第1話 休みの日もお仕事
何度目かわからない気苦労が口から漏れていく。
……ああ~、せっかくの休日が。
そんな怨嗟に似た声を心に燻ぶらせながら、彼女はとある一室にむけて歩みを進めていた。
お出かけ用にとおしゃれした紫黒色の髪は、上役の指令によって腰まで垂れるように飾りを外し。
かわいいよりも清楚な感じの私服は純白の鎧に早変わり。
腰に下げてたピンクのポーチは剣に居場所を奪われていた。
鈍重な気持ちとは裏腹に胸の位置には自分の所属騎士団を表すエンブレムが掲げられている。
騎士それはひとつの職業を指す。
そして同時にその職業は2つの顔を持つ、1つは体を盾とし、手に剣を構え人々を守る側、もう1つは剣の代わりに筆をとり、鎧を営業スマイルへと変え街を管理する側にと。
肩で風を切る少女は己の足と肩に鉛のような重さを感じながらも、根がまじめなことからそのようなことはおくびにも出さず真っ直ぐと目的の部屋を目指していく。
ここで幾度目かわからないため息が漏れそうになるも周囲の目もあり呼吸とともに飲み込む。
途中すれ違っていく男性女性にあいさつする姿は育ちの良さをうかがえるように凛としている。
その外見も相まって種族性別とはず目を引く姿なのだが、通り過ぎた彼女の後姿はどこか悲壮感をただよわせていた。
事情を察してる者たちがその背に憐れむような視線を送るも、気づく様子のない彼女はやはりまっすぐと歩いていくのだった。
大きな部屋を二つほど突き進み通路を渡った先に目的の場所は存在する。
取り調べ室
犯罪を犯したもの、またはその容疑をかけられたものを調べ上げる場所。
だが、少女はそんな茶色の看板がかかった部屋を止まることなく通り過ぎる。
二部屋分進んだ先に見えてくるのはさっきの部屋と比べるとどこか古めかしい感じの扉だ。
そこで今まで颯爽と歩いていた脚がピタッと止まる。
問題児収容所
これほどまでに説明のいらない看板もないだろう。
読んで字のごとく問題児を入れておく場所だ。
しかし前の二部屋とちがいこの部屋の看板は手書きだった。
はぁ、やだなぁ
扉の前に来たことで少し気が抜けてしまい少し涙ぐんでしう。
しかしここで立ち止まっても仕方ないのでアメジストの瞳にたまった雫を指で払う事で気持ちを切り替えぐっとドアノブをつかむ。
彼女、エミリー・モーブルは自室のようにその部屋に入っていった。
・
「黙秘しまぁす!!」
入室して1秒。
はい、帰りましょう。撤収、撤収ぅです。
っと引き戻したくなった。
そんな切り替えた気持ちを吹き飛ばすほどの清々しい声。
エミリーは思った。
なぜ休日にまで仕事をするのだろか、コレおかしくないですか? おかしいですよね!
そのように自問自答をするも慣れ親しんだ習慣か、部屋をざっと見渡してしまう。
部屋の構造は真ん中通路を挟み左右に4つづつ部屋が配置されている。
配置されている部屋は3方向が壁で阻まれていて、通路側は柵があり檻みたいな作りになっている。
てゆうか檻ですね、だって収容所ですから。
そのうち向かって手前左側には3人の騎士と聴取されている問題児。
右側にも3人檻の中にはいっている。
見るからに初々しい騎士たちは簡素な木の椅子と机で問題児達に悪戦苦闘している中こんどは真ん中から
「もくひっていってるだろっコラァ!」
男の声が響く。
ここはにぎやかですね、とガクッと首が前に落ちる。
そしてこんどこそ我慢していたため息が零れた。
滴り落ちるやる気をどうにか奮い立たせようとすると。
「あっエミィざん!!」
こちらに気づいた後輩が、涙目になりながらすがるような声で呼んできた。
自分のことを愛称で呼ぶ(鼻声で発音かおかしかったが)声によって、エミリーは再度仕事モードに切り替わる。
「エビィさ〜ん」
「ハイハイ泣かないで下さい」
最近自分の団に入ってきた後輩、ミィーシャの頭を撫でながら落ち着かせる。
ほか2人の騎士たちもミィーシャほどとは行かないまでも疲労を隠しきれておらず消沈していた。
まぁ予想通りといえばそうなんですけどね。
