第3話 自己紹介
「大丈夫…?」
心配そうな声といっしょに水が差しだされた。
ありがとうございます、とお礼を言い出された水を一気にあおる。
冷たい水は混乱を冷ますように落ち着かせてくれた。
今は場所を変えて椅子に座っていて、少女もこちらが落ち着いたのを確認すると正面の椅子に腰を下ろした。
「……」
「……」
き、きまづい。
先ほどと変わって地味な沈黙が続いた。
だが少女はそう思っていないのかこちらをジーっとみている。
第一印象がそうであったようにあまり表情に変化がない、今も目を合わせてはいるがその瞳はこちらを見透かすように注視している。
次第に顔に熱を帯びてくると、
「……名前」
「んっ?」
「そういえば、名前、聞いてなかったね」
っとむこうが振ってきた。
「あはは…確かに自己紹介してなかったね」
頬をかきながら苦笑いがこぼれる。
マイペースなんだなと思いながら名前を告げる。
「ヒロ、香月ヒロ、えーと…よろしく、お願いします?」
なんて言っていいのかわからず無難な言葉を付け加える。
少女は少女でその小さな口でぼそっと名前を繰り返すと。
「珍しい、名前だね。
それに名前の中に月が入ってる」
足元の獣がピクッと耳を揺らした。
「それで、えーと……」
「アリシア=ジャナルベルク……よろしくね、ヒロ」
「はいっよろしくお願いします、アリシア…さん」
っと素直に名前を呼ぶと。
「アリシア」
「へっ?」
「アリシアで、いい、みんなもそう呼ぶし。
それに歳も近そうだから、堅苦しくなくていいよ」
みんなというのが誰だかわからないが本人がそうしてほしいというなら。
改めてやり直す。
「よろしくアリシア」
少し気恥ずかしさを感じながら自己紹介をすました。
すると足元から自分も自分もと黒い獣がアリシアに飛びつくも彼女は両手でその獣を受け止め膝の上に乗せる。
「その動物…」
「ん、このこ? タイショウって名前」
っと頭をなでながらアリシアは答える。
タイショウってあの大将かな、いやでもっと考えていると目の前の彼女が顔を上げる。
そしてやっとというようにアリシアはある質問をとばしてきた。
そもそもの疑問を。
「ねぇヒロ…あなたはあの場所で、なにしてたの?」
・
アリシアは問いかけた。
危険な森、大の大人でさえ近づこうとしない場所にいたヒロに。
そのような場所に一人でいることは元より、気絶をしていたことに不可思議に思う。
この世界の常識として城壁の外には冒険者でなければまず出ない。
もし仮に出るとしても護衛をつけるくらいはする、なのにヒロはあの森に一人でいたのだ。
最初アリシアがヒロを迷子と思ったのは、その見た目が冒険者とはかけ離れていたからだった。
武器を装備もしていなければアイテムを入れるバックもない。
服から覗く腕も一目で鍛えてないのがわかる。
なによりも一番解せないのがその体、泉から引き上げる際に確認したがケガが見当たらなかったのだ。
彼女が先ほどからヒロを見つめていたのはこれが気にかかっていたからだ。
乏しい表情だから分からなかったがアリシアはヒロを少しだけ警戒していた、少しだけ。
そんな彼女に帰ってきた返答はおおきく的を外した答えだった。
「あの場所? ってどこ?」
アリシアはアリシアで首をひねるが、ヒロもヒロで困惑する。なぜならヒロの記憶は先ほどのベッドからしかなかったから。
「森にいたんでしょ? 泉のある場所、君そこで気絶してたんだよ? ……もしかして覚えてないの?」
っと小首をかしげながらアリシアが補足する。
しかし説明されてもヒロは全く心当たりがないようで困ったように眉根を寄せあげることしかしない。
「……じゃあ君はどこから来たの?」
「どこって日本の埼玉から……」
にほん、さっきも口にしていた言葉だ。っとアリシアは思った。
さいたまというのはわからないがたぶん彼の住むところだというのは予想できた。
だが肝心の部分が何一つもわからない。
ここでアリシアは質問を変えてみることにした。
「昨日……」
「ん?」
「昨日の夜、君は何してた…の?」
ヒロを見つけたのは早朝のまだ日が昇っていない時間帯、ならば彼はその前に森に移動したはず。
名案! っと乏しい表情の裏で目を輝かせたがこれまた予想外な答えが来た。
「昨日…はえーと、あれ? 学校に行ったような…いや違う、休日だったけ? アレ?」
「それも、記憶にないの…?」
「ご、ごめんなさい」
2人してズーンと落ち込む。
アリシアはどうしようという落ち込み。
ヒロは記憶がないことに対する落ち込み。
そんな二人を見ていたタイショウがアリシアの膝からピョンっと下りると。
「あっ」
っと声を発するのもつかの間タイショウはそのまま対面のヒロの膝に乗っかった。
そのまま膝の上で丸まり始める。
その様子に少しばかり目を見開くそして。
「すごいね」
っと感嘆の声を漏らした。
「…えっ」
「タイショウのこと」
今はもうまるまった黒色の毛玉を見ながらアリシアは思った。
タイショウは不思議な性質を持っていて、それは悪人には近寄らないという性質、さらに言えばここのギルド以外の人にはまず懐かないのだ。
それに私も含めてナディア達は懐かれるのにだいぶ時間がかかったっけ。
それを合って数秒で懐かれるということは……
お人好し、もしくは純粋な心の持ち主。
少なくともさっき思ったとおり悪人には寄り付かないのだ。
そんなタイショウの行動で少しだけ彼に対しての警戒心が緩んだ。
今だ他に疑問が残るが性格面に関しては信用しても良さそうだ。
これも必要なかったみたいだし。
もしもの時のためにと装備してた剣も今は杞憂に終わる。
とりあえずタイショウのおかげで和やかな空気が生まれたことに気分を良くする。
すると、自分のでは無い腹の虫が聞こえてきた。
音のする方、正面を向くとそこには頭をかいて照れてるヒロの姿が。
「……お腹、すいたの?」
「…………はい」
その様子に心の中でクスリと笑うと。
「ちょっと、まっててね」
っと言い席を立つ。
何かあったかな……っとカウンターに歩いていくアリシアの心にはヒロへの警戒はすでに霧散していた。