああ、少々力が入ってしまった。いくらイラついても、殺してしまってはつまらないというのに。

 本当に腹が立つなら生かして、地獄を見せてやらなければ意味がないのに。


「随分とまあ、威勢がいい。立場がまだわかっていないと見える」


 段々と、余裕がなくなってきている自分に気づく。相手のペースに乗せられてはいけないと、戦いの前に死ぬほど己に戒めたというのに。


「人間なんて、みんなそんなもんなんだよ。普通に五体満足で生まれて、大した怪我も病気もなく痛みも知らずに生きてきたお前みたいな女にはわからんのだろうな。……どれほど辛くても、苦しくても、結局人は自分の痛みだけに一生懸命だ。都合よく助けてくれるヒーローなんて現れない!このファンタジーの世界でだでさえそうだ、結局は自分のチカラで世界を救う勇気もなく他力本願な連中ばかり!自分は何もしなくても、祈っていれば誰かがそのうち世界を良くしてくれるとばかり思っている!……そんな奴らの中から、自分の幸せも顧みず戦える救世主など現れるハズがないんだよ、アーリアだって同じだ!」


 そうだ。

 祈っても、願っても、望んでも、希っても。

 ヒーローなんて現れはしなかった――自分には。

 女神は気づいていただろうか。勇者リオウが厭わしく思っているのが前世の人間達だけではなかったということに。


「……貴方は」


 紫苑は。意識を朦朧とさせながらも、それでも体を起こそうとする。

 流石に、リオウも少しだけ恐れを抱き始めた。一体何故だ。何故立ち上がれる。何がそんな、ただの少女でしかない小娘を奮い立たせようというのか。


「貴方は、誰かに……助けて欲しかったのですか」

「!」

「……僕もですよ。貴方ほどの、恐ろしい地獄は見ていないけれど」


 傷ついた足を庇い、割れた額を押さえながら。それでも彼女は近くの木に縋り、支えを得てゆっくりと立ち上がる。


「助けて欲しかった。誰にも認められない、世界から……自分を。でも、そんな都合のいい救世主なんて、現れなくて。自分のことは、自分が救うしかないと悟ったんです。だから、必死になった。無力な自分に腹が立ったから。弱い自分が大嫌いだったから。……自分をあざ笑う連中を見返してやりたくて、それで」


 緩慢に上がる顔。リオウは息を飲む。

 少女は笑っていた。痛みに多少歪みながらも、青ざめながらも――壮絶に。


「そうしてどうにかして必死でもがいていたら。……一人でも、頑張ろうとしていたら。打算も何もなく、助けてくれる人が現れました。その人は、僕の見えない場所の努力をみんな理解してくれた。成果より、結果より……僕の努力を認めてくれたことが、何より嬉しかった。確かに努力の多くは認められないものです。誰にも認められずに努力を続けるのはあまりにも難しい。それでも……正しいやり方で頑張り続ければ、それを見てくれる人が現れることもあるんです。……望んだ場所に手が届く可能性は、絶対に“ゼロ”にだけはならない」

「望んだ場所、だと」

「ええ。アーリアはきっとただそれを知っているだけ。だからあの人は頑張るし、戦うんです。自分のために。自分が報われるために誰かを救う。あの人が正しい努力を続けていることに気づいた人がたくさんいたから、あの人の周りにはみんなが集うし……僕だって、多少無茶してでもあの人を守りたいって、そう思うようになっちゃったんですよ」


 何を言っているのか、わからない。正しい努力って一体何なのだ。あの男が、お前に対して一体どれほどのことをしてくれたというのか。あの男から受ける何らかの恩恵目当てではないというのか――この小娘も、あの男も。

 リオウは混乱する。混乱する自分のことさえ――認められないまま。


「あいつが偽善者じゃないだと?……なら、何故奴は今此処にいない?危険極まりない役目をお前のような小娘一人に押し付けて、遠方から高みの見物を決め込んでいるだけではないか!」


 そうだ、紫苑の言うことが本当に正しいのなら、何故奴は現場に出てこないのだ。

 アヤナの時も、今も。矢面に立っているのは全て、この女ではないか。本当に味方を、大切な者を守るために命さえ賭けられるというのなら。何故自分自身で出てこない?肝心の作戦を人任せにする?


「そうとしか見えないのだとしたら、それは。貴方に“愛”がないからですよ」


 よろけながらも、少女は木の幹から手を離し――一歩、前に進み出る。


「あの人は止めましたよ。僕のことを思って、ちゃんと止めてくれました。そして……一度は止めて、それでもなお僕の覚悟を“信じて”任せてくれたんです。それがどれほど辛い選択だったかわかりますか。自ら立ち向かうより、誰かを信じて待つ方が余程苦しい時もあるんです。それはあの人に、真の意味で勇気があるから。貴方にはない……誰かを心から信頼する勇気が、あの人にはあるからだ!僕は……それを、証明する為に此処にいる!」


 刹那。

 一体どこに、そんな余力が残っていたのか。少女は傷ついた足をも厭わず一気に駆け出し、そして――思い切りリオウに対して体当たりをかます。


「なっ」

「ここまで読めたか……!僕の勝ちだ!」


 無様に尻餅をつくことは、免れられた。だが不意打ちを読めなかったリオウが勢いに負けて思い切り後退したその瞬間、足元から真っ白な光が噴き上がったのである。

 いつの間に、としか思えなかった。リオウの足元に広がるのは、魔法陣。遠隔操作の、マジックトラップ。


――馬鹿な!こいつには魔法なんか使えないはず……!一体どうやって……!


 そして、気づいた。自分が現在地を全く把握できていないこの状況。そしてあのアーリアは――本当に、“この女と一緒に戦って”はいなかったのか?

 そうだ、この女はどこかに誘導するように動いていた。自分はそれを警戒していたはず、さっきまで確かに頭にあったそれが何故すっぽぬけた?簡単だ、こいつの言葉に気圧されたからだ。思わず動揺させられ、苛立たされ、戦略の全てが頭から消えてしまったから。


――こいつ、初めから……アーリアが仕掛けたマジックトラップの上に、俺を誘導しようとしていたのか!


 もう一つ、絶望的な事実を理解する。足元から来る魔法攻撃を反射的に防ごうと、防御魔法壁を作ろうとした瞬間。全身が、魔力不足による軋みで硬直した。魔法の呪文もわかるのに、その技術もあるはずなのに――魔力が足らないせいで、発動しない。

 これでは防御壁が貼れない――防げない。


――そういう、ことか!


 最初から、自分は踊らされていたと気づいた。何故、こんなひ弱な小娘一人が遊撃手として飛び込んできたのか?空間転移に成功したのに、何故待っているのは罠ばかりで、その仲間らしき存在を一人も見かけることがなかったのか。

 簡単なこと。リオウに直接相対する“敵”は、最も弱い紫苑一人でなければならなかったからだ。ある程度の範囲内に、リオウが認識する敵が紫苑でなければならなかった。何故か。

 異世界人である紫苑が、魔法を使えないからだ。つまり、魔力が完全なゼロ。リオウが自動で、そこから多少上乗せされたステータスを得ても――防御魔法を発動するだけの、魔力に届かない。

 全ては最後の最後で、アーリアのマジックトラップによる遠隔操作と強襲を成功させる、そのためだけに!




「王手だ、勇者リオウ!」




 彼女の声に重なって、アーリアの“チェックメイト”という声が聞こえた気がした。

 次の瞬間リオウの視界は真っ白に塗りつぶされ、衝撃と共に弾け飛んでいたのである。


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