ミィーシャ達3人に労いの言葉を掛けた後、紙の資料を受け取り退室させる。
ドアが閉まると同時に昔からよく知る声が来た。
「うげっ! 説教騎士」
いやそうな声を上げたのは入り口近くの部屋にいる黒髪の少女。
赤みがかかった瞳はお前なんでいんの?とでもいうよう眼差しをしている。
「だれのことですか、だれの」
っと慣れ親しんだ嫌味に毎度のように律儀に返しながら、先ほど受け取った紙の資料を見ようとしてやめた。
別に嫌になったとかではなく、彼女等のことは昔からの付き合いなので全部頭に入っている。
なので手元の資料の中でも一枚、他と違う色のものだけ残し、残りを近くにある机の上に置き入り口付近の檻の前に行く。
ナディア=テミス
褐色の肌と控えめな胸、小柄な体格と赤みをおびた黒髪は膝上までのばしてた少女。
容姿とは異なりガサツな性格で、今も椅子の上にあぐらという女性にはあるまじき格好で座っているためなんだが色々と台無しの腐れ縁。
昔からの知己とはいえもっとこう女の子らしく振舞えないですかね。
自分の目が半眼になるのを自覚しながら自然と胸の前で腕が組まれる。
「それでいったい何壊したんですか? 建物ですか? 道ですか?」
「ておいっ 今の質問おかしいだろ!?」
「おかしくないです普通です。だいたい毎回毎回最後はこの質問になるじゃないですか……はぁ」
「うわっこの説教魔人めんどくさいからってテキトーにやりやがった! 騎士団っ騎士団を呼べ!」
「呼びませんし、面倒くさがってません。騎士に向かって何馬鹿なこと言ってるんですか、それより早く答えて来れませんか?」
「えーっどうしよっかなー……ナディア恥ずかしいっキャッ♪」
「早く答えてくれません!!」
「チッ…相変わらずノリが悪いヤツめ……あーそうだななんか看板が3つ転がってたのは覚えてる」
「ブッ3つ!? なにしてんですか!」
今まででも半壊がいい所だったのに。
自然と自分の眉が引くつくのがわかる。
もういっその事20日くらい牢に入れておけば平和になりませんかねーなんて頭の隅で考えていると。
「もくひを! こうししている!」
なんかよくわからん自己主張が来た。
ベゼル=ウォーゼル
眉間にしわを寄せてることが多く、何かと間違われる目付きをしながら椅子に座っていた。
両耳にリング状のピアスをいくつも付けその仏頂面も相まって怒っているような面をしているが、こちらもナディアと同じように古い付き合いなので。
「はいはい、聞いてないので静かにするように」
「んぇ!? ってオイ扱い雑じゃね!?」
いつも通りなれたようにあしらう。
見た目通り(エミリーから見て)バカ丸出しの彼は多分、いや絶対黙秘の意味をわかってない。
だって全部ひらがなですし。
おおかたナディア辺りに指示されたのだろう。
すると、
「あれ? もしかしてエミリンきてる?」
三つ目の部屋からこちらを探す声が。
スミレ=ナナイロ
明るい茶髪を後ろでまとめ、何かを隠すように人懐っこそうな顔だけを檻から出してこちらを見ている。
「スミレさん……やっぱりあなたもいたんですね」
「あ、あははははー」
少しだけ反省の色をにじませた声が苦笑いと共に返ってくる。
スミレも他二人と同様長い付き合いなのだが、少し返ってきた反応に違和感を覚える。
どちらかというとスミレもナディアやベゼルのようにあまり反省しないタイプなのだが。
何だろう嫌な予感がする。
「そ、そういえばエミリン今日やすみじゃなかったっけ?」
「そうですね、誰かさんたちが問題を起こさなければ今頃貴重な休日を満喫していたところです」
長年の付き合いからスミレの不自然さを感じ取ったエミリーは彼女の顔を凝視し、そのほっぺに茶色の汚れをみつけ眉を傾げた。
昔からスミレは人前に出るときはどんなに忙しくても、身だしなみをキチンとする子だ。
一つの生じた予感が疑念にかわる。
もしやと思い鼻を引くつかせると。
疑念が確信に変化する。
「スミレさん」
自分の名を呼ぶ声にスミレは動揺を隠せず。
「な、なにかな…エミリン」
っと返すので精一杯。
苦い笑いを崩さない彼女に向けて確信がこもりながらも確認するように疑問を投げつける。
「そのほっぺについてるたれなんですか?」
その効果はてきめんで、たった一言が両者の動き出しの合図になった。
スタートは同時にして一瞬、だが狭い部屋の中スミレが手に持ったものを隠すよりもエミリーがスミレの前に来るほうが早かった。
そして、
「あぁ何食べてるんですかぁ!!」
「に、にゃにも!」
証拠隠滅とばかりにかきこもうとしてる手を止めようと声を荒らげようとするが今まで様子見してたほか2人がここぞとばかりに加わってきた。
「なぁオイッ、どういうことだ! オレが頼んだ時は断られたんだぞ!」
「私だって断られたさ!」
「当り前じゃないですか! というかなに頼んでるすかあなた達は、あっちょっとスミレさんとりあえずそれをこちらに渡しなさい! 嫌じゃないです渡しなさい!」
「ああ! くそっスミレッ教えろ! それ何の肉つかってんだ! トンかトンなのかもしやモォーじゃないよな!」
「フーっフーっ……ほぉへ?」
「ちょっとナディアさん黙っててください! というかなんですその質問はって、嗚呼っ! スミレさん今食べたでしょ!」
「んーんーんー(ぶんぶんぶんっ)」
「首振ったってダメですからね。いいですかそれ以上食べたらだめですからね! 今言いましたよ私言いましたからね!」
「オイなぁオイ、あいつだけずるくね? いいなー俺も食いてーな! 肉が食いて―なー!!」
「私はエミリーのてりょーりがー食べたーい!」
「いやおまえスパゲッティはどうした」
「んももも、んもヴぉーん」
「あぁぁたべたぁぁぁスミレさん今食べましたよねぇ!! 私言ったのに、食べちゃダメって言ったのに!!」
1人の暴挙により、もはや混沌状態となっていく一室。
既に諦めの雰囲気になっていたエミリーだったが、後ろ、真ん中の檻から彼女を援護する声が来た。
「はぁ3人とも何をしているのですか。 スミレはお皿を起きなさい……箸もです、はいっよろしい、では3人とも正座ですよ」
落ち着いた、芯のある声が我慢を切らしたように会話に入ってきた。
「……姫衣さん?」
振り向くと肩にかかるくらいまで伸ばした黒髪の女性が立っていた。
ジングウ=ジ=姫衣
自分よりも2こ年上で三バカの保護者的存在。
エミリーよりも三バカとの付き合いが長く。いつもなら身元を引受に来る役なのだが、今日は珍しく柵の向こう側にいた。
「……巻き込まれたんですか?」
真っ先に浮かんだのが被害者。
姫衣が問題を起こさないのは長い付き合いからわかる。
むしろ過去に数回同じように巻き込まれていたことを知っているため今回運悪く捕まってしまったのかなと思ったら。
「すみません、どちらかという今回は私もその一応関わっているというか……」
っと帰ってきた答えはなんとも歯切れの悪く予想に反したものだった。
後ろではナディアとスミレが。
「一応所かガッツリだろ」
「シーっ! ナディちんシーっ!」
と耳に届きそうになったが何も聞かなかったことにする。
「それは……珍しいですね。
えーとそれじゃ事情を聴いてもいいですか?」
とりあえずまともに会話が出来るとエミリーは思ったのだが。
「す、すみませんそれは出来ませんっ」
突然顔を真っ赤にしながら心底申し訳なさそうに断ってきた。
そんな紳士に謝る姫衣に
「あ、そんな謝らなくて大丈夫ですから。
今やってるのはあくまで聴取ですので全てに答えなくてもいいので……」
こちらまであたふたしながら答えるていると後ろからヒソヒソと。
「なぁおいなぁ説教女の奴俺らと扱いちがくね?」
「相手が姫ちんですからねー強く出れないんじゃないすか?」
「いーや違うね胸だろ胸、見てみろあの申し訳なさそうにしていながらしっかりと強調してる胸を、両腕で挟みおってだっちゅーのってか」
「あー確かにわかるー
同性とはいえあの胸の前には来るものありますよねー
でも相手エミリンですよ?」
「効くだろアレムッツリだし」
「あーそっか」
こっこの3人は、好き放題言ってくれますねっ!
とりあえず聴取が終わったら絶っ対30日間強制労働ですね、絶対、絶対です。
っと密かに心で思ってると、姫衣にも3人の会話は聴こえてたらしくコメカミを軽く引くつかせながらコホンっと咳払いして姿勢を戻してた。
あの3人のせいで姫衣に聞く雰囲気じゃなくなったので次に行く。
決して早く終わらせたいとかめんどくさくなったわけじゃありません! ほんとですよ? ほんとですからね!?
そう心に言い訳しながらエミリーは姫衣の檻の右隣に視線を移すとそこには長身の男が寝転がっていた。
バゼット=メルクリウス
細身ながらもガッシリとした肉体を服の下に隠し、私物らしき枕の上に頭を乗っけて寝ている。
自由すぎませんかね!? ここの管理人ずさん! ずさん過ぎます!?
一瞬にして辟易しながら反対側を見るとそちらには小さい影が。
サーシャ=シャルネ
薄い桃色の髪を二つにまとめた幼い少女はその頭にかぶるフードの耳を垂らしながらなにかを探し回ってた。
しばらくすると雷に打たれたようにフード耳を逆立て、目の端に涙を貯めると。
「…………ない……わたしの……ラが」
そのまま備え付きの布団に顔をうづめてウーウーとうめきながらまるまっていた。
これはもうダメですか、っと本格的に諦め始めようとした時一人いないことに気づく。
「あれ? アリシアさんはいないのですか?
実は別件と言いますか、こちらが本命なんですけど…依頼を頼みたかったのですけど……」
ナディア、ベゼル、スミレと続き4人目の昔ながらの付き合い人を探すが見つからない。
アリシア=ジャナルベルク
息を飲む白銀の髪と、細身で綺麗な肢体を合わせ持つも、そこらの冒険者が束になっても足元すら見えない強さを持つ少女。
いつもならバカ3人と一緒にいるはずなのだが今はその姿を見かけない。
「あぁ? そういやさっきから見かけねーな」
「あたしが起きた頃にはもう居ませんでしたよー
ナディちん何か知ってます?」
「ん? ああ、アイツなら朝早くに見回りとか言って出てったぞ」
「はぁ! なんですかそれ! ちょっともう皆さん自由すぎませんか!」
「まぁまぁエミリン落ち着きなさんなー」
スミレが柵ごしから肩をたたいてくる。
相も変らぬマイペースぶり。
そんな中ナディアが、
「それで依頼ってなんだ? 騎士団がギルド通さず直接個人に依頼出すなんてよっぽど早急な案件か面倒事だろ?」
今までとは少し変わった雰囲気を纏わせたナディアがその瞳に赤みを帯びせながら細める。
「全く相変わらずというかなんと言うか、…実は今朝南の森から妙な魔力の波が観測されたんですけど」
そう言って先程取っといた紙、依頼書をナディアに渡す。
「皆さんの所属するギルドは南街区にありましたよね? なので面識のある私が一緒に調査する手筈だったんですが……」
一番頼りにしていた人が不在とは。
「ふーん……南ね」
仕方なしに他の誰かに頼もうとすると、ナディアが片手を右耳にだけしてあるイヤリングに当てていた。
「聞いてます? というかなにしてるんですか?」
「あーそっか! エミリンは知らないんだっけ?」
スミレがあっちゃーみたいな顔をしていると、右耳を押えながらナディアが。
「アリシアか、ああそう私だ。
実はお前に依頼が……ってん? 何を言ってんだ? 森? 南のか? うん、うん、え? は? はい?…………」
珍しくナディアが動揺する姿に驚いていると、何かを終えこちらを見る。
そしてナディアの目が段々と愉快そうに吊り上がっていく。
「あぁ、了解了解んじゃそのまま待機な……エミ」
「ど、どうしました? というか今のなんだったんですか?」
「ああ、あれはその気にするな、それよりさっきの依頼あるだろ?」
「ええはい……それがどうかしました?」
「解決したそうだ」
え? だれが?
「アリシアが」
へ? は? ど、どういうことです?
「だからなんだ、休日潰してきたのに……」
っとさっきとは打って変わってナディアが今日一いい顔で笑いかけてくる。
事情を察したスミレも釣られるように満面の笑顔で。
「「ドンマイ!」」
見事なコンビネーションで言葉を重ねた。
わ、わたしの、
私の時間かえしてぇぇぇえええええ!